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ゾンビシティサバイバル  作者: ディア
第1章 - サバイバル編
38/57

038. 大型商業施設攻防戦 当日 (十八)

「えーと……大丈夫? 栄理(えいり)ちゃん?」


 まだ体調の優れない桜庭(さくらば)の代わりに達也(たつや)がミニバンに乗り込み、眠っているらしい栄理に声掛けて起こそうとしていた。

 腕や首元から露出している肌を見る限り、栄理がゾンビになっている様子は無く、服装も汚れていないことから怪我を負っているようにも見えない。

 ただ、何事もなく寝ているだけだったとしても、今の状況下でこのまま寝かせ続けられるほど悠長にはしていられない。


 ……だがしかし、栄理の方はずっとそっぽを向いたまま起き上がろうとはしなかった。

 呼吸に合わせてわずかに動いているのが見て取れるので生きていることは確かだったが、それ以上の反応は待ち続けても見込めない様子である。


 そんな目の前の状況に戸惑っている達也に桜庭が「肩を揺すってやれ」とアドバイスをし、達也はそれに従って恐る恐る栄理の肩に触れ、少しずつ揺すっては反応をうかがった。

 それでもしばらくは起きる様子がなかったが、何度か繰り返して揺すり続けていたところ、「……ん」と反応する声が漏れ聞こえ、達也は少し驚きながら思わず身を引いた。


 栄理は目をこすりながら上半身を起こして顔を上げ、まだ眠たそうなまぶたを開けて目の前に居る達也をじっと睨んだ。

 年頃らしく幼い肢体(したい)とは裏腹に、すっと通った鼻筋から成り立つ凛とした顔立ちは実年齢以上の大人びた印象を受け、そして際立(きわだ)って印象的な目つきは非常に鋭く、その眼差しは桜庭そっくりである。


「……なに?」

「あ、その……おはよう」


 寝起きだったということもあってか、栄理の声はドスの利いたえらく低いものであった。

 言わなくともわかるほど不機嫌で、腹が立つよりも距離を起きたくなるような不遜(ふそん)な態度であったが、それを問いただせるほどの勇気は達也に無い。

 栄理は達也を一瞥(いちべつ)したあと、何も言わず腕時計を見て時間を確認したが、その時計の針を見て表情はさらに険しくなっていった。


「まだ朝にもなってないじゃん……。なんでこんな時間に起こすかなぁ……」

「いや、その、ショッピングセンター内にゾンビが入ってきてさ……」

「そんなの、アイツが勝手に倒すでしょ。それしかしないんだから」

「ア、アイツって……いや、確かに桜庭さんがゾンビを倒してたんだけど、戦っている途中で体調不良になって……」

「はぁ? なにそれ?」


 呆れたような表情で達也を再び睨みつける栄理。睨みつけられて言葉に(きゅう)する達也。

 達也からしてみれば相手は年下のはずなのに、それを微塵も感じさせない栄理の威圧感は、改めて桜庭の娘であることを強く意識させられた。


 黙り込んだ二人の間に気まずい空気が流れ続けていたが、そんな空気にしびれを切らしたのか、桜庭が前のめり気味に車内へと顔を覗き込んだ。

 栄理と桜庭は一瞬だけ目が合い、栄理の方はすぐに目をそらしたが、桜庭は気にせず栄理に話しかけた。


「栄理、どうしてここに……?」

「……どこにいようが、あたしの勝手でしょ。自分の身くらいなら守れるっての」

「寝るときは家具屋で集まって寝るルールだっただろう」

「昨日は一人で過ごしたかったの!

 どっちみち、朝になったらこの車に乗って移動するんだから、車にさえ乗ってれば文句言われる筋合いは無いでしょ!!」


 桜庭の言葉に対して反省の色を見せることもなく必要以上に噛みついていく栄理。両者の間に他の人達が割り込む隙間は無く、その間にも二人の言い争いは続いていく。


「ゾンビが侵入してお前の姿が見えなかったから、どこに行ったのか心配したんだぞ……」

「あたしを心配? どうせ、あたしより他の人の方を心配してたんでしょ?

 母さんのときみたいにさっ!」

「……ッ!」


 一瞬、桜庭は大きく表情を(ゆが)めた。妻のことは、桜庭にとって最も触れられたくない話題の一つであり、それを娘に蒸し返されたことに対して何か反論の言葉を言おうとしたが、頭の中では感情的な反論以外が思い浮かばず、言葉をつまらせてしまった。

 その間にも栄理は桜庭に向かって嫌悪の視線で睨み続けている。


「ほら、図星だったんでしょ? もし、あたしがゾンビに襲われていたとしても、アンタは気にせず人助けしてるでしょうね!」

「その言い方はちょっと! それに、桜庭さんは栄理ちゃんをっ……!!」


 昨晩の事情も知らず噛み付いてくる栄理に対して達也が桜庭の代わりに弁解しようとしたが、桜庭がそれを静止した。


「すまない……今は、お前の無事がわかっただけで十分だ……」

「……フンッ!」


 こうして、二人の言い争いは桜庭達が全面的に言い負ける形で終わり、桜庭と栄理の再開は最悪の結果こそならなかったが、桜庭の心にずっしりと重たいものが()()かる結末となった。



 その後、桜庭は少しでも塩素ガス中毒の症状を和らげるようミネラルウォーターで身体を洗い流し、うがいと深呼吸を繰り返しながら気休め程度に鎮痛剤を服用して小休止し始め、その間に残りの避難者達は話し合いを始めていた。


「昨晩まであんなに多く居たのに、今はたったのこれだけか……」

「あまり親しくなれなかった人もいたけど、一緒に寝泊まりした人が死んだと思うと、やっぱり悲しいですね……」

「まだ建物内に生き残っている人が居るとしても……残念だが、これから助けに行くのは難しいだろう。自力で生き延びてくれることを祈ろう」

「私達もこれからどうすれば……」

「今の人数なら全員が車に乗れる。そこから先のことは、桜庭さんがもう少し回復してから相談しよう」


 無事屋上へと脱出できた興奮から冷め始めた避難者達は少し陰鬱(いんうつ)な気分になっていたが、桜庭が近くに居るおかげか悲観的になっている様子は無く、誰がどの車に乗るのかといったことや、これから何の役割をそれぞれ(にな)うのかといったことを積極的に会話している。


 栄理は目が覚め切って起きていたが車の中から出てくる様子は無く、まるで他人事のように何かの本を読んでいる。

 そして、達也も避難者達の話し合いには参加せず、ゾンビが来ていないか周りを見張っていたが、しばらくしてようやく何かを思い出したかのように口を開いた。


「あの、オレちょっと浩司(こうじ)達の様子を見に行ってきます。まだゾンビを相手してるかもしれないし……」

「そういえばそうだったな、一人で行くのか?」

「えっと、はい。三人を連れ戻したらすぐ脱出できるように、皆には準備しておいてほしいと思うんで」

「わかった。こっちは任せておいてくれ」

「大丈夫だと思うけど、気をつけて……」

「はい、すぐ戻ってきます!」


 そう言うと、達也は再びショッピングセンター内を目指して来た道を駆け戻っていくのであった。



 ──そして、その頃。


「ハァ、ハァ…………早く、屋上に行かねぇと……」


 浩司は、襲いかかってきたゾンビをすべて撃退して階段を上り始めていた。


 浩司一人になった時は絶望的な状況かに思われたが、不幸中の幸いか多くのゾンビが捕まえた避難者を食べることに集中し始めたため、一度に襲いかかってくるゾンビの数自体が減り、近づいてくるゾンビから1体ずつ各個撃破することによって浩司一人でゾンビを倒し切ったのであった。


 結果的にゾンビを退けることができた浩司であったが、何体ものゾンビを殴り続けていたせいでかなり疲弊(ひへい)しており、金属バットを握っていた手は赤く腫れて豆もでき始めている。

 ゾンビ足止めの言い出しっぺである自分だけが生き残り、他の二人を犠牲にしてしまったことに対しても浩司は後ろめたさを感じていたが、それでも階段を上る足が止まることは無かった。


「あと少し、あと少しだ………」


 屋上まで行けば桜庭と達也、それに大勢の仲間と合流できる。そこまでたどり着けば命が助かるということもあるが、それよりも浩司は別のことについて期待を膨らませていた。

 それは、今回のショッピングセンター内での行動は口だけ偉そうにしてろくに活躍できなかったという醜態を晒してしまったが、この土壇場で活躍した自分のことを皆は再評価するはずで、そして、これで汚名返上できたという期待であった。


「オレだって、桜庭さんの代わりをやれんだよ……!

 ゾンビなんて、いくらでも倒せるッ……!」


 青臭い考えではあったが、まだ若い浩司にとって他人に過小評価されるというのは我慢ならないことであり、譲れないものの一つでもあった。

 そして、その思いが後押ししてか大勢のゾンビ相手でも逃げずに立ち向かい、それで辛くも生き残れたのだとすれば、決して単純に未熟だと評価できない活躍ぶりであったことは間違いなかった。


 期待を胸に秘めて、手すりに掴まりながらも階段を上っていく浩司はいつしか余裕の笑みまで見せ始めていた。

 あと少しで4階にたどり着き、そのあとも安全な階段を淡々と上っていくだけ。浩司は身体の疲労感も忘れて駆け出したい気持ちに駆られたが、そこは抑えて着実に足を進め、そしてようやく4階へと踏み込んだ。


 そして、浩司はそのまま屋上まで階段を上り続けようとしたが、その前に別のものが視界の中に入っていた。


「えっ?」


 階段のすぐ近くの曲がり角の裏、そこには1体のゾンビが半身だけ姿を見せながら立っていた。

 少し奥まったところに居たせいで下の階から覗き込んでも角度的に見えなかったが、4階まで上ればちょうど正面に見える位置に立っており、そして(はか)ったかのように浩司とゾンビはお互いの視線が合った。


(ようやく、着たか……)


 立っていたゾンビは、悠気(ゆうき)であった。


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