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赤い髪の魔術師(2)

 吹雪が窓を叩いていた。


コルネスの首都サンティアの酒場。


「うぁ……ぁ……」


酒場の主人は薄く目を開け、酒場の天井を見上げる。


耳にはパチパチと暖炉で薪が燃える音が届く。


しばらく呆然と見上げながらも、ゆっくり意識が覚醒する。


「あ……がっ……!」


腹を抑えながら上半身を起こした。いつのまにか店の中にベットが運ばれており、そのうえに自分が寝かされていると気づいた。


「ん……? 大丈夫ですか? とりあえず治療はしましたが……」


暖炉の前で番をしていた女が酒場の主人に声をかけた。


その声の主を確認すると主人は脱力したように再びベットに横になった。


「お前……なんで……」


そこに居る女は赤い髪の魔術師、あの日赤子を拾って押し付けてきた張本人だった。


「災難でしたね。でも偶然……帰ってきて良かったです。まさかこんな事になってるとは……」


女は立ち上がり、主人の顔を覗き込むようにして顔を近づける。


「ちょっと失礼……」


そのままオデコをくっつけ


「まだ少し……熱があるようですね。治癒魔術はあまり得意ではないので……すみません」


言いながら魔術師は主人の腹に手を当て、治療魔術をかける。


「あの子は……赤ん坊は……」


「大丈夫ですよ、ここで寝ています。びっくりしましたよ。戻ってきたら貴方が血の海で寝てるんですから……」


主人は強盗に襲われ腹から血を流しているところを助けられたと理解する。


それにしても出来過ぎた偶然だと思いつつも


「悪い……助かった……」


擦れた声で魔術師に礼を言う。それを聞いた魔術師は笑顔を見せつつ


「いえいえ、貴方が無事で何よりです。犯人に心当たりは……と、今は休む方が先決ですね……」


魔術師はそういいながら手を離し、奥から粥を持ってくる。


「お前が……作ったのか?」


「ええ……貴方が寝ている時も無理やり……」


それを聞いて主人は口の中に苦い物が残っていると気が付く。薬草か何かだろうかと思っていると……


「はい、あーん」


魔術師がスプーンで粥を口まで運んでくる。


「待て……食欲なんて……」


「ダメですよ、何か食べないと……なんなら口移しで無理やり食べさせてもいいんですよ……?」


主人は勘弁してくれ、と素直に口を開く。


口の中に粥を運ばれると、意外に美味い、と粥を飲みこんだ。


「はい、あーん」


そのまま魔術師に口に運ばれ続ける。


主人は顔を赤らめながら粥を貪欲に吸収していった。





その後、主人はベットの上に寝ながら魔術師に状況を報告した。強盗に入られた事、もらった金は全て取られてしまった事も。


「そうですか。まあ、取られてしまったものは仕方ありません、それにお金なら……」


ドン、と魔術師はカバンから机の上に袋を置く。以前よりも一回り大きい袋を。


「お前……そんな大金どこから……」


「これでも私は結構腕が立つんですよ。このあたりは魔人が少ないですからね。たまに出る魔人を討伐するだけでかなり報酬が貰えるんです」


魔人……と聞いて主人は顔が真っ青になる。なにせ稀に出没する魔人を討伐する為に騎士団が幾人も犠牲になっているのだ。


その魔人を討伐して金を稼いでいる冒険者。それだけで、この魔術師が相当の手練れだと理解できた。


「お前……」


「そうそう、そういえば……お互い自己紹介もまだでしたね。私は、マクティベル・オルサイル……と言います。マクティでいいですよ」


「あ……? あ、あぁ……」


いきなり自己紹介を始める魔術師、マクティベルに呆気を取られながらも、主人も自分の名前を答える。


「レイガントだ……家名は無え……」


「レイガント……勇ましい名前ですね。同じ英雄の名を知ってますよ。ここから遠く離れた地の英雄ですが……」


いいながらマクティは薪をくべる。時折赤子が眠るゆりかごを揺らしつつ……


「レイガントさん、貴方の部屋を少し物色してしまいました……それもですが……私は貴方に謝らなければならないことが……」


マクティが何を言いたいのかレイガントは理解できた。部屋には他界した妻子の持ち物がまだ残されている。まだ幼い子供の服や妻の装飾品など……


「私は……貴方に残酷な事をしていたのですね……すみませんでした……この子は……私が責任を持って……」


「別にいい……」


マクティはレイガントの様子を伺いつつ……


「別にいいとは……?」


「情が移っちまったんだよ……今さら俺から取り上げるつもりか……」


マクティベルは呆気に取られつつも


「し、しかし……辛いでしょう、子供を失ったのに……こんな……」


「お前……子供いんのか……」


マクティはいきなり質問され一瞬言葉を失うが


「居ませんが……妊娠したこともありません……」


「なら……いつか子供ができたら分かる……」


マクティはこの言い回しが嫌いだった。いつか子供が、とか言われても分からない。妙にムシャクシャする自分が居る。


「分かりません……私は子供なんて……」


と、いつの間にかレイガントが寝息を立てて眠っている事に気が付いた。マクティはため息を吐きながら、レイガントの寝顔を見て安心したように目を伏せる。


「私は子供なんて……産めませんよ……」










それから数日、レイガントが動けるようになるまでマクティは身の回りの世話をする。


赤子にも離乳食を作りつつ、あやしたりオムツの交換をしたりなど……


「あー、ごめんごめん……寒いね~……もうちょっとの辛抱だからね~」


お尻を拭きながらマクティは赤子に話しかける。


「そういえば……レイガントさん、この子の名前は?」


「あ? 名前……ぁー……そういや……」


「ちょっと……」


マクティは飽きれた顔でレイガントを見る。


レイガントは既に酒場の仕込みを出来るほど回復していた。


しかし酒場を開ける予定は無い。悪魔で冬を越したあとの為だった。


「名前ねぇ……マクティ……お前がつけてやってくれや」


「えぇ?! 私がですか……?! そんな事いわれても……んー……」


マクティは腕を組みつつ……


「メルル……」


「却下」


「ルンルン……」


「却下……っ」


「ぁ、ポメポメとか可愛い……」


「見て分かんねえのか! 男だぞ! なんでそんなファンシーなんだよ!」


仕込みの肉をまな板に叩きつけながらレイガントは抗議する。


「私に決めろって言ったくせに……んー……」


悩んでいるマクティにレイガントはため息を吐きながら


「お前……冒険者だろ。それこそ俺の名前だってどっかの英雄の名前なんだろ? そういうので……カッコイイのないのか……」


「カッコイイ名前……ですか……男の子の……」


マクティはしばらく考えたあと、赤子の笑顔を見て……


「じゃあ……アンジェロ……」


「おい……お前また……」


「いえいえ……レイガントさん、聞いてください……ここより南の国……ウェルセンツという聖騎士の国があります。冒険者御断りってくらい由緒正しい騎士の国なんですが……その国の英雄なんです、アンジェロ」


レイガントは首を傾げる。


「由緒正しい冒険者御断りの国の英雄を、なんでお前が知ってんだよ」


「簡単な話です、私がその国の出身ですから」


レイガントは肉を叩きつけながら


「ふーん、で? そのアンジェロって奴は何したんだ」


「逃げたんです」


あ? とレイガントはあからさまに嫌そうな顔をする。


「逃げたって……」


「英雄アンジェロは戦争が大嫌い……逃げた臆病者……誰もが当時はそう思っていたんでしょうね。しかし彼には十分に戦える力があった。それこそ魔人など一人で蹴散らせるほど……」


レイガントは黙って耳を傾けている。


「だけどアンジェロは人間同士の戦いから部下を引き連れて逃げたんです。海を船で……」


マクティはオムツを変え終わると服を着せ、赤子を抱き、顔寄せて頬ずりする


「なぜなら……そのまま戦争をしていれば……多くの人が死ぬ。アンジェロが逃げたと知った国民はすぐに降伏しました。しかし……その時代、報復した国民は敵国の奴隷になるのが当たり前でした……」


「だったら……アンジェロってやつは恨まれたんだろ」


「いえいえ……国民は奴隷にされなかったんです、何故か……その当時は分かりませんでした」


レイガントはまさか、と思う。


「ええ、そのまさかです……アンジェロは逃げた後、国民の降伏を確認すると同時に敵国に赴き……自分の首と引き換えに国民を救ってほしいと願いました。当然却下です。そんな願いは通りませんでしたが……その敵国の王は言いました」


いつのまにかレイガントは肉の仕込みも忘れて聞き入っていた。


「お前の腕は承知している。ならばその腕で……とある魔人を討伐せよ、と……」


それで? とレイガントは続きを催促する。


「今日はここまでにしておきましょう……続きはまた今度……」


「ちょ……おい、マテコラ! きになるじゃねーか!」


「楽しみは後に取っておいたほうがいいじゃないですか、ねー?」


マクティはアンジェロと名付けた赤子を抱きながら同意を求める。赤子はマクティの鼻や唇を触りつつ喜んでいる。


「まったく……おい、マクティ……お前当分ここに居るんだろうな」


「当分って……まあ、レイガントさんが全開するまでは……」


「逃がさねえからな」


「はい?」




「続き聞くまで……絶対逃がさねえ」




マクティはレイガントのその言葉に顔を赤くする。


どうかしてると思いつつ、自分の中に何か暖かい物が生まれた。



「そう、ですか……それなら……話すわけには……いきませんね……」


マクティは楽しそうに言い放った。


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