赤い髪の魔術師
シェルス達を乗せた船は月明かりの射す海上で碇を下ろして停泊していた。
見張りの騎士数名が甲板上でなにやら会話している。
「それで……レインセルの………」
「マジか……」
「俺も見たかったなぁ……王子一人だけずるいよなぁ……」
スコルアの様子について会話しているのだろうか、オルビスを羨ましそうに言う騎士が居た。
元々スコルアにはレベージュと二人で赴いたオルビスだったが、当然のようにスヴェルに反対されていた。当たり前の話だが、王族二人が敵国だった国に護衛もつけずに赴くなど自殺行為なのだ。
「王子も会ったらしいぞ、噂のナハトに……」
「あぁ、リエナだっけ?」
「それは大戦当時のナハトだろ。今は違うらしいぞ、もっと若い子らしい」
「若いと言っても……貴方達より年上ですよ」
「マジか、おい、年上だってよ」
「俺結構年上好きかも……可愛いんだろ?」
「そうですね、赤い髪がチャームポイントというか……」
「赤い髪の魔術師か……なんか思いだすな」
「何をですか?」
「何って……コルネスに住んでるなら当然お前も……」
「……………」
騎士達はいつの間にか会話に違う人間が混ざって居る事に気が付いた。
顔を見合わせ、最初は3人だったが4人目がいつのまにか混ざって居る事に……
騎士の一人が4人目が誰なのかに気が付く。
「ぁ、あの……何を……?」
騎士は恐る恐る4人目へと尋ねる。
「あ、いえ……外の空気が吸いたくなって……ぁ、スヴェルにはバレないようにしてますから……」
「そういう問題でもないんですが……」
残り二人も気が付き、まずいと思いつつ冷や汗が出る。
「シェルス王女……ぁの……出来れば今度からは世話係の騎士に着いて……」
「ぁ、すみません……あの、それで先程話してた赤い髪の毛の……」
シェルスから尋ねられた騎士達は固まる。失言だったと思いながらも、しかしコルネスに住むものならば誰でも知っている話。バレるのも時間の問題だと思いつつも……
「そ、その話は……コルネスに着けば……嫌でも……」
騎士達は自分達の口から漏れたという事態を避けたかった。
赤い髪の魔術師の話を。
なんとなく騎士達の空気を察したシェルスは大人しく船室へと戻る。
スヴェルに見つからないようにしながら慎重に。
「何処行ってたんだ」
ビクっとシェルスは船室まであと少しという所で呼び止められる。スヴェル本人に。
「ぁ、ちょっと御手洗いに……」
「部屋の中にあるだろ」
沈黙した時、素直に外の空気を吸いにと答えれば良かったとシェルスは顔を赤くさせる。
「まあ、いい。少し話したい事がある」
そのままスヴェルに付いて行くと、オルビスの部屋まで連れてこられる。
「あの……王子と何か?」
「あいつはもう寝てる。別の部屋でな……」
首を傾げるシェルスを他所にスヴェルは部屋の鍵を開けると中へとシェルスを招きいれ、紅茶を煎れ始めた。
「あの、話ってなんですか……?」
シェルスはコルネスについての現状や基礎知識的な事を叩きこまれていた。
少なくとも、そのたぐいでは無い事は分かったが……
「赤い髪の魔術師……」
スヴェルはシェルスに紅茶を手渡し、椅子に座らせると自分は窓辺に立った。
「聞いていたんですか……」
シェルスはそこからバレていたと、少し悔しそうにしながら紅茶を啜る。
「気になってるんだろ? まあ、ちょっとした怪談みたいな話だ」
怪談、と聞いてシェルスは背筋がゾクっとする。
「怪談……ですか、コルネスに住む者ならだれでも知ってるという事でしたが……」
「あぁ、有名な事件だからな。5年前のな」
(5年前……私がバラス島から助け出された時……?)
シェルスは思いだす。自分が助けられ、そこから様々な体験をした。レコスが一人で魔物を全滅させたのを目撃して騎士を志した事。魔人がスコルアを襲った事。そして実の母親がイリーナだと判明した事。
「まあ、ただの怪談だと思って聞いてくれ。あれは……」
そこからスヴェルは語り出す。
赤い髪の魔術師の話を。
――5年前――
コルネス、首都サンティア。
早朝、太陽が昇り始める頃
とある酒場の前から泣き声がした。
赤ん坊の泣き声。
だが、一番最初に気が付くであろう酒場の店主も周りの住民も一向に姿を現さない。
皆、赤子の世話などする余裕はない。それは捨てた人間も同じだったんだろう。
世話が出来ないのなら責任を持って間引け、と住民は思いながら泣き声に耳を塞いでいた。
だが、その赤子を保護する人間が一人。
赤い髪をし、ローブを羽織った女だった。腰には短剣、肩から荷物を背負っている。
「…………お前も捨てられたのか……?」
女は荷物を置き、赤子を抱きかかえ……
足で酒場の扉を破壊した。
「ごめんくださーい……失礼しまー……」
「オイコラ!! いきなり何してんだ!」
女はムっとした顔で酒場の店主を睨む。
「赤ん坊を拾ったので……」
「そんなもん持ってくるな!」
女は更にムっとした顔をする。
「そんな物って……赤ん坊ですよ、可哀想じゃないですか」
「あのなぁ、姉ちゃん、こっちだって自分一人生きてくだけで苦労してんだ、その赤ん坊だって満足に飯くわせてる余裕だってねえんだよ……」
「で、でも……無視しなくたって……騎士団に通報するとか……」
「んなことしても押し付けられるだけだ、それで成長したらしたで……騎士団に奪われるかもしれねえ……変に情が移ってたらどうすんだ……」
女は悲しそうな顔をする。赤子に罪は無い。だが赤子を無視する人間に罪はあるのだろうか。
ある、確実に罪はある。だがそれを誰が罰するのだ。
「わかりました……お金があれば……しばらく面倒を見て頂けますか……?」
「あ? 面倒って……」
ガシャン、と女は金属音のする袋を店主の前のカウンターに置く。
「モルガンニカの貨幣ですが……確か換金できますよね。換金率は知りませんが……金貨で500枚ほどあります」
「ご……ごひゃく?! ちょ……おま……」
「それでこの子の面倒をしばらく見て頂けますか? お金を稼いで……私はまた戻ってきます……担保として……これを預けておきます」
女は懐から宝石を取り出す。黒く光る小さな宝石。
「な、なんだコレ……」
「とある守護霊を封じた物です。心配しなくても欠陥品ですから……魔術師意外に顕現はさせられません。ですが私の大切な物です。私はかならず戻ってきます」
店主は初対面の……冒険者など信用できなかったが、いきなり高額の金を出された事で……
「わ、わかったよ……だ、だがな、信用はするなよ……金もってトンズラこくかもしれねえぞ!」
「その時は……貴方の心に枷を掛けます。永遠に外れない枷を……私にはそれができる。なんといっても魔術師ですから……」
女をフードを深くかぶる。そのまま自分が蹴り壊した破片を集めると口元で何かを囁いた
「とりあえず……なおしておきましたので……自分で壊したので……では……」
「お、おい、直したって……」
主人は目を疑う。先程壊された扉がいつの間にか何事も無かったの様に健在していた。
壊される前より綺麗にすらなっている。
そのまま去る女を主人は見送り、手元に残された金と赤ん坊を交互に見た。
「はぁ……人の気もしらねえで……これだから冒険者ってやつは……」
主人は金を棚の奥に隠し、赤子へ与える為の離乳食を作り始める。
手慣れた手つきで
主人はいつのまにか自分が泣いている事に気が付いた。
「赤い髪の魔術師? しらねえな」
数か月後、酒場の主人は背に赤子をおぶりながら仕事をしていた。冒険者に酒を運ぶついでに情報収集もしていた。
あの時の冒険者の情報を。赤い髪の魔術師の情報を。
「赤い髪って、あれじゃねえのか? ほら、レインセルの……」
「ナハトか? んなバカな……コルネスだぞ、ここは……」
冒険者二人がカウンターで主人からの話を聞いて飲みながら喋っていた。
主人は思わず耳に残る。ナハトという単語が。
「なあ、ナハトって……まさか、あのナハトか?」
主人も20年前の大戦に参加していた。参加していたといっても物資の補給部隊だったが。
その時耳にした。騎士達が怯えながら語ったレインセルのナハト。
剣で貫こうとも殺せず、大砲で撃っても歩き続け、文字通り血の雨を降らせる怪物だと。
「あぁ、オッサンが言ってるのはたぶん先代だな。今は若いのになってるんだ」
「その引き継いだナハトってやつが赤い髪なんだと。レインセルじゃ珍しいよな」
冒険者二人がする話を聞きながら店主は、そいつではないと考える。
レインセルとコルネスでは距離がありすぎる。
「まあ、オッサンも大変だな……これでその子に美味いもん食わせてやってよ」
「バーカ、赤ん坊がそんな色々食えるわけ無えだろ。と、言いつつ俺も……」
二人の冒険者は酒の代金とは別に金貨をカウンターに置く。
元々冒険者は金の使い方が荒かったが、こんなことは今まで一度も無かった。
酒場の主人は冒険者二人に頭を下げて見送る。
「はぁ……何やってんだ俺……」
主人は客の居なくなった店内で背から赤子を降ろす。
赤ん坊は主人に対して手を振って嬉しそうに笑っていた。
それを見た主人も嬉しくなるが、同時に悲しくもなる。
どうしても重ねてしまう。自分が無くした子供と……
それから更に数か月、季節が変わり雪がコルネスを白く塗り替える。
この季節になると冒険者の客はパタリと止む。
コルネスはとくに雪が深くなるからだ。
「寒いか……?」
主人は暖炉の番をしながら赤子を乗せているゆりかごを揺らす。
嬉しそうに笑う声を聴きながら、主人は赤子へと話しかけている。
「俺も……いつまでこんな事してんだか……お前も……成長したら騎士になるのか……? それとも……冒険者になるか……?」
自分の子はそのどちらも選ぶ前に死んでしまった、と主人は涙を流す。
その時だった
ドンドン、と扉を叩く音がした。
店は締めていたが、外は雪が降っている。
主人は凍えながらドアを叩く人間が不憫に思え
「今開けるよー」
扉の閂を外した。
その時、主人は怠っていたと後悔した。
腹へと刺さる銀色の剣
「なっ……が……」
「はぁ……っ……金……金……よこせ……」
強盗は主人を蹴りながら剣を引き抜く。
そのまま店内を物色し
棚の奥からモルガンニカの貨幣を見つける。
「ひゃはは……やったぜ……これで……当分はしのげる……」
そのまま満足した男は去っていった。
主人は扉くらい締めていけ、と腹を抑えながら這って扉を閉めようとする。
あの子が凍える、折角温めた部屋なのに。
主人の意識は扉に到達する前に闇へと落ちた。




