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ゾンビシティサバイバル  作者: ディア
第1章 - サバイバル編
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017. 戦いの清算

 俺はフラフラと来た道を歩き続ける。


 歩けるようになったのは良いとしても、行く(あて)の思いつかない俺は、商業エリアの安全な拠点、つまりスポーツショップまで戻ることしか思いついていなかった。

 どの道、完治したかどうか判らないこの身体でまだ無理はしたくない。安全な場所でもう少しゆっくりしたいところだ。


 ただ、空腹感は何とか解消したいが……。

 人間以外も食べられることがわかった俺は、来た時と違って食べられそうな動物がいないかも注意深く観察するようになっていたが、都会の街中では野良犬や野良猫はおろか、ネズミすら見当たらない。

 雀や鳩はまだ見かけるが、こんなフラフラな歩き方では近づく前に逃げられるだけだった。


 仕方なく前に進むしかない状況であったが、少しでも空腹を紛らわせるために俺は物思いに(ふけ)り始めていた。

 テーマは勿論、なぜあの二人に負けてしまったか、だ。


 相手が悪かった、運が悪かったと言えばそれで終わってしまう話だが、そうじゃない。

 選択肢さえ間違わなければ何度も捕まえるチャンスがあったはずだ。初めての狩猟で細かいミスが目立ったからだとしても、今後に活かすためには振り替えなければならない。


 最初の火災報知器の仕掛け、4階から2階までの戦い、そして、最後の屋上での一戦。どれも上手くいった部分があるし、失敗した部分もある。

 細かい反省点は次に活かすとして、いろいろと考えていく内に、あの二人とは埋められない決定的な差があることにどうしても気づかされる。


 あの二人にあって、今の俺には足りないもの……。それは、一緒に行動できる"仲間"の存在だ。


 周りにはゾンビ達がいても、彼ら、あるいは彼女達はあくまでも標的が同じなだけであって、それは仲間とは言い難い。むしろ、標的を取り合う仲であればライバルや競合者と言う方がしっくりくるくらいだ。

 せいぜい俺にとって多少有利に働く舞台装置くらいの扱いだろう。


 それに比べ、あの二人はお互いを助け合い、共闘することによって俺達ゾンビを退(しりぞ)けることができていた。

 大人の俺がこう言うのも少し恥ずかしい気持ちがあるが、正直なところ、助け合うあの二人の仲を羨ましく思ったのは事実だ。

 もし、俺にもあれぐらいの仲間がいれば、決してあの二人にも負けなかっただろう。


 そう。無い物ねだりだとは思っているが、俺はいま、非常に仲間を欲していた。

 人として生きていた時は、ときどきの友達付き合いすら億劫(おっくう)に感じていた俺が、だ。

 馬鹿は死ななきゃ治らないと言うが、俺はゾンビになってから仲間の大切さを理解した馬鹿だったという訳だ。


 今さら人間だった時の事を後悔しても仕方のないことだし、ゾンビになった時点で人間関係はリセットされたようなものだ。

 大事なのは、その仲間の大切さを知った今からどうするかが考えるべきことだ。


 周りのゾンビを仲間にすることは出来るだろうか?

 ……いや、恐らくそれは難しいだろう。


 今まで出会ったゾンビの中で、俺のように知能的な行動をするゾンビは見かけていないし、そこら辺に居るゾンビを教育しても言うことを聞いてくれるような知能が残っているかどうかは怪しい。

 食料と時間が無限にあれば試してみたい気持ちもあるが、そんな食料があれば俺が食べたいところだ。


 ゾンビではなく他の動物ならどうだろう?

 犬や猫、あるいは知能の高い鳥、例えばオウムやカラスとかをイメージした。ゾンビよりかは言うことを聞くし、いざとなれば食料にもなる。


 及第点(きゅうだいてん)としては妥当な線をいっていると思ったが、やはりこれも難しいというのが結論だ……。

 その動物の食料を確保するのが難しく、(しつけ)もゾンビの身体では行えようがない。ゾンビになった動物がいれば食料は俺と同じ物に出来るかもしれないが、それだと先のゾンビと何も変わらない。



 ……結局、俺の仲間になれるような者といえば、俺と同じように意識を有したままゾンビになった奴しかいないという事になる。

 それがどれぐらい存在しているものなのかは不明だが、今まで出会ったことが無いのであれば決して多い数じゃないだろう。

 もしかすると、俺だけがそうなっているだけなのかもしれない……。


 いや、そもそもそんな意識のあるゾンビが他に居たとしても他のゾンビと簡単に見分けがつくとは思えない。

 それに、意思疎通出来なければ出会っても仲間にすることも不可能だ。考えれば考えるほど、どうしようもない状況であることを思い知らされて軽く絶望する。


 話題を変えよう……。

 もう少し気分の晴れる話がいい。



 あの二人と戦って食料的な収穫は無かったが、食料以外では少しばかり手に入った物があった。

 それは、落下した際に掴んだままだった黒のワンショルダーだ。


 怪我が治るまで暇を持て余していた時、俺はそのワンショルダーの中身を物色していた。

 プラスチックの留め具部分は落下した衝撃で割れてしまったようで、カバンとしての役割を果たすことはもう出来なかったが、中に入っていた物についてはまだ無事だった。


 それで、ワンショルダーから回収できた物について整理しておこう。


 まず、側面の小さなポケットに入れられていた警笛。

 音を鳴らせば近くに居るゾンビを誘導することが可能で、手や物を叩いて音を出すよりは効率がいい。何かと役には立ちそうだと思い、これは胸ポケットの中に入れておいた。


 次に包帯や絆創膏(ばんそうこう)といった衛生用品。

 怪我が勝手に治る俺に必要なものなのか少し考えたが、とりあえず持っていくことにした。要らなくなれば捨てればいいし、何かに使えれば良いかもしれない。


 最後に、これは少し意外な物を見つけた。

 それは、キャンプやバーベキューの際に、炭を着火するために使われるような小型のガストーチだった。

 あの二人はどこかのアウトドアショップでも行った後だったのだろうか。


 マッチやライターであれば、ゾンビの手で着火することなんて不可能に近かったが、このガストーチは手で握って使うトリガー式で、()も長く不器用なゾンビの手でもなんとか着火することができた。


 実際に使う機会があるかどうかはともかく、ゾンビでも使える道具が手に入ったというだけでもありがたく思っておこう。



 他にも非常食らしきバランス栄養食品や乾電池なんてものも入っていたが、別の場所でも容易に入手できる上にスーツのポケットが嵩張(かさば)るだけなので、これは持っていくことは諦めた。


 こうやって手に入れた物を挙げていくと、今回の戦いは決して無駄なものでは無かったと気づかされる。

 確かに負けて、背骨を折る重傷を負わされ、目的だった食料こそ手に入らなかったものの、今まで人の殴り方すら考えたことも無かった人間……ではなくゾンビが健闘して生き残り、いくつかの戦利品も得る事ができた。

 そう考えれば、俺は頑張った方で今回の件で落胆する必要は無い。むしろ、十分にすごいことをやり遂げたんじゃないか!!



 ……いや、この話ももう止めよう。

 自画自賛して自尊心を満たしても(むな)しいだけだ。

 考えるネタが無くなった俺はそのまま考えることを止め、ひたすら歩き続けるだけとなった。



 事故に遭ったバスの横を通り過ぎ、怯えながら逃げ進んだ道を抜けて商業エリアへと戻って行く。

 道中も何か居ないか注意しながら周りを見ていたが、静かになった街中で動いているのは、何の目的意思も感じられないゾンビだけだった。



 賑やかさを失い、騒音も無くなった静かな世界。

 十字路の信号機は、もう気にする人間が居なくなっているにもかかわらず、己に与えられた役割を(まっと)うし続けている。


 そんな誰にも望まれないのに動き続ける姿を見て、ふと、自分の現状と重ねてしまう。

 今はまだ動き続けるだろうが、いずれは止まってしまうだろう。……誰にも見届けられることも無く。

 自分の意志で止まれないのなら動き続けるしか無い。そんな無意味に動き続ける信号機に感情移入しつつも、俺は前に歩き続けた。


 商業エリアに入り、スポーツショップまであと少しという所まで到着した俺は少しだけ安堵(あんど)した。

 ここまで来れば人間に襲われる可能性はほぼ間違いなくゼロになるからだ。

 相変わらず空腹のままだったが、安全な場所まで避難できたのであれば今はこれ以上の贅沢を言っていられない。


 そのまま寄り道もせずスポーツショップまで行くことに決めていたが、周りを見渡しながら歩いている最中に、1つの人影が目に写った。



 ……すごく見覚えのある姿だ。


 それは、俺が襲った最初の犠牲者、名前も知らないあの彼女だった。しかし、彼女のその姿は、以前見た時とは大きく変わっていた。


 肌は俺と同じく白色に緑がかった色をしており、食べ散らかしてしまった左腕と腹部は再生していたが、遠目でもわかるくらいゴツゴツと形を変えて表面は醜く(ただ)れていた。

 白かったワンピースはところどころ焦げ茶色に汚れ、それは彼女の血が固まった跡というのは容易に想像がついた。


 俺が噛んだせいなのか、彼女はゾンビになってしまったようだった。

 しかし、俺のように意識があるわけではなく普通のゾンビになったようで、俺も気づいた素振りすら見せず、ひたすら無意味に空を眺めているだけであった。


 しばし、彼女を眺める。

 ゾンビになったとしても整った顔立ちはそのままで、静寂の街を独り(たたず)む姿は、どこか(はかな)げで美しくも思えた。

 ……そんな彼女を眺めていた俺は、一つの名案が浮かんだ。


 足元をふらつかせながら彼女にゆっくりと近づいていく。彼女の方は俺のことを気にも留めていないようで、その場から動かず空を見続けている。

 そうして彼女の元へと辿り着くと、俺は彼女のその細い腕を掴み、そして強く引っ張った。

 身体が覚えている反射行動なのか、いきなり腕を引っ張られても転ばないようバランスを取る彼女。それを見て安心した俺は、そのまま腕を引っ張りつつ彼女を誘導していった。



 それから俺達はしばらく道を歩き、広い道路を抜けてスポーツショップの前まで辿り着いた。

 出発した時と変わりのない様子から、俺の居ない内に人間が侵入した形跡は無さそうだ。そのまま特に用心することもなく、俺達はスポーツショップの店内へと入っていく。


 店の奥へと進み、階段を上って2階に辿り着くと、そこにはあの男がいた。

 そう、彼女の家族か、友達か、彼氏である、あの男だ。


 だが、あの男は彼女を見ても、もう何の反応も示さない。

 彼女の方も、あの男を見ても反応は示していなかった。


 俺は彼女の腕を引っ張りつつ、男の方へと向かった。

 そして男の目の前まで辿り着くと、彼女の腕を思い切り引っ張って、男にぶつけるつもりで放った。


 彼女は放たれるがまま前によろけていき、寄りかかる形で男にしがみつく。

 男の方は、彼女をぶつかられた衝撃で転ばないよう半歩下がったが、しっかりと彼女を受け止めていた。



 ……よしっ!

 その二人の姿を見て、俺は心の中でガッツポーズを決めていた。


 ここなら人間が侵入してくる可能性が低い上、他のゾンビがやってくる可能性も低い。

 お互いがお互いを認識出来ていなくても、この二人はその動きが止まるまでずっとペアで居続けられるだろう。

 このまま、この場所が二人だけの空間になることを願い、俺はスポーツショップを後にした。



 …………別に罪悪感を感じてだとか、俺が優しい人げ……ゾンビだからだとかじゃない。

 俺の自己満足でしかないだろうが、この二人はゾンビになったとしてもこうあるべきだと、そう思って行動しただけのことだった。


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