表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゾンビシティサバイバル  作者: ディア
第2章 - 関東脱出編
55/57

055. サバイバルゲーム (5)

「クリア」


 玄関から室内を覗き込んだ弘人(ひろと)がそう短くつぶやくと、銃を構えたまま土足で部屋の中へと入っていく。

 その後ろを森田(もりた)彩葉(いろは)が続いていき、ドアを押さえていた(じゅん)が背後の様子を確認してから静かに中へと入っていった。

 先導する弘人は周囲を警戒しながらも大きな足音を立てないよう一歩一歩ゆっくりと進み、一番近くのドアにたどり着くとそれを慎重に開けていく。

 開ききったドアの先にあったのはトイレであった。普段から掃除されていなかったのか、ところどころ汚れが目立ち、どこから湧いてきたのかコバエもそこかしこに飛び交っている。


「クリア。……この様子だと、ここは長いこと使われてないみたいだな」

「となると、ここに居るのは人ではない可能性が高そうですね……」


 森田の見解に弘人は軽く頷き返すと、気を引き締め直して銃を握った。彼らの動きや警戒心に一切の油断は無く、まるでここに何かが居ることを確信しているかのような動きであった。


 そのまま四人は着々と進んでいき、奥の部屋の前まで着くと弘人は歩みを止めた。奥の部屋へと続く扉は開いていたが、そこから覗き込むように部屋内を注視する。見えている範囲で異常は無く、動く物も無い。

 それでも弘人は油断せず、少しでも動くものが見えれば発砲するつもりで奥の部屋へと踏み入っていった。



「……クリア。って、この部屋に何も居ないぞ」


 弘人はそう言い放ちながら、ようやく銃口を下げた。他の三人もつられるように緊張を解いて奥の部屋に集まってくると、純と森田は少し安堵したような様子であったが、彩葉はかなりムスッとした態度となっていた。


「ここに居るんじゃなかったの? ゾンビ居ないじゃん!」

「う~ん、位置的にはこの近くのはずなんだけどね。隣か上の階に居るのかもしれないね」

「もぅ! やっと仕留められるって意気込んでたのに!」

「まぁまぁ、落ち着きましょう。あんまり騒いだらゾンビに気づかれますよ」

「いっそゾンビに気づかせて向こうから襲ってくるのを待ったほうが手っ取り早いかもな。このアパート近辺には目当てのゾンビ以外は居ないんだしさ」

「う~ん、こういう屋内の探索では襲われるリスクを極力避けておきたいね。こっちに銃があっても狭い場所で襲われればパニックになる危険があるからさ」


 そうたしなめつつ純は部屋を軽く見渡し、森田は何か使えるものがないかと床に落ちているものを拾ったりしていたが、めぼしいものは何も見つからない。


「ここに長居する理由も無いし、そろそろ隣の部屋に行こうか」

「あ、じゃあ今度はあたしが先頭でもいい?」

「それはまだダメ」

「え~! さっき弘人さんがした動きも覚えたし、突然ゾンビが出てきても撃てるって!」

「クリアリングだけじゃなくて屋内での戦い方をきちんと学んでからね。それじゃ次は森田さんが先頭で、バディは僕が」

「あっ、はい。わかりました。できれば、またゾンビと出くわさないと嬉しいですけどね……」

「ヤバそうだったらオレも援護するから大丈夫だって」

「そうそう、あたしも!」

「まだ日が落ちるまで時間があるし、森田さんのペースで落ち着いて行けば大丈夫ですよ」

「あ、ありがとうございます。それでは、そろそろ行きますね」


 そうして、四人は部屋をあとにして足早に外へと駆け出していった。

 騒がしかった部屋内が静けさを取り戻し、隣の部屋から物音がかすかに聞こえ始めた頃、押し入れの中からゴソゴソと音を立てながら、ふすまがゆっくりと開いていく。

 そして、その奥からは戦々恐々とした表情を浮かべた悠気(ゆうき)が顔を覗かせていた。


(……どうやら、どこかに行ってくれたようだな)


 咄嗟(とっさ)の判断で押し入れへと逃げ込んでいた悠気と阿依(あい)は、ただただ見つからないよう祈りながら、ひたすら息を殺して隠れ潜んでいたのであった。


(といっても、まだ近くに居るんだろうな……。とにかく考えるのは後にして、今はここから離れないと……)


 そう思いながら後ろに居る阿依を気にして振り返ったが、阿依の方は涙目になって震えながら悠気のことをキツく睨んでいた。

 殺されてしまうかもしれないという恐怖もあったが、そのことよりもこれまで悠気の判断に従ってきて何度も危機に陥っているという事実から、悠気に対して不信感がかなり高まっていたためであった。

 危機のすべてが悠気のせいだとは言わなくても、こうも連続で危機が続けば文句の一つでも言いたくなるのが心情であったが、言葉を話せない身体では睨みつけて訴えるのが精一杯の訴えであった。

 そして、その阿依の心情を察せないほど悠気も鈍くはなかったが、いまこの場で弁解しているほどの余裕は無い。悠気は苦い顔をしながらタブレットPCを操作して<<移動する>>とだけ打ち込んで見せると、流石の阿依もこれには反論せず軽く頷き返し、押し入れから這い出ていった。


 再び阿依を背負った悠気は静かに玄関へと移動し、閉まっているドアに耳を近づけて外の様子を探る。しばらくして外から話し声が聞こえてくると身を強張らせて備えたが、そのまま話し声がドア前を通り過ぎて階段を上る音が聞こえてくると、悠気は静かにドアを開けて外へと歩み出した。


(連中は二階に行ったようだな……よし、ここから逃げるなら今のうちだ!)


 意を決した悠気は深く息を吸って気持ちを落ち着かせると、二階から死角となるよう壁沿いを音も立てずに歩き出した。牛のような歩みであったがじわじわと進んでいってアパートの端にまでたどり着くと、そこからは後ろを振り返らず駆け出して敷地内から脱出した。


(これからどうする? このまま歩いて離れるべきか……? いや、まだ日中なのにうろつけば別の人間と遭遇するかもしれないな……)

(このままこの人に任せてて大丈夫なんかな……)


 再び住宅街を彷徨(さまよ)う事態に陥り、行き先も定まらないまま歩き続ける悠気と、背負われるがまま不安と不満を募らせることしかできない阿依。

 振り出しに戻されたような状況と先が見えない閉塞感で息が詰まりそうになりながら、会話も無くただ逃げ続けるしかなかった。


 そのままいくつかの角を曲がり、道が続くままに進んでいると、しばらくして二人の目の前には人の気配が感じられない個人経営の飲食店が姿を現していた。

 悠気は少し悩んだあと、無暗に外でいるよりは安全だと判断して中へと入っていくと、店内は閑散としていたがテーブルや椅子がキレイに並べられたままで荒らされた様子は無く、壁に貼られた『本日のオススメメニュー』も掲げられたままで、店員さえいればすぐにでも開店できそうな状態のままであった。

 ……だがしかし、店内から見ることのできる厨房の方に目を向けると、そこにはおびただしい数のハエが飛んでおり、そこから鼻のつく腐臭が仄かに漂ってきていた。


(厨房には見たくない物がありそうだな……。とりあえず、奥の方に行くか)


 悠気はなるべく厨房の方を見ないようにして奥の部屋へと向かっていった。奥の部屋は店内とは違って生活感のある部屋となっており、庭へと繋がるガラス戸の向こう側には何日も干しっぱなしになっているであろう洗濯物がたなびいている。

 ひとまず落ち着けそうだと悠気は阿依を床に降ろしたが、阿依は悠気を避けるように片脚を引きずりながら壁の方へと移動すると、そのまま頭を抱えながら黙り込んでしまった。


(かける言葉も思いつかないな……今はそっとしておくしかないか)


 阿依のことを気にかけつつも悠気は反対側の壁にもたれかかると、体を休ませながら目を瞑って考え込み始めた。その理由は、あの四人について悠気の中で腑に落ちない点があったためであった。


(あの四人組、あそこまで執拗に追いかけてくる理由は置いておくとしても、どうして俺達の居場所がわかったんだ? 追跡されていた血痕は残さないようにしたし、それ以外に跡をつけられるようなものも残していなかったはずだ……。周りの家をしらみつぶしに調べて来たわけでもなさそうだし、偶然の一言じゃ片づけられないな……)


 落ち着きを取り戻して冷静に考えれば、四人が訪れた事自体が悠気にとってあり得ないことであった。部屋に入ったところを見られていたわけでも無ければ、外に目印を置いていたわけでも無い。それなのにピンポイントで居場所を特定されてしまったという事実は悠気の中で納得できない事柄となっていた。


(熱や臭いとかか? いや、それだとしたら押し入れに隠れていたのもバレたはず。それに、アイツらとの遭遇地点から離れた場所まで逃げたのに追跡されたとすれば、もっと別の追跡方法を持っていると考えるべきか……)


 そこまで推測した悠気であったが、その具体的な追跡方法までを想定して考える前に、それよりももっと重要な事を考える必要があると気がつき、さらに深く長考に陥っていくのであった──。



 一方その頃、純達はアパートから離れて再び街中を練り歩いていた。結局、アパート内には目当てのゾンビが見つからず、そのせいでまた彩葉が機嫌を悪くして愚痴を言い、それを弘人と森田がなだめる出来事があったが、なんとか彩葉を説得して次の目的地へ向かって足を運ばせていた。

 そうして、そのままいくつかの角を曲がり、道が続くままに進んでいると、しばらくして四人の目の前には人の気配が感じられない個人経営の飲食店が姿を現していた。


「……ここ?」

「うん、おそらくね」


 彩葉が(いぶか)しんで問いただすと、純は少し自信なさげに答えた。目的地までは滞りなく到着することはできたが、その目的地が合っているかまでは純も保証できていない様子である。


「またゾンビが居なかったら今度こそ怒るからね!」

「そこは……ゾンビに期待するしかないかな」

「えーと、入る前にもう一度ここでゾンビが居るか探索してみては?」

「それもそうですね。まぁ彩葉をこれ以上怒らせたくないのもあるし」


 そう言って純が取り出したのは小型の人命探索レーダーであった。

 これはソナーのようにマイクロ波を発信し、人体に当たって反響したマイクロ波を検知することで範囲内にいる人体の位置を探知するというレーダーである。

 コンパクトに持ち運べるサイズから相応に精度は低く、対象の人体から距離が離れていたり、あるいは対象の数が多いほど検知精度が落ちる上、使用中はその場で立ち止まる必要があって、さらに検知できてもおおよその位置しか判明しないという代物であったが、それでも労せず相手の位置が判明するのは被災地での人命救助や敵地での偵察において極めて効果的な道具であった。

 

 純が慣れた手つきでレーダーを操作して探索開始のボタンを押すと、しばらくしてレーダー上にいくつかの光点が表示された。

 中心に近い部分に光点が4つ、これは純達を表している。そこから遠く離れた位置に光点がポツポツと見え、これらが生存者か遺体か、あるいはゾンビであることが読み取れる。

 そして、4つの光点からそう離れていない位置に別の光点が3つ。それが目の前の飲食店に何かが居る可能性があるということを明示していた。


「この光点が遺体じゃなければゾンビの可能性が高そうだね」

「うん、今度こそあたしが仕留めてやるから!」

「いやいや彩葉ちゃん、3体ともゾンビだったらけっこう危ないからね」

「そうですよ。私達でも3体同時に襲われたら焦ると思いますし」

「むぅー! ここまで来て撃てないとか、じゃあこのイライラをどうやって解消すればいいの!?」

「うーん……仕方ない。最期の一体が安全な距離から狙えそうなら彩葉にお願いするから」

「え、やった! それじゃ早く中に入ろ♪」

「待った待った! まず俺と森田さんで安全確認してからだから!」


 ようやく射撃許可をもらった彩葉は途端に機嫌がよくなり、小躍りしながら店に向かおうとするのを弘人と森田が必死に止めていた。

 その皆の様子を見て純は小さなため息を漏らした後、静かにレーダー画面へと視線を落としていた。レーダー上には変わらず光点が光り輝いていたが、それを見て純は別の違和感を感じ取っていたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ