#04-01 失敗を糧に
(ああっ……たくもう。こいつら、何度同じ過ちを過ごせば気が済むんだ? 毎年毎年……)
季節は六月を迎え、例年各校がコンクール曲をお披露目する演奏会が、行われた。演奏会といっても実質コンクールの前哨戦である。
毎年、緑高の演奏はサムい、というジンクスがある。それを打ち破るべく、毎年毎年努力を重ねているわけであるが――指揮棒を振る佐藤恭吾の表情は、渋い。せっかく作曲者のアルフレッド・リード、アルメニアの歴史、その原曲にまであたったというのに、その努力を無駄にするかのようなクオリティの演奏。
帰りのバスでは、当然ながら雷が落ちた。「……おいおい、おまえら。なんださっきのしけた演奏はぁ!」
恭ちゃん先生が言っているのは、メンタリティの問題だ。会場に状況に飲まれ、実力を出せずに終わった人間が殆どだ。三年生も含めて。
「帰りは、ずっと、歌合奏な。……おい一年二年。来年こそは、くそ寒い演奏なんかすんじゃねえぞ。お客さんに……失礼だ」
「なにが原因、だったんだろうなあ?」
学校に戻り、楽器の運搬を終え、早速ミーティングを開く部員たち。マイクの言葉に、「……毎年毎年駄目だから、今年は入念に準備をしたつもりなのに、……裏目に出たみたいやね」腕組みをして答えるはっちゃん先輩。――そう、部員は、様々な書籍にあたった。リードの経歴も調べ上げ、いったい彼がどんな意図をもってあの曲を作ったのか、そこまで理解しようと努めた。
休み時間ごとに、歌合奏も行った。朝練もした。そこまで準備したのに……。話し合いの結果、入部したばかりの一年生のほうは、まだまだ技術不足であり、二年三年生については、油断してしまったという、結論で落ち着いた。
落ち着いてはいけないのだ。こんな失敗を繰り返すようでは、緑高吹奏楽部は、成長出来ない。
マイクの提案で、それから一週間後、体育館にて演奏を行った。本番とは会場の響きがまるで違うが、それでも、つい一週間前の失敗を、部員はもう、繰り返さなかった。引き締まった表情で全員が音楽に挑んだ。見守る緑高生からは、盛大なる拍手が与えられた。音楽を知らぬ人間のこころにも響いた――そんな手ごたえを得られた。
七月も瞬く間に過ぎていく。練習、練習、練習……。寝ている間もメロディが頭から離れない。マイクが夢でも演奏をして、恭ちゃん先生に叱られたと打ち明けたところ、皆が笑った。勿論、そんなマイクの姿を、村崎実咲も見ていた。なにも言わずに見守る立場を彼女は選んだ。いま、マイクにとってなにが一番大切なのかを、彼女は分かっているから。
起きているあいだのすべてを勉強もしくは練習に注ぐ緑高吹奏楽部の部員たち。疲れて、授業中に居眠りする部員も多々。三科目以上で赤点を取っては大会に出場出来ないので、彼らは自主的に勉強会を開いた。手つかずの箇所を洗い出し、弱点を潰す。そのアプローチは、勉強においても音楽においても、共通であった。
からだから発されるエネルギーをすべて吹奏楽に搾り取られるような毎日。演奏を録音し、なるだけ客観的に聞いて、ああでもないこうでもない――と議論を重ねた。それを毎回、ヨーヘイが記録した。そして研究を重ね、前回の記録を参照し、更に改善する――絶え間ない努力が続けられた。
湯船に浸かるあいだも、考えていた。あああそこの運指――もっと、軽やかにしないと。トランペットの音色を引き立てるようにしないと――。
やることは盛りだくさんであった。当惑するのでもなく、ただ呆然とするのではなく、手つかずのがれきに手を付け、すこしずつすこしずつ、みんなの手を借りながら世界を築いていく――大変な苦労を伴った。が、すこしずつでも自分たちが上達しているという実感が得られ、恭ちゃん先生に褒められる回数も増え、部員たちからは笑顔がこぼれた。やるだけのことはやった……そんな達成感を、部員全員が共有していた。
コンクールに出ないメンバーも大切な仲間だった。遅くまでコンクールメンバーが合奏に励む中、文句も言わず別室で基礎練習を積み重ねる。また、講評会のときにも、彼らから意見を募った。演奏をしない立場の、客観的な意見を救い上げる――それも、音楽に向き合う者としての、大切な役割だったからである。
七月下旬。皆が皆、夏休みの始まりを喜びとともに迎える中――いよいよ、緑高吹奏楽部全員の、二度と訪れない、一度きりの夏が始まる。
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