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ナハト

 マシル大聖堂の最上階にて、ラスティナとマリス、そしてクラリスにステアが集っていた。

先日行われた対コルネスの会議にてシンシアが提案した事柄、すなわちナハトの位をクラリスに継がせるという案がマシル内でも通ってしまい、クラリスは半ば強制的に最上階の主となった。


「なんで私が……めんどくさい……」


ブツブツいいながらクラリスは部屋の中を物色していた。まだ正式にナハトになったわけでは無いが、もはや現実になりつつある。クラリスはその前準備として、マシルの代表になるべく必要な引継ぎをしたかったのだが……


「肝心の御姉様が……姫君に付きっ切りじゃ……このまま何をどうすれば……」


クラリスは手探りで部屋の中をうろつき、何がどこにあるのか把握しながら珍しい物があると時折興味深そうに摩っている。


「仕方ないですよ……コルネス王家が来てるんですから……でも、シェルス様も行っちゃうんですよね、コルネスに……」


ラスティナ達他の3人も、シンシアの部屋を物色しつつ整理していた。


もうすぐここがクラリスの私室になるのだ。目の見えないクラリスの為にと手伝っている3人だったが……


「つーか……お前等二人……マジで見分けつかねえな……双子だから当たり前なんだろうけど……」


「そ、そう? ユミルは一目で分かるけど……」


ラスティナはマリスの顔を見つつ答える。マリスは頬を膨らませて黙っていた。


「まだ拗ねてるの? ごめんって謝ってるじゃん……マリス……」


ラスティナが困っている……とステアは興味深そうに二人の様子を伺う。マリスは先のクーデター騒ぎの時、ゼシルと共に拘束されていた、その時に暇つぶしと聞かされていたのだ。ラスティナとシェルス、そしてステアの冒険譚を。

 

「拗ねてないもん……」


マリスはプイっとラスティナから目を背けると、魔導書を手に取ってホコリを払う。そして必要かどうかクラリスに聞き、不必要だった場合は箱に詰めるという作業をしていた。なにせシンシアの部屋にある物は大半が趣味で集められた物だった。


「お姉様の趣味は理解不能だな……なんだ、この真珠……通信魔術の触媒でも無いな……ただの飾りか……」


ポイ、と箱に放り投げるクラリス。ラスティナとステアは本当に目が見えていないのか、時々疑っていた。確かに目は抉られている。その痛々しい傷跡も残ってはいるが、今のように正確に箱の中に物を投げ入れるなど目の見えない人間に可能なのかと。


「なあ、ラスティナ……シェルスに着いていかねえの? コルネスに……」


ステアは整理しながらラスティナに尋ねる。ラスティナは手を止め、首を振りながら


「行かないよ……だって、シェルス様は姫様だもん……私みたいな魔術師が付いて行った所で……」


「お前……めちゃめちゃ強えじゃん……」


そう言う問題では無い、とラスティナはステアに首を再び振りつつ


「私は……魔術の知識はあんまりないし……ただ力が強いってだけだし……ステアが居なかったら、たぶんまだ私とマリスは地下で眠らされてたと思うし……」


ラスティナとマリスはステアと特別な結びつきがある、とユミルが曖昧な結論を出した。ただ相性がいいだけでは説明が出来ないと多くの魔術師が頭を捻っていた。


 ウォールグでステアがラスティナに魔力を受け渡すという現象を目の当たりにしたリエナですら、2人の間に何が起きているのか分からなかった。ただ互いに同調出来る物に密接なつながりがある、という事しか分からなかった。


「ステアっ……今度私と冒険に行こ!」


マリスがステアに駆け寄って腕に抱き付く。ラスティナはそんな様子を見て寂しそうにしているのが、ステアは少し怖かった。今度はラスティナが拗ねてしまうのではないかと。


「べ、別にいいけど……私もこれから忙しくなるし……師匠に絞られるし……」


ステアはシンシアの弟子になり、ナハトの位を降りると同時にスパルタ教育を施すと宣言されていた。ステアに逆らう術は無く、頭を縦に振る事しか出来なかった。


「そ、そういえば……マリスは師匠と散歩に行ったんじゃ……よ、よかったじゃん……」


「あんなの街を歩いただけだもん……冒険がしたいもん……」




「あんなのとは……厳しいな……」


そこに扉を開けてシンシアが入ってくる。マリスはギクリと背筋を伸ばして、思わず敬礼しつつ


「お、おかえりなさいませ……! ナハト様……」


「もうナハトじゃない、私の事はシンシアと呼べ……あー、疲れた……」


ドサ、とソファーに腰掛けつつ、シンシアはステアに紅茶を煎れるよう要望しながら


「どうだ? クラリス、順調か?」


「最高にムダな物ばかりで頭が痛い……お姉様、この獣の骨みたいのはなんだ……なんかの呪術にでも使うのか?」


ただのゴミ、といいつつシンシアはステアが煎れた紅茶を受け取り啜る。


要らない物は全て捨てて構わないと言ったシンシアだったが、箱の中に詰められた魔導書や雑貨を見て眉を顰める


「おいおい、これは要るだろ……あの超有名なフィーリスが書いた……」


「その本は点字じゃないから読めない……というかラングスに点字の本があったから……全部頭に入ってる……」


シンシアは絶句しながら本を箱に戻す。そういえば目が見えていないんだと思いだしながら、すこし申し訳なさそうに。


「なあ、じゃあラングスに取りに行くか? 私が着いて行ってやるけど……」


ステアがクラリスに提案する。その提案に飛びつくようにマリスが目をキラキラさせてステアに抱き付くが


「いや、無駄だ……ラングスは焼け野原だし……私の部屋は私自身で潰したしな……」


クラリスは自身の守護霊「ラングス」で、襲ってきた魔術師ごと部屋を握り潰させた。あれではもう何も残っていないだろうと諦めていた。


「点字の本か……ローレンスならあるんじゃないか? 取り寄せてやろうか」


シンシアが提案する。その提案にクラリスは少し考えつつ


「ばあやのジャムを取り寄せてくれ……スコルアには甘い物が不足してる……」


「なんだ……さっきからなんか元気ないと思ったら……甘い物欲しかっただけか……」


シンシアは少し安心したように呟いた。






スコルア王宮、その最上階でコルネスの王族、そしてレインセルの王族であるシェルスとチェーザレが談話していた。内容は他愛も無い物だったが、コルネスの王子であるオルビスと王女のレベージュの様子は何処かおかしかった。今朝からソワソワしつつ二人とも目が泳いでいた。


「あの、何かあったんですか? 体の具合でも……」


シェルスは心配しながら二人に尋ねるが、二人とも何もないと首を振るだけだった。オルビスも昨日は大人っぽく見えたが、今はまるでチェーザレを見ているようだとシェルスは首を傾げる。


「まあ、慣れない国ですからの。あと二日の辛抱ですぞ」


ゼシルが言う二日後とは、王子と共にシェルスがコルネスへと旅立つ日だった。


「オルビス王子、それで調印式の事ですが……」


シェルスがレベージュが正式にレインセルの王族となる式典の話を進める。オルビスはハッとしながらシェルスの話に頷く。



残り二日。シェルスがレインセルに居られるのもそれだけしかない。


その間にやっておかなければならない事も多い


だが一番気掛かりなのは


(リュネリア……どうすれば……)


過保護な聖女は絶対に反対する。だからと言ってシェルスがコルネスへと赴いた後に話を聞かせても納得はしないだろう。


すでにリュネリアの魂はナハトから抜かれている。


あとはリュネリアの体に戻すだけだが……




(リュネリア……怒るだろうな……コルネスに行くなんて言ったら……)






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