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ゾンビシティサバイバル  作者: ディア
第1章 - サバイバル編
30/57

030. 大型商業施設攻防戦 当日 (十)

 ショッピングセンターの2階中央、さらにそのちょうど中心に位置する所にあるエスカレーター付近には何体ものゾンビが(たたず)んでいた。


 悠気(ゆうき)に連れられるがまま2階にやって来たゾンビ達であったが、特別したいことがあるわけでもなく、やるべきこともない。

 周りに捕食するべき対象どころか動く物すら見当たらないため、ゾンビ達は自由気ままにその場を少しうろついて回ったり、なにもない暗闇をぼーっと見つめ続けているだけである。


 そして、そんなゾンビ達の群れを少し離れた場所から眺めている桜庭(さくらば)の姿があった。


「おかしい……」


 桜庭は中央にいるゾンビ達の群れを見て、ひっそりとそうつぶやいた。

 目の前に見えているゾンビ達は近くにあるエスカレーターを上って2階までやってきたのだろう。故に、エスカレーター付近にはゾンビが集まっている。

 そこまではおおよその推測がつくが、では何故、東側や西側だけでなく中央のエスカレーターまでもが止まっているのかが、桜庭の中で納得のいく答えが見つからない様子であった。


 一箇所のエスカレーターが停止したのであれば偶発的な故障だと片付けられたであろう。二箇所のエスカレーターが同時に故障したのであれば運が悪かったと割り切るしか無かった。

 だが、2階へのエスカレーターが全台とも、それもほぼ同じタイミングで停止したのであれば、偶発的な故障以外の"何らかの理由"を疑わざるを得なかった。


 無論、偶発的な故障が3度連続で重なってしまうという、非常に運が悪いことが起きただけなのかもしれない。


 だが、桜庭は決してそう考えなかった。

 前職でずっと指導されてきた教訓や今までの人生の経験則により、不都合な事実から目をそらそうとしたり、あるいは自分にとって都合の良い答えに合わせて現実を捻じ曲げて見たりしないよう心がけていた。

 何か根拠があるわけではないが、"何らかの理由"が存在し、それによって2階にあるエスカレーターが全て停止したのだろうと桜庭は直感していた。


 根拠が直感しか無いとしても桜庭にとってこの事態は見過ごせるものではなく、この場で何も対処しないという選択肢はあり得ないだろう。

 しかし……。


「……こっちはまだ後回しだな」


 桜庭であればエスカレーター付近のゾンビ達を蹴散らしてしまうことも容易いが、娘の栄理(えいり)の行方がわからない今、悠長にゾンビの相手をしている余裕は無く、この場で考えてもエスカレーターが停止した"何らかの理由"を特定できそうにもなかった。


 とりあえず3階へのエスカレーターは正常に動き続けている以上、どんなにゾンビが集まっても3階には行けず2階までで留まってしまうだけだろうと考えた桜庭は、2階エスカレーターの全停止を引き起こした"何らかの理由"のことは気にかけつつも、ゾンビに気づかれないよう焦らず、素早く、的確にを心がけて娘の捜索を再開していくのであった。



 ……そして、桜庭が気にかけているその"何らかの理由"であったが、それはたったいま、3階の家電製品屋で絶体絶命の危機に(ひん)していたのであった。


────


 ……商品棚の隙間を見つけて静かに覗くと、暗闇でもはっきりと分かるくらいの距離で(うごめ)くモノが見えた。

 その数は一つや二つではなく、見えた範囲でも片手じゃ数えきれない。


 その蠢くモノの正体はわかっている、……人間達だ。

 今、この場でどれだけの人数が居るのかはわからないが、ちょうど俺の今いる位置と出入り口の間を塞ぐかのように人間達が居座っている。


 すぐそばに居る俺のことに気づいている様子は無いが、人間達がヒソヒソと話している声まで聞こえる距離だ。俺の方から物音を立てれば即座に気づかれてしまうだろう。

 ……つまり、もう迂闊(うかつ)に動くことすらできなくなったというわけだ。


 そうこうしている間にも人間達の話し声が漏れ聞こえてくる。断片的だったが、"ゾンビ"と"エレベーター"という言葉が何度も飛び交っているのが聞こえてきていた。

 その言葉から、ここに居る人間達が何をやらかしたはおおよその察しがついた……。


 おそらく人間達は東側でエレベーターを動かし、エレベーター内に居たゾンビ達を解放して襲われ逃げてきたんだろう。

 人間達は当分家具屋で籠城し続け、早くとも日が昇るまではエレベーターを使うどころか近づくことすら無いと(たか)をくくっていたが、その考えがものの見事に外れてしまったらしい。


 いったい、どこの誰が真夜中にゾンビの襲撃が行われている最中なのにエレベーターを使おうなんて考えたんだと怒りたくなる気持ちが沸々とわいてくるが、今はそんなことを考えている場合じゃないと俺自身に必死に言い聞かせた……。



 そう、今の俺には怒る余裕すら無い。


 近くにゾンビはおらず孤立し、周りは人間達に囲まれ、出入り口は遥か彼方……。

 その上、東側エレベーターのゾンビがバレてしまったということは、俺が頑張って準備していた計画が台無しになったということなんだろう……。


 これが、今の俺の状況だ。

 呆れるほど酷い状況に乾いた笑いが出そうになるが、俺には笑っている余裕も無い。



 ……それでだ、どうすればいい?

 どうすれば、この状況から抜け出せるんだ!?


 もう人間達をどうやって狩猟するかなんて考えている場合じゃない、俺の方が追い込まれて狩られるかどうかの状況になってしまった……!

 今この状況で、どうすれば良いのかを早急に考えなければならない!


 考えろ……。

 考えろ、考えろ、考えろ……ッ!


 這いつくばりながらこっそりと移動すればバレずに逃げ出せるか?

 いや、俺の周りは人間達に綺麗に囲まれてしまっている。いくら暗闇でもこの棚の裏から出れば間違いなく気づかれてしまい、そして殺される……。


 いきなり飛び出て脅かせば人間達は驚いて逃げ出すんじゃないか?

 ……人間達の方が数的に有利だ。こっちが1体だとバレれば、人間達は逃げるより俺を倒してしまうことを選ぶ可能性が高い。俺が人間側の立場ならそうするだろう。


 なら、ここにいる人間を一人ずつ静かに暗殺していくか?

 そんな暗殺技術が俺にあるわけがない上に、そもそも暗殺技術なんてものがあれば回りくどい襲撃計画なんて立てる必要はなかった……。


 いっそのこと投降して命乞いすれば……!

 言葉を発せない上に見た目ゾンビじゃそのまま殺されるシーンしか思い浮かばないな……。



 結局、色々と思いついても即座に俺の心が失敗すると否定し続けるだけだった。身動き取れないまま無意味に時間だけが過ぎていく。


 いっそのこと、全部諦めて人間に見つかる前に安らかな自殺ができないかとも考えるが、この身体だと舌を噛み切ろうが首をへし折ろうが死ねる気がしない。

 せめて頭をスイカのように吹っ飛ばせるような道具か、ここが数十階建てのビルで飛び降りることができればゾンビでも安心して即死できそうだが……。


 そんな自殺すらままならない状況に悲観しつつも、もっと何か良い案がないかと考えながら少し体勢を変えようとしたところ、ふと胸に何か当たったような感触を感じた。



 …………そうだった!

 使えそうな道具をいくつか手に入れてポケットにしまっていたんだ!!

 俺はスーツの内ポケットやスラックスのポケットをまさぐり、その中に入れていた道具を取り出していった。

 そうしてポケットの中から出てきた物を順番に目の前に並べていく。


 ガストーチ、警笛、包帯、絆創膏、そして、小さなキッチンタイマーが3個……。


 駄目だ……、ここから脱出するために役立ちそうな道具なんて無かった……。

 なんで追い込まれた時用に脱出するための道具を探そうとしなかったんだ、俺はッ!!

 

 仕方なくあり物を使って脱出できないかを考えようとするが、拍子抜けとなった希望のせいで集中力が途切れてしまい、考えがまとまらない……。


 かろうじて使えそうなガストーチを用いての脱出方法を考えるが、俺自身に火をつけて火だるま状態になれば人間達に近づかれることなく逃げ切れるだろうというメチャクチャなものしか思いつかなかった……。


 その計画だと人間に襲われなくとも重症を負うことは確実で、仮に上手く逃げおおせたとしても火を消す術がなく焼け死ぬしか無い。

 そもそもガストーチで身体を焼こうとしたところで炙り料理のように表面が香ばしく焼ける程度で、ガソリンでも無い限り火だるまなんて無理だろう。この計画は最初から破綻していたな……。



 考えがまとまらず、集中力が増々散漫していく。

 命がかかっていると分かってはいるが、どんなに焦っても明確な答えがあるのかどうかもわからない問題を考え続けるのは苦行以外の何物でもなかった……。


 そして、考えることに集中していた間は気にもとめていなかったが、ここにきて空腹感がさらに強まってきているのを感じた。

 意識が空腹の方にも奪われてしまって、こんな状況じゃとてもじゃないが脱出方法なんて思いつくわけがない……。


 そうして集中力が低下したせいなのか、すぐ隣に居る人間達の話し声もまた聞こえるようになってきていた。



「……思ったけど、どうやってゾンビがエレベーターに乗ったんだろうな……」

「あぁ……? わかるかよ、んなこと。ゾンビ達がたまたまボタンを押して乗ったんじゃねぇのか?」

「じゃ、じゃあ、他のエレベーターもゾンビが乗ってるかもしれないってことだよな……」

「…………そんなこと、これ以上あってたまるかよ」


 若い男達の声だ。

 自信の無さそうな男の弱音に対して、声からでもわかるくらいガラの悪そうな男が応えている。


「……オレ達、生き残れるのかな」

「弱音吐くんじゃねぇよ。こんな時にヘタれんなよ、馬鹿」

「で、でもよ……」

「だから、"でも"はもう止めろって! オレ達が皆を守らなきゃならないんだぞ。オレ達が弱気になったら周りはもっと不安になるだけだろ!!」

「ちょ、声が大きいって! 近くにゾンビがいたら気づかれるから!」


 ガラの悪そうな男は口調こそキツいが仲間思いなようで、こういう奴が率先して戦ってくれるのなら心強くなって安心もできるんだろうと羨ましく思えた。

 ……もっとも、今の俺にとっては敵でしかないんだが。


 二人の会話に意識を引っ張られてしまい、脱出方法を考える頭が止まっているのは自覚していたが、会話を止めさせる術もなく、このまま聞き入るしかなかった。


「いいか、桜庭さんが戻ってくるまでは絶対にオレ達で皆を守り通す気でいろよ」

「……その頼みの桜庭さんだって、今ゾンビに襲われてるかもだし……」

「桜庭さんがゾンビなんかに殺られるわけねぇだろ! 待っていれば絶対に来る!!」

「そりゃそうだけどよ……、桜庭さんがここに来るより先にゾンビ達が来るかもって考えると……、手が震えて怖いんだよ……」

「怖いのは分かるけどな、それでもそん時はオレ達でなんとかするんだよ。お前が真っ先にヤラれたら承知しねぇからな」

「……わ、わかってるよ。とにかく、ここで桜庭さんを待ち続けるしか無いのか……」


 二人の会話が終わると、辺りは再び静かになっていた。他の人間達も二人の会話に聞き入っていて、いつしか黙っていたようだ。

 言葉には出してないにしても、ここにいる人間達は皆、この男二人の考えや判断にかなり依存していて、二人の一挙一動を気にしているのかもしれない。


 そして、二人の会話で何度か出てきた言葉……、『サクラバさん』、か。

 それがあの"大男"の名前なんだろうか。


 名前なんて知ったところで何かできるわけでもなかったが、名前が判明したというだけで相手は死神や不老不死の化物などではなく、単なる人間であるということを強く意識できるようになった気がした。

 まぁ、実際に出会って戦うことになってしまえば、死神や化物を相手するのと大差無く一方的に殺されてしまうんだろうが……。


 話していた内容から察するに、ここにいる人間達はあの大男が助けに来てくれるのを待っているということだろうか。


 ということはつまり、どんなに息を潜めてここで待っていても人間達の方は移動するつもりは無く、さらに大男もしばらくすればやってくるということだ……。

 どれくらい待てば来るのかはわからないが、もし大男が来れば、俺が無事脱出できる可能性は限りなくゼロになるだろう……。


 人間達がこの家電製品屋から移動するつもりは無いことが確定した上に、あの大男がやってくるまでのタイムリミットもあることがわかった。

 そして、こちらの状況は待っていても一向に良くならない上に、ほぼ丸腰同然の装備を再認識させられたばかり。

 まるで追い打ちをかけられているのかと疑いたくなるくらい悪材料がどんどんと出揃っていた。



 ……だが、この二人には『ありがとう』と言わせて欲しい。


 この二人の会話をヒントに、いま俺の頭の中には一つの作戦が浮かびあがってきていた。それも、ここから脱出できる上に人間を捕らえるチャンスがあるかもしれない一石二鳥の妙案だ……!


 頭の中でシミュレーションしても、今まで思いついていた作戦とは違って無事生き延びられる可能性がウンと高いように思えた。

 賭けになる部分も多分にあるが、これ以上の作戦を思いつける気もしない。今の俺にはこれが最善手であることを信じるしか無いな……。


 もう時間もあまり無いだろう、迷っている暇は無い。

 早速、準備に取り掛かろう。

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