023. 大型商業施設攻防戦 当日 (三)
俺は1階に降りたあと、ショッピングセンター内を歩き回って着々と襲撃準備を整えていた。
ショッピングセンター内にゾンビ達を誘導し、合間合間にショップを見回って使えそうな物を探す。
まだ時間の猶予があるとはいえ、ショッピングセンター内は広大だ。並んでいる店を適当に見ていくだけでも、時間はどんどん過ぎていく。
昔から買い物に何時間もかける人が不思議で仕方なかったが、今ならその理由がよくわかった……。と言っても、楽しさまではまだよく分からないのが事実であるが。
まぁとにかくも、俺はウィンドウショッピングに励むこととなった。
ゾンビでも使えるような物を探すのは難しいが、それでも無手よりは随分マシなはずだ。
しばらく通路に沿って店を順番に見ていき、店頭に並べられている物を物色していく。
まずは、いろんなブランド商品が並ぶブランドショップエリア。
ブランド物に疎い俺でも知っているようなメーカーの商品が綺麗に並んでいたが、ふと目についた品の値札を眺めると思わず眉をひそめたくなるような数字が書かれていた。
値段を抜きにしても平時では欲しいと思うことは無いと思ったが、工夫次第では何かに使えるのではないかと考え、飾られた商品を順番に見ていたところ、ガラスショーケースに飾られているブランドの腕時計を見つけた。
昔、何かで腕時計はメリケンサック代わりに使える、なんてことを見た記憶がある。
確かに、目の前に見える腕時計は金属製でかなりゴツく、これで殴られればタダでは済まないことは容易に想像できた。
……が、いざ腕時計を手に持って実際にメリケンサック代わりにしようとしたところ、かなり握りが甘くなってしまい全力で握ることができない。
それでも試しに近くの壁を何度か殴ってみたが、すぐに腕時計の方がヘコんでしまい耐久性にも問題あることがわかった。
そもそも、ゾンビが殴れる距離まで近づけたのなら手で直接掴みかかったり、噛みついた方が確実だ。
残念だが、これは役立ちそうにもない。
その後もブランドショップを見ていたが、高そうな服やカバン等ばかりで使えそうな物は見当たらず、ブランドショップでの道具探しは時間を浪費しただけで終わってしまった。
……落ち込んでいても仕方がない、次だ。
俺はまたしばらく歩いていると、今度は100円ショップにたどり着いた。
先ほど見ていたブランドショップの商品一個で、店内のありとあらゆる物を買えてしまうほどの店だ。
正直なところ期待薄ではあるが、とりあえず見て回ろう。
俺は100円ショップ内で目についた物を適当に物色し、何かないか漁っていたところ、そこで意外な物を見つけることとなった。
それは、料理する際に時間を測るために使われるキッチンタイマーであった。
老人でも使いやすいようになのか余計な機能は無くシンプルな作りで、ボタンも分指定・秒指定・スタート/ストップの3つだけ。ボタン自体も大きく、ゾンビの指でも何とか操作することができた。
こんな物まであるなんて、100円ショップの品揃えはゾンビになっても驚かされる。
試しに秒を指定してスタートボタンを押してみると、カウントダウンが開始し、カウントが0秒になった瞬間、『ピピピッ、ピピピッ……』という音とともに、店の近くにいたゾンビが近づいてくるのが見えた。
大音量というわけではないので広範囲に音は聞こえないだろうが、好きな時間を指定して近くのゾンビを誘導できる道具というのは非常に便利だ。
サイズも小さいので持ち運びしやすく、とりあえず俺は内ポケットに3つほど入れておいた。
その後も薬局を回っている最中に"ある物"を見つけ、それを使って人間達の進行を阻止する方法を思いつくことができた。
使うタイミングは考えなければならないが、今の俺にとって切り札になり得るだろう。
1階だけでも探せばもっといろいろと見つかりそうだったが、これ以上ウィンドウショッピングにかまけ過ぎていると日が明けてしまいそうなので、ここまでにしておこう。
なお、少しだけ期待して食料品売り場やフードコートの方にも見に行ってみたが、生鮮食品類は既に人間達が食べたか腐敗して処分したのかで棚には何も無くなっており、残っているのはサラダドレッシングや冷凍食品、海苔や鰹節といった乾物ばかりだった。
とりあえず目についた物について口にはしてみたが、ゾンビの身体では受け付けられず吐いてしまうだけで、やはり何かしらの生肉じゃないとゾンビの身体は受け付けないようだった……。
せめて、魚肉ソーセージぐらい残しておいてくれれば良かったんだが……。
1階での道具探しを切り上げた俺は、ようやく本格的な襲撃準備を整えることにした。
ゾンビの足ではショッピングセンターの東側から西側まで移動するだけで時間がかかってしまうため、往復しないで済むように準備は東側から順に進めていく。
エスカレーター付近にいるゾンビ達を2階に上らせていくことは勿論のことだったが、俺はそれよりももっと活用しがいのある移動手段に目をつけていた。
そう、エレベーターだ。今回はこれも使うつもりだ。
というより、エスカレーターでの襲撃がバレてしまった以上、同じ手で襲撃しても難なく撃退されるだけだろう。
まだゾンビがエレベーターで移動できると人間達にバレていない内に、エレベーターを有効利用した襲撃方法を行うのがベストだ。
エレベーターを利用するということを念頭に置いて、いま俺の頭の中で描いている作戦はこうだ。
まず、人間達の居ない4階にエレベーターでゾンビ達を運び、エレベーター自体と屋上への逃げ道を塞ぐ。
その後、ゾンビ達を3階へと続々突入させて人間達を追い込み、下の階に逃げてきたところを包囲して乱戦に持ち込むというものだ。
あの大男と正面切って戦っても勝てる見込みは皆無だが、乱戦に持ち込めば大男の隙を突いて他の人間達を狙えるはずだ。
多少、いきあったりばったりな部分もあるが、人間達を包囲する作戦が一番襲撃の成功率が高いだろうし、かつリスクも低い。
ほかに良い妙案も思いつかないので、今はこの作戦に賭けるしかなかった。
作戦も決まったので、早速準備に取り掛かろう。まずは、東側のエレベーターからだ。
俺は警笛でゾンビ達を引率しながら東側エレベーターまで移動し、エレベーター前に辿り着くとボタンを押してエレベーターを呼び出した。
しばらくしてエレベーターが到着すると、近くに集まってもらったゾンビ達を押し込んでエレベーター内に入ってもらい、ついでに薬局で見つけた物もかさ張るのでエレベーターの中にしまいこんでおいた。
ゾンビ達をエレベーター内に閉じ込めてしまうのは少し申し訳ない気持ちにはなったが、他のゾンビ達よりも人間達を襲えるチャンスがあるので、それでイーブンだと納得していただきたいところだ。
ゾンビ達を詰め終わったエレベーターは、とりあえず4階へと行くよう中のボタンを操作し、もう1基のエレベーターを呼び出して同じようにゾンビ達を詰め込んでおく。
2基目の方はとりあえず2階に行っておいてもらおう。
エレベーターが各階に着いてもゾンビ達は降りないだろうから、あとで迎えに行ってエレベーターから連れ出す必要があるが、これで多くのゾンビを上の階へと送ることが出来るだろう。
さて、東側の方はこれで準備が完了したので、今度は道中のエスカレーターを止めながらゾンビ達の侵入路を確保しつつ、中央と西側のエレベーターも同じようにゾンビを詰め込みに行こう。
すべての準備が整ったら、いよいよリベンジ開始だ……!
────
桜庭達は急いで家具屋に戻った後、他の避難者達と手分けして桜庭の娘、栄理を探し回っていた。
「駄目ッス、やっぱりどこ探しても居ないッスよ」「こっちも見当たりませんでした」
「……そうか」
今度はトイレだけでなく家具屋付近の店舗まで見回り、家具屋内に至っては全体を3周ほど往復して隅々まで探したが、栄理の姿は見当たらなかった。
起きてきた避難者達にも栄理がどこに行ったか知っているか聞きまわったが、目撃情報も無ければ伝言を聞いた者も居ない。
栄理の現在位置は皆目見当もつかないが、近くに居ないことだけは確実であった。
桜庭は、今まで浩司や達也に見せたことがない形相で焦燥しており、その姿を見ている二人まで焦りが伝搬していく。
そんな浩司と達也は、桜庭にかける言葉を探している最中であったが、その言葉が浮かぶ前に桜庭が静かに話し始めた。
「……達也、他の連中は家具屋に全員いるって確認できているんだよな?」
「あっ、はい。オレ達も含めて24名、全員揃っています」
「……わかった、ならいい」
達也の報告を聞いた桜庭は何かを決意したようで、その両手には手斧と懐中電灯を強く握っていた。
そして、決意した想いを浩司と達也の二人に伝えた。
「オレは他の場所に栄理を探しに行ってくる。お前達はこの家具屋でゾンビが来ないか見張りを続けておいてくれ」
「えっ!?」
「いくら桜庭さんでも危険ッスよ!! こんな暗闇の中一人で探索なんてッ!」
「いや、どうせあとで中央と西側のエスカレーターも起動しに行こうと考えていたんだ。……心配するな。すぐに見つけて戻ってくるつもりだし、それにゾンビが3階まで大量に侵入してくる事はあり得ないから、お前達だけでも十分だろう」
「そりゃそうッスけど……」
「皆にはエスカレーターの起動がてら見回りに行ったとでも伝えておいてくれ。下手に動くより、ここに居る方が安全ということもな」
桜庭はそう言い残すと、そのまま振り返らず奥の方へと駆け出していった。
「どうしよう、浩司……?」
「オ、オレに聞くなよ……。とりあえず、桜庭さんが戻ってくるまでオレ達だけで何とかするしか無いだろ……」
取り残された二人は、不安を抱きながら見張りを続けるしか無かった。




