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【休載中】剣嵐戦記 ~無名録~  作者: いくやみ
第一章 晩冬と大獄
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導入部

――心地よい風だ。


 野風が顔を撫で、草花を揺らす。その一瞬だけ、自分の置かれた状況を忘れそうになる。

 あたり一面のどかな野原だ。恋人が寝そべったり、子供が手に持った花を母親に見せている光景さえ浮かぶ。


 しかし、そのような姿は今はなく、眼前に広がるのは鉄製の鎧に身を包み、手には剣や槍を持ったインデグラル軍の戦人。俺もその中の一人で、インデグラル軍の傭兵を纏める傭兵隊長だ。

 さらに向こう側には、同じような姿でこちらの動向をうかがっている敵、フラドル軍の戦人の姿が見える。


 開戦はもうすぐだと直感した。

 俺は周囲の地形、敵味方の陣形を確認し、開戦後の行動を考える。


(そろそろか)


 刹那、追い風だった風向きが一気に向かい風となり、フラドル軍が喊声を上げて突撃を開始した。

 

 先ほどまで静かだったこの場所は、一瞬で喊声飛び交う戦場と化した。


「騎士隊、突撃ッ!」


 騎士隊長の声と共に、味方前衛に展開していた約百騎の騎士が敵に向かって突撃を開始した。

 騎士は、基本的に喊声を上げずに突撃する。騎士道における美徳なのか、傭兵の俺には分からない。


 味方の騎士が、ゆるやかな傾斜を全力で駆け下りていく。


「騎士に続けぇ!」


 周囲の歩兵隊長たちも部隊に命令を下し、次々と騎士に続き喊声を上げ駆け下りていく。


(同じ王国に尽くす戦人でも、兵士と騎士は価値観が違うんだな・・・)


 俺がそのようなことを考えているうちに、味方の騎士隊が敵の騎兵隊とぶつかり、両軍の騎手が斬り伏せられ次々と落馬していた。

 騎馬戦では、練度で勝るインデグラル騎士が優勢だった。

 フラドルの騎兵は兵役で集められたばかり者が多く、軍馬に乗るだけで精一杯だったのだ。


 一人のフラドル軍の騎兵が必死に剣を振るうが、インデグラルの騎士はそれを受け流し、騎兵の首を飛ばした。前線から、首を失った騎兵を乗せた軍馬や騎兵を失った軍馬が去っていく。


 そこに、両軍の歩兵が参加。

 周りが敵味方も分からぬ乱戦になった。


 騎士は乱戦にも強い。しかし、兵数では相手が勝っており、周りを敵に囲まれてしまえば多勢に無勢。初戦で優勢だった騎士が次々と四方からの槍で地面へ消え、主を失った軍馬も槍で突かれ絶命していく。


「隊長!俺らも早く参戦しねぇと、手柄を王国の兵に全部とられちまう!」


 隊の一人が私に言った。俺は再び戦場を見渡し、戦うべき敵を視認した。

 多くの者が乱戦に注目して見逃していたが、敵の一隊が、味方の背後を取るため回り込もうとしていた。

 俺はすぐさま命令を下す。


「あの一隊を蹴散らす!いくぞ、野郎ども!」


 その命令を待っていたかのように傭兵たちが喊声を上げ、我先にと言わんばかりに敵に襲い掛かった。

 回り込もうとしていた敵はこちらに気づき、目的を変え向かってくる。


「「おおおおおおおおおお!」」


 両隊が喊声を上げ、己の敵に剣を振り槍を突きさす。

 俺は、先頭を走ってくる敵隊長に剣を振り下ろし、敵隊長も俺に剣を振り上げた。 互いの剣は大きな金属音と共に相手の剣を止めを、押し合った。

 互いに相手の顔がよく見える。


(正面からではなく、味方の()()を取ろうとした奴。どんな顔だ)


 剣を押しながら、敵隊長の顔を見る。

 しかし、俺はその敵の男の顔に見覚えがあった。


「あれ?お前、インデグラル軍じゃなかったか?」


 男は剣を押す力を緩めずに答える。


「そりゃ、この前の小競り合いでの話だ。今は、フラドル軍の傭兵隊長だ」


 周りでは次々に両隊の傭兵が倒れていく。


「報酬次第で、右へ左へ。傭兵稼業の悲しさだな」


 男はそう言いながら力を左右に向けた。

 俺は男の話に共感し、愚痴っぽく言葉をこぼす。


「こう戦続きだと、何が何だか、分からなくなる・・・」


 男はそれを聞くと太陽を見た。


「おうさ。お天道様は昇っては沈んでいるが・・・」


話を聞きながら、俺も太陽を見る。男は続ける。


「全然時間が進んでる気がしねぇ・・・」


命が散っていく戦場の真ん中で、敵同士の二人の男は一時想いを共有した――



 時は神誕歴一一六四年。島国のインデグラル王国と大陸国のフラドル王国の争いは三百年目を迎えるほど長きに及んでいた。互いに強大な二国の力は拮抗し、容易な決着を許さなかった。

 果ての見えない戦争は、両国の騎士や兵士を疲弊させ、結果、戦争の主力は傭兵へと変わろうとしていた時期だ。


 先ほどの話は『三百年戦争』末期の唯一有名な『戦場の二人』という実話だ。

 フラドルの子供たちは「同じ過ちを繰り返さないように」と、親や祖父母からこの話を必ず聞く。


 しかし、その実話より子供たちの記憶に残る伝承がある。

 よく悪いことをした子に聞かせる伝承。

 『ヴァウザーの悪魔』という一人の傭兵に関する伝承だ。



――世界が大きく変わるとき

  『ヴァウザー』はその姿を見せる

  はじめには暴虐の悪魔として

  悪魔はその力をもって大地に死を降り注ぎ

  フラドルの騎士によって討たれる

  しばしの眠りの後

  ヴァウザーは再び現れる

  悪魔は神を殺そうと挑み

  そして死んだ――



 このような伝承は数多く伝えられているものの、実は、三百年戦争末期は謎が多い。


 『人類最古の大罪』とまで言われた戦争が終結してから三十年が経った現在、やっと一部の書物が発見された。

 フラドル王国の研究家である私はその書物をすぐに入手し、それでは足らず出所不明の裏情報にまで手を出した。

 私がそこまでやるのには理由がある。


 この戦争は八六〇年の『フラドル王国王位継承問題』に端を発する。

 当時、急逝したフラドル王には王位を継承できる子がおらず、王の妹が当時のインデグラル王に嫁いでいたためインデグラル王がフラドル王国の王位を継承することになった。


 しかし、王位継承に関する会議の最中、フラドル王に隠し子がいることが判明。これによってフラドル王国は、インデグラル派と世襲派に分かれ、対立が深まっていった。

 事態を重く見た両国の国教である『リギス教』の最高権威『聖皇(せいおう)』が、会議に参加。両派の仲立ちとなり、暴発を防いでいた。


 八六四年 四月八日、世襲派の兵士がインデグラル派の大臣を会議場前で刺殺したことをきっかけに、インデグラル王はフラドル王国に対し宣戦を布告した。


 『三百年戦争』の開戦である。


 準備不足のフラドル王国は、インデグラル王国との国境でもあるノーシー海峡での海戦で革新的なインデグラルの軍艦と戦術の前に敗走。

 数日の内に、北西部のノンドルギア地方一帯を占領下に置かれたフラドル王国は軍の再編と兵器や戦術の研究を行い、さらに東の友好国である聖ロワイル帝国に救援を要求。帝国との連合作戦に望みをかけた。


 しかし、東方の蛮族との戦争で苦戦していた帝国は要求を拒否。国内でインデグラル派による反乱も発生し、戦争は泥沼化していった。

 以降、何度かの休戦を繰り返しながらも戦争は続いた。


 ここまでは両国の国民も知る歴史である。


 ただ不思議なことに、戦争末期の一一六〇年ごろからの書物が一切発見されておらず、そのころの歴史を語る者も少ない。それが私が必死になって探す理由の一つでもある。


 そしてもう一つ。発見された書物に奇妙な類似点があった。


 一人の傭兵に関する記述。そして、黒く塗りつぶされた上から共に記された『悪魔』という暗号。


 情報としては不十分なものばかりだった。しかし、私はそこに惹かれた。

 私はこの傭兵を通して三百年戦争を追いかけることにした。


 その先には何かがある。

 この戦争の隠された姿か。

 それともただのおとぎ話か。


 その傭兵に会うことはできなかった。存在自体があやふやだ。

 ただ、『彼』との関わりのあった人物を突き止めることが出来た。

 そのうちの一人が、今私の目の前にいる。



【神誕歴一二〇五年 十一月二十三日 スペニア王国 首都マルニタ】


「あんた、あの戦争・・・そして、()()()について熱心に調べてる物好きなんだってな」


 彼は『梟の目』と呼ばれた傭兵。『彼』の親友であり好敵手だった男

 

「あいつのことか。ああ、知ってる。話すと長くなるな。そう、今となっては昔話だ。初めて会ったのは、のどかな春先。酒場には、その日も傭兵たちが各地から集まっていた」


 彼は窓から空を眺め、懐かしそうに話を続ける。


「凄く目立っていたな。何せ、当時のあいつは14歳の子供だった。子羊みたいな印象で・・・酒場のマスターが、あいつに「良い目と腕をしている」と言った時には、そりゃ何かの間違いだろうと思ったよ」

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