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ゾンビシティサバイバル  作者: ディア
第1章 - サバイバル編
41/57

041. みんなと修学旅行


2030年 5月─。


 この日は朝から天気が良く、雲ひとつない清々しい青空が広がっていた。

 平日の午前中ということもあって幹線道路は自動車がひっきりなしに走っており、各々がそれぞれの目的地に向かって進んでいる。

 そして、その幹線道路には複数台の大型バスが列をなして走っていた。バスはいずれも自動運転によって等間隔に並んでおり、いずれも同じ方向に向かって進んでいく。

 そのバスの前面にはどこかの高校名と共にツアーバスであると表示されていた。


 そんな大型バスの中で、窓際に座っていた一人の女子高生が外の景色を眺めながら緩やかな時間を過ごしていた。

 外の景色は代り映えのしない街並みであったが、彼女は初めて来た街の何でもない様子をいたく気に入って眺め続けており、時折、バスの振動に合わせて彼女のポニーテールがふわふわと揺らいでいる。


()()~~」

「ん?」


 阿依と呼ばれた彼女が声のした方へと振り向くと、そこには気だるそうな表情で阿依を眺めている女子高生の姿があった。


「さっきから外をずっと見てたけど、面白いもんでもあった?」

「んー別に無いけど、知らない街並みを見てるだけでもなんか楽しいよ」

「……さいですか」


 期待通りに期待外れな回答をいただいた女子高生はバスの天井を仰ぎながら肩を落とした。彼女達を含めバスに居る高校生達は、もうかれこれ一時間近くバスに乗車している。


 修学旅行2日目で朝からバス移動していた彼女達であったが、座りっぱなしのバス内ではできる事も少なく、既に暇を持て余しており、暇潰しに最適なスマートフォンも取り上げられている。

 一応、トランプや小説といった物の持ち込みは許されていたが、文明の利器に染まった高校生がそんなもので満足できるわけもなく、友人とのおしゃべりも十分に堪能し切ったあとのバス内はずっしり静まり返っていた。


「はぁ……ほんま朝からダルいなぁ」

「えぇ~まだ午前中やん。琴音(ことね)ちゃん、体調でも悪いん?」

「ちゃうよ、今から行くとこが嫌なんやって。なんで、わざわざ神奈川に来て大仏なんか見に行かなあかんねん! お寺と大仏見たかったら近場の奈良でええやんか!!」

「そこはまぁ修学旅行やし、歴史ある文化財を見に行くのも普通やん?」

「はぁ……阿依は真面目やなぁ……」


 琴音の鬱憤に一定の理解を示しつつも、阿依はいま向かっている鎌倉の観光には好意的に考えていた。

 単純に古都が好きなのと、例年の暑さも相まって早咲きの紫陽花(アジサイ)が見られるかもしれないと期待していることもあったが、他にも別の目的を秘かに抱いていたためである。

 だが、そんな阿依の気持ちなどつゆ知らない琴音の愚痴は続いていく。


「あ~あ、行き先が鎌倉やなくて横浜やったら良かったのになぁ。オシャレなお店を見て回りながら中華街で食べ歩きとかさ~」

「鎌倉やってそれなりにお店はあると思うよ。それに、横浜なら午後から行くやんか」

「今すぐ行きたいの! まったく、このバスもまだ着かへんし、あとどれくらいかもわからへんし」

「もうそろそろやとは思うけど、なんかゆっくり走るようになったね。道が混んでるんかな?」

「はぁ……まだこの暇な時間は続くんかぁ~~。……そうや!」

「?」


 突然、何かを思いついた琴音は目をきらめかせながら阿依を見つめて小声で話し始めた。


「ね、またアレ見せてくれへん? 今も身に着けてるんやろ?」

「アレって、もしかして……」

「そっ! 昨日の晩に見せてくれたアレ」

「いま? ここで?」

「減るもんでもないんやし、ええやんか~」

「えぇ~……」


 琴音の要望に、阿依は少し困惑した。確かに琴音が言うとおり、ご所望の物は今も大事に身につけており、それを隠している胸元を手で押さえて無意識に感触を確かめているが、阿依はそれを出し渋っている様子であった。


「無闇に出して無くすの怖いんやけど……」

「チェーンを首から外さなければ無くさへんって」

「それでも、琴音ちゃんは良いけど他の子には見られたら恥ずかしいし、先生に見つかったら取り上げられるかも……」

「皆も先生もさっきからダレてるようやし、こっちも見てへんからだいじょーぶ!」

「う~ん……」


 阿依は勿体ぶりながら、しばらく考える素振りを続けたが……、


「……もぅ、しゃあないなぁ」

「やった♪」


 期待の眼差しで見てくる琴音にとうとう根負けした。

 阿依はキョロキョロと周りを見て、こちらを見ている人がいないか警戒しながら襟元(えりもと)の中に指を潜り込ませると、奥に潜んだチェーンを指先で掴んで慎重にそれを引っ張り出していった。

 チャラチャラと細かい音を立てながらチェーンが取り出されていき、そのまま最後まで引っ張り出されると、そのチェーンの先には銀色に輝く指輪が(くく)られていた。

 特に凝った細工や宝石が付けられているわけでもなくシンプルな出来栄えのものであったが、阿依も琴音もその指輪を見る目はキラキラと輝いている。


「おぉ~、あらためて見てもすごいなぁ。これが"アイの結晶"ってやつなんやろな」

「そう言われるとすごく恥ずかしいんやけど」

「でも、彼氏から貰ったプレゼントなんやろ?」

「……うん」

「ん~~ッ! 彼氏からプレゼントを貰って、それを肌身離さず持ってるなんてラブラブやなぁ!」

「もぅ、茶化さんといてって!」


 阿依は顔を赤くして反論しているが照れ笑いを隠そうともせず、そんな阿依の姿を見ている琴音はより詳細な情報を聞き出そうと躍起(やっき)になっていった。


「ねぇ、昨日は教えてくれへんかったけど彼氏は誰なん? ウチの知ってる人?」

「それはちょっと、まだ琴音ちゃんに言うのも恥ずかしいから……」

「え~~、じゃあどうやって知り合ったん? それくらいなら教えてくれても良いやろ?」

「えと、それは去年の体育祭のときに話しかけられて、そのまま意気投合して遊ぶようになって、それからで……」

「ほぅほぅなるほど。……ということは、彼氏さんはA組の誰かってことやな」

「えっ、今のでそこまでわかったん!?」

「アッハッハ、そんなんわかるわけないやん。でも、阿依の反応を見る限り当たってるみたいやな」

「んもぅ! こういうときだけ琴音ちゃんは頭が冴えるなぁ」

「"こういうとき"は余計やけど、褒められてるって受け取るわ。それで、A組ってことは前のバスに乗ってるんやんな。もしかして、鎌倉でも二人でデートとかするつもりやったん?」

「あーと、それは…………うん、自由時間内にこっそり二人で離れたお寺まで行こうって……」

「ん~~〜ッ! 故郷を離れて恋のお寺参りとか阿依は青春してるなぁ!」

「だから茶化さんといてってば!」

「どうりで鎌倉に行くのもウキウキやったんやな。ほんま、彼氏持ちは羨ましいわぁ」

「琴音ちゃんだってかわいいんやから、そのうち彼氏だってできるよ」

「そう思ってたら高校1年目があっという間に終わって、2年目も既に1ヶ月経過……。せめて今年の夏までには!」

「うん、その意気その意気!」

「そのためにも阿依にはいろいろ教えてもらわんとな! ……って、あれ?」

「ん、どうかしたん?」

「なんか、さっきから外の景色が変わらへんなって思ったら、バス止まってる?」

「そう言われてみれば、さっきから動いてない気がするね」


 会話に熱中していた二人は先ほどからバスが止まっていることにようやく気がついた。信号待ちにしては長過ぎるし、まったく進んでいないのも不穏である。

 そう思いながら阿依はバス内を見渡すと、同じように不審がっているクラスメートが何人か目についた。


「こんだけ動かない様子やと、どっかで事故して対処待ちしてるんかなぁ」

「う~ん、早く動き出すとええんやけどね」

「ほんまに……」


 二人はしばらく談笑を続けていたが、それでもバスは今の場所から一向に動こうとしなかった。チラチラと前をのぞき込んでも前方のバスも詰まっていて動けない様子がわかるだけである。

 そして、時間が経過するにつれ琴音の機嫌はみるみるうちに悪くなっていった。


「あぁもう! いつになったら動くんや!」

「怒ってもどうしようもないし、待つしかないよ琴音ちゃん……」

「こういう状況が一番ストレス溜まる!! どこから渋滞してて、いつ頃抜けるんかくらいわかればええのに!」

「スマホ持ってる先生なら調べられるのかもしれないけど……」


 そう言って阿依はバス前方に座っている先生の方に視線を向けたが、当の先生は寝ているのか、先ほどから座席に座ったまま微動だにしていなかった。


「ほんまにあの先生は役にも立たんと……いつかあの禿げ頭をシバいたんねん」

「ちょっと、聞こえるって!」

「ええよ別に聞こえても。いっつも変な目でウチらを見てくるし、洗ってない犬みたいな臭いするし」

「陰口は聞こえちゃ駄目だって! ……あっ!」


 阿依が再び先生の方へと視線を向けると、まるで琴音の陰口に反応したかのように先生は座席から立ち上がろうとしていた。

 少しふらつきながらであったが先生はその場で立ち上がると、ゆっくりと振り返って阿依達のいるバス後方へと視線を向けた。

 そして、その動きに即座に反応した阿依と琴音は、その場で縮こまって前の座席の後ろに身を隠し、先生の視線から逃れた。


「ほら、先生めっちゃ睨んでたやん……遠くからでもわかるくらい怒って目が充血してたやん」

「しっ! 阿依、静かに。とにかく、ここはだんまり決め込んで乗り切るで……」

「……もぅ!」


 とりあえず、この場は寝たふりをすることでやり過ごそうと、二人は腕枕をしてうつむき目を閉じて時が経つのを待つことにした。


 だがしかし、『ダッ、ダッ……』と誰かが歩み寄ってくる足音がはっきりと聞こえてくる。もちろん、その足音の主は一人しか思い当たらない。


「先生こっちに近寄ってきているんじゃ……」

「反応せぇへんかったら大丈夫やって、たぶん……」


 鳴り止まない足音が段々とはっきり聞こえてくるようになり、それに合わせて二人の心拍音もどんどん大きくなっていく。


『ダッ、ダッ……』


『ダッ、ダッ、ダッ……』



『ダッ!』


 そして、二人がいる席の少し手前で足音が止まった。


(やっぱり気づかれてたんや……ど、どうしよう!)

(う~ん、まぁ怒られるのはウチだけやろうし、ええか……)


 阿依は焦燥していたが、琴音は諦めの境地に達していた。このあと数秒もかからないうちに先生の怒号がバス内に響き渡り、そして長々とお説教されるという未来が待ち受ける。

 それを受け切る覚悟が、琴音はできていたのであった。


 ……だが、その未来の契機となる先生の怒号がいつまで待っても始まらない。

 普段であればとっくに怒鳴られているタイミングであるが、いつもとは違った妙な間が空いている。阿依も琴音もその妙な間が気になり、何かあったのかと頭を上げようとした、その時であった。



「ギャァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!」


 突然、耳をつんざくような金切り声が聞こえてきた。今まで聞いたことが無いほどの大きな声は耳の奥がツンと痛くなるほどで、そしてその声に驚いた二人は反射的に手で耳を押さえた。


()っつ、なんやいきなり!?」

「な、なに? 誰かの声?」


 金切り声に堪え切れなくなった二人は、ほぼ同時に頭を上げた。




 そこには、一つ前の座席にいた女子生徒の頭に喰らいつく先生の姿があった。


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