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ゾンビシティサバイバル  作者: ディア
第1章 - サバイバル編
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047. 偶然の出会いと意思の疎通

 目の前にいる彼女は自身の緑色になっている手や腕と、そして俺のことを交互に見ながらオロオロとしている。その様子は無感情に振る舞うゾンビの姿には似つかわしくなく、まるで人間が予期せぬ状況に巻き込まれて狼狽(うろた)えているようだった。

 そして、そんな彼女を見て俺は確信した。彼女は俺と同じように意識の残っているゾンビなのだと。俺の他にも居るとは思っていたが、まさかこんなところで出会うなんてな……。


 錯乱(さくらん)している様子から察すると、彼女はここまで逃げてきて生き埋めになった挙げ句、そのままゾンビになったというところだろうか。

 おそらく自分自身がゾンビになったことすらまだ十分に理解していないようにも見える。まぁ俺だってゾンビになりたての時は混乱するしか無かったが。


 正直、同じ境遇のゾンビと出会えて心底うれしいのが本音だ。周りには他にもゾンビが大量に居てくれているとはいえ意思疎通できていたわけじゃないし、ここ最近で行ったコミュニケーションといえば人間との殺し合いくらいだ。

 ゾンビになってから随分と寂しい日々を過ごしてきたことを思い出し、そして久しぶりに意思を持った他者と関わり合いを持てると思うと、自然に高揚感が増してくる。


 彼女はまだこちらを見て怯えているだが、見る限りでは大きな怪我も無さそうだ。

 長らく生き埋めになっていたせいで身体が(なま)ってうまく動けないのかもしれないし、とりあえず介抱して落ち着かせよう。


 ……そう思っていた、矢先だった。



「あ"……、あ"あ"あ"ぁぁぁぁぁーー!!」


 俺が一歩近踏み出して彼女に近づこうとしたところ、彼女は声にならない声を捻りだしながら思いっきり身を引いて後ずさりし始めた。

 さらに彼女は顔をひきつらせ、その赤い眼差しはゴキブリかミルワームの煮凝りでも見たかのように嫌悪感を(にじ)ませている。



 …………あぁ、そうだった。

 初対面の相手にドン引きされてしまって普通にショックを受けてしまったが、彼女からしてみればゾンビがいきなり近づいてきたようなものだったな……。

 彼女の目にはまだゾンビは襲い掛かってくる化け物のように見えているとすれば、俺が迂闊に近づこうものなら手痛い反抗を食らわせられそうだ。そうならないようにも、まずは俺に害意が無いことを伝えなければ。


 ……ん、ちょっと待った。

 誰かと会話する機会も無くなってすっかり忘れていたが、今の俺は言葉を発することができなくなっていたんだった……。

 いったい、どうやって彼女に害意が無いことを伝えればいいんだ?


 ジェスチャーで伝えるにもどう表現すればいいのかわからないし、怪しい動きをすれば相手をより警戒させるだけ。モールス信号や手話なんて当然できないし、彼女も知らないだろう。俺の手先じゃ筆談も不可能だし、そもそも筆記用具すら持っていない……。

 ここにきて、ゾンビだとコミュニケーションの手段が軒並み塞がれていることに気がついた。時間さえあれば何かしらの道具などで解決策も思いつくが、そうこうしている間にも彼女は震える脚で立ち上がろうとしている。


 まずい……このままだと彼女に逃げられる。追いかけることはできるにしても、いつどこに人間が潜んでいるかもしれない街中へと逃げられるのは危険だ。

 そうなる前に、彼女をいったん捕まえてどこかに閉じ込めて……いや、今まで生き埋めになっていた彼女をまた閉じ込めるのは流石に酷だ。ゾンビになっても人の道まで踏み外したくない……。


 だが、このまま手をこまねていても彼女は逃げ出すだけだ。なにか、なにかいい方法が無いか……。

 そう考えながら周辺を見たとき、床に乱雑に散らばった商品が視界の中に入り、その中に何冊かの雑誌に目が留まった。


 ……これだ!


 俺は一番近くに落ちていた雑誌を手に取ってパラパラとページをめくっていった。そして、なるべく字が大きく書かれているページを見つけると、そのページを破って彼女の方から見えるように床に置き、数枚ほど破ったあとにそのページ内の文字をゆっくりと指差していった。


『こ、ん、ニ、チ、は』


 字は書けなくても、既に書かれた文字を指差すくらいなら今の俺だってできる。こちらの意図は説明できないが、これくらいなら言わずとも伝わってくれるはずだ……!

 彼女はポカンとした表情で固まったままだったが、反応を見るために俺は再び文字を指差していった。


『私、は、テ、き、じゃ、ない』


 ……本当に伝わっているんだろうか?

 彼女は依然固まったまま動かないが、その目は俺の指を追って字を読んでくれていたようにも見えた。少なくとも逃げようとするのは止めてくれたようだが、確認のためにもう一度……。


『話、わ、カ、り、ます、カ、?』


 そう指差した後、俺は別の雑誌を拾って彼女にゆっくりと近づき、そうっと差し出した。

 彼女はまた少し怯えた顔をしたが、俺が近づいても今度は逃げ出そうとはせず、恐る恐る手を伸ばして雑誌を受け取ると床に置いてページを開き、その中の文字をゆっくり指差していった。



『は、い』


 お、おぉ! 伝わった……!!

 よかった、これでなんとか意思疎通ができそうだ。

 まず何から話すべきだろうか……普通に自己紹介からか? それとも、緊張を解すために気遣う言葉でもかけてあげるべきだろうか?

 ゾンビに「大丈夫ですか?」と言うのは滑稽(こっけい)だが……。


 初対面との世間話や雑談は苦手な方だが、ここ最近なら語りたい話題は腐るほどあるし、彼女だってここに閉じ込められっぱなしだったのなら知りたいことも多いだろう。

 俺は慎重に言葉を選びながら彼女とぎこちないコミュニケーションを続けた。彼女を変に刺激しないようゾンビの話題はとりあえず避け、俺に害意がないことを精一杯アピールしていると、次第に彼女の方も俺を警戒するのを解き始めていった。


 彼女が落ち着きを取り戻したところを見計らってお互い軽く自己紹介したところ、彼女は『たなか あい』と名乗った。名前の漢字はわからないが、名字はそのまま『田中』だと思う。

 で、その田中さんだが、話を聞く限りだと修学旅行で神奈川に来たところ騒動に巻き込まれてしまい、同級生とここまで逃げてきたが、ここでもゾンビ達に襲撃されて生き埋めになったらしい。


 修学旅行でわざわざ遠方まで来てゾンビに襲われた上に、ゾンビになってしまうなんて悲惨だな……学生時代の修学旅行なんて一生モノの思い出になるものだが、彼女にとっても忘れられない思い出になっただろう。

 ……まぁ、もう一生を終えてしまっているが。


 俺は彼女の話を熱心に聞く、もとい読んでいたが、もちろん俺も黙っていたわけじゃない。

 俺の生前や出自(しゅつじ)の話なんてどうでもいいことは軽く端折(はしょ)ったが、今の彼女にとって知っておくべきだと思った情報をなるべく包み隠さず伝えようとした。

 突然ゾンビが町中に出没して人間を襲い始めたこと、少なくともこの周辺はゾンビだらけになったこと、俺達もゾンビになってしまったこと……そして、俺達だけが他の奴らと違ってゾンビになっても自我を失わず活動できていることを。


 言葉を交わしている最中、彼女を見ていればショックを受けて愕然(がくぜん)としているのがよく伝わってきたが、それでも俺の示す文字を一字一句見逃さないよう食い入るように読んでいた。

 なんとなく見た目の雰囲気でわかっていたが、きっと彼女は真面目な学生だったんだろう。

 俺も気をつけて発言しているとはいえ、今でも自暴自棄にならず必死に状況を理解しようとしている様子で、何かわからないことがないかと聞くと、すぐに質問が返ってきた。


『いま、は、何、が、つ、何、ニ、チ、です、カ、?』


 残念ながら、俺もきっちりとした日にちはわからなかったが、騒動が起きたのはおよそ一ヶ月ほど前で、そこから考えると今はおそらく6月下旬くらいだろうと回答すると彼女は少し考え込み、続いて質問を出してきた。


『私、と、お、ナ、じ、せい、フ、く、の、こを、見、ま、せん、でした、カ、?』


 一緒に逃げてきたという同級生のことだろうか。自分がゾンビになったというのに同級生の心配ができるなんて、なんて健気な子なんだろう……だが、この質問に対しても俺は彼女が期待するような回答はできなかった。

 俺がこれまで見かけたゾンビや人間の中で彼女と同じ学生服を着た子は見かけなかったと思うし、その同級生だって1ヶ月もあれば違う服に着替えてる可能性もある。

 それに、騒動からもう一か月だ。もし同級生がまだ生きているとしても、この付近には既に居ない可能性が高いということをやんわりと答えると、彼女は露骨に落ち込んだ表情となっていった。

 同級生が生死不明ということもあるが、生き埋めになった時点でどうしようもなかったとしても同級生に置いてけぼりにされたというのは精神的に(こた)えているようだった。

 ここまで落ち込むのはかわいそうだが、俺には慰める言葉も思いつかない。

 彼女は落ち込んだままであったが、それでもまだ聞きたいことがあるのか、続いて文字を指差し始めていた。俺にできることは少ないが、せめて質問に対しては真摯(しんし)に回答してやりたいと思うばかりだ。



『これ、カ、ら、どうする、ん、です、カ、?』


 ……真摯に回答するといった矢先に、一番回答に窮する質問が飛び出してきた。

 彼女は指差した後、俺の方をジッと見て回答を待っているが、俺は指を宙に浮かせたまま固まることしかできなかった……。


 これから、か……。

 正直に言ってしまえば何も思いついていない、ノープランだ。ゾンビになって何度か考えたことはあったが、これからのことなんてまったく思いつかなかった。

 もし、俺が少年漫画の主人公だったなら、なんとかして人間に戻る方法を探そうとしたり、いるかどうかもわからない黒幕を探し出して復讐したり、すべてのゾンビを統率してゾンビの王を目指したりするのかもしれないが……悲しいかな、そんなことに情熱が湧くほど俺はもう青くない。

 ゾンビとして長生きしたいという思いもないし、強いて目標を挙げるとすれば楽に死ぬことくらいだ。


 ……だが、そう簡単に自殺の選択肢なんてのはもう選べない。俺はもう既に多くの人間の命を奪ってしまっているからだ。

 一人目は無意識的に、二人目は自己防衛のため。そして、三人目はとうとう望んで殺してしまった。

 自社ビルで俺が噛んだ背の小さいアイツもあの後は長くなかっただろうし、このショッピングセンターでも間接的に殺してしまった人間もいる。

 そして、俺が巻き込んだせいで二度目の死を迎えたゾンビも両手じゃ数え切れないほどだ。

 ゾンビ達の死は自己責任的な部分もあるし、世界が終わるまでゾンビのままでいるより死んだほうが幸せだったと言えるのかもしれないが、それでも俺が死なせたことに変わりはない。


 そこまで大量殺戮を引き起こした俺が特に差し迫る理由もなく自殺するだなんて、それは犠牲になったゾンビや人間達に対してあまりにも失礼だろう。

 俺も最終的には人間達に殺されるか、あるいは追い詰められて自殺を選ぶかもしれないが、それまでは死んだ奴らの命を無駄にしない程度に生きなければならないとは考えていた。


 ……で、その死ぬまでの間に何をすべきかという話に戻るが、それがまったく思いつかない状況というのが今の俺だ。

 もうこの時点で死んだ奴らにゴメンナサイしたくなる……。


 俺は暫く悩み続けた。

 自分のやりたいこと、すべきこと、できることを踏まえて考え抜き、そして一つの回答にたどり着くと、震える手で文字を指差していった。



『き、み、は、どう、する、?』


 ……我ながら最低の回答だと思う。質問に対してオウム返しで質問を返すなんてな……。

 だが、どんなに考えても何も思いつかず、こうでも返さなければ今度は俺が逃げ出したくなるところだった……。


 だが、ここで彼女が何か言ってくれれば、それを参考に俺も何か言えるようになるかもしれないし、『思いつかない』なんて返してくれれば、俺も同じだと誤魔化すこともできるようになる。少し(よこしま)な考えだが、黙り続けるよりはマシだっただろう。

 そう思いながら待っていると、彼女は少しうつむいて考え込んだが、そこからまるで前から決めていたかのように回答を示した。



『家、ニ、カ、え、り、たい、で、す』


 ……なるほどな、ここには修学旅行で来たんだから家に帰りたいと思うのも当然だ。

 俺も実家の方は少し気にしていたが、もう何年も帰ってないし、ゾンビになった今では親に合わせる顔も無い。早々に諦めた選択肢だ。


 だが、帰るにしても修学旅行で来るくらいなら家は相当に遠い場所だろう。交通機関も麻痺しているし、徒歩で帰ることになったとして、彼女は無事に帰れるんだろうか……?

 どう見てもサバイバルが得意そうな子には見えないし、怯えていた姿を見ていれば途中で人間と遭遇しても戦わずあっけなく殺されてしまう未来しか見えない。正に自殺行為だ。

 

 会ったばかりとはいえ、目の前で死にに行く彼女を見過ごしたくはない。家に帰ることは諦めたほうが良い、そう伝えるのも簡単だ。

 だが、それだと何の解決にもならないし、彼女がまた落ち込むだけだ。意見するならもっと建設的で現実的な話を示すべきだろう。


 そして、その現実的な解決策は俺の頭ですぐに思い浮かんだ。

 彼女は家に帰れるし、俺にも当分は生きる目標ができる、現状で考えうる限り最高の解決策だ。


 ただ、事が事なので彼女はすぐに了承しないかもしれないし、考える時間が欲しいと言われるかもしれない。

 そうなったとしても説得できる自信はあるが、まずはダメ元で俺は彼女にこう伝えた。


『いっ、しょ、ニ、つれ、テ、い、カ、せ、テ、ほし、い』


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