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退屈

 レインセルからコルネスへと旅立ったシェルスは、船の一室から海を眺めていた。


もう何日間もこの状態だった。そろそろコルネスに着くのかと思いきや、まだ20日以上かかるということだった。


窓の外の風景を眺めても、ひたすら海。


思い切り体を動かしたいが、シェルスは王女という身分である。部屋の中でキントレでもして目撃された日には何を言われるか分からない。


(退屈だ……いっそのこと海の魔人でも現れて……)


と、不謹慎極まりない事を考える程だった。当然海の魔人など現れていない。


そんなシェルスの元に一人の騎士が訪れる。


一般の騎士で兜をすっぽり被っている為、顔は分からない。


「シェルス王女、補給の為……一旦モルガンニカへ入港します、申し訳ありませんが……」


騎士は退屈そうにしているシェルスを見て、コルネスへ到着するのがまた遅くなる……と申し訳なさそうに言うが……


「島……ですか?」


シェルスは嬉しそうな顔をしながら騎士を見つめる。


その顔を見て騎士は、さらに申し訳なさそうに……


「あ、あの……すみません……シェルス王女……ただの補給なので……」


つまりは外に出すわけにはいかない……と、シェルスは察して再び退屈そうな顔になる。


騎士はシェルスの分かりやすい態度にヒヤヒヤしつつも、不憫に思ったのか……


「良かったら、私から隊長に打診してみま……」


「本当ですか?!」


まるで子供のようにシェルスは飛び上がる。それを見た騎士は思わず兜の中で笑みを浮かべるが……







「ダメに決まってんだろ」


隊長であるスヴェルは打診してきた騎士に一刀両断で即答する。騎士は項垂れながらシェルスへ報告するのを躊躇っていた。落ち込むのが目に見えていたからだ。


「あの、隊長が護衛として行けば……」


「じゃあ王子の護衛はどうすんだ。二人そろってモルガニカの観光なんかしてみろ、大騒ぎどころじゃないぞ。この船が入港する事事態すでに騒ぎになってるんだ」


ですよね……と騎士はトボトボ歩きながらシェルスの部屋へと戻り、ダメでしたと報告する。


「あ、はい……すみません、気を使わせてしまって……私は別に平気なので……」


今にも泣きそうな顔でシェルスは騎士へと謝る。


「い、いえ……私の力量不足でした……もし良ければ、私に出来る事はありますか?」


そんな提案をしてくる騎士へ、シェルスは思わず……


「ぁ、でしたら……お手合わせとか……」


しまった……とシェルスは口を塞ぐが、騎士はシェルスが元々レインセルの連隊だと知っていた。


それで女王の気がまぎれるなら……と


「分かりました、モルガニカへ入港する前に……看板で……って……」


そんな事を、あの隊長が許すはずが無い……と騎士は再び項垂れるが……




その時大きく船体が揺れる。同時に爆発音。


「なっ……何?! シェルス王女! 動かないでください! 様子を見てきます!」


いいながら騎士は部屋を飛び出し甲板へと出る。


そして再び爆発音、海面から大きく水しぶきが飛びこんでくる。



「何事だ! 魔人か!?」


「いえ! 海賊船です!」


甲板へとスヴェルも姿を現す。各騎士に指示を出しつつ、シェルスの世話係の騎士へと命ずる


「お前は王女を守れ、押さえつけてろ」


「えっ…押さえつけてろって……」


「いいから行け! 一歩も部屋から出すな!」


スヴェルに怒鳴られ騎士はシェルスの部屋へと急ぐ。


嫌な予感がした。もしかしたらすでに部屋を飛び出して海賊を迎え打とうと剣を手にしているシェルスが容易に想像できた。


しかし……


「ぁ、よかった……居た……」


「はい?」


シェルスは変わらず退屈そうな顔で窓の外を眺めていた。


「何があったんですか?」


「え、えっと……海賊船が……」


「あぁ……そうですか……」


シェルスはため息を吐きながら、余裕の表情で海を眺めている。


「あ、あの……シェルス王女……」


「はい、なんでしょう……」


騎士は生唾を飲みながら、相変わらず続く爆発音と船体の揺れの中、シェルスへと質問する。


「その……やけに落ち着いてますね……海賊船ですよ……?」


「え? ま、まあ……海賊に沈められるような船では無い事くらい分かってますけど……」


いや、そっちじゃなく……と騎士は兜の上から頭を掻きながら


「す、すみません……てっきり……海賊相手に暴れまわる王女を想像してしまって……って、すみません!」


騎士の言葉にシェルスは思わず笑ってしまう、同時に自分がどう見られているか分かって嬉しくもあった。


「そんな事したら叱られてしまいますから……オルビス王子はともかく……」


「スヴェル隊長ですよね……」


そうそう、とシェルスと騎士は頷きながら意気投合する。


気が付くと爆発音は止んでいた。海賊船が沈められたのかとシェルスは窓の外を眺める。




「ん…… もう終わったんですかね……静かになりましたけど……」


窓から見える海の風景は変わらない。海賊船が沈められたかどうかは見えなかった。


「で、ですかね……ちょっと……様子を見てきま……」


『総員捕まれ!! 揺れるぞ!』


船員すべてにスヴェルからの通信魔術が響き渡る。騎士とシェルスは咄嗟に近くの柱に捕まる。



ギィギィと音を立てながら船体が大きく傾く。船室にあった本棚や机が反対側の壁に滑り、シェルスも柱に捕まりながらなんとか踏ん張るが……


「お、おわぁ!」


騎士は鎧を全身に着ているため重いのか踏ん張れず、壁に激突する。


そして同時にミシミシと何かに締めつけられるような音がする。


「い、一体何が……だ、大丈夫ですか?」


シェルスは柱に捕まりながら壁へ激突した騎士へと尋ねる。騎士はなんとか体制を直しつつシェルスに返事をするが、激突した時に脚を強く打ったようで引きずるように立ち上がった。


それを見たシェルスは、揺れが収まったのを見計らって騎士の元へと駆け寄り、ブーツを脱がせる。


そして治癒魔術で足の治療を施した。それを見た騎士は感動してしまう。コルネスには治癒魔術は存在しない、しかも王女が自分の足を治療をしてくれる事に感動を覚えた。


しかし船は未だ揺れ、軋む音がする。さすがにシェルスも居てもたっても居られなくなり


「私が様子を見てきます……」


治療を施されたとは言え、すぐには動けない騎士を尻目にシェルスは甲板へと走った。









シェルスが甲板に出た時、思わず目を疑う。


船が巨大な人間の手に握りしめられている。


手の主は見えない。看板に居るはずの騎士達も居ない。


しかしシェルスは叫ぶ、恐らく飛んでくるだろうと思いながら


「スヴェル! スヴェル!!」


案の定、スヴェルは鬼のような形相で帆から飛び降りてくる。


「何してんだ! 中に戻れ!」


「だったら今すぐ鎮圧しなさい! 出来ないなら戻れません!」


シェルスはムチャ振りしながらスヴェルに状況の説明を求めた。しぶしぶ説明をするスヴェル。


最初に襲ってきた海賊船は魔人の存在を察知するなり逃げ去った、そして今この船が魔人に襲われていると。しかしスヴェルも含めコルネスの大半の騎士は魔人には疎かった。


魔人の数がレインセルの大陸ほど存在せず、交戦経験が数えるほどしか無かった為だったが……


「わかりました、魔人ですね。おそらく本体は海の中です、あの手は魔術で作りだされた幻です」


シェルスは淡々と語りながら着ている衣服を脱ぎ捨て、下着だけになる。


スヴェルは真っ青になり、シェルスを取り抑えようとするが軽く躱され


「すみません、これ借ります……」


いつまにかスヴェルの腰に刺してあった短剣をシェルスは握りしめていた。


「ちょ……まて! わかった! 俺が行く!」


「貴方は私を引き上げてください! 大丈夫です、泳ぎは得意なほうですから!」


スヴェルはそうじゃないと叫ぶも空しく、シェルスは甲板から海へと飛び込んだ。







シェルスは船体を固定している手の先を目指して潜る。


そこには淡い光を放つ貝。しかし大きさが尋常では無い。


おそらく船を丸呑みにできるのではないかと思えるほどの巨大な巻き貝の姿をした魔人だった。


シェルスに気づいた魔人は、その手練れの「騎士」を警戒して船を掴んでいた手を霧散させる。


そしてシェルス一人に対して魔術を展開させる。











スヴェルは海面から魔術の展開を目撃していた。淡い光が放たれている。


船は解放されたものの、シェルスの事が気になって今にも飛び込もうとするが……



スヴェルは泳ぐことが出来なかった。



「くそ……! 海に潜って魔人を討伐する女王がどこにいる!」



スヴェルは頭を抱えながら海面を見つめる。



そしてシェルスが潜って数分、だんだんと海面が真っ赤に染まっていく。


思わずスヴェルは武器を捨て船から飛び降りるが……泳ぐことが出来ず、当然溺れる……


泳ぎはおろか浮く事も出来ず、ひたすら水か掻きながら暴れるスヴェル。



しかしそんな男を抱えて海面へと上昇するシェルス




「大丈夫ですか……?」





ジタバタ手足をもがいているスヴェルをシェルスが抱きかかえるように支える。





スヴェルは今すぐにでも海の底に沈みたい気持ちだった。







巻き貝の魔人はシェルスによって一撃で葬られていた。





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