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#03-04 一撃で、恋【SIDE:大西晴名】

 大西おおにし春名はるなにとって、学園生活はなかなかに刺激的なものであった。

 中学とはまるきし違う。一中では、男女が仲良く喋るだなんてそんなの、一部のAグループのメンバーもしくはヤンキーにしか許されなかった行為だし。ところが大概の生徒は性別問わず友達になれる。――Cグループの面子を除けば。

 テストがやたら多いし。化学や英語で小テストが出され。追試を受けることもしばし。中学の一年の頃までは、それまでの貯金でやっていけたものの、以降は自発的に勉強をしなければついていけない――そんな緊張感を味わう日々。

 春名は、みんなが大好きな、ジャニタレに一切興味がない。彼女が興味があるのは漫画の世界だけだ。現実だとどうしても、マスコミが提供する、あの子が誰と付き合ったとか――そんな情報がリークされ。夢をぶち壊しにされる。

 山口百恵の頃は、良かった。

 一部の熱狂的なファンを除けば、アイドルの個人情報なんて知り得なかったし、『知らず』に居られた。

 蔵馬を溺愛し、漫画の世界に埋没する彼女だったが。ここに来て新たな出会いがあった。

 緑川を代表する超絶的美男子。桜井さくらい和貴かずきと蒔田一臣先輩が卒業したのがこの三月。全米、いや、少なくとも緑高生は泣いた。――いやあああ! マキ先輩和貴先輩に二度と会えんなんてえ! ……

 蒔田先輩は、前述の通り、大学進学のために上京しているが。桜井先輩は緑川在住。最愛の彼女と離れ離れになりながらも。大変だと言われる介護の仕事をし。健気に彼女の帰還を待つ姿に魅せられる者も多く。……噂では待ち伏せをする女子もちょこちょこ現れたらしい。全員、穏便に、桜井先輩が子リススマイルでやさしーく拒絶したらしいが。

 ――あああ!

 あたしも! 桜井先輩にやさしーく『拒絶』されてみたーい! ……

 そう。大西春名が憧れる唯一の実在のアイドルが、まさに、桜井和貴だったというわけである。

 学年が3つ下で中学も別なゆえ。噂を通じてしか彼のことは知らないが――街に出たときに何回か、彼の姿を見たことがある。

 外国人かと見紛う、あかるい茶髪。

 引き締まった体躯。半袖のポロシャツの下から覗く、野性的な、骨ばった腕の感じ。

 愛らしい、ベイビードールみたいなビジュアルとは裏腹に、意外にも『男らしい』なりをしていて。まさかのまさか。本気のアイドルがこの辺境・緑川に居るだなんて。

 蒔田一臣と桜井和貴が去った緑高。イケメン二人をも失った喪失感はでかかった……のだが。

 入学式早々に、春名のその喪失感はぶち破られる。

 吹奏楽部の演奏はクオリティが、高い。音楽のことをよく知らぬ春名でも、こころを揺さぶられるものがあった。

 のみならず。

 本気の美少年が二人も存在した。ひとりは、やたら手足が長く。トロンボーンを自在に操る、黒髪の貴公子。蒔田二世、と呼ぶべきか。

 そしてもうひとりは、クラリネットを、顔を真っ赤にしながら吹き込んでいる男子。

 どう見てもガイジンだ。プラチナブロンドの髪、あんないろは、地毛でもなければ絶対に許されない。就活のときに下手をすれば黒髪に染めさせられるのかもしれない。

 春名は、ぼうっとだた、聴き入った。

 魅せられていた。彼らの紡ぐ世界。そして――目に映るもののすべてに。


 吹奏楽部は、キツい。

 ……というのは有名だったが。その年は二十名近くの一年生が入部を希望した。

 二十数名の部員がいるところに二十数名が入部されては、部が回らない。……

 児島清一郎と玉城マイク目当ての冷やかしがいるのは明白で、敢えて。彼ら不在で、楽器を吹かせてみたうえで、ひとりひとり。部長が面談をし、入部の動機を聞き出し。吹奏楽部の現状を伝えると、 希望者が、半分に、減った。

 損失は大きかったが。吹奏楽部は、生半可な気持ちではやっていけない部活だ。学業との両立。土日も練習付で平日は帰宅が八時を過ぎることもある。親に反対されたから諦めて帰宅部を選択した。……なんて話は、珍しくないのだ。

 大西春名は、三姉妹の末っ子で。旅館業を営む両親は、『好きなことをしなさい』と、春名の後押しをしてくれた。

 美少年に興味を持ったのは事実。……が。

 中学時代は英語部所属。

 ものすごく熱のこもった部活……というわけではなく。不完全燃焼に終わった。あの、行き先を失った熱い情熱を、吹奏楽に傾けてみたい――。それが、吹奏楽部の演奏を聴いたうえでの、春名の率直な気持ちであった。

 緑高に入学した一年生が、部活見学を開始するのが五月。

 四月はテストもあるうえ、学園生活に『慣れる』時間も必要だろうと――学校サイドの配慮である。入部時期の遅さは、恭ちゃん先生の悩みのタネでもあるが。

 態度は柔和だが。なにか、ただならぬものを内に秘めていそうな……恐ろしいオーラを感じた女の部長の先輩に。ありったけの情熱を伝え。楽器を手にすれば――気がつけば、春名は、スカートを、パンツの見えないよう配慮された膝下スカートに新調し、あの玉城先輩と同じ、クラリネットを受け持つことになっていた。

 驚いた。そして――嬉しかった。

 今回、クラリネットパートに回されたのは、春名と、角田かくた光男みつおの二名。光男に関しては正直、太っちょなのでソソられない。

 一年生は、主に、二年生から指導を受ける。

 楽器の経験が浅いとはいえ。初心者の心情を理解したうえで、寄り添って指導の出来る玉城マイクは重宝された。彼が積極的に一年生二名を教えた。

「大丈夫。絶対出来るよきみにも。諦めないで」

 ――なーんてあの麗しい碧眼で憂い気なテイストで言われてしまっては。

 一撃で、恋。

 マイクは、真剣だが。時折ジョークを交えて教え子たちに接する。――おれかて最初はまるで出来んかったよ? ぜーんぶゆうりんが教えてくれてんて。……

 その、ゆうりん先輩の時折向ける、絶対零度の目線に気づかない、玉城先輩……いや、マイたま先輩……。

 あなた。

 鈍すぎるにも程がありますよ。――ゆうりん先輩、マイたま先輩のこと、好きなん違いますか……?

 はっちゃん先輩が雰囲気を感じ取ってか。ゆうりん先輩にも、一年生を指導するよう頼んだり。また、クラリネットパート交流の時間……というものを、ときどき作るようにした。

 ひとり一回五分間。

 自分の思っていること。気になること。中学時代などのバックグラウンドを打ち明け、交流を深めるというコーナーだ。春名は、マイたま先輩のコーナーが、最も興味が湧いた。

『……ぼくは、適当に吹奏楽やるんが正しいと思いこんでおって……まあ楽しむんも確かに大事やねんけど。ほんでも。みんなで、きっちーんとピッチのあった、統制された演奏をしてみると……あれはただの自己満やったと。

 大切な時間を割いて見に来てくれるお客さんのこと、なんにも考えておらんかったと、断言、できるわ……』

 春名はそんな、マイたま先輩の、誠実さにも惹かれた。

 入部前は、セイチロ先輩にも惹きつけられたが。入部してみるとそうでもなかった。……なんでも彼は。最愛の恋人がいたにも関わらず、マイたま先輩と想い人が同じゆえ、彼女を彼に譲った……とのこと。

 マイたま先輩は、事情を知ってはいるものの、行動には移さない。フリーの状態を維持している……。

 一度そのことを、ゆうりん先輩に尋ねたことがある。

 それを受けると思いのほか、ゆうりん先輩は暗い顔をして、

『好きやったらなして素直にならんがろね。不憫やわ』

 その台詞を聞いて春名は悟った。……ああこの先輩も、マイたま先輩を好きな『同士』なのだと。


 入部して二週間も経つと、家でも三十分の筋トレを命じられているゆえ。腹筋が、割れた。まさかの腹筋女子の誕生だ。レッグレイズの動きが一番キツい。――同じパートの、ミツオに関しても、それは同じで。ふっくらしていた頬が、ほんのすこし削げてきたような――そんな感じが見られる。

 そして。

 緑高吹奏楽部の一大イベント。市内でのパレード。そしてそれが終わると……いよいよ。夏の本番。

 コンクールに向けた準備が始まる……。

 一ヶ月かけてみっちり基礎を叩き込んだ一年生部員も、コンクールの主役だ。全員ではないが。あくまで、一ヶ月でそれなりの成果を叩き出した者にだけ許される道……。

 選考に落ちた一年生は。懸命に。コンクールメンバーのフォローをする。ヨーヘイがしているような雑用全般。練習が終わるまで別室で練習をし、終われば即音楽室の後片付け、そして掃除……。

 メンバーに選ばれた春名は、ふと、黒板を見やった。……白いチョークで書かれた、女部長のきれいな字。

 ――コンクール自由曲のリスト。

 前年までの経緯、指導結果を踏まえて、四曲まで候補を挙げるのが恭ちゃん先生の仕事。……そこからは、全員が曲を聴いたうえで、投票で決定する。希望者が居ればCDを持ち帰ることも可能。テープにダビングもしてある。

 春名のこころは、決まっていた。聴いた瞬間『これだ』と彼女の全細胞が、叫んだ。……そして、三日後、パソコン部の協力を得て。データ化された結果には――

『アルメニアン・ダンス・パート1』

 一度きりの夏。泣いても笑っても、この曲を演奏できるのは、選ばれた者たちのみ。

 部員たちがそれぞれ迎える、『熱い夏』が、もう、すぐそこまで迫っていた。――


 *


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