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ゾンビシティサバイバル  作者: ディア
第1章 - サバイバル編
39/57

039. 大型商業施設攻防戦 当日 (終)

 エスカレーターで一騒動のあと、避難者達がバックヤードに向かうことを把握した悠気(ゆうき)もまたバックヤードに向かって移動を開始し、ちょうど浩司(こうじ)達がバックヤードに突入したのとほぼ同時刻には4階からバックヤード内に侵入していた。


 その後、下の階を覗き見て浩司達がゾンビと戦い始めたことまでは把握していたが、階段を上ってくる避難者達が大人数の上に、集団の中で桜庭の姿が見えたため迂闊に手を出すようなことができず、見過ごすことしかできなかった。

 そのため、仕方なく下の様子をうかがいながら次の行動を考え込んでいたが、浩司が一人になるまで戦い続け、そして満身創痍になりながら階段を上ってくる姿を見て、襲うチャンスがあるとすればここが最期であると狙い定めていたのであった。


(ここからは1対1の戦いだ……勝てるかどうかはわからないが、有利なのは俺の方だろう)


 悠気は自分が有利であると考えていたが、実際にそのとおりであった。

 目立った外傷も無く万全の体調である悠気に対し、息は荒く身体中から疲労感を感じさせる浩司。ゾンビのフィジカル面の強さも相まって、悠気に分があるのは間違いなかった。

 が、しかし……。


「いまさらゾンビが1体出てきたところでビビるかよ! お前もついでに倒してやる!」


 浩司は臆することなく金属バットを構えて戦う態勢をとっていた。

 疲労感はあるがまだ余力が残っており、さらに先ほど大量のゾンビを倒した実績ができたおかげか、勝てる自信もやる気も十分である。

 浩司もゾンビ1体相手に負ける気は一切していなかった。そして、そんな戦う気満々の浩司の姿を見て、悠気は少しだけホッとしていた。


(やっぱり、無抵抗な奴を襲うよりは抵抗する相手と戦う方が気も楽になるな……おかげで、こっちも躊躇(ちゅうちょ)なく戦える!)


 戦う素振りを見せる浩司を見て踏ん切りがついた悠気は、自ずと歩き始めて角から姿をあらわにした。

 照明のある場所だと汚れがところどころ目立つスーツに、センスが良いとは言い難い青ストライプのネクタイ。

 体格を比較すれば悠気は浩司よりも細身で、さらに身長がやや高いせいもあって貧相さを際立てている。


 ……だが、そんな悠気の姿を見て浩司は思わず目を疑った。

 浩司から見ても目の前のゾンビは今まで倒したゾンビより全体的に弱そうな印象を受けたが、ただ一点だけ、他のゾンビとは大きく違っている部分があった。


 それは、悠気の手に握られていた"桜庭(さくらば)の斧"であった。

 桜庭がエスカレーターで倒れた際に手放してしまった斧を、目の前のゾンビが握り持ってきたことに浩司は驚きを隠せなかった。


(ずっと考えていた。長い武器を持った相手にどう戦えばいいのかを。

 素手じゃリーチ差を埋めようが無く、その武器で殴られればゾンビでも何度と耐えられるもんじゃない。

 武器による攻撃を避けようにも、元々良くなかった運動神経がより鈍くなったこの身体じゃ、その選択肢すら出てこないだろう……。

 そこまでわかっている中で、それでも武器を持った人間を相手と戦わなければならないとき、どうすれば良いのか?

 ……さんざん悩んだが、思いついた答えは単純だった。

 こっちも同じように武器を持てばいいだけだ!)


 悠気は斧を高く振り上げ、いつでも振り下ろせるような体勢で構えた。

 斧は相応の重さを伴っていたが、ゾンビの腕力だとまるで傘でも持っているかのように軽やかに扱っている。


(これで、攻撃面に関しては対等になっただろう。まさか、ゾンビが武器を持つのは卑怯だなんて言うんじゃ無いだろうな?)

「ひ、卑怯だろ! なんでゾンビが桜庭さんの斧を持ってんだよ!!」

(…………まぁいい)


 悠気は斧を携えながら浩司の方へゆっくりと歩いていく。浩司の方は予期せぬ事態にまだ少し困惑していたが、難しく頭を悩ますことは二の次にして今は目の前のゾンビをどう倒すか集中し、近づいてくる悠気を迎え撃つよう金属バットを両手で握りながら構えた。


「桜庭さんの斧を持ってたって所詮はゾンビなんだ……こんなのに負けるかよッ!」

(武器があるからといって油断できる相手じゃないことはわかっている。できる限り狙いを定め、そして……)


 両者は相手の出方をうかがいつつも、その距離はどんどんと縮まっていく。

 悠気は足を止めることなく歩き続け、浩司もジリジリと歩み寄っていき、お互いの武器が相手に届く距離にまでなろうとした頃──……。


「くっ……オラァ!!」

(今だッ!)


 両者はほぼ同じタイミングで、そして、いま出せる全力を振り絞って手に持った武器を大きく降った。


『ガァンッ!!!』


 お互いの武器同士が激しくぶつかりあい、辺りに大きな金属音が鳴り響いた。密閉されたバックヤード内では音が激しく反響し、それは他の階にもこだまして駆け巡っていく。

 音が鳴り止んだあとも、しばらくはジーンっとした耳鳴り音のようなものが聞こえ続けていたが、やがてそれも止んで再び静かな場へと戻っていった。


 そして……。





「つッ……!」


 浩司は小さくうめき声をあげながら利き腕の手首をもう片方の手で押さえていた。

 持っていた金属バットは足元に転がり落ちており、その金属バットには斧が深々とめり込んでいる。補強していたおかげで斧の刃は金属バットの途中までで止まっていたが、そのせいか真ん中から"く"の字に折れ曲がっていた。


 両者の武器がぶつかりあったとき、片方がどちらかを押し切るほどにはならず、力は拮抗(きっこう)した。

 そして、ぶつかった衝撃だけが武器を通じて持ち主の手に伝わっていったが、その衝撃はゾンビを殴ったときの比ではなく、まるで走ってくるトラックを正面から殴りつけたほどのものであった。


 浩司はその衝撃を受け、持っていた武器を思わず放してしまうほど手に痺れをきたしていた。じわじわと骨に響いてくる痛みに苦悶の表情を浮かべる浩司であったが、そんなことを気にしている状況じゃないということは理解している。

 まだ目の前に居るはずのゾンビを倒すために体勢を立て直そうと顔を上げた、その時であった。


 浩司の目の前には、2本の腕が伸びてきていた。

 浩司がそれを腕だと認識したときには既に遅く、反応して身体が動く前に、その両腕は浩司の頭をがっしりと掴んで勢いのまま押し倒した。


(……ほんの一瞬の差だったが、俺の方が早かったな!)


 押し倒して馬乗りとなった悠気は、勝ち誇るかのように掴んだ浩司の顔を真っ直ぐ見下ろしていた。


 武器がぶつかりあった瞬間、悠気もまた浩司と同じくらい手に大きな衝撃を受けたはずであった。

 だがしかし、手がどんなに強く痺れていようが、あるいは衝撃で手の甲や腕の骨にまでヒビが入ろうが、痛みを感じられない悠気がそれを意に(かい)する必要はない。

 "痛みを感じない"という優位性は今の状況において致命的な差となり、痛みに(ひる)んでいた浩司よりも早く悠気は次の行動に移ることができたのであった。


「がッ……このっ、離せッ!」


 悠気の手を振り解こうと浩司は必死になってもがくが、頭蓋骨が(きし)むほど強く握られた両手はそう簡単には外れない。

 そんな腕の中で暴れる浩司を見て、悠気は少しずつ冷静な気持ちを取り戻していた。


(あとは、このままトドメを刺すだけだが……近くで見ると若いなコイツ。まだ未成年のように見える)

「どけよッ! こんなとこじゃ死ねねぇんだよオレはッ!!」

(既に死んでいるような俺が言うのもなんだが、コイツは自分が絶対に死なない存在とでも思っているんだろうか? まぁ、そういう思考も若者らしいといえばらしいが……)

「はやく、はやく桜庭さんのところに、皆のところに戻らないとといけねぇってのにッ!」

(そういえば、軽率そうな見た目からは少し想像できないが、コイツは他の仲間を逃がすために足止めを買って出たんだよな。

 それが結果的に蛮勇だったとしても、実際の行動に移せるということは、性根は仲間思いな奴なんだろうか……?)


 と、悠気はここまで考えてハッと我に返った。いま考えるべきことは相手の心情や背景などではなく、早々に決着をつけることだということに。


(こんなこと考えてる場合じゃないな。まだ他の人間達が戻ってこないとも限らないんだ。

 早く仕留めて安全な場所にまで持っていかなければ!)


 当初の目的を思い出した悠気は急いで事をなすことに頭を切り替え、浩司を掴んだままの腕にグッと力を入れようとした。

 だがそのとき、悠気はあることに気づいてしまった。


(……コイツ、震えているのか?)


 悠気は、掴んだ腕から浩司が小さく震えているのを感じ取っていた。その震えが、おそらく死の恐怖からくるものだということにも。

 よく見れば浩司の目は(うる)みながら赤く充血し始めており、声も語気の勢いとは裏腹に震えているようにも聞こえる。


 浩司の方もこのままだと自分は死ぬだろうと自覚しており、他の誰かがタイミング良く助けに来ることも期待できないことはわかっていた。

 それでも死を受け入れるつもりは毛頭なく、頭を掴んでいる手を剥がそうと引っ張ったり殴ったり身体を動かしたりして脱出を試み続けている。それがどんなに無意味な抵抗だとしても止めることはできない。


 ……だが、そんな涙目になりながら生き残りたいと足掻(あが)く浩司を前にして、悠気は今まで意識して考えないようにしていた思いがどんどんと湧き出していたのであった。


(マズい。情に流されそうになっているのが自分でもわかる……)


 目の前の若い命をこれから摘み取ろうとしている。それも、自己防衛のため仕方なくでも無く、また、何かしら恨みのある相手でも無く、ただ自分の空腹という欲求を満たすために。


 弱肉強食の世界、そして人間とゾンビは殺すか殺されるかの間柄ということを理解していても、そう容易く割り切れるものではない。

 それでも悠気は、両者が対峙すればどちらかが死ぬことになると納得し、この手で相手を殺すことになるのも十分に覚悟をして戦いを挑んだはずであった。

 だが、そこまで覚悟をしていたとしても、ひとたび相手のことを意識してしまえば覚悟など簡単に緩んでしまう。そのことまで考えが至らなかったのは悠気にとっても盲点であった。


 押し倒した勢いのままトドメを刺していれば、こんな思いを抱く余裕も無かっただろうと、悠気は今さらになって後悔していた。


(まったく、自分自身が情けなくなる。こんなにも優柔不断な性格だったなんてな……)


 悠気は浩司から目を少し逸らし、静かに息を吐いて、しばし思慮を巡らせた。いま自分の置かれている状況、相手への思い、今の状況下で選べる選択肢と選んだ場合の結末……。

 想像の域を出ない部分もあるが、それでも考えられるだけを考え、思いつく限りの要因を頭の中でこねくり回しながら悠気は熟考する。


 ……だが、どんなに考えても"答え"は一つしか出てこなかった。そのたった一つの"答え"を目指して今まで行動してきたのだから当然である。

 そのことを改めて理解すると、悠気はようやく覚悟を決め直した。


(せめて、苦しまないようにしてやらないと……)


 悠気はもう一度、浩司の顔をしっかりと見た。相手の顔を忘れないようにするために。

 そして、悠気は浩司の頭を掴んだまま全身で踏ん張り、力を込めて勢いよく身体ごと腕を(ひね)った。


『グギゴギッ、ゴキッ!』


 バックヤード内に今度は乾いた音が鳴り響く。先ほどとは違って今度はすぐ静かになった。

 辺りが静まり返ったあと悠気がゆっくり両手を離すと、浩司の頭はあらぬ方向を向いており、先ほどまでの必死の抵抗も止んでいた。まだ体温の温もりは残っているが、浩司の表情は既に物と化していた。

 そして、そんな動かなくなった浩司を見ながら、悠気は自然と黙祷していた。


(許せだなんて虫のいいことは言えないが、ありがたく食べさせてもらうからな……)


 申し訳ないという罪悪感はほとんどなかった。だが、獲物を仕留められて単純に喜んでいるわけでもない。ただただ、悠気は相手に対して何故か感謝の気持ちが溢れているのを感じ取っていた。

 名前も素性もろくに知らず、しかも先ほどまで殺し合った相手。それでも相手の死を(ないがし)ろにするような思いは湧かず、しかし哀悼(あいとう)とも少し異なる感覚に包まれていく。


(なんというか、相手に敬意を抱きたくなるような思いだ。そうか、これが狩りに成功した時の気持ちなんだろうか……。

 心地よいとは言えないが、後味悪いという感じでもない不思議な感覚だ。見た目は人間らしさを失ったとしても、こういう思いを抱かなくなるほど人間を辞めたくはないな……)


 そう初めて抱いた心情に一つの結論を見出すと、悠気は浩司の身体をそっと担ぎ上げ、安全な場所を目指してバックヤードの奥へと消えていった。



 ……そして、屋上へと続く階段の踊り場では、悠気と浩司の戦いを覗き見ていた者もまた(うごめ)きだす。


「こ、浩司が……」


 震えた声を出しながら、達也(たつや)はその場で立ち尽くしていた。達也がこの場に到着したときには既に浩司は捕まっていたが、その様子をただ見ていることしかできなかったのであった。


 浩司を見捨てるつもりではなかった。だが、浩司を助ける思いよりもゾンビに対する恐怖が勝ってしまい、助けに行く踏ん切りのつかないまま時間を浪費した結果、浩司を見殺しにすることになってしまった。

 何もできなかった自分の無力さに後悔の念が押し寄せるが、いまさら何を考えたとしても言い訳にしかならない。


 いまの達也でもできることがあるとすれば、この場から逃げ出すことだけであった。



──


「おっ、達也くんが戻ってきたぞ」

「あれ? 一人……?」「なにかあったのか?」


 脱出準備を進めていた避難者達は、達也の姿を見つけると一斉に振り向いた。だが、達也は一人で、さらに様子も少しおかしいことに気づくと、皆どよめき始めた。

 小休止していた桜庭も達也が戻ってきたことに気づくと、顔を上げて視線を向けた。体調はまだ万全ではなかったが幾分か回復した様子である。


 そんな桜庭達の前にまで達也が駆け戻ってきたが、たどり着いても達也は呼吸を荒くしながら泣いており、桜庭は何があったのかは概ね察していたが、その予想が外れることを願って問いただした。


「どうした、何があった……?」

「行ったら浩司が……ゾンビにやられてて、他の二人も見当たらなくて……。それでもオレ、なにもできなくて……」

「…………ッ!」


 察したとおりだったとはいえ、達也から実際に起きた事を聞いた桜庭は絶句し、そして、わなわなと震えながら奥歯を噛み締めた。

 浩司達に任せて戦わせるということは、今回の事態も起こり得ることだとわかっていた。だが、浩司ならなんとかできると楽観視している部分があったのも事実であった。

 そして、その認識が誤りだったということと、たった数十日間の出会いだったが自分のことを父親のように(した)ってくれた若者の命を守れなかったという喪失感は、そのまま自分自身と、そしてゾンビへの怒りに変わっていく。


 だが、桜庭はこみ上げてくる怒りを口から出そうとはせず、ぎりぎりで冷静さを保ちながら達也の肩に手を置いて慰めた。

 

「……すまなかったな、お前は悪くない。お前達に無理をさせてしまったオレの責任だ。

 オレがもっと戦うことができていれば……」

「うぅ……クソッ、浩司……」

「とにかく、ここから脱出するぞ。皆を弔うのは安全を確保してからだ」


 桜庭がそう言うと、皆は悲しむ時間すら惜しんで車にぞろぞろ乗り込んだ。桜庭もミニバンの運転席に乗り込むと、エンジンを動かし出発する準備を整える。

 そして出発する最期、桜庭はショッピングセンターの方に顔を向けて睨みつけた。


「お前達の分まで生き延びるからな……」


 そうつぶやくとアクセルを踏み込み、桜庭達は今より安全な場所を探すためにショッピングセンターから出発した。



 こうして、ショッピングセンターでの長い夜が明けた。

 ある者は得て、ある者は失う結果となり、その結果に対してそれぞれが思うところを抱きつつも、"今日を生きる"という共通の目的を達成するために、活動を再開するのであった。

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