025. 大型商業施設攻防戦 当日 (五)
ショッピングセンターの西側に到着した悠気は、引き続き準備を続けていた。
流石にゾンビ達の誘導を何度もこなしていれば手際も良くなり、ゾンビ達も悠気の誘導に特段抵抗すること無く従ってくれるため、順調に進められている。
時刻はもう夜中の2時近くになっていたが、その事についても悠気は焦りをみせていなかった。
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……よし!
西側エレベーターでもゾンビ達の誘導が終わり、上の階へと送ることができた。
ここまでは問題無しだ。
あとは西側エスカレーターを止めて上の階へと行き、エレベーター内にいるゾンビ達を連れ出して配置すれば西側の封鎖は完了する。
ここから東側に向かいつつ中央でもエレベーターからゾンビ達を連れ出して配置し、その後に東側1階へと戻って、3階にどんどんゾンビ達を送り込んでいくだけでいい。
人間達が家具屋から逃げ出すなら追いかけて追い詰み、家具屋で籠城されても継続的に数で押し込めば、流石にあの大男でも防ぎ切れないだろう。
むしろ、ゾンビ達を送り過ぎて俺の食べる分が少なくなってしまうことの方が心配だ。
相手の人数がわからない以上、どうしても過剰な戦力を投入しなければならないが……、そこはまぁ他のゾンビ達にも頑張って貰うのだから、彼らが相応の報酬を受け取るのは当然だと納得しよう。
さて、そろそろ襲撃時の行動も少し詰めておこう。
ゾンビ達を送り込んで乱戦状態になるまでは様子見になるが、その間に狙うべき獲物を見定めなければならない。
あの大男を狙うのは論外として他にも戦える奴がいるのなら、そういうのを狙うのは避けたい。
……返り討ちにされる可能性が高いからだ。
となると、狙うならやはり、女・子供や年寄りといった少しでも戦闘力の低い相手になるだろう。
戦えない相手を狙うのは卑怯だとか、残酷だとか、もうそんなことは言っていられない。
このショッピングセンターに来るまで俺自身の考えが少し甘かったが、外に捨てられていたゾンビや、躊躇なく殺されていくゾンビを見て認識を改め直した。
この世界はもう人間の決めたルールで動く社会ではなく、サバンナのような文字どおり弱肉強食の世界になってしまったのだ。
よくよく考えれば恐ろしいことだが、人間達は問答無用で俺達ゾンビを殺すつもりで襲ってくるし、俺は相手を殺すつもりでいかなければならない。
その考え方がどこか欠如していた俺は、人間を狩るにしても必要最小限の食べる分だけ狩れればいいだとか、何であれ戦い勝利してから食らうべきだとか、この期に及んでまだそんな温いことを考えていたのだと気づかされた。
人間達はゾンビの性別や年齢を気にせずチャンスがあれば殺そうとしてくるだろうし、可能ならゾンビ達を全滅させるつもりですらいる。
むしろ、ゾンビは殺してやる方が恩情だと思っているかもしれない……。
相手がそういう意識でやってくるのであれば、こちらも相応の対応をしなければならない。
しかし、それを頭で理解できていても、必要以上に人間を殺すようなことにまだ躊躇しているの本音だ。
まだ反撃してくる相手や、ゾンビを殺す気でいる相手であれば割り切れるのだが……。
結局のところ、ほんの数週間前まで普通の生活をしていた奴が、たかだかゾンビになったくらいでシリアルキラーになれるほど単純ではなかったわけだ。
『人間は食べ物である』という意識はだいぶ根付いてきたが、それでも人間が無意味に死んでも構わないと思えないのは、俺の中にもまだ"人間性"と呼ばれるものが残っているからなのだろうか。
……話が逸れてしまった。
結論として俺のとるべき戦法は、乱戦の中で戦闘力の低そうな相手を見つけ出し、かつ、反撃されないよう不意打ちで致命傷を与えるのが望ましい。
付け加えるなら1対1の状況が理想だが、弱い者ほど群れて団体行動しているはずだ。
そこまで期待どおりの状況は難しいだろう。
乱戦の中で孤立した隙を狙うか、暗闇に紛れて不意を突くか、いずれにしても襲うのには相当の臨機応変さを要求される。
だが、一人でも捕えてしまえば後はもう問題ない。安全に逃げ切る算段はついている。
できるだけ落ち着いて注意深く状況を観察し、無茶のない狩りを心がけることにしよう。
そして、あれこれ考えているうちに俺は西側のエスカレーター前まで到着していた。
ここのエスカレーターも暗闇の中、静かに音を立てながら動き続けている。
中央に十分な数のゾンビ達を配置するため、西側は多少手薄でも大丈夫だろうと考えた俺は、近くにいたゾンビ達を数体ほど引き連れて上の階へと上る準備を進め始めた。
非常停止ボタンを押してエスカレーターを止め、近くにいるゾンビの腕を引っ張ってはエスカレーターを上るよう誘導していく。
相変わらず地道な作業だが、これが終わるとようやく攻勢に出られると考えれば、自然とやる気も湧いてくる。
空腹に耐えるのも段々とキツくなってきているが、もう少しの辛抱だ!
今は、とにかく手を動かそう。
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悠気は近くのゾンビを何体か2階へと上らせた後、今度はエレベーター内に待たせているゾンビ達を解き放つために上の階へ行こうとエスカレーターを上り始めた。
暗闇の中、ゆっくりと、一歩ずつ止まったエスカレーターを上っていく。
その足取りは鈍重で緩やかな動きであったが、悠気自身としては、まるでハイキングにやってきているかのような軽い足取りに感じていた。
長い山道をひたすら登り、頑張って山頂までたどり着けば、辛い空腹を満たすには十分過ぎる食事にありつける。
そんな子供時代に行った遠足登山を懐かしく思い出している。
(遠足でも仕事でも、目標を持って身体を動かしていれば、いずれゴールにたどり着く。これも同じだ)
そんなことを考えながら、期待を込めて止まることなく足を進めていった。
が、しかし。
悠気がエスカレーターの中頃を少し過ぎた辺りで、それは起こった。
『ダンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ!』
突然、上の階から大きな音が鳴り響いた。
バスケットボールが床を跳ねるような、あるいは、扉を強く叩いた時のような、そのような音が上の方から聞こえてくる。
(なッ、なんだ!?)
音に驚いた悠気は、身体をビクつかせながらも上の階へと視線を送った。
2階にいたゾンビ達も音に反応し、咄嗟に3階エスカレーターの方へと振り向いていく。
だが次の瞬間、何かを潰したような鈍い音と共に、3階エスカレーターに一番近かったゾンビが大きく横にふっ飛んでいった。
『ドタンッ!』と、大きな音をたてながら倒れていくゾンビ。
そのゾンビの首は歪な方向に曲がっており、手足を痙攣させながら起き上がる素振りを見せず、そしてすぐにその痙攣も止まった。
倒れて動かなくなったゾンビの側頭部は、まるで潰れた空き缶のように大きく凹んでおり、それが致命打になって活動停止した様子であった。
(上で、なにが起きた……!?)
悠気は目を細めて上の階を睨むが、エスカレーターからだと傾斜があるため様子が見えない。
そんな悠気を待つこと無く2階に居るゾンビ達は"何か"を見つけた様子で、3階エスカレーターの方へと吸い込まれるように移動していった。
そして──。
上の階から何度か鈍い音が鳴り響いた後、エスカレーター付近は静まり返っていった。
悠気の方は何が起きたのかわからない様子であったが、何か異常事態が起きたことだけは感じ取ることができていた。
(上の状況が気になるが、一旦この場から避難するべきだ……)
そう頭で思いついても、悠気はまるで金縛りにあったかのように身体が重く感じ、その場から動くことが出来なくなっていた。
上の階への視線を外すことができず、小刻みに震える手足では、その場で身を屈めるのが精一杯の行動であった。
『…………ドンッ、……ドンッ』
再び、上の階から音が聞こえてくる。
先ほどの大きな音とは違い、耳をすましていなければ聞き逃すくらい小さな音であったが、息を潜めながら警戒している悠気には十分聞こえる音量であった。
音は一定の間隔で鳴り響き、そして少しずつであったが、その音が段々大きく、はっきりと聞こえてくる。
"何かが近づいてきている。"
そう感じ取った悠気は無意識に奥歯を噛み締め、身体がより硬直していった。
(今すぐにでも逃げなければマズいが、どうする? どうすればいい……?)
焦りと恐怖で考えがまとまらず、身体も思うように動かない。
『ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ……』
その間にも音はどんどん近づいてくる。
しかし、それでも悠気はどうすべきか判断がつかず、ただジッとしているしかなかった。
『……ドンッ!』
普通にしていても十分に聞こえる音が鳴った後、その音は止まった。
そして、その音を出していたものの正体が何だったのか、悠気は理解した。
2階エスカレーターの終着点に、先ほどまでは無かった大きな影が見えている。
暗闇の中では薄っすらとしか見えなくても、その大きな影が人の形をし、その手には何か棒状の物を持っているのが見て取れる。
その影は、いま悠気にとって最も出会いたくない相手であった。
大きな影の正体は、桜庭であった。




