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ゾンビシティサバイバル  作者: ディア
第1章 - サバイバル編
34/57

034. 大型商業施設攻防戦 当日 (十四)

 ──数分前。


 桜庭(さくらば)は3階の家具屋で、『家電製品屋に来てください』とだけ書かれたメモを眺めながら、一人で(たたず)んでいた。


「いったい、何が起きたんだ……?」


 結局、2階でも娘の栄理(えいり)を見つけられず、落胆しながら2階での捜索も終えた桜庭は、東側エスカレーター付近のゾンビ達を軽く蹴散らしながら3階へと上って家具屋に戻ってきていた。

 もしかすると、入れ違いになって栄理が家具屋に戻っているかも知れないと考えたためであったが、いざ家具屋に戻ってみると、そこには栄理どころか避難者全員が居なくなっており、代わりに居たのは我が物顔でうろつくゾンビ達であった。


 避難者達が居るはずの家具屋にゾンビが集団で居たことには流石に驚きを隠せなかった桜庭であったが、それでも難なくゾンビ達を全滅させると、避難者達を探して家具屋内を探索し始め、その最中に先ほどのメモを見つけたのであった。


 家具屋にゾンビ達の襲撃があり、避難者達は逃げざるを得なくなったということまでは推測できたが、3階までの侵入経路はすべて塞ぎ、西側に向かう途中もゾンビが居ないことを確認していた桜庭にとって、避難者達が逃げ出さないといけないほどの数のゾンビがどこから湧いて出てきたのかはまったくわからない様子である。

 ここで考え続けても埒が明かず、事態を把握するためには避難者達と合流しなければならないと結論づけた桜庭は、家具屋から離れて家電製品屋の方へと向かい始めた。



 店内を一人で黙々と進んでいく桜庭。その表情は非常に険しく、暗い。

 その原因は、道中でゾンビと遭遇しないかと強く警戒しているためでもあったが、他にも気がかりになっていることについて考え込んでいるせいであった。


 避難者達の無事についても気がかりであったが、それよりも今晩に限って2階エスカレーターの停止や娘の行方不明、そして家具屋へのゾンビ襲撃と、異常事態が立て続けに起きていることに対して不安を抱きつつあり、これ以上、何か余計な問題が増えないかと危機感を募らせていた、その時であった。



『ピーーーーーーッ…………』


 突然、前方から警笛のような音が鳴り聞こえ、桜庭は反射的に近くの柱に身を隠した。


(笛の音……!?)


 避難者内で笛を鳴らすような取り決めをした覚えは無く、そもそも避難者達の中で笛を常備していた人物に心当たりは無い。

 明らかに異質な音を聞いた桜庭は、理屈で考えるよりも本能的に何か危険な匂いを察知していた。


「……嫌な予感がするな」


 ただならぬ事態を予期した桜庭は、気がかりについて考えることをあとにして音の鳴った方へと駆け出していく。

 そして──。




「桜庭さん……っ! よ、よかったぁ~」

達也(たつや)か、お前は大丈夫そうだな。……この状況は何があった?」


 予想していなかった形で避難者達と合流した桜庭は、順に近づいてくるゾンビ達を片手間で撃退しながらも、現状を把握するために、泣き出しそうな声を出しながら走り寄ってくる達也に問いかけた。


「その、オレもよくわかってないんですけど……エレベーターからゾンビが出てきたと思ったら、急に上の階から笛みたいな音が鳴ってきて……」

「その笛みたいな音はオレも聞いた。だが、エレベーターからゾンビだと……?」

「そ、そうなんですよ! ゾンビがエレベーターを使ったみたいで!!」

「ゾンビがエレベーターを使った……。あり得るのか、そんなことが……」


 にわかに信じられない話ではあったが、達也が嘘をついているようには見えない。

 なにより、エレベーターフロアからゾンビがやってきているのは事実である。

 ゾンビが本当にエレベーターを利用したのかどうかはわからないでも、既に3階はゾンビの手が届く範囲となってしまい、けっして安全な場所ではなくなったということだけは受け入れざるを得なかった。


「……とにかく、ここから離れるぞ。浩司(こうじ)はどうした?」

「あっ! そうだ、浩司!! アイツ、エスカレーターを上ろうとしている途中で固まってて!!!」


 その言葉を聞いて、桜庭はエスカレーターの方に視線を向けた。

 エスカレーターの乗り場付近には、将棋倒しになっていた避難者達が必死に藻掻(もが)きながら逃げようとしている様子が見え、そこから視線を少し上に向けると、エスカレーターの中段くらいに浩司の姿が見えた。


 ……そして、浩司の姿が見えたのと同時に、浩司めがけて4階からエスカレーターを降りてくるゾンビの姿も桜庭の視線の中に入っていった。


「4階にもゾンビが来ているのか……ッ!!」


 想定外の事態が立て続けに発生し、声に焦りの色を見せ始めた桜庭だったが、それでも頭は冷静さを失っておらず、咄嗟にポケットに挿していた懐中電灯を抜き取ると、それをエスカレーター上のゾンビに向かって全力で放り投げた。

 懐中電灯が縦に回転しながら勢いよく飛んでいくと、『ガンッ』と音を立てながらゾンビのこめかみ付近に命中し、ゾンビはバランスを崩してふらつきながらその場で倒れていった。


「浩司ッ! こっちだ、早く来い!」


 間髪入れず桜庭がそう呼びかけると、ようやく我に返った浩司は桜庭の存在にも気づき、そしてエスカレーターを急いで駆け下り始めていく。

 桜庭と達也もエスカレーターの方へと駆け寄っていき、とりあえず誰も死んでいないことがわかると、達也は静かに胸をなでおろしていたが、桜庭の方は栄理が居ないことに気づいて内心複雑な思いを抱いていた。


「桜庭さんだ……!」「あぁ、助かった……」


 避難者達が桜庭の姿を見つけると途端に表情が和らぎ、安堵の声を漏らし始める。

 予期せぬゾンビの襲撃に遭っている真っ最中であったが、桜庭と合流できたという安心感が恐怖心を上回り、なんの確証が無くとも『これで助かった』という思いが沸々を湧き上がっていくのであった。


 だが、その中で浩司だけは暗い表情のままうつむいていた。

 桜庭が浩司の方に近寄っていっても、その態度が変わる様子はない。


「浩司、無事か?」

「……大丈夫ッス」


 生返事で返す浩司を見て桜庭は何かを察したが、まだ安心できない状況下で会話をする余裕もなく、この場は浩司の肩を軽く叩くだけで済ますと、すぐに頭を切り替えてこれからどうすべきかを周りの避難者達と相談し始めた。


 まだ周りにゾンビがいるかもしれない状況の中でゆっくりと考えている猶予は無く、それでも慎重に動かなければ自分だけでなく周りの人達まで死ぬことになる。

 いまわかっているだけの情報と、それを踏まえての推察と、何よりも直感を頼りにして次の行動を選択していかなければならない。



 ……だがそれは、4階から密かに下の様子を覗き見ている悠気(ゆうき)も同じであった。


(うまくいったと思ったが、またあの大男が邪魔をしにきたか……!)


 悠気は避難者達より先回りして4階の中央エレベーターフロアまでたどり着くと、片方のエレベーターから中に居たゾンビ達を全員外に出し、もう片方のエレベーターは避難者達がエスカレーターに近寄ってくるタイミングを見計らって3階に移動するよう操作していた。

 その後、エスカレーター付近にまで移動して警笛を吹き鳴らすと、3階と4階のゾンビ達がエスカレーターへと呼び寄せられ、避難者達をちょうど挟み撃ちにするよう仕組んでいたのであった。

 そして、それは想像していた以上に絶妙なタイミングで成功し、あと一歩のところまで避難者達を追い詰めることができたが、ここでも桜庭の邪魔が入って仕損じてしまい、悠気は苦虫を噛み潰したような表情となっていた。


(……まぁ、今回はまだ想定の範囲内だ。下手にあの大男の居場所がわからないままよりかはマシだな)


 渋々ながら現状を受け入れた悠気もまた、次の一手を検討し始める。

 避難者達を狩るにはまず桜庭をなんとかしなければならず、しかしその桜庭の強さはゾンビがどんなに束になっても勝てる気はしない。

 武器となるような道具が十分にあれば桜庭を倒す方法も思いつくかもしれないが、丸腰同然の現状では為す術もなく、丸腰でもなんとかする作戦を考えようとしても、状況はそれを悠長に待つはずもなかった。



「おい、アレ……ゾンビがこっち来てるぞ!!」


 西側の方を向いていた避難者の一人がそう叫ぶと、周りに居た人達は一斉に同じ方角へと振り返った。

 そして、避難者達の視線の先には、暗闇の中で赤い眼を輝かせながら行進してくるゾンビの姿が見えた。

 それも、一体二体の数ではなく群れをなして向かってきており、桜庭でもすべてを倒すのは容易くないほどの集団であった。


(よし、着てくれたかッ!)


 避難者達の声につられて悠気も下の階を覗き込み、目論んでいたとおり警笛の音に気づいた西側のゾンビ達が駆けつけてくれたことを把握すると、ニヤリとほくそ笑んだ。


(これで人間達は、ここから早急に逃げざるを得なくなったはずだ。

 じゃあ、どこに逃げるかという話だが……西も中央もゾンビだらけだと思えば東側に逃げるしか無いだろう。

 もし、俺が避難者側の立場だったのなら、そう考えるはずだ)


 避難者達がまだ屋上へ逃げようとするならば、他の場所に比べて手薄になっている東側からしかないと予想した悠気は、再び先回りしようと行動を開始した。


 だが、のんびりと早歩きで向かうつもりは毛頭無く、悠気はエスカレーター横に置かれていたショッピングカートの側にまで移動すると、そのまま前のめりになってショッピングカートに掴まった。


(前に障害物は見当たらない……このまま行けるな!)


 ショッピングカートの前方を東側に向けると、悠気は利き足で地面を強く蹴った。

 蹴った反動でショッピングカートは前進し始め、タイルの床も相まって滑るように加速して進んでいく。

 タイミングを見計らって地面を再び蹴ってさらに加速させていくと、いつしかショッピングカートは人間が走るのと同等か、それ以上の速度にまで達していた。

 このように、悠気はショッピングカートをキックボードのように扱うことで避難者達よりも速く移動できるようになっていたのであった。


(まずはエレベーターの方に行かなければ。"アレ"さえ回収できれば……)


 何かを思いついたのか、急いで東側へと向かっていく悠気。

 そして、悠気が移動したすぐ後に避難者達の方にも動きがあった。


「東側に行くぞ!

 向こうのエスカレーターからなら、まだ屋上へ逃げられるはずだ!」


 桜庭の提案に、他の避難者達は意見を挟むこと無く全員が賛成した。


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