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ゾンビシティサバイバル  作者: ディア
第1章 - サバイバル編
31/57

031. 大型商業施設攻防戦 当日 (十一)

 浩司(こうじ)達也(たつや)、それに10数名ほどの避難者達は、静かに息を殺しながら家電製品屋の奥で縮こまったまま待機していた。


 いつしか避難者達の会話は無くなり、子供達はうつらうつらとしているが、大人達はゾンビに襲われるかも知れない状況に緊張で張り詰めつつも、桜庭(さくらば)とさえ合流できればきっと助かるだろうということだけを考え、ただじっとその時を待っている。


 だが、そんな待つだけの避難者達とは対照的に、棚を挟んで裏に居る悠気(ゆうき)は必死になって思いついた計画の準備を続けていた。

 思いどおりにうまく動かない不器用な手先と、手だと難しい部分は口や歯を使いながら行っていた作業は、人の手で行うのより何倍もの時間がかかってしまっているが、それでもめげずに手を動かし続けている。


 避難者達に気づかれないよう慎重に音を出さず絆創膏の封を開けてはテープを剥がしていき、あらわになった絆創膏の粘着面が変な場所にくっつかないよう細心の注意を払いながら目の前にある塊に一枚ずつ、可能な限りゆっくりと狙った場所付近に貼りつけていった。


(これで……よし、できた!)


 絆創膏を貼り付ける作業を何度か繰り返し行い、時間はかかったがなんとか最後の絆創膏を貼り終えて、悠気は目的の物を完成させることができた。

 出来上がったものを悠気はそっと手に取ると、そこには絆創膏がところどころ歪みながら貼りつけられて全体が覆われた(いびつ)な物体があった。


 新品同様で綺麗にまとめられていた包帯の束を一度(ほど)いてクシャクシャにしながら丸め直していき、その後に包帯が簡単に分解しないよう表面を絆創膏で止め固めた物がそれであった。

 野球のボールより一回りほど小さく、悠気の手のひらにすっぽりと収まる程度の大きさでしかなかったが、悠気はそれの重さや形を入念に確認していた。


(重さも大きさも十分だ。……これならいけそうだな)


 歪な物体の出来栄えは決して褒められたものではなかったが、悠気は満足気に出来上がったものを眺めている。

 そして、歪な物体を手に握りしめたまま、悠気は再び棚の隙間に顔を近づけて避難者達の様子を確認し始めた。


(……人間達は頭を下げてうずくまっている奴か、出入り口の方を黙って見張っている奴だけで、俺の方向に向けている奴はいない。

 まぁ、こんな近くにゾンビがずっと潜んでいるだなんて思ってもみないだろうしな……)


 避難者達の話し声が聞こえなくなった時点で薄々気がついていたが、想像していた以上に避難者達はおとなしくなっており、悠気にとっては絶好の状況になっていた。

 それを確認できた悠気は、あらためて店の出入り口の方にも視線を向けた。

 薄っすらと見える出入り口は店の奥からだと30メートルは離れており、そのさらに奥は暗くて何も見えない。

 それでも悠気は出入り口の方をじっと観察を行い、店内の間取りや出入り口までの道中を確認し続けた。


(出入り口まで距離はあるが、天井は十分に高い……。この高さなら多少角度をつけても大丈夫なはずだ。

 それでも届くかどうかはギリギリだな……)


 ひととおりの観察を終えた悠気はその場で静かに立ち上がると、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。

 他に懸念するべきことは無く、あとは初手さえ失敗しなければうまくいく算段は十分にある。

 残るは、覚悟を決めて行動に移すだけであった。


(これ以上のミスはできない。だが、迷っている時間も無い……。

 ……やるしかないッ!)


 覚悟を決めた悠気は出入り口の方を睨みつけ、そして上半身を少し捻りながら片足を一歩引いて斜め向きに構えた。

 そのまま腰を据えて重心を落としていき、歪な物体を握ったままの右手を後ろに下げて少しずつ力を入れていく。

 全身の筋肉がゆっくりと硬直しながら小刻みに震えており、その様子から悠気がかなり(りき)んでいることがわかった。


 力をどんどん込めていき、全身の筋肉の膨張が最高潮に達しようとした、その時、溜め込んだ力を解放するかのように悠気はおおきく振りかぶって手に持っていた歪な物体を勢いよく放り投げた。


(いけッ!!)


 ゾンビの腕力で投げられた歪な物体は猛スピードで避難者達と商品棚の上を過ぎ去り、天井スレスレを通りながら店の出入り口に向かって一直線に進んでいく。


「…………ん?」

「どうした、なんかあったか?」

「いや、なんか……天井辺りで何か動いたように見えたんだけど、見間違いだったみたいだ」

「……まぁ天井にゾンビが張りついてるわけもねぇしな」


 出入り口の方を監視していた達也には何かが過ぎ去っていくのを見えたような気がしたが、茶色い絆創膏が保護色となって暗闇の中で目立たず、見えた物は見間違いとしか思っていない様子であった。


 そうして飛んで行った歪な物体は店の出入り口を通って、暗闇の中に吸い込まれるように見えなくなっていった。

 そして、その様子を見届けた悠気はホッと胸を撫で下ろした。


(なんとか、うまく投げられたな。あとは、俺も"待つ"だけだ…………)


 悠気はその場で屈み込むと、存在を悟られないよう微動だにしなくなり、避難者達もひたすらじっとし続けているだけのため、辺りは再び静寂に包まれた空間となっていった。


 嵐の前の静けさのような、張り詰めた空気が流れていく。

 避難者達はいつここまで来るかも知れないゾンビと、いまどこに居るのかもわからない桜庭のことを思って不安にかられ、悠気もまた、思い描いた計画が三度(みたび)失敗することにならないかと不安に満ち溢れている。

 時間が普段よりもゆっくりと流れているように感じられたが、時間が経つにつれ焦燥感が強く高まっていくのを、この場にいる誰もがそう感じ取っていたのであった。



 ……だがしかし、その時間は長くは続かなかった。

 悠気が行動を起こしてから、しばらく経った後、それは起こった。


「……なぁ、何か聞こえないか?」

「えっ?」


 最初に気づいたのは浩司であった。

 それは、意識していなければわからないほど極小音であったが、遠くの方でアラーム音のような聞き慣れない音が聞こえてくるのを感じ取っていた。

 他の避難者の中でも気づいた人がいたらしく、音源がどこなのかと探すかのように(しき)りに首を振っている。


「……かすかに聞こえる、アラーム音? いったいどこから……?」

「店内にある物からじゃなさそうだが、何が鳴ってんだ?」

「……わからない。でも、ここで鳴ってるわけじゃないなら、ゾンビが来てもそっちに向かうはず……」

「そうだな。とりあえず、皆騒ぐなよ。ここで騒がなきゃゾンビは来ないんだからな」


 突然のアラーム音に思い当たる節の無い浩司と達也含む避難者達は困惑しているが、その音源が近くには無さそうだということからパニックにはならず、思いのほか冷静に事態を飲み込もうとしていた。

 エレベーター内に居たゾンビ達から逃げ延びられた人が居て、何か作動させたのだろうか。あるいは、ここから近くにあるおもちゃ屋で何か音の出る物でも動き出したのかと、思い思いに勘ぐっているが皆目検討もついていない様子であった。


 だが、アラーム音の正体を知っている悠気は、音が聞こえてきたのを同時に、ニヤリと含み笑いとなっていた。


(よし、投げた衝撃で壊れずに鳴り出したようだな)


 先ほど悠気が投げた歪な物体、その内部にはキッチンタイマーを仕込んでいたのであった。

 包帯は投げた衝撃に対する緩衝材(かんしょうざい)となるようキッチンタイマーを包んでおり、さらに時間が経てばアラームが鳴るようあらかじめセットしていたため、悠気の目論見どおりキッチンタイマーが鳴り始めたのであった。


(ここまでは順調だ、あとは……!)


 悠気は、次に起こりうるであろう事態を想像して少し高揚し始めていた。

 今はまだ何かできるわけではなく、事がうまく運ぶことを祈るしかなかったが、心の奥底から期待がどんどん膨らんでいくのを押し止める術は無い。


 その期待の源であるキッチンタイマーであったが、誰も止める者がいないためアラームが止むことなく鳴り続けており、静寂の中では一際目立つ存在となっている。

 そして、そのキッチンタイマーの存在に気づく者は、当然のように家電製品屋に居る連中だけでは無かった。


(アラームが鳴っていれば、当然やってくるだろう。……ゾンビがなッ!)


 悠気が想像したとおり、アラームに気づいた近くのゾンビはキッチンタイマーの方へと進み始めていた。

 キッチンタイマーに一番近い距離に居たゾンビ、それは西側の1階エスカレーターを上って2階にまでやって来ていたゾンビ達であった。


 これも悠気の目論見どおりであったが、桜庭との一騒動後にエスカレーターを上ってきているゾンビが居るはずだと考え、エスカレーターの方向に向かってキッチンタイマーを投げたのである。

 距離にしてギリギリではあったが、悠気の狙いどおりにエスカレーター付近までキッチンタイマーは飛んでいき、そこから下の階のゾンビにまでアラームを聞かせることができたのであった。


 その悠気の思惑を知らずともゾンビ達は音に惹かれて足を動かし、3階へのエスカレーターを上っていく。

 獲物を見つけたわけではなかったため動きはゆっくりであったが、音の正体が何なのか疑問に持たないゾンビ達は、ただ音の鳴る方へと向かって進み続けるだけである。


 そうして、音に導かれるまま先頭のゾンビが3階へのエスカレーターを上り切ろうとした時、降り口付近に仕掛られていたワイヤートラップが脚に引っかかり、防犯ブザーからはストラップがゆっくりと抜けていくのであった。

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