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#01-05 この勝ち組が!【SIDE:橋本文也】

 ――気に食わん。

『あいつ』のなにもかもが、気に食わん。

 休み時間を謳歌する喧騒に満ちた教室のなか。冷たい目で、彼はその男を見やる。――仮に、全校生徒を体育館に一気に集めたとて、『あいつ』を見つけるのはウォーリーを探すよりもたやすい。

 人目を引く、雪よりも白いプラチナの髪。

 欧米人に特有の、透き通るような肌。

 削げた頬。尖った顎。突き出た喉仏。

 小動物系とも思える彼だが、パーツのひとつひとつを取ってみれば存外男らしい。

 物腰は常に柔らかく、自分を振った女の子の彼氏が翌日教室に乗り込んで、無自覚の嫌味を言ってきたとて、やり返したりなどもせず。自分のために激高する友達を止めたほど――だった。

 ――嫌味な野郎や。

 けっ。とあのときの『あいつ』を思い返すたび、彼は内心で悪態をつく。だいたい。――人間はみぃんな多重人格や。誰にでも、ひとに見せたない自分ちゅうもんが存在する。せやのに、あいつは、児島をぶっ飛ばしたい自分を覆い隠して、聖人君子を演じてやがる――。

 とはいえ。

『あいつ』に、『直接』暴言を吐くことは憚られる。何故なら。夏休み中に、『あいつら』が廊下で横断幕作りで盛り上がっておったときに、『おまえ女とばっかおるんじゃねーぞバーカ!』……暴言を吐いて走り去ったのだが。夏休み明けに、梅村洋平に呼び出され、

『――女とばっかおるんがバカかどうかは、自分が決めることやないん違うん?』

 拳をばきぼき鳴らしながら、なまじっかスイートな笑顔で言われたのが怖かった。

 自分の立場をわきまえた彼は、教室にて。自席に座り、拳を固める。仮にこの拳を振るうとしたら相手はただひとり。――最初は、おんなじ負け組や思うたんに。

 このことを考えるたび、砂を噛むような気持ちになる。学校とは、残酷なほどの階級社会だ。近年、『スクールカースト』なる言葉が普及して久しいが。この時点の緑川においては、そんな単語が存在していなくとも。階級なるものは確かに存在していた。彼は、階層を、三つに分ける。

 その一。グループA。完全なる、勝ち組。誰からも人気があって友達も多く、言動が注目を集める、上流階級の人間。児島清一郎や村崎実咲はこちらに属する。

 その二。グループB。勝ち組でもない底辺でもない、一般人。こちらに属する者がもっとも多い。

 梅村洋平やその取り巻きあたりはこちらに属すると思われる。――まああいつらに至っては本気を出せばAに行けるが、力を加減している。

 そしてその三。

 完全なる『負け組』。グループC……。

 友達が極端に少なく。女であれば髪はやたら長いか後ろで結わく程度。教室の隅っこでコミケの話をしている。男であれば線が細く女の子にキモがられる。かモブキャラ。か完全なる……空気キャラ。

 友達同士で和気あいあいと盛り上がるクラスメイトを眺めやり彼は思う。――もしこんなおれが、注目集めるとしたら、二階の窓から飛び降りようとしたとき。そんなときのくらいのもんや。だーぁれも。おれに、目ぇなんか向けてくれん……。

 友達は、たった一人。離れたクラスに所属する友達とは、体育などの合同授業も被らず。なのに、休み時間ごとにちょくちょく遊びに行く自分が滑稽で。惨めで。……

 だから、ときおりそんな自分の立ち位置を自覚するために、こうしてぽつねんと教室で過ごす。

 彼は、玉城マイクを見た。……女の子たちと笑いあっている。まーた歌合奏か。うぜえ。そんなの、部活中か合唱コンクールんときにやれよと。だいたい、初めてあいつを見たとき、類まれなる容姿は別として――

 おんなじやと思った。

 なのに。なのに……。

 そうこうしているうちに授業開始のベルが鳴る。隣のクラスから遊びに来ていた子も慌ただしく自分の教室に戻っていく。孤独に過ごす彼には見慣れた光景で、異国の地で演じられる演劇のように、霞がかった、他人事のように思えた。

 キモ男ならキモ男らしく、勉強かなにか出来たらいいのに。オタクというにも中途半端。自分には、夢中になれるものが、なにも、ない……。

 生きた屍だと、自分のことを思うことがある……。虚しい。こんな自分が死んだとて。悲しんでくれる人間がこの教室のなかに、いったいどれくらい居るだろう? ――と。

 泣きたくなる自分を押さえ込んで、彼は、理性的な、あるべき生徒の正常な顔を保つように努めた。ひょっとしたら、犯罪というものは、自分のような人間が起こすのかもしれない。


 長かった午前の授業が終わり、昼休みを迎えた。唯一の友達は、今日も学校に来ているので、彼は誰よりも早く席を立つ。一年四組に行くと、友達の前の席の椅子を拝借する。……女の子のを借りるのは気が引けるので男子のを。キモキャラは、こういうところで気を遣わねばならぬから大変だ。アンガールズの肉付きが良くなったら大変だ。仕事が一気に無くなる。

 学校とは、バランサーだ。

 おれたちのようなキモ男がおるから、あーゆーやつらの輝きが、増す。

 緑高の、廊下に面する壁は、廊下を見渡せるように上半分がガラス張りの腰高窓になっている。ガラス窓を椅子でかち割る不良なんてのはドラマの作り上げた虚構だ。東工はどうだか知らないが。……と。

 友達とアニメトークをしながらランチを平らげる彼の目に、いまもっとも見たくない人間の姿が、映し出された。しかも、その相手は、こっちに向かってまっすぐ、……やってくる。

 目的はどう見ても自分だ。焦りからか、衣替えしたばかりの長袖のポロシャツの脇に汗をかく。こんなもの――ブレザーなんかまだ着てきていないから、見つかったら大変だ。

 なのに。

『そいつ』は、彼に近づくと、にっこり笑ってこう言った。

「――ちょっと廊下で話す時間ある? FFえふえふ――」


 この規模の庭を手入れするのにいったいどれほどの手間暇をかけているのだろう。きっと、税金から捻出されているに違いない。緑高は、公立高校だから。

 一年生の教室のある、二階の窓から、緑豊かな中庭を眺める彼の胸中は複雑そのものである。――なにしに、こいつ……。

 横顔を盗み見た。……秋の穏やかな風に乗って届く『I love you』。だからてめ、おっめーが美形無双っつうのはよくよく分かったからその耳障りな口笛を止めろ。

 と、思うのに。

 その音程の正確さに驚かされる自分が――居る。口笛て。こんな、

(きっれーな、もんやった、か……?)

 面白そうに、開いた窓のサッシに両腕を預け、顎を乗せて中庭を見やる玉城マイクは、なんだか、上機嫌だ。

「あーおもろかった」一曲終えると彼は満足げに、「なあ、FFからもなんかリクエストない? なんでもえーよ。流行りの歌。クラシック、アニソンでも」

「おれに、なんの、用やね」

 一語一句、強調して発言した。拒絶の意志の表明である。

 それに対し、からだを起こすと、玉城マイクはふわりと笑い、

「用ないときみに話しかけたらあかんの?」

 動かざること山の如しという例えは、きっと正確なのであろう、……揺らがない信念の片鱗を彼は見せつけられたかたちだ。

 が。

「おれは、おまえに、用なんかない」

 こっちだって、伊達にCグループ名乗っちゃいないんだ。モブにはモブなりの、生き方がある。だから、上から目線で、てめーの信念を押し付けんな。玉城マイクよぉ。

 ほとばしる思いのままに、拳を固め、FFこと橋本はしもと文也ふみやは言葉を発す。「――率直に言うとな。おれは、おまえが、嫌いや」

「へーえ……?」ぞっとするくらいに嬉しげな笑みを浮かべる玉城マイクを見て、橋本の脳はこいつ、だらかと判断を下す。嫌われることに喜びを感じるてこいつ――どんなMやね、と。

 その時点で橋本は『気圧されていた』。勝負事は初めが肝心、とっかかりで主導権を握らなければならないのである。

 ぴん。

 と、橋本の目線を受け止めたまま、玉城マイクは指を立て、

「……ぼくのどこがどう嫌いなのか、ゆうて見て?」まつげの織りなす影がどこまでも美しい。プラチナだ。「ひとーつ。ひとーつ。ぼく、……善処するからさ」

「おっまえ……」橋本の言葉は震えた。「馬鹿にしとるんか、仲のええクラスメイトになりたいんか。どっちや」

 すると落ち着いた雰囲気を保ったまま、赤い唇に玉城マイクは指を添え、

「ぼくが平和主義なのはきみもよくよく知っていると思う。だってきみ――ぼくのこと好きじゃないかって思えるくらい、ぼくのこと、気にしてる……よね?」

「――ば、馬鹿言え!」

 橋本の絶叫が響き、ひと目を集めるのが分かった。

 だが橋本は、止める気など、微塵もなかった。「ああそうや。見ておったさ。最初な。おれな、キョドっとるおまえ見ておるうちに、……『同類』や思うたんに。

 覚えとるか? セーラームーンの話で盛り上がったこと……。

 やのに。やのに」

 主人公は、新しい仲間を見つけた!

 新たな冒険の旅に出かけた! ……

「『新作RPG』の開幕やね」橋本は寂しそうに笑い、「おまえ。あっちゅーまに、階級社会の残酷な階段を一つ飛ばしでのぼっていって、……いまやおまえ。おまえのこと知らんやつは、この学校のどこにもおらん。

 知っておるか?

 一年のみならず三年の女でもおまえにファンレター出そうか悩んでおる二百五十万人乙女がおるっつう話。『りぼん』でもびっくりの話や」

 と橋本は肩をすくめ、

「自分がどれだけ人気もんか自覚しとらんやつに、おれみたいなモブ男がゆえることは、なんもない」

 くるり。

 と、玉城マイクに背を向け、

「……じゃあな」

 然るべき場所に用意された、自分の寂しいポジションに戻るつもりだった。

 見ている者が居ようとも、誰も声をかけない。ああそうさ。自分はいつだって、……

「ちょっと待ったぁあああ!」

 今度は、玉城マイクの大声が響いた。

 慌てて振り返ると、玉城マイクは肩で息をし、

「……なんやね。ぼくがどれだけ人気者かなんか知らんが。そんなんで、ぼくの本質が変わるか! ぼくは、いつやって……臆病で。

 ひとの顔色窺っておって。

 そーゆー自分と決別できん! 弱い人間やね! せかけどぼくは」

 ずんずん、玉城マイクは、橋本に歩み寄ると、がっ、とその手を握り、にかっ、と笑うと、……しもた。

「なに言うつもりやったか、忘れた」

 橋本文也のみならず、近くに居る女子までもがずっこけた。

 されど玉城マイクは、繋いだままの二人の手を挙げると、

「たまには喋ろうま。……な。睨んでばっかおらんで……」

 全世界の女性を籠絡する魔性の笑みを見せる。「ぼくなあ」と言葉を紡ぐ。

「『出遅れ』ておるもんで、休み時間は、ついつい、『ゆうりん』たちんとこばっか行ってまうげけど……喋りたいねん。橋本くんとも……」

 う。

 そんな純粋無垢な目で見つめられてしまったら、……

「あそうだ」ぱちん。手を離すと玉城マイクは指を鳴らす。「せっかくやったら、ふみふみも吹奏楽部に入ったら? 楽しいよ?」

「入らんわおれは」唇を尖らす橋本文也。「吹奏楽部ってあんなん、リコーダーみたいなんをピーヒャラピーヒャラやっておるだけの、くそ簡単なもんやねんろ? どっこが面白いがいね」

 ……

 一瞬で。

 背筋が、ひやりとした。なにかとんでもない地雷を自分が踏んでしまった予感が伝わる。

 予鈴が、鳴り、橋本文也は、救われた気がした。「そろそろ、教室戻らな……」

「FF」と、白い手がそれを阻む。「次の休み時間、『おれ』んとこ来て……断ったら、きみの初恋の相手がセーラーマーズやったってこと、直美なおみ先生にバラす」

「そそそそそれだけは」懇願する橋本。「そそそそれだけはどうにかご勘弁を!」


「ほらやっぱしゆうたがいね。クラなんかいきなし吹ける初心者なんておらんて」

「え。はっちゃん先輩、でもぼく出来ましたよ?」

「んっもう! やからそれはマイたまが『出来る子』やからやりんて!」

「気にせんでなー橋本くん。マッピはまだいっぱいあるよて。さーさ。次ホルン行ってみよか」

「ホルンねえ。あれ、マーチやと裏打ちばっかで初心者やとつまらんかもしらんよ」

「えーでもやってみな分からんて。さ。やろ。やろ……」

 放課後の音楽室にて。そこには、可憐な女子高生たちに囲まれて縮こまる橋本文也の姿があった。通称FF。マイクが勝手に命名。国民的RPGと被るのみならず藤井フミヤと同じイニシャルなので、実を言うと、橋本本人は気に入っている。『ふみふみ』よりもだいぶ。

 が。

 性格上、そんなことは玉城マイクには伝えられない。けれど、吹奏楽部というハーレムにいきなり投じられて、橋本文也は赤面するのを抑えられない。なんやこれ。なしてこんなかわええ子ばかりやね。……

「さーFF」と、橋本文也を連れてきた張本人のマイクが彼の正面にすっと立ち、「どんななにでも選び放題やよ? ピーヒャラピーヒャラ、好き放題、吹いてごらんよ?」――と。

 妖艶な玉城マイクの笑みを見て橋本文也は悟った。――玉城マイク。こいつを敵に回したら。

 生きていける気がしねえ。


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