#01-03 三者三様の、『好きです』【SIDE:村崎実咲】
――天使が舞い降りたのかと思った。
村崎実咲が初めて、玉城マイクを見かけたときの感想がそれだった。……こんなかっこええ男の子、アメリカの映画でしか見たことないわ……。
ふとしたときに、マイクに魅せられてしまう自分が居る。
授業中ぼーっとしていると。黒髪だらけのなかでマイクの銀髪が目に入り。どぎ、まぎ、してしまうこともしばし……。村崎実咲にとって、玉城マイクとは、天使みたいな顔をした留学生。そんな、印象、だった……。この緑高。毎年六割強が緑川市在住でありマジョリティである。実咲は緑川第一中学――通称一中という、坂のうえにある中学校を卒業しており。ゆえに、緑高に入っても知った人間ばかりで、例えば人間関係に不自由することなどなかった。
一中は不良が多く。並外れた美少女である実咲は『目立ってしまう』ゆえ、目立たないよう服装や髪型に留意した。同じクラスの男の子と喋っただけで、他の女の子とぎくしゃくしてしまうあの世代特有の、女子のねっちゃねっちゃした関係性を維持するうちに、『目立たない』術を心得た実咲である。
『あたし○○くんに告白されたんよ』自分から友達にバラすなんてもってのほか。
実咲は何度も告白されたが、その都度、断った。
憧れのひとが居たからだ。名を児島清一郎という。水泳部のエース。鍛え抜かれた肉体は、プロの選手のようだった。制服を来ていてもその引き締まった体躯が目を引く。彼に恋い焦がれる女の子は多かった。が、実咲の場合、
『大丈夫?』
ある日。廊下にて、貧血を起こして屈み込んでいると。声をかけてくれたのが児島だった。当時の一中は、先生は生徒に、先輩は、後輩に厳しく。同じクラスの異性と話せるのは、よっぽどの不良か、スクールカーストの頂点に居る人間、のみにだけ許される特権だった。
当時実咲は一中の一年生であり、目立つことを恐れ、声も出せずただ首を振ると。
児島清一郎が、思い切った行動に出た。
躊躇わずおんぶをして、実咲を保健室まで運んでくれたのである。
いいよ。ひとりで。歩けるから、などと言える元気もなく。ただ、児島清一郎の背中に頬を預け、全身で彼のやさしさをぬくもりを、感じていた。
――それから、顔を合わせれば話す、知り合い程度に昇格したものの。清一郎は、部活に熱中しており。引退後は受験勉強。実咲とて、勉学に勤しむ中学生であり、また、本物の恋がなんたるかを知らぬ年頃であり。あの日清一郎が与えてくれたやさしさを、そっと胸のうちで愛でる……そんな中学校生活を過ごした。
緑高に入ってからは世界が一変。
奔放な校風もあってか、先輩後輩同士も仲が良く。また男女問わず仲良く過ごせる。実咲にとって、緑高は、居心地のいい環境であった。噂の回りがやたら速いのを除けば、粘着質ないじめや、特出した偏見も見当たらず。
ここに来て、初めて、実咲は『自由』を感じられた。中学時代は、彼女が美少女ということもあって、一本出過ぎた杭にならぬよう必死に日向の道を避けて歩いていた。が、緑高では。ちょっと可愛いからといって、差別なんかしない。別にいいじゃん。そんな空気なのである。
昔なじみの友達や、新しく緑川市以外からやってきたクラスメイトたちと高校生活を謳歌していた実咲だが入学当初、気になる男の子が居た。玉城マイクである。
緑川市以外では、海野という港町からやってくる人間が、最も人数の少ないマイノリティであるが。それにしても彼らは順調に順応している。
だがマイクは違う。なんというか、学校での『振る舞い方』を知らない――そんな感じだった。
英語の授業なんかで当てられると無茶苦茶いい発音で音読し、音楽辺りでは美声を披露するのだが、実咲自身が窮屈に感じていた自分の姿を、彼のなかに見たのである。――どうしよう。
――どうやったら馴染めるんやろ……。
そんな彼の声が聞こえてきそうであった。
ひとりぼっちで過ごす彼の姿をちらほら見かけた。が、実咲とて新しい環境で先ずは同じクラスの同性全員と交流を持つのに必死で。最初の一ヶ月間は、男子と喋る余裕すらなかったくらいである。マイクを救ったのは、意外にも、おれガイジン無関心とでも言いそうな、不良の梅村洋平たちで、あった。廊下でぼうっと外を見やるマイクに声をかけ。移動教室。お昼ごはんなど一緒に食べるようになった。すると、マイクが、水を吸った砂のように、生命力を取り戻していくのが分かった。実咲には、そのことが、とても嬉しかった……。
(良かったね……玉城くん)
実咲は、中学時代などはとても出来なかったのだが。高校に入ってからは、男子グループに対し、たったひとりで話しかけられるようになった。その一環として、実咲は、ヨーヘイたちとも喋るようになった。たわいもないテレビ番組の話。昨日見た歌番組。大河ドラマ。そしてテスト。
緊張した面持ちで、暗い顔をしていた美少年は、もうそこには居ない。
変わったのだ。彼は。
――だからというわけではないが。
体育祭の実行委員である実咲は、マイクを、準備のメンバーに誘った。ヨーヘイたちとは仲がいいものの。非・永迂光愚蓮会メンバーであるゆえ、かつ、帰宅部である彼の事情を考慮してのこと。彼のためにもクラスのためにも、一丸となって頑張れる――そんな夏の思い出があってもいいのではないかと。
実咲が入部した卓球部は、楽しくやれればいいという雰囲気で。六月の総体で先輩たちが引退してから、夏休みの練習は、あっても一日数時間程度で。
よって、実咲には『余裕』があった。毎日、毎日、登校した。クラスのなかの十人くらいがそうしてくれただろうか。マイクも含め。実咲たちは、絵の具で横断幕にいろをつけたり。裁縫が苦手なマイクが鉢巻作りに苦戦する姿にこっそり頬を緩めたり。帰りしな、寄り道をして、大判焼きを頬張ったり。たまにはカラオケなんか行って。『Don't look back in anger』を歌うマイクの歌唱力と英語力に驚かされたり、と。
胸のうちでどんどん、玉城マイクという男が、広がっていった。
彼は常に、なにかに、一生懸命で、前向きで。笑った顔がとってもキュートで。物腰柔らかで感じの良い、好青年であった。
ある夏の日、ぽつんと、またいつかのように、廊下にて、たったひとり窓の外を見ていたマイクに声をかける。「玉城くん。どしたん?」と。また『あの頃』みたいに。
――ひとりぼっちで寂しいのだろうか。
そんな心配とともに、彼に寄り添った実咲だったが、
「違うよ」
と、彼は笑む。「あれな」と彼は指を指し、「あの雲がおっきいなって、……ぼく見とってん」
声音が明るいもので、実咲はホッとした。ついでに、隣に、立ってしまうと、狭い窓ひとつに男女二人が並んでいる状況。マイクの肩と肩とがくっつきそうだ。実咲が、顔が赤らむのを抑えられない。当たっ……てる。当たっとる……! ひええ。
――わたしと玉城くんが……!
ちらと。実咲はマイクを盗み見た。端正な横顔。顎から繋がる喉仏のラインがあまりに男性的でどきりとした。
(男の子なんやな、玉城くんて……)
愛くるしいチワワみたいな雰囲気だけれど、れっきとした男の子。気配から空気からそれを、感じる。
実咲は自分から離れた。「さき、教室入っておるね」
「ん」と後ろ手を振るマイクの背中。
広くて。
大きくて。きっと。
児島くんみたいに、あったかくて。……!
『あの感覚』を重ねた自分に、実咲は動揺した。『あのひと』と『マイク』は別人である。それを重ねる、だなんて……!
実咲は自分を戒めた。玉城くんは、大切な友達。男女間の友情は成立する。自分はきっと、それを証明できる。と、信じていたはずの実咲だが、マイクと肩が触れ合いそうになってから約一ヶ月後に、思わぬ人物からの告白を、受けることとなる。
話は前後するが。実咲は、緑高に入ってから、ときどき児島清一郎と話すようになった。
クラスは違ったが、同じ体育委員となったよしみでかこつけて、という裏心が無いといったら嘘になる。なんせ、中学時代のまるまる三年間憧れ続けたひとなのだ。
児島は、いつも、気さくで。書籍から学び取った綺麗な標準語を喋り(読書家なのだそうだ)。
練習の厳しい吹奏楽部に入ってしまい、部活と委員の仕事の両立に頭を悩ませていたり……ただでさえ緑高はミニテストや試験が多い。成績が悪い者は追試にも忙殺される。なんでも完璧にこなすように見える児島清一郎も、化学だけは苦手で引っかかってしまうそうだ。でも彼は、不満一つこぼさず、クールに。冷静に。落ち着いて、求められている役割をこなしているかに見えた。
――が。
体育祭を翌週に控えた金曜日の放課後。みんなで集まったあと、それぞれが部活動に向かう途中で。
こほん。こほん……
美男子は、マスク姿までも麗しい。萌えー! ……と叫びたい自分を抹殺した村崎実咲は、児島清一郎に声をかける。「児島くん。どしたん。風邪……?」
「微熱があってね」こころなしか、顔が青ざめて見える。無理をして登校したのだろう。「今日は、部活動は、自粛して、おとなしく帰るよ」
他意は、無かった。ただ、ほうっておけなかった。
次の瞬間。村崎実咲の口から発せられるフレーズは。彼女にとって、不可思議なものでも不思議なものでもなんでもなかった。「じゃあ、おうちまで送ってこうか?」
「……済まない。ちらかっていて」
「いえ……」清一郎をおうちまで送るだけのはずが。布団屋を営む彼の両親に、「あらま! こんないちゃけな子ぉ連れてきて! さ! あがってあがって!」……
好きなひとの部屋で二人きりという超展開が待っていた。
清一郎は、風邪を移してはいけないから、と断ったものの。あんたこんなときくらい彼女に甘えましね! 風邪なんか寝とれば治るわいね! ……
よって。
ベッドに寝そべる清一郎の横にちょこんと座っている。
部屋は、六畳ほどで。ごく普通の男の子の部屋といった印象である。あるべきものがあるべき場所にきちんと仕舞われている。書籍は棚に。衣類はたんすやクローゼットに。好きな芸能人は居ないのか。ポスターのひとつも貼られていない。カレンダーのみ。……が。
『緑高体育祭』
祝日の欄に、赤字できっちり書き込まれており、……お世辞にも綺麗とは言えない文字だ。美男子の抜けている側面を垣間見、こっそり頬を緩めた。マイクもだけれど児島も頑張っている。アプローチは、ひとそれぞれで。
マイクのように、一生懸命クラスの制作物に手をかける人間も居れば。裏で、何度も何度もミーティングを重ね。もっと面白いものに出来ないか、試行錯誤するひとびとも居る。
「楽しみやね。体育祭」実咲は、カレンダーを見やり、立ち上がった。「……ほしたら。急にごめんね。体育祭までに治るといいね」
……じゃないと、みんな、困ってまう。と。
笑って言うつもりだった。ところが彼女の脳が緊急指令として選んだのは、
「わたしが、寂しいよ。
児島くんがおらんと」
は、と口を押さえた。なにを言ったいま。
見れば。滅多に見れないパジャマ姿の、すこし青ざめた美少年は、実咲の目線を受け止めたまま、ゆっくり立ち上がると、彼女の前に立ち、
「好きです。村崎さん」
実咲は、真正面から彼に飛び込んだ。感じるたくましい肉体。内在する崇高な精神。背中にひしと手を回し、彼の匂いを胸いっぱい吸い込むと、その太い腕のなかで、
「実咲って呼んで。せいくん」
初めて見せる女の顔をして、甘やかに笑って見せたのだった。
緑高の体育祭は、赤白に分けられて行われる。
偶数の組が赤軍で奇数が白軍。……毎年何故か白軍が大勝ちしてしまうそうだ。その事実に対し、緑高の女帝と称される三年生の小澤茉莉奈先輩は毎年ご立腹で、彼氏と言うのか下僕と言うべきなのかどちらがより正確のなのかは分からないけれど小澤さんに従順なくせしてタコ勝ちした赤軍の田辺という男子に雷を落とすんだとか。……ひとの愛のかたちというのは、ひとそれぞれだ。
実咲は、告白を受けて以来、一日一回は、『せいくん』に電話をした。携帯電話が流通していない時代の話である。電話代もタダでは無い。親に気を遣う。ゆえに、簡潔で、当たり障りのないがほとんどである。――部活頑張ってる? 楽だね体育祭。
好きです。
なんて言ったのは互いに一度きり。恋人にしてはスキンシップを取らず、それ以前に清一郎は風邪を治さなくてはならない。それどころでは無いのだが。友達以上恋人未満のプラトニックな関係が続いている。
あの日、実咲が部活を休んだことは知られているものの、清一郎とは校門の外で合流したので。幸いにして、噂の種にはされなかったのだが。そのことで、思い切った行動を、『彼』に取らせてしまった。
勝ち戦の興奮も、いつかは、冷めてしまうというもの。
耳のなかに、ついさきほどまで聞いていた勝者の歓声を響かせつつ、テントを解体にかかる実咲に対し、
「村崎さん」
接近する思わぬ人物。「……玉城くん」なにか、思い詰めたような顔をしているが、実咲は笑顔で応じた。「よかった。これ。手伝ってくれる……? ひとりじゃ、なんも出来んくて……」
「ええよ」
作業をしつつも、実咲はマイクを盗み見た。夏用のTシャツに隠された、男性特有の、分厚い胸板。華奢に見える彼だけれど、抱きしめればしっかり厚さが感じ取れるだろう。半袖から出る腕は骨ばっていてきっと、片手で十数キロ程度の実咲の握力の二倍はあるだろう。意外と、鍛えている感じ……。
不覚にも実咲はときめいた。手際よくテントを解体していく姿に。緊張しているのか、いつもより無口なのが気になるけども。終わると。
「これどこに持っていけばいいん?」
「いーよわたしがするよ」と実咲は答えるものの、
「これ結構重いよ? ほかに誰か呼んでこな厳しい……ねんけど。
村崎さん」
運動場に置かれたテントから離れ、実咲の前に立つマイク。そのときには、彼は、彼なりの決断を導き出していたんだと思う。
「ぼくね。村崎さんが、ぼくを、体育祭の準備に誘ってくれたん、……すっごく、感謝しておる。
ありがとう。
そのおかげで、ヨーヘイ以外のクラスメイトたちとも仲良くなれたし」
「そんな」と首を振った。「誘ったのはわたしだけど、玉城くんがクラスに溶け込めたのは、玉城くんの人間性あってのことだよ。やさしいし。怒らないし。レディーファーストの徹底した、ジェントルマンだし……」
褒め言葉を聞いて。彼の覚悟は固まったようだ。
「ぼく、村崎さんが好きです。つきおうてください……」
献身的な美少年を『振ってしまった』体育祭から約二週間後の、十月某日。村崎実咲の姿は、緑高体育館のなかにあった。いつもは、バレー部やバスケ部が練習する空間であるが。今日は、いつもと違うことがある。壇上には。めいっぱいの椅子やパーカッション。ステージ下には、パイプ椅子がたくさん並んでいる。
他の部活のメンバーにも手伝ってもらって、二百強並べたんだとか。
提案したのは、つい先日入部したばかりの玉城マイクと聞く。彼のことを思い返すたびに。つい、頬が、緩んでしまう。どうしてあんなに、なんに対しても一生懸命なのだろう。例えば、バイリンガルであっても。周囲から『浮く』のを恐れるとしたら、わざと、日本語訛りの発音にする。玉城マイクは、それを、しない。誇りに思っているのだ。自分を育ててくれた環境を、それに対応してきた自分自身も。
いまでは、マイクが長文を読み通すと笑って教師が拍手する。『玉城くん、先生より上手いわ』
そんなマイクに、悪感情を抱く人間など、誰ひとりとして居ない。それは、断言できる。
それでも、マイクは、おっちょこちょいで。あノート忘れてしもた。やっべ次ぼく当てられるんに……。得意の英語と音楽以外ではヨーヘイたちに頼ることの多いマイクである。
そんな抜けたところも、愛おしい……。
はっ、と実咲は自分の胸元を見た。いったい……なにを、考えている? 自分には、ずっと好きで好きでたまらなかった、大切な彼氏がいるのに。それでも、実咲は捨てきれない。
大切なクラスメイトのことを思いやって、なにがいけないと。
マイクが入部してから。休み時間は常にヨーヘイたちとつるんでいたはずの彼に変化があった。ちょくちょく、勇気凛りん三人娘の集まる席に行くのだ。そこで、歌合奏なるものをしたり(楽器を持たず、口でドレミで自分の旋律を歌い上げる練習法)、吹奏楽談義をしたり。
『へー。はー』
いろんな知識を詰めまくって脳がぱんぱんだろうに、一生懸命相槌を打つさまが微笑ましい。
『せいくん』こと清一郎に関しては。マイクと同じ部活ということもあって、昼休みには必ず顔を出す。おいマイク。もっとおれの音聞けよ。そんなんじゃあ駄目だぞ。……彼女には甘々なくせして、部活のこととなると厳しいせいくんの一面を垣間見れて。実咲は、微笑ましい気持ちになる。
さて。体育館の客席には、徐々にひとが集まり始めた。マイクの提案で、なにを行うか。――
あるときマイクはこう言った。
『――いまからでも部員増やしたいんなら、演奏会みたいなもんしたったらええじゃないですか。体育館とかで』
緑高の秋は、忙しい。この一週間後の10月8日と9日の二日間は、吹奏楽部は緑高学園祭を控えており。……被ることしたって意味ないんやないの? と不思議がる先輩も居たらしい。
学祭の演奏は、学校の近くにある緑川市文化会館で行われる。
学園祭は、すべての生徒がなにかしらの出し物をするゆえ、学生自体が聴くチャンスが無いのでは? ……
マイクの提案に快く顧問の恭ちゃんこと――佐藤恭吾先生が応じ、皆の総意で演奏することとなった。
演奏するのは三曲程度。
新たな部員勧誘以外に、受験で疲れ気味の三年生のこころを癒す――という目的も、ある。
客先の最前列の端の席に玉城マイクが座った。その更に隣には、いつものヨーヘイたち三人組。なにから必死で楽譜を読んでいるふうなマイクを、笑って小突く。……流石に、入部二週間の初心者がステージに立つことは出来ないのだろう。実咲はそんなマイクの様子が気になり、同じクラスのサバケた女子の南ちゃんと真後ろの列の席につく。……
『あー。えへん。おほん』
楽譜を凝視しながら咳払いをするマイクが可愛かった。笑って実咲は話しかける。「なに玉城くん。緊張、しとるん? なして?」
「えーあー」耳まで赤くしたマイクが振り返る。「……内緒」
「なんやねそれ気になってしまうがいね」と実咲は苦笑い。……『振る』『振られる』側になっても、今まで通り、友達として接してくれるマイクのやさしさが、胸に染みた。そんな彼に。吹奏楽を起点とした、素晴らしい学園生活が待っていることを……実咲は、こころから、願った。
ステージ上でも着々と準備が進んでいる。壇上の人間の表情は明るい。文化会館で行うほうが緊張するのだろう。すると、恭ちゃん先生の檄が飛ぶ。――おいおまえら! 内輪向け演奏会やからってたるんでるんじゃねーぞ! 相手はおんなじガッコの生徒であっても大切なお客様だからな! ――はい!
……客席に居るマイクまで大きな返事をした。……恭ちゃん先生。公立高校の教師でロン毛はどうかと思うのだが。ワイルドな風貌で。真冬であってもワイシャツで第三ボタン辺りまで開いているらしい。幸いにして胸毛は無いらしいが……。
演奏会やコンクールとなると、蝶ネクタイで、髪は後ろで束ね、びしっと決める。滅多に見られないスタイルに、ほーっ、と見惚れる女子も多々……。
人間、見た目だけで判断するのは危険だが、確かに、見た目は大事だ。
ステージ上の部員やマイクの後ろ毛を見ているうちに本番への駒を部員皆が手際よく進めていく。
と、ここで気になることが。「玉城くん、後ろハネとるよ」
「え!? うああっ」思いのほか大きな声で反応するマイク。「どこ!? どの辺?」
「面白れーから黙っておいたんにな」とニヤニヤする黄サル。パンチパーマはお手入れが楽そうで羨ましい。いや羨ましくない。女子高生的には。
「はいよ」と手持ちのヘアワックスを手渡すヨーヘイ。常に常備しているのか。リーゼントはキープが大事だ。
「ぼく裏方の仕事もあんねし、寝癖なんてお客さんに見せられんわいね。……サンキュな。ヨーヘイ。ついでに直してくれん?」
「あいよ」
手慣れた感じでワックスの蓋を開き、両手をすり合わせるヨーヘイ。
と、彼は実咲の視線をも受け止めてにやり。白い歯を見せて笑い、
「せっかくやし。ええ感じにしたろか?」
マイクがあんなにもテンパっていた理由。ヨーヘイのひらめきが、思わぬ『効果』をもたらすのは、この三十分後のことである。
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