魔人の疑問
リュネリアが目を覚ましたと聞いたシェルスは、シンシアと共にリュネリアの元へと赴いた。
シンシアの懐には暗唱の宝石。
リュネリアが居る部屋の扉の前で、シェルスは深呼吸しながら心を落ち着かせていた。
もしかしたら罵声を浴びせられるかもしれない、なぜ戻したのだと。
それでもシェルスはリュネリアへと話さなくてはならない。自分が下した決断を。
シンシアと顔を見合わせ、扉をノックした後ゆっくりと中に入る。
既に夜になっおり、部屋の中は月明かりのみが照らしていた。
その先、ベットの上で上半身を起こして窓の外を眺めていたリュネリアがシェルス達の方へと振り向く。
「久しぶりだな、リュネリア……調子はどうだ?」
普段と変わらない口調でシンシアがベットの近くに椅子を二つ置きながら尋ねる。
シェルスも椅子に座りながらリュネリアの顔を見つめた。
目はうつろで、顔はやつれている。
シェルスはそんなリュネリアの顔を見た瞬間、涙が零れそうだった。
「ナハト様……姫様……」
リュネリアが呟くように二人を前にして言った。だがシンシアは苦笑いしながら
「残念ながら……リュネリア、私はもうナハトじゃない、そしてシェルス様も姫じゃない」
その言葉にリュネリアは首をかすかに傾げた。今まで眠ったままだったのだ、無理もないとシンシアは思いつつ……
「実はな……私はナハトを降りる事にした。元々私は向いてないしな、人の上に立つ器でもないし……」
リュネリアは黙って聞いている。
そしてシェルスは、そっとリュネリアの手を握り
「リュネリア……ごめんね……私……」
その握った手を、リュネリアが包むようにして両手で握る。
「姫様……この手は……如何なされたのですか……こんな……傷だらけで……」
シェルスは優しく自分の手を摩るリュネリアの手を感じ、堪えていた涙を流した。
「ごめん……ごめんね……私……騎士になったり……王女になったり……色々……」
それを聞いたリュネリアは小さくため息を吐きながら、
「貴方と言う人は……」
リュネリアは泣いているシェルスの頭に手を置いて、優しく撫でまわした。
「ああ、それとな、リュネリア……ぜひコイツが聞きたい事があるそうだぞ」
シンシアは懐から暗唱の宝石を取り出す。
リュネリアは一瞬顔を強張らせる。自分が使用し、バラス島を跡形もなく消し飛ばしたその宝石を。
『久しいな、リュネリア。無事で何よりだ』
「なっ……ナハト様……これは……」
シンシアは、ナハトじゃないと冗談半分で言いながら
「おい、本題だけ話せ、あまり話し込んでたら疲れるだろ」
暗唱の宝石はため息を吐き、言われたとおりに端的に話し出した。
『リュネリア、お前はあの時……なぜイリーナの剣を黙って受けたのだ。我はそれを知るためにお前を助けるよう求めたのだ。さあ、聞かせてくれ』
リュネリアは何の事だと首を傾げるが、すぐに思いだす。
自分がイリーナから投擲された剣を受けた時の事を……
「そんな事を知るために……私を……」
『我にとっては大事な事なのだ。覚えていないならそれでいい』
リュネリアは目を背けながら、ゆっくりと口を開いた。
「私は……自分が憎かった……いつか貴方が言った通りです……私は卑怯な女です……イリーナからシェルスを奪い……育ての親としての自分に酔いしれ……あまつさえ……」
リュネリアは泣きながら顔を抑える。その様子を見ていたシェルスは思わずリュネリアを抱きしめ、
「リュネリアは……紛れもなく私の……お母さんだよ……リュネリア……」
シェルスとリュネリアは抱き合い、共に泣いた。そのままリュネリアが泣き疲れて眠るまで……
リュネリアが眠った後、部屋を後にし寝室に向かうシェルスとシンシア。
シンシアは暗唱の宝石を手にし、魔人へと話しかける
「で? どうなんだ、お前の中で解決したのか? 英雄ナハトに関しての疑問は……」
『ナハトが憎んでいたのは人では無く自分だったとしたら……か、どちらにしても答えなど無いだろう』
シンシアはため息を吐きながら暗唱の宝石を懐へと仕舞う。
シェルスは、結局コルネスへ赴く事は言えなかった。
憔悴しきったリュネリアの顔を見て、とても言う事は出来なかった。
「シンシア……私は……残酷ですね……」
「それを言うなら私も……いや、レインセルに住まう全ての人間に言える事でしょう。まあ、そういう問題でもないと思いますが……私で良かったら愚痴聞きますよ」
シェルスはどこか力が抜ける。シンシアの態度に何度も救われて来たと。
「ありがとう……シンシア、もし私がコルネスに着いて来てって言ったら……来てくれる?」
「もちろんですよ。まあ、ステアの事はリエナ様にでも任せますし」
ありがとう、とシェルスは呟く。そして寝室の前まで来るとシンシアへと抱き付いた。
「シンシア……私……怖い……」
「ええ……分かります。レベージュ王女も同じ思いだったんでしょうね……」
シェルスは震えながらシンシアから離れると、自分の頬を叩く。
その様子を見て、シンシアは苦笑いする。とても王族がする行いではないと。
「すみませんでした。コルネスへは私一人で赴くつもりです。レベージュ王女も……これから一人で……」
「一人では無いですよ。貴方の弟が一緒なんですから……心なしか背中が大きくなったんじゃないんですか? 明日はいよいよ出立です。今夜はよく眠れるように……」
シンシアはシェルスの額へと指先を当てる。
「暗示ではないですが……おまじないをしておきました。大丈夫ですよ、いつかリュネリアにも言いましたが……貴方はそこらへんの騎士より……よっぽど逞しい」
「それは……少しショックです……」
二人は笑いながら別れる。シンシアはマシル大聖堂へ……シェルスは寝室へと。
「明日……私はコルネスへと……もう、私は……レインセルの人間ではなくなる……」
怖い、とシェルスはベットへ倒れる。
まるで捨てられる子猫のように。
自分の国に捨てられる事が、こんな怖いとは思わなかった。
少なくとも……ブラグに拉致された時までは。




