黄昏 -たそがれ-
誰かが言うのだ
天井を眺めている自分に向かって
『お前は死ねないよ、今日もね』
そう、
口元を悲しそうに微笑んでは
自分の中の何かを逆撫でしていくのだ
◇ ◇ ◇
「――――……せん、……せい!」
「え?……あ、れ?小春子くん?」
「“あれ?”じゃないです!さっきの話聞いてましたか!?」
「すみません、寝てました」
「えぇ!?いつからですか?」
「さ、さぁ……?」
比護が首を傾げると小春子の意気消沈した表情で愕然と頭を垂れる。
「ひ、酷いっ!比護先生!私の長時間に渡る語りを返して下さいよ!!」
「ぁ、ごめん。ごめん」
比護が苦笑いをすると小春子は不貞腐れたかのように頬を膨らませた。どうやら先程から小春子は大事な話を淡々と比護に説明していたにも関わらず、本人は疲れてきっていたのか座ったまま眠り続け、小春子が異変に気付くまで器用に頷く様子で会話が成り立っていた。
「担当を足らう無慈悲なスキルが飴と鞭すぎますっ!」
「……どの辺が飴と鞭なんだい?」
「その辺がっ!です!!」
指を差しながら訴える小春子に思わず比護は微笑する。
こうして小春子が家を訪ねて話をしているのにも関わらず、突然寝てしまった自分に比護も驚いた。
「それよりも大丈夫ですか?」
「え?何が?」
「最近、何だか何時も寝てませんか?」
「そんなに寝てる?」
「え、ご自分でも気付かれてないのですか?」
「……う、うん」
寝首を掻きながら比護は曖昧な返事を返す。
ふと、縁側の方を見ながらぼんやりと空を眺めた。外はすっかり秋晴れで暖かい日差しが黄金色に部屋を衣替えした。昼下がりになると少し肌を刺すようだったが風は真夏と比べれば冷たく心地良かった。
「おや?雨が降っていたのですか?」
暫くぼんやりとした思考で辺りを見渡す比護は濡れた地面と屋根から落ちる雨水を見て今になって雨が降ってた事に気付いた。
「あ、良かった!雨上がってる!」
「この様子だとずいぶんと降ってた様ですね」
「そうですね!先生はその間にも私の話にも雨音にも気付いてませんでしたけ、ど!!」
「本当に悪いことをしたと思っている……よ?」
「本当ですか!?」
「……ぅ、うん」
「私の目を見て言って下さい!!」
小春子が視線を合わせるように比護の顔を除き混むが比護の目は宙を泳ぐようにさ迷った。
―――……すみません!何方かいらっしゃいますか?
突如、屋敷に木霊した声に二人は顔を見合わせる。比護はそのよく聞いたことのある声に壁に掛けられた古い振り子時計に目をやる。
「誰か訪ねてきましたけど、私の後にご予定でも?」
「ぇ、ああ、もうこんな時間だったみたいですね」
振り子時計を見て時間を確認すると比護は小春子とずいぶん長い時間を過ごしていた事にも気付いた。自分がどれくらいの眠りこけていたのか思い知らされる。
「じゃあ、私はこの辺でおいとましますね!また、一週間後に伺います!」
そう言って小春子は鞄を手に持つと席を立ち出ていったと同時に背広を着た体格の良い背格好をした高身長の青年が紬に案内されて居間へと姿を表した。
“いらっしゃい、時塚くん”と比護が声をかけると彼は黙って席につく。その纏う空気は冷たく肌寒かった。