守りたい物
ライカとガイン。共にレインセル騎士団長直属15連隊の隊長だが、二人の関係は特別な物だった。別に恋人同士というわけではないが、傍から見ればそう見えるだろう。
元々ライカは当時の騎士団長であるウォーレンがスカウトしてきた冒険者だった。
その日暮らしを続けてきたライカにとって、騎士団の生活は窮屈でつまらない……と感じていた。実際規律に厳しく、訓練を絶やさず、民の為に命を張って魔人や魔物を狩る。
ライカは冒険者だった頃、自分の為に魔人や魔物を狩っていた。依頼を受け、金を受け取って狩りへと馳せ参じていた。
「つまらない……なんだ騎士団って……なんで私はここに居るんだ……」
ウォーレンに引っ張られて来た時は文字通り、引っ張られて来た。
ウォーレンにスカウトされる発端となった事件は魔人の討伐だった。いつものように金を受け取り、冒険者という物好きしか足を踏み入れないような渓谷へ、ライカは魔人の討伐へと赴いた。
この渓谷から、村を時折襲う魔人が住み着いているらしい。その討伐を村人から依頼されたのだ。
「魔人に襲われた娘を……丸呑みにされた娘の仇を……危険ですが……どうかお願いします……娘はまだ魔人の腹の中で生き地獄を味わっています……通信魔術の触媒で……助けくれと……毎夜……どうか……娘を楽にしてやってください……」
冒険者であるライカにとって、危険という言葉はスパイスだった。「危険だから止めておけ」「危険だ、あそこには絶対に近づくな」と、言われるほどそそられた。そこには何があるんだと、好奇心が抑えられなかった。
そして危険な渓谷の中、魔人を見つけた。ワニのような大口を持っている巨大な魔人。一見すると、デカいワニにしかみえなかったが、よく見ると体のあちこちに人間の顔のような物が見て取れる。そしてその顔一つ一つが、侵入者を睨みつけていた。
ライカは頬を緩ませる。コイツは強い、久しぶりに腕試しと行くか、と。しかし……
「止まれ! そこの冒険者!」
後ろから声が掛けられる。魔人も後ずさりしている。ライカは後ろを振り返ると、そこには騎士団の精鋭達が展開していた。今にも魔人に襲い掛からんとしている。
ライカはあからさまに不満そうな顔をする。自分が見つけた獲物を騎士団なんぞに横取りされてしまう。だからと言って盾つくわけにも行かない。ライカは仕切っていると思われる男……ウォーレンに、せめて嫌味の一つでも言ってやろうと……
「こんな所までご苦労様。じゃああとは宜しく、このハイエナ共」
内心ドキドキしていた。このウォーレンという男がどんな男かはライカも勿論知っていた。大戦に参加した英雄、この国最強と言われる本物の怪物。
ライカは嫌味を言って立ち去ろうとする。しかし、そのライカをウォーレンが引き留めた。
「ハイエナとは心外だ。ならば我々は手出しはせん、観戦するとしよう。」
ライカはその言葉に一瞬首を傾げたが……他の騎士達も呆れるように、また始まったかと愚痴を零していた。
「危なくなれば助けてやる。どうした、やらんのか? 怖くなったならさっさと帰れ」
ライカはその簡単な挑発にイラっとした。我ながら単純だと思った。でもここで下がれば今夜は眠れない、美味い酒を飲むためにも、この騎士の鼻をへし折っておく必要がある。
ライカは片手剣を抜き……魔人へと歩み寄る。
魔人は一人、歩み寄ってくるライカを見て、ワニのような大口を食いしばる。舐めているのかと。
そして魔人は大口を開き、地面ごと……ライカを飲みこんだ。
「なっ……何を考えている?!」
ウォーレンは、まさかいきなり飲みこまれるとは思っていなかった。そこそこ腕の立つ冒険者だと思ったのに、なんだこのザマは……と。しかし
『ガァァァア! ヤメロ! ヤメテクレェ!』
魔人が叫ぶ。体中の一つ一つの顔が激痛に顔を歪ませている。
『カエス! カエスカラ! ヤメテクレ!』
ウォーレンは叫ぶ魔人を見て首を傾げる、何を言っているんだと。
そして魔人の腹を斬り裂いて出てくるライカ。その腕には子供が抱かれていた。
魔人はまだ生きている、腹を斬り裂かれ、内臓をグチャグチャにされても……
だがライカはトドメは刺さない。その子供を抱いたまま、ウォーレンへ近づき言い放つ。
「私の仕事は終わりだ。じゃあ後処理よろしく」
嫌味ったらしくその場を去る。
村へと帰還したライカは、魔人の血と体液でドロドロだった。もちろん救出した娘も……
村へ帰るなり驚愕の眼差しで見てくる村人。ライカはしてやったり……と、依頼してきた男に娘を差し出し、追加料金を請求するつもりだった。本来の依頼は魔人ごと娘を殺して解放してやってほしいとの事だったのだ。まさか腹の中まで入って助けてくるとは思ってもみまい……と。
「金は私が払おう。貴様、ちょっと来い」
あ? とライカは声の主を見る。先程の騎士団を率いていた男、ウォーレンだった。ライカは怪訝な顔をするが……ウォーレンはいきなりライカの手を引き……
「とりあえず臭い」
それだけ言うとライカを池へほうり込んだ。
いきなり臭いと言われ池へほうり込まれ……一体なんの仕打ちだとライカは這い上がり、斬りかかろうとしたが、そんなライカにウォーレンは言い放った。
「貴様、気に入ったぞ、俺の部下にしてやる。来い」
ライカは全力で断ったが無駄だった。
そのまま文字通りウォーレンに引っ張られ、騎士団へと無理やり入団させられたライカ。最初から連隊騎士団への入団を許された為か、周りの騎士からの目が痛かった……だが誰もライカへと直接不満をぶつけてくる騎士は居なかった……と思われたが
「貴方がここに居るのが不満です」
そう言い放ってきたのが、銀髪で隻眼の騎士、ガインだった。ライカは不満だと言われ、自分こそ不満だとガインと口喧嘩を始める。好きでここに居るわけでは無い、文句があるならウォーレンに言えと。
「埒があきませんね、こうなれば腕づくで追い出すまでです、私に負ければ……貴方には去ってもらいます」
ライカは望む所だと、ガインの提案に乗った。そして騎士達の観衆の中、ベタに決闘を始める騎士二人。
誰も止める者は居なかった。当時から連隊騎士の隊長だったガインが圧勝するに決まっている、そうなれば目障りな冒険者上がりの騎士など消える、と誰もが期待していた。
だが……
勝負はものの数分でついた。ガインは床で伸びている。
(や、やっちまった……)
ライカは後悔した、頭に血がのぼって本気でやってしまったと。わざと負ければ、また気楽な冒険者生活へ戻れるのに……と頭を抱えたが……
「何をしている! 貴様ら!」
騒ぎを聞きつけたウォーレンが駆けつけた。だがもう遅い……しかしライカは……ここぞとウォーレンへ言い放った。
「私が気に食わなかったので一方的にブチのめしたまでです。責任は私が取ります、騎士団を今日限りで退団します、では……」
さっさと騎士団から抜けようと言い放ち、その場を立ち去ろうとするが……
「ま、待ってください! 私が……彼女へ決闘を申し込んだのです……どうか……騎士団長……この騒ぎの責任は私にあります……責任を取るのならば……私が……」
床で伸びていたガインが起き上がって言い放つ
(な、なんだコイツ……私のジャマをする気か?! そんなに私を陥れたいのか?!)
ライカは本気で思いながらウォーレンへと更に打診する
「私だ! 私がコイツに喧嘩を売ったんだ! 銀髪なんてカッコイイ見た目してるから……生意気だと思って後ろから殴りかかったんだ!」
「あ、貴方は……! よくそんなデタラメな事言えますね?! 私です! 騎士団長! 私がライカ殿に決闘を申し込んだんです!」
「ふざけんなお前! 空気よめ! 周りだって私に出てけムードだったろうが! 余計な事喋るな!」
「余計な事とは何ですか! 私は真実を……」
二人の口喧嘩に呆れた観衆の騎士達が去っていく。そしてウォーレンは、事もあろうか言い放った。
「おい、ライカ。責任を取る意志があるなら……先日開いた隊長の席に貴様を入れる」
その言葉に周りの去り始めていた騎士達も、思わず騎士団長へと抗議する。冒険者上がりの、しかも騎士団へ入団して数日の奴を隊長にするなどと、何を考えていると。しかし……
「もう決めた。お前しか居ないだろう。不服があるヤツは決闘でもなんでも申し込め。俺が許す」
それだけ言ってウォーレンは立ち去る。ライカとガインは空いた口がふさがらなかった。アイツは何を言っているんだと。
それからライカへ決闘の申し込みをする騎士は一人として居なかった。隊長のガインを物の数分で倒す奴なのだ、誰が敵うのかと……騎士達は実力は認めていても、騎士としては認めていなかった。その期待に応えるように、隊長となったライカは自由奔放に魔人、魔物の討伐に向かう。部下となった騎士達も、そんなライカに呆れながら討伐をこなしていったが……
そんなある日、騎士の一人が言った
「おい、聞いたか、ライカ隊長の隊だけ、ここ数か月……死んだ騎士は皆無らしい。魔人の討伐にあれだけ赴いていながら……」
次第にライカへの不満を持つ騎士も少なくなっていった。中には信頼を寄せる騎士も居る。中でもライカへ信頼を寄せていたのがガインだった。幾度も共に魔人の討伐へ赴いた際、ライカは一人の死人も許さなかった。それはただの冒険者としての意地だった、一人でも殺せば自分の負けだと本気でライカは思っていた。
しかし時にはガインに甘え、時には助ける、そんな事を繰り返しているうちに、ガインとの信頼関係は誰よりも厚くなっていった。次第にお互いに思っていた。
(私の背中を預けれるのはコイツしか居ない)
ライカとガインの信頼関係は、他の者から見れば恋人同士の様に見えるかもしれない。
しかし本人たちは、ただ互いに誰よりも信頼しあっているだけだ。それを恋人同士というのかもしれないが……
だがそんなある日、事件が起きる。レインセルの姫君、シェルスが拉致された。
そんな姫を放置すると言い放つウォーレン。
ライカもイリーナの事は知っていた。時折訓練に付き合った事がある程度の知り合いだったが……
そんな時、騎士団長へと姫を救出すると打診しにいこうとするライカは、イリーナがウォーレンに詰め寄っているのを目撃した。その時、聞いてしまった。
「あの子は私の娘なんだぞ! 産んだだけだがな! それでも……それでも私は……」
ウォーレンの部屋の前で、ライカは確かに聞いた。イリーナが自分の子供だと言うのを。このレインセルの姫君が騎士の子供……ライカはその場で立ち尽くす。そして、一言二言、ウォーレンとイリーナが言い合う声がした後、出てきたウォーレンと目が合う。
「聞いていたのか……」
ライカを見てウォーレンは呟く。ライカは今聞いた事をウォーレンへと問い詰めた。どういう事だと。
「他言無用だ……いいな。たとえガインにも……」
その時、鈍い音がした。剣で肉を指す音を
「イリーナ?!」
思わずウォーレンの部屋に飛び込み、腹を自分で刺したイリーナを抱えるライカ
「ウォーレン! 聖女達を……いや、私が運ぶ! あんたは聖女達を呼んでくれ!」
とても上司に聞く口ではないが、それどころでは無かった。ライカはイリーナを抱きかかえて王宮の扉を蹴破り、聖女達へ怒鳴りつけて治療を行わせた。
治療を終えた眠るイリーナを見下ろしながらライカは思う。自分より年下の女性が、すでに15歳にもなる子供が居ると言う事実にも驚いたが、あの時、なんの躊躇もせず腹を刺したという事も驚愕だった。
(イリーナは覚悟を決めた……自分の娘と民を天秤に掛けて……民を選んだのだ……娘を見殺しにすると……覚悟を決めたのだ……)
ライカは歯を食いしばる。そして騎士団長の指示通り、その事実は誰にも話さなかった。それどころか騎士団を抑え込んだ。シェルスを助けに行くことは許さないと。実の母親であるイリーナすら覚悟を決めたのだ、自分達がバラス島へ行って、オズマを殺して姫を助ける。簡単だ、あまりに簡単だ。このレインセルの騎士団の兵力をもってすれば、バラス島など一夜で滅ぼせる。
だがあの島には何かがある、そう告げる幹部達。そしてその何かによって民の大半が犠牲になる。それだけは防がねばならない。
(イリーナも……民を選んだ……それを……その覚悟を……私達が踏みにじってどうする……)
ライカの中に、守りたい物が出来た。
今まで腕試し、自分の欲求を発散させる……その為に魔人を狩った。その過程で信頼関係も築いた。
だが、そこに守りたい物などなかった。しいて言えば自分のプライド。ただそれだけだった。
だが、ライカには確かに守りたい物が出来た。
(騎士なんて……好きでなった訳じゃない……でも……)
それから、ライカは鬼のような強さで上り詰めた。
そしてシェバに次ぐ実力者とさえ言われるようになった。
(まだだ……もっとだ……力が欲しい……)
その時初めて、冒険者の時とは違う理由で力を欲した。




