犠牲者
調印式を終えた、その夜。
シェルスはベットに腰掛けながら、暇つぶしにと渡されたコルネスの童話集を読んでいた。
レインセルの英雄ナハトのような、昔の英雄達の冒険譚のような物が多かったが、一つだけ気になる物があった。
「赤い……髪の魔術師……?」
とある英雄譚の話に出てくる魔術師が、赤い髪という名前で登場している。
シェルスは思わずスヴェルから聞かされた怪談を思いだしてしまうが、今読んでいるのは遥か昔の、しかも本当にあったかどうか分からない童話なのだ。
赤い髪をした魔術師なんて何人も居ると思いつつも流そうとするが、何故か気になる。
「あとで……スヴェルに聞いてみようかな……」
その魔術師が出てくる童話の英雄は、コルネスに訪れた一人の冒険者と共に魔人を倒すという物だった。
冒険者は最後に死んでしまうが、赤い髪の魔術師が英雄の涙を使って蘇らせる。
「そんな魔術があるのか……」
シェルスは内心、そんなバカなーと思いつつ読んでいたが、5年前の出来事を思いだした。
暗唱の宝石によって蘇らせられたバラス島専属の騎士団、そしてその騎士団長オズマ。
「でもあれは……継ぎ接ぎだって……本当の意味で蘇らせたわけじゃ……」
シェルスは呟きながら童話の続きを読む。
蘇った冒険者は、コルネスの国を英雄と共に守っていく。
その冒険者の名前はメイシル。シェルスは男男と思っていたが……
「メイシルって……女の子……? いや、男でもありえるか……」
ブツブツいいながら、なんだかんだ童話集に夢中になっていた。
「そこで良い、寝かせてくれ」
牢屋の中で倒れた女を、レジナルドはイヴァンに運ばせる。
イヴァンはレジナルドの私室に入ると、あからさまに嫌悪感丸出しの顔で部屋の中を見回していた。
いかにも魔術師らしい怪しすぎる部屋だった。あちこちに何かの内臓のような物が瓶の中に保存されている。
「心配しなくても……お前を解剖したりしんぞ」
レジナルドはベットに寝かされた女の服を容赦なくナイフで切り刻みながら、脱がしていく。
「あ、あんた……じゃあもしかして……」
「この女も解剖したりせん。ん……、やはり……焼印があるな……ウェルセンツの悪趣味な伝統の犠牲者か……」
イヴァンはウェルセンツ、と聞いていいイメージが無かった。冒険者は入国すらできず、聖騎士と呼ばれる由緒正しい連中はどこか空の鎧のようだった。
「じゃ、じゃあ俺はこれで……」
イヴァンは気味の悪い部屋から退室する。レジナルドは女の体に夢中になっている。もちろん魔術師としてだが……。
「生き残れよ……」
どこか同情するように立ち去り、要塞から外に出ようと歩くが……
レジナルドの部屋から歩きだして数分、ものの見事に迷ってしまった。もはやレジナルドの部屋にも、地下の牢獄へも戻る道が分からない。
「やべえ……どこだここ……」
広すぎる、とイヴァンはため息を吐きながら、通りすがりの騎士に道を尋ねようとする。
黒髪の長髪、なかなか綺麗な顔をした騎士だった。
「あ、ちょい、姉さん……外に出てえんだけど……」
ギロ……と、その騎士はイヴァンを睨みつける。
「えっ、いや、別にナンパじゃねえよ?! 俺はただ外に出たいだけで……」
「任せろ、すぐに放り出してやる」
と、イヴァンは溝内に鉄拳を食らい悶絶する。
その騎士の声を聞いてイヴァンは一瞬で男だと気付くが……もう遅い。
女だと勘違いされたスヴェルは、悶絶するイヴァンの首根っこを摑まえると……
「ほら、外だ。生き残れよ」
そのまま窓から落とされる。
ちなみにイヴァンが居るのは要塞内の9階。ほぼ最上階の場所から投げ出された。
「う、うそだろおぉ!」
イヴァンは叫びながら落ちる。
落ちながら月が目に入った。
綺麗だと思いながら、イヴァンは要塞中庭の池へと水しぶきを上げながら落下した。
イヴァンが池へと落ちた音で、童話を読みながらウトウトと船を漕いでいたシェルスは、ハッと覚醒する。
「な、なに今の音……」
窓を開けて下を見る。月明かりの下、中庭の池にプカプカと誰かが浮いているのが見えた。
「た、大変……! な、なんで……」
シェルスが居るのは要塞の5階部分。イヴァンが落とされた所よりは低いが、それでも20m以上はある。
シェルスは居てもたっても居られず、ブカブカのワンピースのスカートを束ねて結び、裾を上げると窓から外へと出て……
そのまま壁づたいに下へと降りる。
まるでイモリか蜘蛛だ、と自分で思いながら壁を伝い、ある程度の高さまで来ると飛び降りる。
幸い夜だった為、誰にも見られてない……と確認しつつ池へと駆け寄った。
「あ、あのー……」
一応声を掛けてみる。池の中央で浮いている人間に。しかし返事が無い。シェルスは仕方ないと、ワンピースを脱いで池へと飛び込む。そのまま浮いている人間を担いで救助した。
中庭の草むらの上に寝かせつつ、息があるのを確かめ……
「冒険者……?」
その男の風貌から推測しながら、恐らく水を飲んでいるであろう男の背中を掌底で強打する。
「ゴフ! オブァ……っ」
うめき声を上げながら、シェルスは男が水を吐いたのを確認すると、ワンピースの中からアルフェルドに渡された通信魔術の触媒を取り出す。
『はい、王女。眠れませんか? 良かったら私が抱き枕になりますよ……』
「あ、いえ……違うんです……池に人が落ちてて……それで……」
『は? ちょ、王女!? まさか……』
ドタドタと何か崩れる音がする、とシェルスはずぶ濡れのまま下着姿でしばらく待っていると……
中庭へと騎士数名とアルフェルドが血相を変えて走ってきた。
「お、王女……! 困ります……! 何やって……あぁ、こんなずぶ濡れに……」
「す、すみません……つい……」
心配そうなアルフェルドに謝りつつ、騎士が男を担ぐ。
「この男は?」
「さあ……池に落ちたみたいですが……」
アルフェルドは上を見上げる。どこから落ちたのかと思いつつ……
「どちらにしろ……怪しすぎますね……。おい、裸にして牢獄にぶち込んどけ」
そのままイヴァンは再び牢屋へと戻された。
ずぶ濡れのシェルスはアルフェルドにマントを被せられ部屋へと戻る。
そこにルンルとマリムが血相を変えてシェルスの部屋に入ってくるなり……
「何してんだぁ?! このおてんば娘がぁ!」
「こんなドブネズミみたいになって! さっさと風呂に入れぇ!」
口の悪い侍女二人は怒鳴りつつ、テキパキと風呂の用意をしてシェルスと共に浴室にはいる。
その様子をみていたアルフェルドは、自分も入りたいと思いつつも……
「いや……ダメだ……流石に引かれる……」
自重しつつ騎士団の詰め所へと戻っていった。
浴室の中で侍女2名に軽く体を濯がれ、浴槽の中に入れられるシェルス……。
浴槽の淵に侍女2名は見張るように2王立ちし……
「一体なにしたんだ……こんな体冷やしてからに……!」
「まったく……王女としての自覚もねえのか!」
「す、すみません……」
侍女二人に浴槽に浸かりながら頭を下げるシェルス。ルンルとマリムはため息を吐きながら浴槽に入浴剤を入れていく。
「ぁ……いい香りですね……」
「当たり前だ、モルガンニカで作られたもんだぞ、臭いなんて言わせんぞ」
そのままシェルスは口の悪い侍女2名に体も洗われ、コルネスに来て初めての入浴は全力で叱られながらの物になった。
一方、その頃レジナルドの私室。
「この女……やはりあの時の……」
レジナルドは5年前、魔物の大群がサンティアを襲った時、目の前の女と会っていた。
「チ……ワケが分からん……なぜ戻ってきた……」
そのまま通信魔術で部下を呼び出す。
「適当な服を着せて、お前の部屋に隔離しろ、油断するなよ」
命じられた部下は頷きながら女を担ぐ。
「ああ、それと……もし目が覚めて……少しでも抵抗するようなら殺せ」
レジナルドは冷たい声で言い放った。




