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ゾンビシティサバイバル  作者: ディア
第1章 - サバイバル編
13/57

013. Hunting time. (5)

 階段の方では、1階から上って来ていたゾンビも2階にまで到着しており、踊り場から転げ落ちてきたゾンビと合わせて2体のゾンビが、(いつき)歌乃(かの)を待ち構えていた。


 そのゾンビ達が待ち構えているところに、樹は一人で突っ込んでいく。

 樹の表情からは恐怖や迷いといったものは感じられないが、何か考えがあるようにも見えない。


『歌乃と一緒に生き延びたい』


 その想いだけで、樹は恐怖に打ち勝って身体を突き動かし、自分より遥かに力の強いゾンビ達にも真正面から向かっていける。


 だが、それは若気の至りでしかなく、人生の経験不足からによる万能感に騙された、勝ち目も何も無い無謀な行為だ、と悠気(ゆうき)は分析しながら二人の後を追いかけていた。


(まぐれでゾンビを1体倒せたくらいで、次もまた同じように倒せるはずがないだろう……)

 特に大きな波乱の無かった人生でも、それなりに小さな成功と失敗を重ねてきた悠気からすれば、樹の行為は愚行としか思えなかった。


 このまま行けば、樹はゾンビ達にやられて食べられてしまう。

 悠気は、樹を一番最初に食べる事は諦めるしかないと判断し、残った歌乃をどうやって安全に襲うかについて考え始めていた。



 樹が手にハンマーを構え、ゾンビに走り寄っていく。

 しかし、4階の時とは違ってゾンビの身長はかなり高く、このまま飛びかかったとしても、ゾンビの頭にハンマーが届く前にゾンビが前に伸ばした手が樹の体を捕らえるだろう。


(倒せなくたっていいっ! 逃げ道さえ作れればっ!)


 目の前のゾンビを何とか退()けたい、後先考えず今すぐ助かりたいという思いからか、樹は無意識的に身体が動き、そして、唯一の武器であるハンマーをゾンビ目がけて放り投げていた。

 思いがけない樹のヤケクソ行為に、悠気はほくそ笑んでしまったが、しかし──、


『ゴンッ!』


 ハンマーは放物線を描きながら飛んでいき、鈍い音と共にゾンビの人中辺りに見事命中した。

 ゾンビは頭を大きく反らしてふらつくが、(すんで)のところで踏み止まる。

 何事もなくゾンビが体制を立て直すかに思えたが、その前に、樹が叫び声を上げながらゾンビに体当たりを行った。


「うわあぁあぁぁぁぁ!!」


 樹は肩を突き出したショルダータックルの姿勢でゾンビにぶつかり、その全体重を乗せた体当たりは、まだふらついていたゾンビを呆気なく転倒させた。


 転倒したゾンビは起き上がろうとするが、その前に樹がゾンビの前に寄って、頭を思い切り踏みつけ始める。

 何度も何度も(かかと)で顔面を踏みつけ、ゾンビは痛がらないにしても、脳への衝撃からか動きがどんどんと鈍くなっていった。



(けっこうやるな。だが……)


 悠気は、樹の戦いぶりに少し感心していたが、客観的に見れる立場からすると、ゾンビ1体にそこまで時間をかけている余裕が無いことは明白だった。

 樹が寝転んだゾンビを踏みつける事に夢中になっている隙に、もう一体のゾンビが樹のすぐ近くまで歩み寄っていたのであった。


(よし! そのまま行け!!)


 一応、ゾンビ側としてゾンビを応援する悠気。

 その声援は出せず、仮に出せたとしても、その声がゾンビには伝わるはずもないが、悠気の期待に応えるかのようにゾンビは両手を樹の方へと伸ばしていった。


 目の前にいるゾンビに、いまだ気づかない樹。

 スコップを持っている分だけ全速力で走れない歌乃も、まだ離れていて間に合いそうにない。

 このまま、樹の方は終わったと悠気は確信しだしていたが、


「い……、いつきッ!!」

 歌乃が、精一杯に声を絞り出して樹に呼びかけた。


 今の歌乃ができる唯一のアシストであったが、その声に反応して頭を上げた樹は、ようやく目の前のゾンビに気がつくことができた。


「うわっ!!!」


 手を伸ばすゾンビを()い潜るかのように、樹はその場でしゃがみ込んで避け、ゾンビの両手は樹がいた場所を空振りして、そのまま前につんのめった。

 ゾンビは体制を立て直して再び樹を襲おうとしたが、その間に樹は()いながら移動して、先ほど投げたハンマーを拾う。


 四つん這いで後ろを向いている樹に向かって、ゾンビが勢いよく襲いかかった。

 それとほぼ同じくして、樹は身体を横回転させ、寝転んだままゾンビの方へと向き直した。


 一瞬、樹とゾンビの目が合う。

 お互いが相手を認識し、相手を仕留めようと躍起(やっき)になっている。

 まだ寝転んだままになっている樹より、既に樹に対して手を伸ばして襲い始めているゾンビの方が有利に思えた。

 しかし、そんな状況でも樹は(おく)して身体を強張(こわば)らせることなく、転がった勢いに任せてハンマーを振り払った。


 ハンマーの軌道は、ちょうどゾンビの頭部分を通る形となり、ゾンビの上顎(うわあご)辺りに命中した。

 再び、鈍い音が響いてゾンビの顔が横を向き、動きが一瞬止まる。


 しかし、この程度でゾンビが倒せるはずもなく、すぐ樹の方を振り向き直して、再び襲いかかろうと両手を伸ばした。

 樹はハンマーを構え直す時間も無く、仰向けの状態では逃げることもできない。

 そのままゾンビは両手で樹の両肩を掴みかかって地面に押さえつける形となった。

 樹は上半身を固定され、ゾンビの方は大きく口を開け始める。


「……このっ! 離せっ!!」

 樹が強く抵抗しようとするが、力で押さえ込まれて全く動けない。


 ゾンビの口からヨダレが垂れて樹の服を汚し、臭い息が樹の顔にかかる。

 あまりの悪臭に樹は吐き気を覚え、目には涙を滲ませるが、必死に我慢して抜け出そうと、まだ抵抗を続ける。

 その抵抗も虚しく、ゾンビが樹の首筋に噛みつこうと頭を降ろし始めた。



(やられる……っ!)


 樹がそう思った直後、ゾンビが噛みつく寸前で体制を崩し、ゾンビの顔面が樹の隣に勢いよく着地した。

 突然の出来事に、樹は目を丸くしてゾンビの横顔を眺めることしか出来なかった。


『ガァン!!』


 地面に着地したままのゾンビの後頭部に、スコップが振り下ろされ、大きな音が鳴る。

 耳元で金属音を鳴らされた樹は、思わず目を(つむ)って顔を背けてしまった。


「ハァ、ハァ……。樹ッ! 大丈夫ッ!?」

 ゾンビの後ろには、息を切らした歌乃が立っていた。

 出来うる限り急いで走ってきた歌乃が追いつき、樹に組み付いていたゾンビの右腕を弾いてバランスを崩させ、そしてたった今、ゾンビの後頭部に手痛い一撃を加えたのであった。


「う、うん。ちょっと、耳鳴りがするけど、大丈夫……」

「よかった……」


 樹は上に乗っているゾンビを蹴ってどかし、差し伸べられた歌乃の手を借りて起き上がる。

 なんとかゾンビ達を倒せたことに少し安堵したが、まだ助かったわけじゃないと気を引き締め、そのまま歌乃の手を掴んだまま階段の方へと引っ張った。


「歌乃! とりあえず、早く逃げよう!!」

「……うん!」

 昨日まで頼りないイメージしかなかった樹がゾンビ2体を相手して戦い、ぎりぎりでも無事生き残ってくれた。

 その樹の姿を見た歌乃は肩の荷が下りたような気持ちになり、先ほどの狼狽(ろうばい)した姿から、大分落ち着きを取り戻していた。



 二人はそのまま階段まで駆けていく。

 3階への階段踊り場まで辿り着いていたゾンビが二人に気づき、踊り場からノソノソと階段を降りてくるが、今の二人の敵ではなかった。


 ゾンビが階段を降りきる前に樹が駆け寄り、ハンマーでゾンビの(すね)を横から強打する。

 バランスを崩して階段から落ち、前のめりに倒れるゾンビ。

 そのゾンビの頭めがけて、今度はスコップが強く叩きつけられた。


 息のあった連携で、あっという間にゾンビを倒した二人は、そのまま何事もなかったかのように階段を駆け上がっていった。


 その二人の後ろ姿を、悠気は少し離れた場所から、だんまりと眺めることしかできなかった。


────


 まさか、背の低い方があそこまで戦えるなんて思ってもいなかった。


 窮鼠(きゅうそ)猫を噛むと言うか、追い込まれた人間が必死になれば、ああもなれるのだろうか。

 いや、それとも守りたい者を持っているからこその強さなのだろうか。


 残念ながら、今の俺には守りたい者どころか、自分の命すら無くしてしまったようなものだ。

 あの背の低い方のように、他人のために命を賭けるような戦い方は到底出来ないだろう。

 俺の中で、一種の憧れのような気持ちが湧くくらい、勇敢な行為を魅せつけられた次第だった。


 と、獲物への賞賛はここまでにして、次の手を考えなければ。


 あの二人は、1階ではなく上の階へと逃げていった。

 まぁ1階はゾンビだらけだと考えたのかもしれないが、まさか、今の1階にはゾンビが1体も居ないなんて夢にも思わなかっただろうな。


 上の階に逃げたのなら、願ったり叶ったりだ。

 二人とも3階と4階の非常出口はまだ封鎖されていると思いこんでいるはず。

 そうなると、あと開いている非常出口はもう5階しかない。


 今度こそ、仕留めるつもりでやらなければ……。


────


 二人の残った逃げ道を5階と絞り込んだ悠気は、急いでエレベーターに近づき、ボタンを押した。



 樹と歌乃は階段で上へと進んでいく。

 二人は急ぎながらも、いつまた予想外の出来事が起きるかもしれないと注意を怠らず進み、道中にもう1体ゾンビが潜んでいたが、それも呆気なく倒して3階へと辿り着いていた。


「3階に着いたけど、どうする、歌乃?」

「……止めておこう。さっき非常ドアが開かなかったし、もしかしたら、あの青ネクタイのゾンビが何か仕掛けているかもしれない」

「わかった。……まだ上に行くしかないね」


 二人は用心を重ねて3階を諦め、更に上へと向かうことはすぐに決まったが、その後の行き先までは定かではなかった。


 直近の危機から抜け出せたとはいえ、未だこのビルに閉じ込められたままという事実に変わりはなく、これからどうするべきかまで二人は考えられていない。


 仮に、このままビルから脱出することができたとしても、警報音でビル付近に寄ってきているであろうゾンビ達をなんとかしなければ、脱出直後にゾンビ達に襲われてしまう危険性が高い。

 2階の非常ベルを何とかして止めて、再びゾンビ達が他の場所に散らばって行くのを待つか、それとも……。

 考えれば考えるほど困難な状況に、歌乃は再び不安が募っていく。


「せめて、安全な場所でゆっくり考える時間ができれば……」

「4階の非常出口も使えないし、後はもう、5階か、屋上しかないよ」

「5階か、屋上か……。どちらにしろ、上に行くことに変わりないね。……慎重に、気をつけながら行こう」


 二人は階段を上り続け、4階を通り過ぎて、5階へと向かう。

 上の階でゾンビが待ち伏せしていることもずっと危惧していたが、そのようなことは起きず、また、下の階からはまだゾンビが追いかけてくる気配もない。


 このまま5階まで何事もなく到達し、とりあえず、そこで一息つける。

 二人はそんな(あわ)い期待を持ち始め、足取りが少しだけ(かろ)やかになりつつあった。


 そして、二人が何事もなく5階フロアに辿り着いたとき、その認識はまだ甘かったと思い知らされた。

 二人が5階に到着した時点で階段近くにあるエレベーターのドアが開いており、それはほんの数秒前に、エレベーターがこの階に到着したことを表していた。


「エレベーターが……、開いている……」

 単純に考えれば当然の話であったが、非常ベルを理解して押せるゾンビが、エレベーターのボタンを操作出来ないはずがなかった。

 しかし、二人がその事に気づくのには、少々遅すぎた。


 この階に、間違いなく"あのゾンビ"がやって来ている。

 それも、先回りされて。

 そう理解した樹と歌乃は、喉を鳴らしながら生唾を飲み込んだ。


 後ろからはまだゾンビはやってきていない。

 しかし、今から下の階へと引き返すのもリスクが大き過ぎる。


「歌乃、どうする……? このまま5階に……」

「…………とりあえず、非常出口が使えるか見に行こう」

 二人は、どこからゾンビが襲ってきてもすぐ対応できるよう、警戒しながら音を立てないように5階フロアの中へと入っていく。


 5階フロアは、昼間確認したときと同じように散らかっていたが、目立って変わったところは無かった。

 まだ遠くに見える非常出口のドアもドアノブが付いているように見える。


「……特に、変わったところは無いみたいだね」

「気を抜かないで、樹。あのゾンビは、絶対に何か仕掛けてくるはずだよ」

「わ、わかってる。……次に、目の前に現れたら倒してやりたいよ」


 二人は悠気の事を最大限に警戒しながら進み、非常出口の方へと近づいていく。

 そのまま、非常出口まで半分くらいの距離を歩き、昼間入れなかったセキュリティドア付近が見えてきたところで、二人の足は止まった。


(……来たか)

 セキュリティドアの近く、階段付近からは影になっている場所に、悠気が静かに(たたず)んでいた。


「居た!!」

 樹が声を上げて悠気の姿を指指す。

 歌乃の方はその場で少し身震いしたが、口をつぐんで奥歯を噛み締め、悠気の方を強く睨んだ。


 周りに他のゾンビがいる様子は無く、非常ベルも悠気の近くには見当たらない。

 ゾンビの顔色なんて読みようもないが、悠気が何かを企んでいるとしても、数の上では歌乃と樹の方が有利であり、何か仕出かす前に、一気に畳み掛ければ他のゾンビと同じように簡単に倒せるだろう。

 そんなことを考えながら、歌乃がスコップを構えて突撃する構えをし始めたとき、先に悠気の方が行動を始めていた。


(これが俺の……、俺しか知り得ない、"切り札"だ)

 悠気がセキュリティドアのドアレバーに手をかけ、そのまま手を引く。

 ロックされて開かないはずのセキュリティドアは、何事もなくその大きな口を開いた。


「なんで!? 昼間は開かなかったはずッ!!」

 思わず、歌乃が大声を上げて驚愕する。


(それはな……、このセキュリティドアに続く事務所が、俺の勤めている会社だからだ)

 もし、声を出して話すことができれば、悠気はここで二人にネタばらしをしてあげていたところだったが、残念ながら言葉を発することは出来ない。

 この会社の社員であった悠気は、セキュリティドアの暗証番号についても勿論知っており、二人が来る前に暗証番号の入力まで済ませてロックを解除していたのだった。


 悠気がこのビルに入って真っ先に向かったのは、自分の会社が入っているこの事務所であった。

 特に親密な仲の会社仲間が居なかったとしても、誰かまだ残っていないかそれなりに気になってしまい、二人が4階でくつろいでいる間に様子を見に来た次第であったが、その時にこの事務所内がどうなっているのかまで確認していた。


(さぁ、出てきていただこう)

 悠気はセキュリティドアを大きく開きっぱなしにして固定する。


 そして、間もなくしてセキュリティドアの向こう側からゾロゾロと人影が押し寄せて出てきた。

 それは、悠気と同じ部署なのに会話したことがなかった社員、メールでしかやり取りしない総務部の社員達、顔と名前が一致しない他部署の取締役、そして、今までまったく関わり合いのなかった社長の、ゾンビ達であった。


 悠気の会社内も、"あの日"に何人かの社員がいきなりゾンビ化し、近くにいた社員を襲っていた。

 入り口に近い社員は、他の社員が食われている隙に会社から逃げ出すことができたが、オートロック式のセキュリティドアが閉じると出口が無くなり、食事が済んだゾンビは出口の場所がわからず、このビル内で騒ぎが起きてからもずっと閉じ込められていた。


 その事実を知った悠気は、たとえ仕事上で殆ど関わりなかったとしても今まで一緒の会社で働いてきたゾンビ達への人情、ないしゾンビ情で、食糧確保が終わった後に開放するつもりではあった。

 しかし、二人を襲うためのゾンビの数が少ないとわかった時点で、悠気は何とかこの社員ゾンビ達と協力出来ないかと考え続けていた。


(ここまで……、上手くいくなんてな)

 多少、予想外の出来事や方向転換があったが、(おおむね)ね想定通りの結果となり、内心満足している悠気。

 それと反するかのように、目の前にゾンビの大群が現れて絶望する歌乃と樹。

 社員ゾンビ達も二人に気づき、足並みをそろえて二人へと向かい始めた。


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