脅威
コルネスの騎士団長の一人、ガウェイン・ロイスが、シェルスに仕える侍女にフルボッコにされたという話は一気に広まった。
「す、すごいですね……ルンルさん、そんなに強かったんだ……」
「私じゃねえよ」
アルフェルドは洗濯物を干しているルンルを手伝っていた。シェルスに仕えている侍女としか聞いていなかった彼女は、ルンルとマリムのどちらかだと思っていた。
「じゃあ……マリムさんが……すごいな、私勝てるかな……」
一人でブツブツいいながら、洗濯カゴから洗濯物を取って干す騎士団長。
「勝てるわけ無ーだろ(マリムが)」
ルンルが言いながら、空になったカゴを持って帰っていく。
「ぁ、は、はぃ……私……勝てないのか……」
アルフェルドは一人、トボトボと詰め所に帰って行った。
一方、張本人のリーンはマリムと共にシェルスの昼食を用意していた。
「お前、騎士団長ぶっとばしたんだって?」
マリムが鍋を開けてお玉で味見をしながらリーンに尋ねた。リーンは野菜をみじん切りにしながら……
「ああ、王女に舐めたマネしてくれたんでな……頭に血がのぼって……後悔はしてない」
みじん切りにした野菜を、モシャガルヒルモアの卵を解いた中に入れる。
「舐めたマネって……何したんだ、あの若造」
「王女に……木剣を投げてよこして……相手になれってな……」
モシャガヒルモアのひき肉も卵の中に入れて揉みこむ。
「まじか……バカだな……王女に相手になれって……」
「まったくだ。バカの極みだ。普通なら処刑だ。私にブチのめされて命拾ったんだ、アイツは」
ある程度卵と肉が混ざった所で形を整えてフライパンで焼く。
「そういえば、王女も強いんだろ? レインセルのなんとか騎士団とかだったんだから」
「強いけどな……アイツは必死に騎士から王女になろうと頑張ってるんだ。本当は騎士として……レインセルで戦いたかっただろうに……そこに……相手になれだぁ?! バカじゃねーのか?!」
頭に血が昇って勢いよくひっくり返す。
「まあ、ガウェインはレインセル出身だから……興味あったんじゃないのか」
「ん? 今なんて言った……」
塩コショウで味付けをしてモシャガヒルモアのハンバーグの完成(仮)
「だから……アイツは元々レインセルから来たんだ。たしか……奴隷だったんだっけか」
「奴隷……アイツが……」
ガウェインは今20代後半だったはず、とリーンは考えながらイリーナとの関連があるのか考える。
(もしかして……イリーナが奴隷だったころの……いやいや、もうどうでもいいか……)
料理をカートに乗せ、シェルスの私室へと向かうリーンとマリム。
シェルスの希望で食事は侍女達と共に……という事になった。オルビスも一人で食事を取りたがるし、侍女に見守られながら食事というのも、シェルスにとっては中々苦痛だったからだ。
「飯だぞー」
咥えて侍女3人ともシェルスとはタメ口である。シェルスにとっては食事の時間が一番楽しいひと時だった。
コルネス要塞内のレジナルドの研究室。
ライガスの守護霊を纏っていた女とレジナルドが面談していた。
「なぜ戻ってきた。お前の目的は果たせなかったのか?」
「いえ……」
女はレジナルドに渡された液状の薬を少しずつ飲みながら質問に答える。
「あの守護霊は何だ。どこであんなものを手に入れた」
レジナルドは「ライガス」の守護霊について問いただす。
「あれは……ウェルセンツで……」
女は腹に刻まれた焼印を見せる。
「ウェルセンツだと……なぜライガスの守護霊など……」
「ライ……ガス……?」
「お前は知らんのは当然だ。大戦で唯一生き残った騎士団長の一人だ。大戦後すぐに行方知れずになったが……レインセルで殺されたそうだ。あの姫君にな」
「…………そんな人の守護霊がなんで……」
女はレインセルで殺された男の守護霊が、何故自分の焼印に宿っているのか分からなかったが……
「恐らく……レインセルで地脈に流されたんだろう。ウェルセンツで何をしているのかは知らんが……地脈を漁っているのか? そんな事をする理由は……ゲスい想像しか出来んな」
女はレジナルドの話を聞いて項垂れる……
「お前は知っているんじゃないのか? ウェルセンツで何が行われているかを。 なぜおまえは戻ってきた。レイガントと……子供を守る為ではないのか?」
女は震えながら
「助けて……ください……」
レジナルドはため息を吐きながら薬を取り上げる。
「言え、お前の知ってる事を全部話せ。マクティベル・オルサイル」
女は語りだす。
ウェルセンツで何が行われているのか、何故自分は戻ってきたのか。
そして、このコルネスにどんな脅威が迫っているのかを。
場所は変わり……レインセル、マシル大聖堂の最上階。
ナハトの私室でクラリスがゼシルと共にデスクワークに励んでいた。
「はぁ……甘いものが欲しい……」
「さっき甘ったるいジャム食ったばかりじゃろ……よくあんなものをパクパクと食えるの」
クラリスは一人で片づけきれずにゼシルに泣きついた。ゼシルもシンシアの時のように丸投げされるのは勘弁してほしい、と手伝うだけ……と言いながら結局ほぼ片づけていた。
「全く……なんでワシが……」
「もう……ゼシル様がナハトやればいいのに……」
「御免被る。ナハトは変人がやればいいんじゃ」
クラリスは肩を落としながら作業を続ける。ゼシルによって点字を施された書類を読んで判を押すだけの作業だったが……
「ん……? そもそも……点字に訳すくらいなら……ゼシル様が全部やれば……」
「じゃーかーらー! そうやって丸投げにされるのが一番頭に来るんじゃ! 点字になんぞいくらでもしてやる! お前も働け!」
うえええ……とクラリスは項垂れつつ、目の前の老人が面倒くさい性格をしていると悲観する。
と、そこに通信魔術の触媒が淡く光る。ゼシルは手に取り
「なんじゃ、今忙しいんじゃ、急な用事じゃなきゃ……」
『そうか、老人の耳に入れておくべきだと思ったが……ならばいい』
その声は暗唱の宝石、グラスパの声だった。
「ちょ……お前! なんじゃ! さっさと要件を言え!」
暗唱の宝石の話は嫌な予感がするものの、重要な事だと悟ったゼシル。
『地脈が乱れているぞ。我が生まれて数千年、こんな事は一度しか無かった。あの時は自然的に起きたことだが……今の……』
「話が長いわ! 地脈が乱れているだと?! 何が起きるんじゃ!」
『…………何が起きるかは分からん、だが早急に手は打っておいた方がいいと思うが』
ゼシルは歯ぎしりしながら
「地脈が乱れた時の対処法じゃと?! そんな物は知らんわ! どうすればいいんじゃ!」
『地脈と繋がれる魔術師が居れば話は早いが……シンシアでも出来るかもしれんな、なにせ世界と繋がる女だ。地脈と同化して流れを整えるだけでいい。』
ゼシルは言われて考えるが……無理だと結論付ける。いくらシンシアでも地脈など感じれる事すら出来ないのだ。そもそも地脈というのは、「そういうものがある」程度の知識でしかない。実際に見た者など一人も居ないのだ。
「お前は……知っておるのか?! 地脈と繋がれる魔術師の存在を……」
『知ってはいるが……遥昔に死んでいるぞ。シンシアでも無理なら現代の同化できる魔術師を探すしかないな』
それだけ聞いたゼシルは通信を一方的に切り、クラリスを睨みつける
「え?! わ、私は……魂で……」
「違うわ! 地脈と同化する魔術師を探すぞ! 少なくともマシルには居らん! レインセル中くまなく探し当てるんじゃ!」
えぇ……とクラリスは再び項垂れる。そんな砂漠の中から米粒を探すような事をするのかと。




