聖女の目覚め
コルネスの王子と王女がレインセルに来訪して3日目、スコルアの王宮内のホールで調印式が執り行われていた。ジュール、マシルの幹部が両国の王家を取り囲む。
「ではレベージュ王女殿下……こちらに誓いの印を……」
マシルの幹部が羊皮紙をレベージュの前へと出し催促する。書かれた誓いの言葉をレベージュがたどたどしい口調で復唱し、オルビスがそれを受託する。
「私は……レインセルの王家へと……赴き、この国と共に生涯を共に……」
震える手でレベージュは印を押すのを躊躇っていた。オルビスもシェルスも痛いほど分かっていた。
レベージュはコルネスで生まれ育ち、赤子同然の時に王家へと迎えられた。
そして今度はレインセルの王家へと迎えられる。まるで道具のように。
オルビスはレベージュの振るえる手を見つめながら、そっと握る。
手を握られたレベージュは一度深呼吸すると、羊皮紙へと印を押す。
ここに新たな王女がレインセルへと誕生した。
「おめでとうございます。王女殿下……我々は歓迎いたします」
幹部達は膝まづき、まだ10代そこそこの少女へと頭を下げる。
今している事がどんな残酷な行為か理解した上で……
「チェーザレ王子、こちらへ……」
緊張でガチガチのチェーザレが手と足を同時に出しながらレベージュの前へと歩く。
そして手を取り、二人で王家が座る椅子へと鎮座した。
その様子を見ていたシェルスは心が張り裂けそうだった。
まだ幼い子供二人に一国の王家を背負わせるのだ。しかもレインセルという大国を。
これがどういう事なのか、これからこの二人の決断で多くの命が采配される。
シェルスは目を瞑り歯を食いしばる。本来ならば自分が背負うべき責務だったと。
オルビスとシェルスは幼い王家の前へと出て、二人で並び頭を下げる。
シェルスはどこか頼もしく見えるチェーザレの顔を見つめ、心を殺して言う。
「チェーザレ王子……レインセルを……どうか……」
祈るように手を組み、膝をつく
その眼には涙が浮かんでいた。
義理の弟の未来を殺す。
その残酷な行為に涙を流した。
「そろそろ終わったかなー」
クラリスが王宮の別室、リュネリアが寝かされている部屋で嘆いた。
同じ部屋にユミル、イリーナ、ラスティナ、ステアも居た。
シンシアはナハトとしての最後の仕事として調印式に同席していた。
「クラリス……始めてくれ……」
イリーナはクラリスへと、リュネリアの魂を体に戻せと要請する。クラリスは頷きながら宝石に眠らせたリュネリアの魂と同調する。
「綺麗な魂だ……今まで見た事もないくらい……」
クラリスはリュネリアの傍らに立ち、魂をリュネリアの胸へと戻した。
「あっけないと思うだろうけど終わりだ。すぐには目覚めないと思うけど……体に異常が無ければ……」
ユミルはリュネリアの手を握り診察する。体に異常は無い、と部屋に居る一同へと頷く。
イリーナは本心では迷っていた。リュネリアの魂を戻すことを。
リュネリアは英雄ナハトを顕現させ自分の魂を食わせた張本人、そしてレインセル全ての人間への贖罪を願ったのだ。魂を戻したところで苦しむだけなのではないかと。
しかし魂を戻すことを求めたのは、他でもないシェルスだった。自分がコルネスへと赴く前に、どうしてもリュネリアともう一度話をしたいということだった。
クラリスはそんなイリーナの気持ちを知ってか知らないでか、心を見透かしたように
「大丈夫だー、この聖女は綺麗な魂だからな。きっと分かってくれる。シェルス殿が、どんな思いでコルネスへと赴くか決めたのかを」
「そうだな……その通りだ……こいつはシェルスの母親だからな……」
イリーナがどこか寂し気に言うその言葉を聞いて、ラスティナとステアは顔を見合わせた。
「イリーナ様……大丈夫ですか……?」
ラスティナが心配そうにイリーナに尋ねる。イリーナはそのままベットの脇へと座り、リュネリアの手を握りながらラスティナの顔を見つめた。
「ああ…… 大丈夫さ……今度こそ私も……一緒に……」
一緒に……二人の母親として共に苦しみを分かち合う、そうイリーナはリュネリアの手を握りながら誓った。
そして数時間後、リュネリアは再び目を覚ました。
もう二度と帰ってくる事は無いと思っていたその世界へと、再びリュネリアは降り立った。




