狩祭 決勝
シェルスは宿屋の部屋に駆け込むと、すぐに荒らされていることに気が付くが、何よりも先に剣が仕舞ってある棚の奥へ手をいれる。
「ない……やっぱり……一体誰が……」
心当たりがないわけではない。剣を探していた男。宿屋の主人と昨日喧嘩していた男が最初に浮かんだ。
「あの人……」
守護霊は神殿さえ築ければ誰でも呼び出すことが出来る。たとえそれが赤子だったとしても。シェルスは部屋の中で他に盗まれた物がないか確認する。やはり盗まれたのは剣のみだった。
「私の鎧や……金目の物にも手付かずってことは……やっぱり剣だけを狙ってる……」
もう間違いないと思ったシェルスに、ラスティナから通信魔術が届いた
『シェルス様! ナハトがやはり顕現しています、でも……様子が少しおかしいんです』
それを聞いたシェルスは再び屋上へと向かい、ラスティナの隣でナハトを見るが……
「ん……殺したのは……熊だけ?」
シェルスは手当たり次第に殺しにかかっていると思ったが、ナハトは熊を一刀両断にしただけで立ち尽くしていた。
『おおーっと! 突然の乱入者が魔物を一刀両断だー! 皆様ー! この乱入者を認めるか認めないか……拍手で采配をお願いしますー!』
町長の声が響き渡ると、町のあちこちから拍手喝采。それにより、ナハトが最後の出場者へと認められた。
「な、何……狩祭に出場してるの?」
シェルスが唖然としながら、当然のようにステージに上がる漆黒の騎士を見つめている
「そ、そうみたいですね……何がどうなっているのか……まさか……」
ラスティナは顔をしかめながら、シェルスの耳元で囁くように耳打ちする
「もしかして……あの守護霊……ナハトは術者を乗っ取る形で顕現するのでは……先のレコスさんを乗っ取っていたように……それで……乗っ取られているのは、たぶん……」
「昨日の……男ね。剣を探してた……」
それなら大体の想像は着く、とラスティナは続け
「守護霊は術者の願いを目的として顕現します、あの男の願いは……狩祭での優勝なのでは……」
シェルスも同意見だった。ナハトはリーンと大柄の男と共にステージに立ち、二人が異様な眼で見つめている。
「通常守護霊は目的を達成すると撤退します、このまま狩祭で優勝してくれれば大人しく戻ると思いますけど……」
「もし……下手にリーンや……もう一人の男が優勝するような事になれば……」
「おそらく……殺してでも優勝を奪い取ろうとします、それだけは避けたいので……もしもの場合は……ナハトを取り抑えて撤退させるしかありませんね……」
ラスティナの言葉に頷きながら、ナハトが握っている剣に目が行く。
「あれは……私の剣……」
「ですね、あの剣さえ手元にあれば……ナハトとシェルス様は血の盟約を交わしてますから……シェルス様が剣を手に念じれば、大人しくなるとは思いますが……」
今下手に動いて刺激し、ナハトを暴れさせない為にも現状を見守るしかなかった。
「お、おい、どうなってんだよ……」
ステアがラスティナに耳打ちする。貴族の婦人も怪訝な顔をしながらその場を見守る様に佇んでいた
「たぶん、例のお兄さんよ、あの人が剣を盗んで……顕現させちゃったんでしょうね……」
ステアがラスティナの言葉に驚くと同時に、町長が叫び声を上げる。いよいよ決勝が行われようとしていた。
『ではでは! 謎の乱入者も迎えて場が温まってきたところで……今回のメインは……』
町長の言葉に合わせて、巨大な牢に被せられた暗幕が取り払われる。そこに居たのは……
『聞いて驚け! かつてレインセルの地を恐怖のどん底に陥れた伝説のドラゴン! クエレブレー!』
クエレブレと聞いて思わずラスティナは自分の持っている触媒を確認する。ちゃんと持っている。顕現した様子もない。
「クエレブレ……にしては随分小さいな……」
ステアがボソっと口にするが、以前シェルスが顕現させたクエレブレは50m程で、今狩祭の決勝戦で使われようとしているドラゴンは10m前後の魔物だった。
それでも巨大な魔物に変わりはない。
ステージの上に立つ3人は、クエレブレと紹介された魔物を見ているが……
優勝候補の男は早く始めろと大槌を振り回し
リーンは腕を組んで静かに佇み
ナハトは……
「あれ……? なんか……ナハト震えてません?」
ラスティナがそんな事を口にする……たしかにブルブル震えているような気がする、とステアとシェルスは観察するが……
「ん? あれ、あの叔母ちゃん何処行った?」
ステアがいつの間にか居なくなっている婦人を探す。屋上に婦人の姿は無い。
『ではでは~! 開け放てー! これが最後の……勝負だー!』
町長が叫ぶと同時に、クエレブレと呼ばれた魔物の牢が開け放たれる。
3人の出場者達は一斉に走り、標的のドラゴンに疾走するが……一番早いのは、やはり英雄ナハト
ドラゴンの首を剣で一閃して狩ろうとするが……
その前にドラゴンの鎌首でナハトは地面へ叩き落される。
「やっぱり……ナハトを顕現させた人間によって力の差が出るのね……レコスを乗っ取ったナハトなら、あの程度の魔物なんて……」
一瞬で終わるだろう、と。
ラスティナとステアもシェルスの言葉を聞いて頷くが……他の出場者の二人、リーンと優勝候補の男は共闘していた。リーンがムチで再びドラゴンの注意を退きながら、男がドラゴンにダメージを与えていく。
「あぁ、リーンさん負けちゃう……」
ラスティナが嘆くように言うが……地面に叩きつけられたナハトが起き上がる。そして、事もあろうかリーンへと斬りかかった。
ドラゴンの注意を退きながら、リーンは謎の乱入者の攻撃を避ける。リーンは決して油断していない。こんなあからさまに怪しい奴を、ただの出場者だとは思っていなかった。
「リーン……! おい、やばいぞ……ど、どうすれば……」
ステアがリーンに斬りかかるナハトを見てシェルスを見る……が、
「あ、あれ? シェルスは?」
「い、今……飛び降りて……」
ステアもラスティナも……宿屋の下を見下ろす。10m以上はある。しかしシェルスは、とっくにナハトへ向かって走りだしていた。裸足で……
「ローレンスの結婚式の時といい……なんで飛び降りれるんだ……?」
「た、たぶん……騎士だし……」
二人は町の中を黒いワンピース姿で走るシェルスを見る。町の住人からブーイングが無いか心配していたが……
『おおーっと! ここでまた乱入者……って、お嬢さん危ないぞ! だ、だれか! とめろ!』
シェルスの姿を見て、ただのお嬢様と思った町長が焦る……が、シェルスはラスティナの懐から抜き取ったクエレブレの触媒を掲げる
「え?! い、いつのまに……シェルス様……」
ラスティナは自分の懐を確認しながら、まさか……と思う。ここで本物のクエレブレを顕現させるつもりか、と。
しかし、ナハトはシェルスの持つクエレブレの触媒にあからさまに反応する。シェルスの方を向き一気に距離を詰め、シェルスを切り伏せようとするが……
(遅い……)
シェルスは難なくナハトの腕を捉え、腰を潜りこませるようにナハトを背に乗せ、そのまま投げ飛ばす。
『な、な……お、お嬢さんが……謎の乱入者を投げ飛ばしたー! なんだー! 何がおきたー!』
もはや狩のメインであるドラゴンより、乱入者とシェルスの戦いの方が注目されていた。
ドラゴンはリーンと優勝候補の男が共闘して狩られようとしていたが……町長は実況すら入れない。
ナハトは地面から起き上がり、シェルスを見据える。シェルスは武器を持っていない、とラスティナが太陽と同調する。今あのナハトを焼き尽くすのは簡単だが、その場合乗っ取られている男はどうなるか分からないと、躊躇していた。ラスティナは太陽の炎で剣を作りだし……
「シェルス様……! これを!」
金色に輝く刀身を持つ剣を、シェルスの近くへ……炎弾を放つ要領で剣を投擲する。シェルスは何の躊躇もせず、矢のように飛んでくる剣を受け取る。その様子を見ていた観客も町長も大声をあげて沸きだした。
『うおお! 魔術師の少女からの武器の支援だー! 戦うつもりか! おじょうさーん!』
もはやリーンと優勝候補の男など眼中にない町長と観客達……その証拠に、ドラゴンは既に頭を潰され、リーンは煙草を吸いながらシェルスと漆黒の騎士の戦いを見物している。優勝候補の男も酒を煽りながら休憩していた。その大槌にはドラゴンの物と思われる血が、こべりついている。
地面から起き上がるナハトは剣を構える。シェルスを見据え飛び出す……が、それと同時にシェルスも飛び出し、一気に間合いを詰めると太陽の剣でナハトの腕から剣を弾き飛ばす。
上空へと舞う剣。その剣をシェルスは受け止め……
「眠りなさい……ナハト……」
呟きながら念じる。ラスティナに言われたとおり血の盟約を交わした守護霊は霧散し、剣へと戻っていく。
そして乗っ取られていた男は、その場で倒れ込んだ。
その様子を見ていた町長と観客達は首を傾げるが……リーンに襲い掛かった謎の乱入者を鎮圧したシェルスへ、一拍遅れて歓声が上がった。
『つ、つよいぞー! おじょうさーん! いいぞ! 狩祭の英雄だー!』
その場のノリで言い放つ町長へ……本来の出場者の二人が冷たい視線を送る。町長もようやく気付いたのか、倒されてるドラゴンを見て……
『あっ、倒されるー! ドラゴンが倒されているぞー! どっちが倒したんだ?! 審査するのでお待ちをー!』
もはやどっちでもいいと言わんばかりの空気に、ため息を吐きつつ頭を掻く出場者二人。シェルスは逃げるように宿屋へ駈け込んでいた。そのままラスティナとステアの元に行き、ラスティナへクエレブレの触媒と太陽の炎で作られた剣を返す。
「かっこよかったですよ~シェスル様!」
ラスティナは喜びながら剣を受け取ると、炎に帰し……触媒を懐に仕舞う。宿屋の屋上に居た他の客たちもシェルスを称賛した。宿屋の主人も新たな肉を焼き始める。シェルスへ褒美を与えるように……
結局狩祭の優勝者は、リーンと大男二人となり商品も二人で山分けとなった。商品は大量の食材と宝石を散りばめたブレスレットだった。
ブレスレットは一つ……と、優勝したもう一人の男はリーンの手を掴んで腕にブレスレットを付ける
「そんなキラキラしたもん、俺は趣味じゃないんでな」
そんな一言で客からは拍手喝采……男を称賛する声が上がる。
シェルス達も宿屋の屋上からステージを眺めていた。
「あのオッサン……空気読んでるよな」
「そうね……リーンさん可愛い~」
「もしかして……リーンの狙いって……あのブレスレット……?」
辺りはもう暗くなっていた。狩祭が終わると、あちこちで肉を焼き宴会が始まる。まるでここからが祭りの本番と言わんばかりに……
シェルス達も宿屋の屋上で宴会を開いていた。そこにはリーンも居る。
狩祭の優勝者がその場に居る事でテンションが上がったのか、宿屋の主人はかなり奮発して肉を調理していた。リーンの優勝賞品である食材も振る舞われる。
「おい、シェルス。お手柄だったな」
そんなリーンがシェルスへと話かける。シェルスは今日一日中、肉を食べっぱなしだと思いながら……
「いえ、別に……」
まさか……あの騒ぎの発端は自分にあるなどとは言えず……
「ところで……あの時の触媒は何なんだ? あれを見て黒い奴がお前に襲い掛かったみたいだが……」
ああ、とシェルスはクエレブレの触媒を掲げてナハトをおびき寄せたのを思い出しながら……
「まあ……彼らにも色々あるみたいで……」
かつてクエレブレを捕らえた聖人、ナハト。
神話では、クエレブレはナハトを騙して逃げ去り、大きくなりすぎた自分を隠す為に海へと移り住む。
海の中まで追いかけることが出来ない英雄は、さぞ悔しかった事だろう。
童話で作られた偽りの魂。
その魂は聖女と共に剣に眠る。
シャル・マーゼの狩祭は、宴会の終わりと同時に幕を閉じた。
宴会が終わり、静かになった町の物陰に隠れながら通信する女性が一人……
「はい……ナハトです……間違いありません。シェルス様一行が所持しています……」
その女性は貴族風の衣服に身を包んでいた。




