赤い髪の魔術師(3)
マクティベルがレイガントの酒場に住み着いてから数か月。
雪が溶け、春が訪れる。
サンティアの街に花びらが舞い散る頃、昼間だというのに二人の冒険者が酒場へと訪れた。
「オッサーン、また来たぜー」
「おじゃましまーす」
無人の酒場、その奥の部屋から一人の女性が姿を現す。
「はいはーい、いらっしゃいませ~」
赤い髪の魔術師、マクティベル。もはや酒場の店員として働いていた。
「あれ? 赤い髪の……女の子?」
冒険者二人は顔を見合わせる。
そこへ酒場の主人、レイガントが姿を現した。
「おー、あんたら……生きてたか。あの時は助かったぜ」
酒場の主人を確認した冒険者二人は一斉に主人に飛びかかる。
そしてマクティに聞こえないように、ヒソヒソ声で会話しだした。
「おい、おっさん……あの子……なんだよ! 前着た時は居なかったろ……それに赤い髪……」
「ぁ、あぁ……冬に会えてな……それで……」
「ま、まさか……そのまま……おい、おっさん! やるじゃねえか!」
冒険者二人はレイガントを称賛しながらマクティに目線を移す
「え、えーっと、お嬢さん……」
「ぁ、マクティです」
自己紹介しながら、すっかり街の娘のような格好をしているマクティ。スカートの端を摘まんでお辞儀する。
「ま、マクティ……よ、よろしく」
「お前……何赤くなってんだよ……」
冒険者二人がアタフタしているのを見てため息をつくレイガント。
「おい、マクティ……お前はいいぞ、ここは俺が……」
「なんだよ、おっさん……俺らに取られたくないとか?」
しばし沈黙するレイガント……
「え、ちょ……黙られると怖いんだけど……おっさん……」
「身重なんだよ……」
「え?」
「こいつの腹の中に子供がいんだよ!」
ポカーンとする冒険者二人、それを聞いてマクティは恥ずかしそうにモジモジする。
「もう、私なら大丈夫だって、レイガント……少しくらい動いてたほうが楽だし……」
マクティはテキパキ動き果汁主を注ぎ、冒険者二人に酒を出す。
「ま、マクティちゃん……折角会えたのに……もうオッサンの毒牙にかかってたなんて……」
「お前、ぶっとばすぞ……」
主人が舌打ちしつつ、冒険者を睨む。その様子を見てマクティは笑いながら冒険者二人にツマミを出す。
そんなマクティにお礼をいいつつ冒険者二人は酒を堪能する。
「お前等、昼間っから良い身分だな」
「あー、実はさぁ……最近全然……魔物が出ねーのよ」
その話にピク……とマクティが反応する
「出ねーって……いいじゃねえか」
「良くねえよ、こっちは魔物の討伐で稼いだ金をロマンに注ぎ込んでるんだ……」
冒険者は果汁主を飲み干すと、御代りをマクティに注文しつつ話を続ける。
「だから今日は……近くに来たもんでオッサンの顔みておこうかなーと……」
果汁主を注ぎ、マクティが冒険者へと酒を運ぶ、そのついでにと……
「魔物が少ないって……どのくらいですか?」
「んー? もうぜんっぜん……森でも平野でも……どこにも居ねーのよ。なんなんだ、一体……この国の騎士団も暇こいてるんじゃねーの?」
マクティは考え込む。
何やら暗い顔で悩んでいるマクティを見て、レイガントは心配そうに
「マクティ、休んでろ、酔っぱらいの相手ほど疲れる事は無えからな」
「ぁ、うん……」
素直に奥へと退くマクティ……残念そうに冒険者二人はその後ろ姿を見送った。
太陽が沈みかける頃まで冒険者二人は飲み続けた。代金を割り増しで払うと気分良く酒場から出ていく
「まったく……いい客には違いねえんだが……」
「ねえ、レイガント……」
冒険者二人を見送るレイガントに、マクティは不安げな顔で話しかけた。
「どうしたんだ、本当に気分悪いのか……」
「違うの……あの……魔物の話なんだけど……急に居なくなるなんて変だわ……もしかして……」
マクティは魔人の討伐すらこなす冒険者だ。レイガントもそれは重々承知しているが、話の出所があの酔っ払いの冒険者。レイガントは考えすぎだと思いつつも
「騎士団に……報告してくるか……相手にもされねーと思うけど……」
「うん……お願い……」
コルネスの大要塞にある騎士団の詰め所へとレイガントは歩く。
それを見送るマクティは、胸騒ぎが収まらなかった。
「承知している。それについては調査中だ」
騎士団に報告したレイガントは予想通りの回答が返ってくると騎士に頭をさげ立ち去る。
「まあ、魔物がいねーんだ……良い事じゃねえか」
ぼやきながら歩くレイガント、ふとライバル酒場からさっきの冒険者二人の笑い声が聞こえてきた。
「あいつら……まだ飲んでんのか……まったく……いい気なもん……」
その時だった。
地響きがする。ドン、ドン、と何か巨大な歩いているような音。
その音に気が付いたのか、街の住民達も家から出てくる。
「なんだ、なんの音だ」
酒場で飲んでいた冒険者二人も酒場から出てくる。
「お、オッサン、なんだ、この音……」
「知らねえよ、むしろ……お前等のほうが詳しいんじゃねえのか?」
レイガントは自分でそう言った瞬間
顔が青ざめる。
冒険者の方が詳しい……。
勢いよく走りだした。自分の家へ、マクティと子供の元へ。
「マクティ!」
勢いよくドアを開け放ち奥の部屋へと向かう。しかしそこにはマクティの姿は無い。
「マクティ? おい、マクティ!」
レイガントは酒場中探し回る。
ベットで寝ていたアンジェロが泣きだす。
泣きだしたアンジェロを抱きかかえ、レイガントは外へと飛び出した。
その時、外の光景は全く違っていた。
無数の影が空を滑空している。
家の隙間から巨大な蜘蛛のような魔物が這い出てくる。
地下から溢れる水、そこから這い出てくる透明な生き物。
そして……
巨大な地響きを鳴らす影。
その影はサンティアを見下ろすように聳え立っていた。
あまりに巨大、山のような姿。しかし手足が生えている。
その体から魔物が無数に飛び出してくる。まるで要塞からでてくる兵士のように。
「なっ…なんだ……コレは……」
「おっさん!」
そこに冒険者二人が魔物を薙ぎ払いながら近づいてくる。
「おっさん! 家の中に入ってろ!」
冒険者二人が魔物を薙ぎ払っている姿を見て、レイガントは叫ぶ
「マクティが……マクティが居ない! 頼む! あいつを……探してくれ!」
それを聞いた冒険者二人は顔を見合わせる。
「分かった! 必ず見つけ出すから……報酬は飲み放題一生だぞ!」
そのまま冒険者二人は魔物を討伐し続ける。しかし数がケタ違いだった。
騎士団も当然動き魔物の討伐に赴いてはいるが……
「マクティ……くそ……っ、どこいったんだ……」
レイガントはアンジェロを抱きかかえて家えと飛び込む。その時、ハっとした。
「まさか……」
アンジェロを寝かせ、寝室の金庫を開ける。
無い、あの時預けられた宝石が無くなっていた。
「あの宝石は……守護霊の……」
レイガントは息が荒くなる、そんなバカなと自分の考えを否定する。
「バカな……なんで……マクティ……」
――――なんで、なんでお前が……っ!
レイガントは確信する。マクティが自ら魔物の討伐に赴いたと。
冒険者二人は魔物を薙ぎ払いながら街を回る。
「くっそ……これが依頼だったら……ボロ儲けだったのにな……」
「んな事いってる暇あるかよ……下手したら全滅だぞ、数が多すぎる」
二人は山のような魔物から放たれている魔物を見上げる。
凄まじい数の魔物が放たれ、街のあちこちから悲鳴が聞こえてくる。
「くそ……おっさんには悪いが……マクティちゃん探してる暇なんて……」
「ん? おい! まずいぞ……ドラゴンだ……」
相棒の言葉に耳を疑う。
山からドラゴンが飛び立った。
それを確認した冒険者は民家へ向かって叫ぶ
「やばい、やばいやばい! おい! 逃げろ! 家から出ろ! 今すぐ要塞に向かってにげ……」
その瞬間、ドラゴンの咆哮が街を襲う。
まずは一直線に……街の西から東に焼き払われる。
「な……おい、ただのドラゴンじゃねえ……魔人の混血だ! やべえぞ!」
「くそ、なんでこんなことに……」
冒険者二人は魔物の討伐よりも避難するほうが最優先だと考えるが……
次の瞬間、ドラゴンの首が飛ぶ。
「へ? なん……」
呆気に取られる冒険者二人、同時に二人の前の燃える家に落ちてくる人影が一人……
「あっつ! あちちちち! ちょ、くそ!」
マントを脱ぎ捨て、燃える家から出てくる騎士。
「くっそ……レジナルドの奴……思いっきり吹き飛ばしやがって……」
ブツブツいいながら騎士は二人を見つけ……
「ん? お前等冒険者か、ちょうどいい、報酬は騎士団で払う! 魔物の討伐に手ぇ貸せ! あのデカいのに特攻するぞ!」
二人は顔を見合わせ、呆気に取られるまま……その騎士のあとを付いて行く。
白刀のような、頼りなさげな剣を持つ騎士の後を。
「マクティ……」
レイガントはアンジェロと共に家の中で祈っていた。
先程大きな咆哮が聞こえた。レイガントは今すぐ街の中へマクティを探しに行きたい気持ちを押さえていた。アンジェロを連れて探せるわけが無い。だからと言ってアンジェロを置いて行くわけにも行かない。
レイガントには祈る事しか出来なかった。
その時、ドアを叩く音がした。
魔物ではない、明らかに人間がドアを叩いている。
レイガントはマクティが戻ってきたと思いドアを開ける。
が、そこに居たのは騎士だった。
「おい! 赤い髪の魔術師は居るか!」
そんな事を騎士はレイガントに問い詰めてくる。
思わずレイガントは騎士の肩を掴み
「おい……マクティか?! マクティの事か?! あいつは今どこに居るんだ!」
騎士は酒場の主人に落ち着くようにいいながら
「マクティとは……マクティベル・オルサイルの事だな?! その女はウェルセンツで騎士殺しの罪を犯した咎人だ! この魔物の騒ぎもその女の仕業の可能性がある!」
主人は呆気にとられる、そんなわけがないと騎士に抗議する。
「ふざけんな! あいつがそんな事するわけねえだろ! あいつは冒険者だ! 俺の妻だ!」
「お前は騙されてたんだ! 咎人が冒険者を名乗る事など良くあることだ!」
レイガントは騎士から離れ、よろめきながら酒場の机にぶつかり、そのまま床に座りこむ。
「そんな……そんなわけ……ねえ……だって……あいつは……」
自分を助けてくれた。強盗に襲われ、血まみれになっている自分を、
冒険者の往来が無い冬の酒場で、奇跡的に……
「まて……まさか……いや……そんな……」
あのタイミングでマクティベルがレイガントを助け出す事が出来たのは偶然ではなく……。
「違う……違う!」
あの強盗は何故、店の売上金には手を出さずモルガンニカの貨幣のみを盗んだのか……。
「違う!」
レイガントの頭に走る自分の疑心の声。頭を抱え必死に掻き消そうとする。
「おい! マクティベルが戻ったらすぐに知らせろ! いいな?!」
騎士はそれだけ伝えると酒場から出ていく。
レイガントは居てもたっても居られず、アンジェロを連れて酒場から出ようとするが
「アンジェロ……?」
居ない、アンジェロがどこにも居ない。
生まれてまだ一年も立っていない子が歩ける訳が無い。
レイガントは呆然としつつも、アンジェロのベットの上に置かれたメモを手に取る。
『ファリアスの森へ』
筆跡は間違いなくマクティの物だった、
レイガントはファリアスの森へと走った。
「やれやれ……おい、やれ……」
レジナルドの号令で一匹の守護霊が咆哮する。
守護霊 バルクイナ
巨大な咆哮で山の魔物を吹き飛ばす。
一撃で粉砕する。その威力に騎士達は呆気にとられつつ、安心したように脱力した。
「中々の威力だが……ダメだな。欠陥品だ。あの女め……こんなもの押し付けおってからに……」
レジナルドの手には黒く光る小さな宝石が握られていた。
ファリアスの森の中を走るレイガント。
サンティアとさほど離れていない森の中、魔物が徘徊していると思いきや全く遭遇していない。
森の中を走る。
マクティを探しながら。
「………ント…………」
かすかに声が聞こえた。
レイガントは耳を澄ませる。
「レイガント……」
確かに聞こえた。
「マクティー!」
レイガントは叫ぶ。自分の愛しい人の名を。
生涯二人目の妻の名を。
「レイガント……」
そこにアンジェロを抱いたマクティがどこからか現れた。
「マ、マクティ……一体どこに……」
「ごめんなさい……レイガント……」
レイガントはアンジェロごとマクティを抱きしめる。
しかしその時、先程騎士に言われた言葉が頭を掠めた。
(騎士殺しの咎人……)
「マクティ……お前……」
「ごめん……なさい……最初は……落ち着ける場所が……欲しかった……」
待て、とレイガントは心の中で叫ぶ
「でも……でもっ……! 私みたいな……怪しい魔術師を……簡単に信用してくれる人なんて……居ないと思った……」
待て……待ってくれ……
「だから……あの時……あいつに……貴方を……襲わせた……」
待て、待て、待て、待て
「ごめん、なさい……私は……騎士殺しで……最低の……」
「待て! マクティ! だからなんだ! 俺から逃げる気か?! あの時の話だって……まだ……」
英雄アンジェロの話をまだ聞いていないと、レイガントはマクティを更に強く抱きしめる。
「ごめんね……レイガント……」
マクティベルは語り始める。
語り終えた時、別れの時だと言わんばかりに。
「英雄……アンジェロは……敵国の王に言われました……かの魔人を討伐すれば……」
「待て! いい! いうな! お前……!」
「アンジェロは……その敵国……コルネスを度々襲っていた魔人の討伐に……」
「待て! 止めてくれ! 行かないでくれ! 俺は……お前と……」
「その魔人……バルクイナを討伐しました……」
「マクティ……!」
「でもその戦いで……アンジェロは命を落としました……敵国の……コルネスの王は、アンジェロの戦いを最後まで見届けた後、ウェルセンツの民を解放しました……」
「マクティ……」
「ごめんなさい……私、貴方の心に……枷を……大丈夫……私が……忘れさせてあげる……」
「まて……おい、何する気だ……」
「なんてったって……私は……「魔法使い」だから……」
「待て……待て!」
船室でシェルスは何杯紅茶を飲んだか覚えていないほど夢中になっていた。
「え? 終わりですか?」
「あぁ」
「ちょ……中途半端……っていうか……最後……記憶消されたんですよね?! 今の話の出所は……」
「だから言っただろ、怪談みたいなもんだって……ちなみに実際にウェルセンではマクティベルの手配はされている。騎士殺しとしてな」
「え、えぇ……」
「レジナルド……という、コルネスの魔術師も証言している。バルクイナという守護霊を、赤い髪の魔術師に渡されたと」
シェルスはゾっとする……
消えた魔術師。
出所不明の話。
しかし実際に目撃証言がある女。
「あの……結局その酒場の店主というのは……」
「わからん、記憶を消されたんだ。お前か? とか聞いても分からんだろ」
シェルスは項垂れる。
「しかし、コルネスを魔物の大群が襲ったという話は本当だぞ。それを招いたのもマクティベルということになっている。あの女は逃げきれないと悟って……街ごと心中しようとしたってな……」
「そんなバカな……」
「もちろんただの怪談話だ……しかし犠牲者も出ている。コルネスに住む民は誰でも知ってるが……よそ者にはタブー視されてる話なんだ、分かったか?」
シェルスは甲板の騎士達の反応に納得はするが……
「なんかスッキリしませんね……」
「怪談話なんて皆そんなもんだろ。よし、お開きだ……部屋に戻るぞ」
「ん……そういえば……なんでここで話したんですか……? 別に最初から私の部屋でも……」
スヴェルは窓の外を見つめながら……
「実はな……出るんだよ……お前の部屋……赤い髪の女が……」
「や、やめてくださいよ……」
シェルスは内心ドキドキしながら席を立つ。
そして自分の船室へと戻る。
「はぁ……変な話聞いちゃったから……眠れそうにない……」
その数分後
静かな寝息を立てながらシェルスは眠りに付いた。
赤い髪の女、マクティベル。
もし生きていれば、会ってみたいと思いつつ……。




