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ゾンビシティサバイバル  作者: ディア
第1章 - サバイバル編
37/57

037. 大型商業施設攻防戦 当日 (十七)

 暗闇の中で浮かんだように光り続けている非常口の点灯。浩司(こうじ)を先頭に、避難者達はそれを目指して進んでいた。

 大人数の上、まともに動けない桜庭(さくらば)を介助しながらだったため、素早く移動はできなかったが、幸いにも道中でゾンビと遭遇することもなく、そして──。


「あった、ここだ!」


 一行は、何事も無く非常口へと到着することができた。

 非常口は防火扉で固く閉じられていたが、用心のためか、扉の前には大型冷蔵庫が横倒しで寝かされており、外開きの扉を中から押し開けることができても、外からは容易には押し破られないよう対策されていた。


 扉の方は特に変わった様子も無く物静かなままであったが、その扉の先にはゾンビが居るかもしれないと思うと、避難者達は自ずと警戒心が強まっていく。

 最悪、扉を開けるとそこはゾンビだらけかもしれないとも考えが頭をよぎるが、もうここ以外の逃げ道が無いことを考えれば、覚悟を決めるしかなかった。


「オレがまず様子を見るから、安全そうだったら一気に行くぞ」

「でももし、中がゾンビだらけだったら……」

「……それでも、もう行くしかねぇだろ」


 そう言うと、浩司は扉に近づいて取っ手を握り、ゆっくりと力を入れながら扉を押し開けた。

 ギギィィ……と金属の擦れる小さな音を立てながら扉の隙間ができた瞬間、バックヤードの空気が建物内に流れ込み、それと同時にカビと腐乱した臭いがほのかに漂ってきたが、浩司はその臭いを我慢しつつ隙間に顔を近づけて中を覗き込んだ。


 バックヤード内は照明が点灯したままだったため明るく、そして目的である屋上へと繋がる階段も扉からそう離れていない位置にあるのが見て取れる。


 ……そして、その階段から少し離れたところに人影があることも視界の中に入っていた。

 後ろを向いているため顔までは見えないが、このショッピングセンターの従業員が着ていた服装と同じであることと、腕や首元から見える不健康そうな肌の色から、それがゾンビであることは容易に判明した。


「ゾンビが、居る……」


 桜庭が予想していたとおり、バックヤードにはゾンビが居ても少なそうな気配であったが、それでも皆と逃げるためには桜庭抜きでゾンビと戦闘になることが確実になったいま、浩司の額には脂汗が滲み出していた。

 ゾンビの1体くらいであれば自分だけでもなんとか倒せる自信はあっても、他にもゾンビが出てくれば倒し切る自信は無い。

 浩司は後ろに待機させている避難者達の方に振り返って一望すると、その中でも比較的体格の良い二人に声をかけた。


「おい、そこのアンタとアンタ、オレと一緒に来い。ゾンビを倒して安全確保すんぞ」

「……えぇっ!?」

「な、なんで僕が!」

「この中で戦えそうなのはオレ達くらいしかいねぇんだ。覚悟決めろって!

 近くに居るゾンビを殴るだけでもできんだろ!」

「わかった……それぐらいなら……」

達也(たつや)、お前は桜庭さんと他の皆を連れて、すぐ屋上に向かえよ。ゾンビはオレ達がなんとかするから」

「それは良いけど、もしオレ達がゾンビに襲われたら……」

「そん時はお前が戦え」

「う……。わ、わかったよ……」


 達也は、もし自分が道中でゾンビと対峙してしまえば、なすすべなく食い殺されてしまうだけだろうと予感しつつも、今の状況ではそうするしかないと理解して承諾せざるを得なかった。

 他の皆も浩司の割り振りに素直に従い、バックヤードへと突入する心構えをする。


 準備を整え、先頭に立っている浩司は身体が少し震えていたが、それを周りに悟らせないかのように、「行くぞ!!」と掛け声を上げて、扉を勢いよく開けた。


 扉の開く音に反応したゾンビが振り返り、浩司と目が合った。

 このゾンビにとっては、実に数十日ぶりの獲物との遭遇であったが、突然の出来事でも戸惑いや躊躇(ちゅうちょ)する様子は無く、まっすぐに浩司達の方へと駆け寄り始める。


 浩司の方は上手くゾンビを倒せるか不安を抱きつつも覚悟を決め、近寄ってくるゾンビを見計らいながら歩幅を調整しつつ接近していく。

 そして、浩司とゾンビが十分に近づいたところで、「オラァッ!」と、声を荒げながら浩司は金属バットでゾンビを思い切り殴りつけた。


 バットはゾンビの右眼付近に当たり、『グシャッ』と何かが潰れたような音を立てて、ふらつきながら後ろにのけぞったが、当たりが浅かったのかゾンビは倒れるまでには至らず、その場で踏みとどまった。


 ゾンビは残った左眼で浩司を見つめ直し、反撃するための体勢を整えようとする。だが、浩司の後ろに控えていた他の避難者達が畳みかけるように手に持った武器でゾンビに殴りかかっていった。


「こいつッ!」

「さ、さっさと死んでしまえ!!」


 浩司に感化されたのか、あまり乗り気でなかった避難者も積極的にゾンビを殴りにいき、殴られていくゾンビの方はみるみるうちに見た目を変形させて、やがて反応が無くなり動かなくなった。


「ぼ、僕だって、これぐらいやれるんだ!」

「よし、いいぞ! おい達也! さっさと来い!」

「あ、あぁ!!」


 ゾンビを倒して階段までの通路を確保した浩司は、すぐさま屋上へと向かうよう指示を出し、達也達もそれに従って駆け寄ってくる。


 そして、浩司が先に階段にまで駆け出してたどり着くと、上の階を見上げて様子を見た。

 階段は金属パイプの手すりで格子状(こうしじょう)になっていたため、隙間から上の階の様子をうかがえるが、見る限りゾンビの姿はなく、(うごめ)く影も見当たらない。

 上の階にはゾンビが居ないと確認するには充分であった。


「よし、このままいけば……!」


 あとは目の前の階段を上り切り、そのまま屋上から脱出できると安心した、その時であった。


『…………ダンッ、ダンッ、ダンッ』


 下の階から階段を伝って物音が聞こえてきた。階段を上る際に段差を踏みしめたときのような、そのような音であった。

 最初は小さな音だったためすぐには気づけなかったが、その音が空耳ではなく、はっきりと聞こえるようになると、浩司の背筋にゾワッとした悪寒が走っていった。


「まさか……」


 そうつぶやきながら浩司は階段の下の方まで覗き込み、そして絶句した。

 そこには、階段の踊り場に設置された電灯に照らされながら、ゆらゆらと揺れて動くゾンビ達の姿が垣間見えていたのであった。

 (まば)らではあるがゾンビ達は列を成すかのように連なっており、その場で留まることもなく階段を上ってきている。


 避難経路も兼ねたバックヤード内は窓もなく密閉されており、当然ながら防音もされていない。それ故に、物音を出せば他の階にまで響き渡っていき、それを聞きつけたゾンビ達が続々とやってきていたのであった。

 いくら気分が高揚していたとはいえ、なるべく物音を立てずにゾンビを倒すべきだったと浩司は後悔したが、それは既に遅かった。


「あれって……」

「は、はやく逃げないと!」

「逃げんなッ! どの道、ここでオレ達が食い止めなきゃ、屋上で追いつかれるだけだぞ!!

 達也は構わず早く行け!!」


 最低でも達也達が屋上にたどり着くまではゾンビの襲撃を食い止める必要があると考えた浩司は二人を叱咤激励し、階段前に立って身構える。

 二人も武器を持って構えだしたが、先程までの勢いは失せており、完全に腰が引けていた。

 そして、その様子を尻目に達也達も急いで屋上へと向かおうとするが、子供、年寄りばかりの上に桜庭の介助をしながらだと、思うようには早く上れない様子であった。


「来たぞッ! とにかく殴れ!!」


 下の階からやってくるゾンビ達が浩司達を視界に捉えると、我先に獲物にありつこうと勢いよく突撃し始めていた。

 それを近くに来たゾンビから順に、浩司達は階段の上から武器を振り下ろしたり突いたりで攻撃を浴びせ撃退していく。


 だがしかし、自分の足元より低い位置に居る相手に対しての攻撃は姿勢的に殴り辛いこともあってかゾンビに致命打を与えることができず、ゾンビ達の方はいくら殴られて階段を突き落とされたりしても平然と立ち上がり、諦めず再び襲いかかってくるのであった。


 時間稼ぎにはなっているが、終わりの見えないモグラ叩きが延々と繰り広げられ、何度も何度も殴り続けている浩司達が焦りの色を見せ始めたころ──、


「う、うわぁぁっ!」


 端の方でゾンビを撃退していた避難者の一人が、ゾンビに足首を掴まれてしまっていた。

 掴んでいたゾンビの手を必死で振り払おうとするが既に遅く、あっという間に引きずり込まれてゾンビの群れの中へと沈んでいく。

 避難者の姿が見えなくなっても、しばらく叫び声が続いたが、やがてそれも聞こえなくなると、1つの命が終わったことだけがわかった。


「あ……あぁ……」

「お、おい! 手を止めんなって!!」


 仲間が目の前でゾンビに喰われていく様を見せつけられ、もう一人の避難者も思わず手を止めてしまい、浩司はそれを注意したが、避難者が気を取り戻して再び手を動かす前に、その避難者もゾンビの伸びた手に服を掴まれてしまっていた。


「た、助けっ……!」

「チッ、待ってろ!!」


 浩司は避難者を掴んだゾンビの腕を金属バットで殴りつけるが、皮膚が裂け、骨折してもゾンビは手を離そうとはせず、逆に他のゾンビまで手を伸ばして避難者を掴んでいく。

 避難者を助けようとする浩司の方にもゾンビの手が伸び始め、浩司はそれを払いのけるが、その隙にも避難者の方はどんどんと掴まれては引きずり込まれていき、そして抵抗むなしくゾンビの餌食となった。


「ク、クソッ!!」


 またたく間に一人になってしまった浩司は、今すぐにでもこの場から逃げ出したくなる衝動に駆られた。

 だが、ここで自分が逃げてしまえば、ゾンビ達もそのまま屋上まで追いかけて来ることになり、そうなれば桜庭を含む避難者全員を危険に晒すことになる。

 浩司の中では、"まだ死にたくない"という思いは当然あったが、"死んでも守り切る"という思いの方が強く働き、それが逃げるという選択肢を選べない(かせ)となっていた。


「こうなったら、オレ一人でも……! ここからは絶対に通さねぇぞッ!!」


 階段を上ってくるゾンビ達を一人で蹴散らし続けて、なんとか時間稼ぎを続けようとする浩司。

 無謀としか思えない戦いであったが、それでも死守すると決心した浩司は戦い続けるのであった。



 ……そしてその頃、達也達避難者は階段を上り切り、屋上駐車場へと続く扉の前にまでたどり着いていた。

 階段を上っている最中に、下の階から悲鳴のような声が聞こえたことに不安を覚えたが、上の階ではゾンビと出会うこともなく、このまま屋上に出て車を駐車している場所まで行ければ助かったも同然である。


「ほら桜庭さん、もう少しですよ!」

「……あ、あぁ…………。すまないな、苦労かけてしまって……」

「そんなことないですよ! 今まで桜庭さんには何度も助けてもらったんですし、それに比べれば!」

「それでも……いや、助けてくれて、恩に着る……」


 桜庭はエスカレーターからここまで逃げてくる最中、何度か浩司達に自分を置いて逃げろという言葉が喉まで出かけたが、言えなかった。


 自分の身だけであれば躊躇なく見捨てるよう言っていただろうが、まだ居場所のわからない自分の娘、栄理(えいり)のことを考えると、まだ死ぬ決断はできなかった。

 一度、車のところに戻ってから体調を整え、再び娘を探しに行くためにも、ここで死ぬわけにはいかないと考えていたのであった。


 達也は扉の前にまで行くと取っ手を握り、恐る恐る扉を押し開けていった。今度は扉の隙間ができた途端にバックヤード内の空気が外に吸い込まれていき、代わりに外の新鮮な空気が入ってくる。

 そのまま扉を開けきると、そこには閑散とした屋上駐車場が目の前に広がっていった。少し肌寒い風が吹いており、気づかないうちに随分と時間が経っていたのか、既に東の空が少し明るくなっている。


「ゾンビも居なさそうだ……こ、これなら助かる!」


 屋上を見渡してゾンビの姿が無いとわかると、達也は思わず笑みがこぼれ声が上ずった。それにつられてか、他の避難者達もようやく緊張した表情を和らげていた。


「このままミニバンまで、連れて行ってくれ……」

「あっ、はい! 桜庭さん!!」


 確保していた車は少し離れた場所に停めてあり、中でも一番大きく荷物を詰め込められるミニバンには食料品や武器だけでなく、医薬品もいくつか積んでいる。

 特効薬は無いにしても、今の桜庭の症状を和らげられる物がある可能性は十分にあった。

 達也は指示通り桜庭をミニバンの前にまで連れていこうと歩きだし、他の避難者達もその後に続いた。


 それから少し歩いたところに、その目当てのミニバンは駐車されていた。

 七人乗りの白いミニバンは、多少の雨汚れはあったが目立った傷は無く、窓ガラスにはスモークフィルムが貼られていて中は見えないようになっているが、いざという時のことを考えて扉の鍵はかけておらず、すぐに乗り込めるようになっている。


 達也はそのままミニバンに近づくと後部座席の扉を開け、車内に詰め込んだ物を取り出すために中へ入ろうとしたが、しかし──。


「え、あれ……」

「どうした……? なにか、あったのか?」

「いや、えっと……桜庭さん、アレ……」


 達也が扉の前から移動して桜庭から見えるようにすると、桜庭は頭を上げてミニバン内を覗いた。


 ミニバンの後部座席には、少女が一人寝そべっていた。

 派手な柄のシャツに黒のスキニーパンツ、髪は毛先まで綺麗に茶色で染められており、耳元にはピアスが鈍く輝いている。

 よくよく見ると、少女は指輪やネックレスなどシルバーアクセサリーをいくつも身につけており、小柄な体型であったが、その身だしなみは可愛らしさよりも、どこか近寄り難い雰囲気を醸し出していた。


 少女はまだ眠っているのか、寝転んだまま微動だにしていなかったが、その少女を見て、桜庭は思わずつぶやいた。


「栄、理……?」

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