手紙
コルネスへと旅立つシェルス、それを見送るレインセルの騎士達。
船へと乗りこむシェルスを、ガインはその隻眼で見つめる。先程シェルスに護衛は要らないと言われたせいか、ひどく落ち込んでいる。
「では……」
コルネスの護衛騎士が軽く会釈をして船へと乗りこむ。
碇を上げ、東の海へと船は進んでいく。
「いってしまわれた……」
ガインは寂しそうにつぶやいた。もう二度と会う事は無いのかもしれない、そう思いながら騎士団もスコルアへと帰って行った。
船室へと案内されたシェルスは、しばらく一人にしてほしいとオルビスに告げベットへと腰掛けた。
出立する際、シンシアから渡された手紙の束、その一つ一つに目を通していく。
「ラスティナ……」
思わず笑みがこぼれる。一緒に旅をした魔術師。何度も助けられ、これからもずっと一緒に旅を続けたいと思っていた。
そっと手紙の封を開ける。
『シェルス様へ。手紙の書き方はユミルから教わったばかりで、分かりにくいかもしれませんが読んでくださって嬉しいです。シェルス様と旅をした思い出はずっと忘れません。また共に世界を旅出来る事を夢見つつ、私は魔術の修練に励みたいと思います。あと、ステアのおかげで私とマリスは地下から解放されました。ユミルの研究の成果もありますが、これもシェルス様がステアと引き合わせてくれたおかげだと思っています。本当にありがとうございました。 ステアはシンシア様に絞られて毎日ぐったりしています。いつかシンシア様やリエナ様のような魔術師になるかもしれませんね』
ラスティナからの手紙を読みつつ、ステアが書いたと思われる手紙もあった。
意外なほど綺麗な字だったが、よく見ればラスティナと字が似ている……
「ステア……ラスティナに代筆してもらったのね……相変わらず……」
ステアの手紙にも目を通す。大半ラスティナが考えた文章であろう手紙。しかし最後の一文だけ字が汚い……と、ステア本人が書いたとシェルスは気づいた。
『コルネスでは猫かぶっとけよ。暴れるなよ』
思わず吹き出してしまう。ステアらしい、と思いつつ忠告を素直に受け取った。
それからシェルスは一通一通、目を通していた。ゆっくり船に揺られつつ魔術師達の手紙を読む。
その中に、リュネリアの手紙が混ざっていた。思わずシェルスは手紙を握りしめ、恐る恐る手紙を広げる。
『姫様、もう私の姫様では無いのですね。話はイリーナとシンシア様から聞きました。すべての発端は私の軽率な行動にあります、どうかお許しください』
シェルスは歯を食いしばる。まだ途中までしか読んでいないが、この後もリュネリアの懺悔の文章が続くのかと思いつつ
『あんなに可愛かった姫様が他国の女王になるとは思いもしませんでした。恐らく姫様は、こう思っているでしょう。リュネリアという過保護な人間は納得しないと』
ビク……とシェルスは手紙に対して頭を振る。
『いつか私は、まだ子供だったイリーナに……貴方を産んだ直後のイリーナと話をした事があります。その時に言われました。私達は二人の母親、共に貴方を守っていきましょうと』
(イリーナがそんな事を……とても想像できないな……子供の頃のほうがしっかりしてたのかな……)
『しかし貴方はもう守られる側の人間ではありません。これからはコルネスの民を守らねばなりません。
時には残酷な決断を迫られる事もあるでしょう』
(そうだ……私はこれから……コルネスの……女王に……)
シェルスは分かっているつもりだったが、リュネリアの手紙を読んで改めて気づかされる。
『余計な御世話かもしれませんが姫様、どうか……』
字が潰れている。インクが水か何かで滲んでいるようだった。
読めない部分を飛ばして先を読む。
『レインセルの地を再び踏む事の無いよう……イリーナと共に貴方の活躍を期待しています』
(活躍って……別に騎士になるわけじゃ……)
レインセルの地を再び踏む事を許さない、その文章を読んだシェルスはどこか心の中に熱い物がこみ上げてくるのを感じた。
コルネスをあの大国に負けない国にする。
シェルスは手紙を握りしめ破る。
「リュネリア……ありがとう……行ってきます」
窓を開け破った手紙を外へ。
紙吹雪のように風に舞う。
うっすらと見える、レインセルの大陸に向かって。
コルネスへと向かう船内、オルビスは自分の船室の中で落ち着かない様子だった。
机の周りをグルグルと歩き、時折窓の外を眺めてはソワソワしている。
「少し落ち着いたらどうですか……心配しなくてもシェルス王女は身投げなどしませんよ」
そう言い放つのはコルネスの王族専属騎士、スヴェル・ファウス。騎士とは思えないほど細い体で、髪は黒く腰まである長髪だった。目つきは鋭く、腰には長剣を携えている。
「べ、べつに……そんな事心配してるわけじゃ……」
オルビスは紅茶を飲みつつ、スヴェルを睨みつける。完全に図星だった。
スヴェルはため息を吐きながら
「女に出てけって言われて素直に留守番か、ここは強引に踏み入って襲う場面だろ」
オルビスは飲んでいた紅茶を吹きだしながら、スコルアの王宮でシェルスを抱きしめた事を思い出す。
「な、なななななんてこと……いいだすんだ……ゴフ……そ、そんな事……出来る訳……」
スヴェルはハンカチをオルビスに渡しつつ、提案する。
「なら私が様子を見てきましょうか。もしかして女性同士だと思ってくれるかもしれませんし」
スヴェルは男だが、その細い線の体と長髪で女と間違えられる事が多々あった。かくゆうオルビスも初対面の時に間違えたのだが。
「ま、まだ気にしてたのか……?」
「何の事ですか、まあとりあえず敵情視察と行きますか……」
オルビスはまだ何も言ってないが、さっさとスヴェルは出て行ってしまう。しかしオルビスは追いかけない。情けないと分かってはいるが、どうしたらいいのか分からなかった。
スヴェルはシェルスの船室の前で見張りをしている騎士に外れるよう顎で指示をしつつ、ドアをノックする。中からシェルスの返事がすると、ドアを開け放った。
「失礼します、シェルス王女。私はコルネス王族専属騎士……スヴェル・ファウスと申します」
シェルスは頭を下げてお辞儀をしてくる騎士へとお辞儀を返しつつ、目を指で拭った。
そんなシェルスの様子を伺いつつ、スヴェルは続ける
「これから貴方の護衛、時には家族と思って頂いて構いません。最初からそこまで信頼されるとは思っていませんが……何か困った事があればなんなりと……人生相談でも恋愛相談でも……あぁ、お金は貸しませんが……」
シェルスはガクっと肩を落としながら、思わず笑みを浮かべる。雰囲気がシンシアに似ていると、少し安心してしまう。
「それでは……一つだけお伺いしてもよろしいでしょうか……」
「なんなりと……」
スヴェルはどうせ男か女か聞かれる……そう思っていた。そしてそれを期待していた。
「昼食は……いつごろでしょうか……」
沈黙……数秒の間を置いて、スヴェルは思わず声を上げて笑った。




