最後の別れ
冷たい空気が窓から流れ込み、カーテンを揺らした。
朝日がシェルスを照らし、目を覚ませと催促する。
今日シェルスはレインセルからコルネスへと旅立つ。
シェルスはゆっくりと目を開け、起き上がる。窓の外から見えるスコルアの街並がいつも以上に綺麗に見えた。空には雲一つなく、空気も澄んでいて気持ちのいい朝だった。
シェルスは寝間着を脱ぎ捨て、ローブを着る。深いフードで顔を覆い隠し、自室を出て忍び足で王宮内をコソコソと歩いて行った。
(ごめんなさい……やっぱり……色々な人に挨拶とか……したい……)
王宮内を盗賊の様にして歩いている時、聖女が見えた。その聖女になんとなく謝りながら、シェルスは外を目指す……。 裏手の窓から木に飛び移り、そのまま地面へと降りる。
(こんなことが出来るのも……これで最後かな……)
名残惜しそうに王宮からジュール大聖堂へ。
まず会いたい人間が居た。
(レコス……)
騎士だった頃はジュール大聖堂で寝泊まりした事もある。シェルスは鍵が壊れている窓を知っており、そこから大聖堂へと侵入する。忍び足で隠れながら騎士達を躱し、連隊騎士の詰め所へと向かった。
今日はガリス隊が当番のはずだ、とシェルスは詰め所内の様子を伺う。
「んでさー、姫様……今日もうコルネスに行っちゃうんだろ? お前どうすんだよ」
「ど、どうするって言っても……ど、どうしましょう?」
ガリスとレコスの声がする……しかもシェルスの事を話しているようだった。
詰め所の扉を薄く開き、中へ……どうやら詰め所内には二人しかいないようだった。
「お前実際どうなの? 姫君の事気になってるんだろ?」
「そ、そりゃ……自分の国の姫ですし……」
「おま……ばっか! そういうんじゃ無-よ! 女として見てるんだろ?!」
「…………………」
(隊長……変わってないな……レコスもはっきりしない所とか……)
シェルスは物置に隠れながら二人の会話を聞いていた。
出来ればレコスと話たかったが、こうして見る事が出来ただけでもシェルスは満足してしまう。
(レコス……今までありがとう……貴方のおかげで……私は強くなれました……)
シェルスはレコスを見ながら心の中でお礼を言いつつ、立ち去ろうとする。
「でもなー、イリーナよりも胸が大きいっていのもポイント高いよな」
「な、何イッテルンデスカ……」
「何って……胸だよ、姫様結構育ってるじゃねえか、お前普段どこ見てんのよ」
「ど、どこって……」
シェルスは立ち去る途中で見つけた木剣を手に取る。
「まさか顔だけ見てたわけじゃ無-だろ? 当然見てるよなぁ」
「い、いや……ぼ、僕は純粋に……」
「いやいやいや、男なら絶対見るってー お前いくら女顔だからって……」
気配を消してゆっくりとガリスの後ろへ回り込む。そして木剣を構える
「あっ……」
レコスがシェルスに気が付き声をあげ、ガリスも何事かと振り向いた瞬間
「隊長……レコスに変な事……吹き込まないでください……」
レコスは思わず目を背ける。ガリスが姫君に滅多打ちにされているのを見て見ぬフリをしていた。
数分後、気が済んだのか疲れたのか、ガリスが気を失うまで木剣で滅多打ちにしたシェルスはレコスへと向き直る。
「ひ、姫様……」
「今は……シェルスって言って……レコス……」
シェルスはレコスの手を取り、そのまま抱き付く。
「え?! ひ、ひめさ……シェルス……?!」
「レコス……今まで……ありがとう……」
レコスはゴクっと生唾を飲みこみながら、シェルスの腰に手を回した。
「ぼ、僕こそ……」
「レコス……」
二人は顔を見つめあい、そっと目を伏せる。唇を重ねようと……
「あー……いてててて」
ガリスが目を覚まし、咄嗟に離れる二人……ドキドキしながら互いに背中を向ける。
「って、あれ……シェルスじゃねえか……っと、今は王女か……あれ、でも王女はレベージュだっけ……」
「隊長……ホント変わってないですね……」
シェルスは相変わらずのガリスに笑いつつ、ガリスにも抱き付く。
「うお! 鎧がジャマで分からね……」
ガリスはシェルスに投げ飛ばされ再び気を失った。
そのままレコスに別れを告げ詰め所を後にする。
そして次に向かったのは死亡した騎士の墓……
シェルスは名が刻まれた剣を眺めながら、その中からサリスの剣を見つける。
その場でゆっくりしゃがみこみ、サリス・ハートと刻まれた剣を見つめる。その隣にはウォーレン、グリスと並んでいた。
「サリス隊長……結局……貴方の鉄拳躱せませんでしたね……」
シェルスは嘆くように言う。出来る事なら最後にサリスと模擬戦がしたかった。
コルネスへと旅立つ前に鉄拳を躱したかったが、それも敵わなくなった。
「シェルス……?」
背後から声を掛けられたシェルスはゆっくりと振り向く。そこに居たのはイリーナだった。
「抜け出して来たのか……早く戻らないと大騒ぎだぞ……」
「う、うん……」
シェルスは立ち上がりながら、イリーナと向き合う
「イリーナ……リュネリアの事は……」
「心配するな、私がちゃんと説明しておいてやる」
シェルスはワンピース姿のイリーナを見つめる。
いつの間にか背丈はシェルスの方が高くなっている。
(イリーナ……意外と泣き虫で……私の産みの親で……私を守る為に騎士になって……)
改めて考えるとこみ上げてくるものがあった。シェルスはまたしてもイリーナに抱き付く。
最近誰かに抱き付きっぱなしだ、と思いつつも、自分の生みの親を抱きしめた。
「お、おいおい……シェルス……」
抱き付かれたイリーナはいつの間にか泣いていた。シェルスがコルネスへと旅立つと決めた日から泣くのを我慢していた。しかしここに来て最後の最後で涙が零れる。
「イリーナは……泣き虫だね……」
「うるさい……」
シェルスは自分と10歳しか違わない母親の涙を指で拭う。
「行ってきます……」
「ああ、行って来い」
そのままシェルスは王宮へと戻る。
そろそろ聖女達が自分が居ないのを確認して騒ぎだしているかもしれない。
シェルスは今度は堂々と正門から王宮に入る。その姿を確認した聖女はため息を吐きながらも、シェルスの気持ちを分かっているのか
「おかえりなさい、朝食は……食べますよね?」
シェルスは笑顔で頷く。
考えてみれば自分にとって聖女達も育ての親のような物だった。リュネリアを中心にして幼い頃から自分の面倒を見てきてくれた優しい聖女達。
シェルスは朝食の支度を手伝いつつ、聖女達に最後の別れを告げていった。
マシル大聖堂最上階、ナハトの私室。
シンシアは既に居ない。その代わりクラリスが机の上で唸っていた。
「な、なんだ……この仕事の量は……お姉様全部やってたのか? あ、ありえない……せめて全部点字にしてほしい……」
クラリスは特殊な魔術で書類に書かれているインクの形を把握して字を読んでいた。その作業だけで朝になってしまった。
「もうダメだ……甘い物が足りない……頭が働かない……死にそう……」
クラリスは机に突っ伏し、ゴソゴソと自分が持ってきた甘いクッキーを鷲掴みにしてボリボリ貪る。
「ダメだ……ばあやのジャムがいい……あー……なんで私がナハトなんて……」
その時、扉を開け放って入ってくる老人が一人。
「進んどるか? クラリス……って、なんじゃそれは! 大切な書類に菓子くずを……もういい! よこせ、儂がやる……」
ゼシルに仕事を取り上げられ、クラリスは呆然とする。
「手慣れてますね……ゼシル様……もしかして……お姉様の時も……」
「あ? あぁ、儂が全部やっとったよ。今度こそ解放されると思ったのに……」
そうか、この手が……とクラリスの中の悪魔が囁いた。




