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ゾンビシティサバイバル  作者: ディア
第1章 - サバイバル編
33/57

033. 大型商業施設攻防戦 当日 (十三)

 防犯ブザーの騒音がまだ鳴り聞こえる中、浩司(こうじ)を先頭に避難者達は身を屈ませながら暗闇の中を前進し続けていた。


 皆は戦々恐々としながら黙って歩き続けており、浩司も桜庭(さくらば)から教えられていたクリアリングをしっかりと行いながら安全確認して先導している。

 そして、避難者達のさらに後ろには、一定の距離を保ちながら追跡している悠気(ゆうき)の姿があった。


 悠気は、襲撃のチャンスさえあればすぐにでも襲いかかりたい気持ちではあったが、何も策を思いていない現状では決め手に欠け、それに加えて避難者達に襲いかかるのが難しい理由があった。


(……ああいうキョロキョロする行為はマヌケそうに思っていたが、いざやられると想像していた以上に厄介だな)


 避難者達の最後尾には達也(たつや)が居たが、ゾンビをかなり警戒しているのか、しきりに周りを見回しており、実際、それが(こう)(そう)して悠気は襲撃タイミングを掴めないままでいた。


 結果的に、悠気は避難者達から距離を置きながら黙って追跡するしか無く、そうして避難者達は(とどこお)りなく進み続けていたが、エスカレーター付近にまでたどり着くと、先頭に立っていた浩司がピタリと足を止めた。


「おい、居るぞ……!」


 浩司がそうつぶやきながら後ろ手で静止するよう素振りを見せると、背後の避難者達も慌てて行進を止めた。

 視線の先にはエスカレーターがあるはずだったが、そこではゾンビ達がまるで音に合わせて踊っているかのように(せわ)しなく動いており、それを見た避難者達の間には緊張が走っていった。


 ショッピングセンターの中央に移動するにはどうしてもエスカレーター前を通り抜けていかなければならない。

 物音を立てずに端の方を通ればゾンビ達に気づかれる可能性はまず無いが、それを頭で理解していても落ち着けるほど皆に心の余裕は無い。


 浩司が後ろを振り返り、(何が何でも静かにしろよ!)と伝えるかのように避難者達を一度にらみつけると、前に振り向き直して再び歩み始め、避難者達もそのあとに続いた。


 一歩ずつ、僅かな音も立てないようゆっくりと前に進み、進んでは先ほどより入念に安全を確認して、また一歩と進んでいく。

 牛歩のような歩みであったが、十分過ぎるほど静かな行進はゾンビ達から微塵も気づかれていない様子であった。


 避難者達はそのまま前進を続け、エスカレーターに最接近する位置にまでたどり着くと、浩司はゴクリと生唾を飲み込み、他の避難者達も何人か手で口をおさえて呼吸の音すら漏れ聞こえないようにしている。

 達也にいたっては、ガチガチに身体が固まってぎこちない妙な動きとなっていた。


 既に全員の緊張が最高潮に達していたが、それでも足だけは止めずに歩み続ける。

 一歩、一歩、また一歩。

 そして……。


 

「……なんとか、無事抜けられたな」


 ゾンビ達に気づかれずエスカレーター前を通り抜け、全員無事で危機を脱したことに浩司は胸をなでおろした。

 まだ安全な場所にたどり着いた訳ではないとはいえ、一番の難関を乗り越えたことに避難者達は肩の力が抜けたり、安堵の吐息を漏らしている。

 しかし、まだここで落ち着いて留まるわけには行かない。


「この調子で行くぞ。はぐれんなよ」

「あ、あぁ!」「わかった!」


 浩司の掛け声に対し避難者達の声は少し浮ついていたが、油断している様子はない。一同は中央のエスカレーターを目指して再び歩み始めていった。


 そして、変わらず最後尾に居た達也であったが、念のため背後を振り返り、エスカレーター付近にゾンビがいるだけで他には見当たらず、追いかけてくるゾンビもいないことを確認した。


「これなら、もう心配いらないか……」


 達也も少し落ち着きを取り戻し始め、はぐれないよう少し足早に避難者達のあとを追いかけていった。


 だが、エスカレーター付近にいるゾンビのうち、一体だけ自分達の方を見つめていたことに、達也が気づくことはなかった。



(……行ったか)


 悠気は、エスカレーター前にたどり着いた時点で避難者達のあとを追うことを止めていた。


(これ以上、人間達の後ろについて回るだけだと(らち)が明かない。

 人間達がエスカレーターに最接近した時点で襲いかかることもできたが、考えも無しに襲ったところで走って逃げられるだけだし、反撃でやられるリスクも高かっただろう)


 現状のままだと避難者達を襲えないと判断した悠気は、この場で襲撃することを諦め、次に打つべき計画を練っていた。


(いろいろと考えたが、中央まで先回りして移動して、そこでゾンビを引き連れて襲撃するのが一番良さそうだな。

 待ち伏せして襲撃できると良いが、そこまでできなくとも人間達の脱出経路を断てれば十分だ……)


 次の行動が決まり、悠気も早速動き出そうとする。

 だがその前に、未だゾンビ達を釘付けにしながら鳴り続けている防犯ブザーに視線が誘導された。


(これ以上、防犯ブザーを鳴らしていても意味が無いな……)


 悠気はゾンビ達を掻き分けながら防犯ブザーの前まで行くと、それをエスカレーターから剥ぎ取り、手に持ったまま力いっぱいを込めて握った。

 防犯ブザーは『パキ、パキッ』とプラスチックの割れる音を立てながらあっけなく握り潰されていき、それに併せて音もようやく止まると、周りに居たゾンビ達は我に返ったかのように静まり返り、その場で立ち尽くすだけとなった。


(よし、これでここに居るゾンビ達も自由になったな。

 ここで居て封鎖してくれるだけでも十分だが、中央で大きな音を出して呼べば来てくれることも少し期待しておこう)


 その期待を込めるかのように悠気は近くに居たゾンビの肩をポンと軽く叩いた。

 ゾンビの方は特に反応を返さなかったが、先ほどまで孤独と絶望の時間を過ごしていた悠気からは、まるで心強い仲間ができたように感じていたのであった。


 そんな片思いを懐きつつも、悠気はエスカレーターへと足を向けた。

 エスカレーターは上下階行きのどちらも止まっており、3階から覗き見る限りでは、上下の階どちらも静まり返っている様子だ。


(さて、2階に行くべきか、4階に行くべきか……)


 2階は桜庭が降りて行った階で、当然ながら桜庭とばったり出会う危険性は捨てきれない。

 だが、4階は悠気が足を踏み入れたことの無い未知の領域でもある。

 避難者達を先回りするためには、どちらかを選んで通っていくしかない。


(ゆっくり悩んでいる時間はない。………………よし、4階だ!)


 桜庭と出会う事態は絶対に避けたいという想いも強くあって、4階へ行くことを即断した悠気はエスカレーターを上り始めた。

 静かに行動する必要も無くなり、足音を気にせずできる限り急いで駆け上がっていく。

 その間にも次の展望と行動を悠気は考え続けていたが、まだ大きな懸念が残っていることに頭を悩ませていた。


(中央のエレベーター内にはまだゾンビ達が居るはずだ。エレベーター2基分の人数も居れば、あの集団を襲撃するのには十分な戦力が揃うだろう。

 ……だが、いくら人間達が音を出さないようゆっくり移動しているとはいえ、俺が急いでも先回りできるだろうか。

 こればかりは、可能な限り早歩きするしか思いつかないが……)


 悠気がどんなに考え込もうとも、ゾンビの足の遅さだけはどうしようもなかった。下手になにかしようとしても余計に時間がかかって遅くなってしまうだけである。

 小細工抜きにして人間達と競歩することを決めた悠気は、4階にたどり着いた途端に全速力で中央へ駆け出そうと意気込みを固め、エスカレーターの最後の段を上り切った。


 ……だがしかし、エスカレーターを上り切った先にあった物を見て、全速力の意気込みは風にでも吹かれたかのように呆気なく吹き飛んでいった。


(……これだ!!)


 目の前にある物を見て悠気は、微かに目を光らせて笑みを浮かべた。



 避難者達は、西側エスカレーター前を突破した後も前進を続け、その後もゾンビと遭遇すること無く順調に進んでいた。

 皆も次第に慣れてきたのか、表情はだいぶ余裕を取り戻してきており、いつしか足取りも軽やかになっている。


 途中、鳴っていた防犯ブザーの音が聞こえなくなったことを少し気にした者もいたが、ゾンビ達もしばらくは西側エスカレーターに留まったままになっているはずで、こちらが止まらない限り追いついてこないという判断になった。


「おっ、見えてきたぞ!」


 避難者達の前方数メートル先に、上の階へと繋がるエスカレーターの姿が見え始め、避難者達の中では思わず笑みが溢れていた。


 周りにゾンビの姿は見当たらず、遠くから見る限り不審な点も見当たらなかったが、それでも浩司は油断せず、安全確認を行いながらエスカレーターに近づいていく。


 そうしてゆっくりとエスカレーターへと近づいていき、ようやくエスカレーター前にまでたどり着くと、達也は最後にいま一度問題が無いか、ぐるりと周りを見渡した。

 付近にゾンビの気配はやはり無く、上の階も静まり返っている。

 そして、下の階へと続くエスカレーターの方は、今も絶え間無く下向きに動き続けていた。


「ここのエスカレーターはちゃんと動いてる……。やっぱり、桜庭さんは3階のエスカレーターを動かしに来たはずなんだよな……」

「ってなると、西側の方はやっぱりワケわかんねぇな。なんでエスカレーターが止まってたんだって……」

「なんか、今夜は変なことばかり起きるよな……。とにかく、早いとこ屋上に逃げようぜ。もうゾンビに怯えるのは嫌だ……」

「だな。よし、みんな行くぞ!」


 浩司はそう声をかけると、再び先陣を切ってエスカレーターを上り始め、他の避難者達もすぐそのあとに続いていく。

 ゾロゾロと連なりながら順番に上っていく避難者達の様子を、ここでも一番最後に上ることになった達也が下からじっと眺めていた。


「いろいろ危なかったけど、これであとは桜庭さんと合流できれば安心だ」


 いくつか引っかかる事はまだ残っているが、緊張も解けて安堵している達也。

 このまま何事もなく屋上まで避難できるだろうと考え始めていたが──。



『……ピンポーン』


 エスカレーターより少し離れたところから、急に音が聞こえてきた。

 それは、ショッピングセンターに避難してから何度か聞いた覚えのある音であった。


「ん……?」


 達也は音が鳴った方向に視線を向けると、そこにはエレベーターフロアが見え、さらにエレベーター横にあるライトがゆっくりと点滅しているのが見えた。

 この時点で、先ほど聞こえた音はエレベーターの到着音であったと達也は気づいたが、そこから事態に反応する前にエレベーターの扉が静かに開き始めていた。


 そして、エレベーターの中にはゾンビが所狭しと詰め込められている様子が目に飛び込んできて、達也は身体中から血の気が引いていった。

 

「マジかよ……。こ、浩司っ! 大変だっ!!!」

「ん? どうし……」


 エスカレーターを上り切るまであと少しといった所まで来て呼び止められた浩司は、下の階へ振り返ろうとした、その時であった。


 『ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!』


 今度は、上の階から笛のような音が鳴り響いた。

 防犯ブザーよりも甲高く大きい音が周辺に広がっていき、意表を突かれた浩司は思わずエスカレーターを踏み外しそうになったが、すんでのところで踏み止まった。


「な、何が起きた!?」

「わからない!」

「上から笛の音!?」

「なんで!!?」

「そんなの知らないって!!!」


 突然の出来事に事態を飲み込めない避難者達はエスカレーター上でパニックになりはじめ、浩司もどうするべきか判断できないまま、その場で固まってしまった。


 だが、先にエレベーターのゾンビに気づいて反応した達也は辛うじてパニックには陥っておらず、何よりもまずゾンビが来ていることを皆に伝えるために叫んだ。


「ゾンビだ! エレベーターに乗ってまたゾンビの集団が来てるんだよ!!!」

「……なんだって!?」

「なんでまたエレベーターから!」

「だから、そんなのわからないって!!!」


 避難者達は謎の笛の音に続いてゾンビまで現れたということに完全に冷静さを失い、口論まで始まってしまっている。

 その様子を見て何とかしないと焦った浩司は、考えもまとまらないままで指示を出そうとした。


「と、とにかく! 上の階に逃げるぞ! ついてこい!!」


 今はゾンビから逃げることが先決だと判断した浩司は、再びエスカレーターを上ろうと前に振り向き直した。


 ……だがしかし、振り向いた先の4階には、先ほどまで居なかったはずの人影が見えることに気がついた。

 そして、混乱した頭でもその人影がゾンビであると気づくのに、そう長い時間はかからなかった。


「……な、なんでだよ」


 理解不能であった。

 ゾンビが何故ここに居るのか。先ほどまで居なかったのに、どこから急に現れたのか。

 そもそも、あの笛のような音は何だったのか。


 答えのわからない疑問が次々と湧いて出てきては、考える暇もなく別の疑問に塗り替えられていく。

 自分が混乱しているということすら気づくことができず、浩司は目の前の信じられない光景に、ただ呆然とすることしかできなくなった。


「浩司っ! 浩司っ!!」


 下の階では達也が必死になって浩司に呼びかけているが、浩司は動こうとしない。

 他の避難者達も4階のゾンビに気づき始め、必死に押し合いながら降りてこようとしているが、途中で詰まって将棋倒しとなっていた。

 なんとかエスカレーターから降りられた人達も居たが、3階に戻ってきても目の前の光景を見て固まってしまった。


「おい、あれ……」

「ゾンビがこっちに……」


 エレベーター内に居たゾンビ達にも先ほどの笛の音が届いていたようで、ゾンビ達がエスカレーターの方に向かって歩き始めていた。

 上の階はゾンビで溢れ、後ろからもゾンビが迫ってきている。達也では助かる術が当然のように思いつかず、頼りだった浩司も固まったまま動かない。


 残った皆と一緒に戦うか、それとも皆を見捨てて逃げるか。

 達也は必死になって最善策は何かと考えるが、そう簡単に答えが出るはずもなく、そうこうしている内にエレベーターから迫ってきていたゾンビ達が避難者達の存在に気づき、その中でも達也に狙いを定めて一直線に向かってきていた。


 もうすぐそこにまで迫ってきているゾンビ達。

 そんな事態に陥っても、達也はまだこの場から逃げることも戦うことも選択できないままでいた。


「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 達也が情けない叫び声を上げ始め、他の避難者達と一緒にこのままゾンビ達の餌食になってしまうのだと自分の運命を予期し始めた、次の瞬間であった。


 突然、達也の目の前に大きな黒い影が現れた。

 その大きな影は一番近いゾンビに瞬時に近づくと、気づいたときにはゾンビが宙を浮いて吹っ飛んでいた。


「……え?」


 さらに予想外の事態に理解が追いついてこない達也であったが、黒い影の正体がわかると、思わず涙が出そうになった。


「大丈夫か、お前たちッ!?」


 黒い影から発せられたその声の主は、桜庭であった。


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