紬 -つむぎ-
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あの子がこの家にやってきたのは何時頃だっただろうか。丁度、この秋が終わる頃の事だったか、あれは肌寒い日の早朝ことだ。屋敷に女が訪ねてきて“この猫を預かってくれませんか?”と言うのだ。見ると腕には白い着物に包まれ眠る、白銀のような毛並みが生えた子猫だった。私が招致すると女は礼を言って走り去って行ったのを覚えている。最初は単なる好奇心だった。祓魔師の仕事は依頼がない以外は退屈で、趣味で始めた小説家の方も最初の方は起動に乗らず、ただ無駄に時間を費やしているだけだった。屋敷には自分しか居らず、居るとしたら師が離れの屋敷に置いている式神と私の友人である月子くらいだ。それから飼い始めて暫くした頃だった。また、師である黒壊が帰って来たと思えば血相を変えて本家に乗り込んできた。私が“どうしたのです?”と訪ねると“あなた、この屋敷に何か入れましたね?”と言われたので“先日、見知らぬ女に猫を譲り受けました”と言うと黒壊が溜め息を一つ吐くと呆れ気味に話を始めてた。
『いいですか、比護。あなたが会った女は雪女です。そして、これはその雪女が山猫の類い産み捨てた“化け猫”だ』
最初、告げられた時は師である黒壊の言うことが理解出来なかった。思わず“これが物の怪の類い……?”と自分の心の内で疑った。まるで邪気というものは感じられない。
『これが化け猫……?』
『これはもう人の手で一度死んでいる。粗方、ここに預け入れたのは祓魔師に恨みがあったかここの時空の歪みを知ってか……で、比護。どうするのです?何れは人に化け死人を操る化け猫になるのですよ?それでもその猫を育てるつもりなのですか?』
『私は……そのつもりですが?』
『でしょうね。あなたは一度決めたら頑固ですから……まぁ、好きになさい。私は責任はおいませんよ』
『師に迷惑はかけません』
『その言葉に二言は?』
『……ないです』
そう言葉を酌み交わして今日の今日まであの子を“紬”を育てて来たのだが、あの子は本当に素直な子に育ってくれた。最初は不安もあり、もし紬が化け猫として悪い方へ向かったらという心配もたくさんあった。そんな中で反抗期というのはまだない。多分、これからだろう。紬は人間で言うならば11歳の華奢な少年だ。どうやら料理を作るのが好きな様で私が苦手だった料理を紬はいつの間にか習得していた。しかも、これが旨いし美味しい。
何ら、化け猫というだけで人間と少しも変わりはない。私があの子に過剰すぎる期待をしているだけかも知れないが――……。
「……主樣」
「ん?どうしました?」
「猫、表、置いてあった」
「おや、またですか?」
「うん」
これで屋敷にいる猫は何匹目だろうか、と私が困った顔で考えていると
“ここに置いてあげてもいい?”と紬が訴えるように首を傾げるので私は“いいですよ”と答えた。すると、覚束無い足取りで居間から出て何処かと姿を消していった。実際、紬は拾ってきた猫の面倒をちゃんと見ているので問題はない。問題があるとしたら私の金銭面と近所から“猫屋敷”と噂されるようになってしまった事の方が今は問題かもしれない、と私は肩を落とし溜め息をついた。