第02話 図書室から『ファバーダ・アストゥリアーナ』へ
――秋の夕暮れ、11月の中旬。
シズクは何時ものように放課後図書室で本を読んでいた。
彼女は『おとなしいクラスでは目立たない』タイプの女子だ。
本が大好きで、学校の図書室の本は1年かけて、ほぼ読み切っていた。
漫画・ライトノベルから始まり、工業製品・経済学・裁縫・料理本まで揃っていた。
貸し出しカードに彼女の名前が載っていない本はこの学校には無い……。
新しい本の選定も彼女と図書委員によって去年の年末行われていた。
そしてシズクはいつものように『誰も来ない』少し秋の陽気のような寂しさと孤独感がある図書室で一人本の整理をしていた。
図書室に広がる日常の騒がしさから切り離された空間がとても気に入っていた。
いつものように図書室のホコリを払いながら見回していると……。
「……あれ?こんな本とかあったかな?」
シズクが知らない本が1冊、本棚にあった。
――見たことない一冊の本に心を奪われる……!
「……やっぱり、管理番号の札が表紙に付いていない」
古ぼけていてズッシリと重さがある厚み本のようだ。
「ファバーダ?……スペイン語かな?」
シズクは本を手に取り、ペラペラとページをめくっていく。
そして……。
――ページのラストを開いた瞬間!?
「え……!?」
――シズクは地中海の街の一角に立っていた!?
「……最近、異世界ファンタジー流行っているけど……私も!?」
シズクは辺りを見回す――。
「……飛ばされる前に、とりあえずチートスキルとか頂きたいのですけど……」
――シズクは意外と冷静だった。
制服のポケットに手を入れるが……。
スマートフォンなどは通学用リュックに入れてきていた。
シズクはハンカチ一枚と……。
「ファバーダって本一冊でどうしろと!!」
――彼女の持ち物は……。
『ファバーダ・ストーリー』
『お気に入りのプロット帳』
『書いた文字が消せるペン3色カラー』
……だけだった。
「……とりあえず、ファバーダ・ストーリー1ページ目から読んでみようかな……」
シズクは人気の全くない街の一角にある『小さな噴水』の縁に腰を掛けた。
――ファバーダ・ストーリーをまずは読んでみる事にした……。
ストーリーと記載している本の『題名』だが……。
「ほぼ取扱説明書じゃない!」
シズクは思わず本を投げてしまった!
すると、本は手から離れるとスッと消えた!
「わわわ!!」
シズクは投げた唯一の頼りになる本が消えた方へ手を伸ばした!
パッっと本が現れた!
「……微妙に異世界っぽい……本の内容はアレだけど!」
本の内容は、この世界の成り立ちと『スフィア』『レリクス』『ギルド』『武器の種類』など、RPGゲームのチョット厚めの取扱説明書だ。
――まさに、発売日と同時に出る『物語を楽しむアルティメット本』だ!
女子高生一人が街の一角に放り出され、無事で終わる……。
……まずあり得ないだろう。
最悪、即殺されて終了。
一番良い落ち所で、金持ちに売り飛ばされて妊娠ENDだろう。
「異世界チート発動まで何とかやり過ごさないと……!」
◇
幸い、小さな港街だったのが救いだった。
街並みはこじんまりしており、各主要施設の地図など必要ない大きさだった。
無一文のシズクは、一晩泊まれる『金』と『宿』を確保することにした。
――小さな街のギルドを先ずは目指した。
とても寂しい何もない街……活気どころか人っ子一人出会わなかった。
ギルドの建物も『街の交番』程度の大きさだった。
ギルドの中に入り『絵に描いたような猫耳』のとても美しい……。
――『筋肉隆々の親父』が立っていた。
「嬢ちゃん、ギルドに何か用事か?」
シズクがギルドの猫耳親父に話しかける前に訪ねてきた。
無愛想に店主はシズクに問いかけてきた。
「……実はですね……」
一連の経緯を御都合主義である『記憶障害』ストーリで語ってみた。
図書室の本を読破した成果を、シズクは出し惜しみをしなかった。
「うおぉぉぉぉ!!そんなことになっとるのか!」
「気付いたら記憶も金も住むところもない!それは悲劇だ!」
猫耳親父……脳筋親父は見事にシズクのトークで落とされたのである。
「それで、何とか、お仕事と安全に寝泊まりしたいのですが……」
「嬢ちゃん、残念だが、仕事に関しては今は『鍛冶屋』と『マッサージ店』位しかねーぞ」
「鍛冶屋の親父が伝説の武器を……っとまあ、内容は省略するが……」
「いい年して夢を追うために、行きずりの冒険者と旅に出て行っちまったんだよ」
「真面目に鍋の蓋でも直して余生を過ごせってんだ!」
――猫耳親父はシズクの体をじっくりと見て……。
「嬢ちゃんならマッサージ店のがオススメだな!ここは港だ。荒くれ者たちの相手をすれば日銭なんどすぐ貯まるさ!」
ギルドの奥からハンマーが飛んできた!!!
猫耳親父の頭部に派手にヒットした!!
「馬鹿野郎!!真面目に紹介しろ!!」
部屋の奥から女性の声に猫耳親父へ罵倒が飛ぶ!
頭部より血を垂らしながら猫耳親父は話を続ける。
「ま、まあ、鍛冶士ならいま募集中だ!」
シズクは少し考えたが……。
「鍛冶屋って事は、店舗もお借りできるのですか?」
「ああ、鍛冶屋といっても、小さい街だからな」
「使っていなかった水車小屋に『鍛冶場の炉』を増築した建て物だ」
「生活は出来るが……」
「せいぜい生活用品の修理とか鍋作って料理用の刃物研ぐぐらいしかできんよ」
「まあ、それすら専門でする職人がいなくなって困ってはいるがね……」
――シズクは迷うこと無く、職を得るチャンスに飛びついた!
「あのう!私にそのお仕事させて貰えないですか!」
「ホント1からになりますが……よろしくお願いします!」
――シズクは選んでいる場合でないことを察していた。
数あるラノベも読んできたが……。
『無能10代女子=オークor領主=肉便器』というテンプレートを避けるために!
「申し出はありがたい……が、嬢ちゃんの細腕で鍛冶はできるのかね?」
小さな街では、時に役場や警察業務も担当することもある。
ギルドを預かる男の言い分も正しい。
……シズクは顔を曇らせた。
「……一ヶ月だ。一ヶ月の間だけ、鍛冶場を任せるよ」
「無理そうなら別の職を探すのが条件だ!すまないな」
「あ!ありがとうございます!精一杯やります!」
シズクはよくある『ご都合展開』になった事に少し安心している。
――しかし、もう少しチートスキルを頂きたいと思っただろう。
シズクは危惧していた――。
このままでは、異世界ハーレム物のラッキースケベ要因から脱出出来ないからだ。
この異世界でとりあえず主人公にならないと、大変な事になりかねない!
――シズクは貞操を守る事を最優先として、スタートすることにした。
「ワシはギルド長の『ミッキー』だ!これからよろしく」
――シズクは違和感を相当感じた。
屈強な肉体を持つ猫耳の親父の名前が『ミッキー』……。
ここまで夢を与えないミッキーは初めてだ。
「嬢ちゃんの細腕でも出来そうな仕事は回してやるよ」
――シズクはこの『ミッキー』に世話になっていいのか?
細腕でも出来る仕事!?
「早速だが、鍛冶場のある水車小屋に案内するよ」
――『ミッキ』……夢の国の集金畜生だ!
夢の国は資本主義の象徴だ。
コスチュームを着てする仕事じゃないだろうか!?
「み、ミッキーさんよろしくお願いします!」
――シズクには選択項は存在しなかった!
≪プロット帳:『ミッキーは猫耳の集金畜生野郎』を記載した!≫
≪プロット帳:『鍛冶職人見習い』を記載した!≫
「おい!クリス。嬢ちゃんを鍛冶場に案内してくる店番よろし頼んだぞ!」
カウンター奥からギルド長の妻『クリス』が手を振って答えた。
「あいよ!」
その後二人はギルドを出て鍛冶場に行くことになった。
――今日から1ヶ月間は『住むことが出来る』水車小屋を目指した。
≪プロット帳:『シズクは住居を確保できた!』を記載した!≫





