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空蝉 -うつせみ-  作者: 七草粥
4/9

鬼子 -おにご-

意識の暗い底で



泣いている小さい子供が言う



『キミはそれでいいの?』と


泣いているくせに



成長する自分に問い掛け続ける








―――――………――………




「なんや、また悔しくて泣いとるんかぁ?相変わらず琴葉は弱虫やなぁ」


日もくれた夕方頃、少年“琴葉(ことは)”が学校から別邸である自分の家に帰って来ると、いつものように縁側に座っている老人が琴葉を揶揄した。


「ぅ、るさいっ!昼間から飲んだくれの爺さんに言われたくない!」


「ふっははは!そりゃそうだ!」


「大体、病人のくせに酒なんか飲むなよっ!」


「そんなん言うても旨い酒でも飲んどらなやってけんわ!」


「……なんだよ、それ」


「冗談と酒は紙一重って奴や!」


「意味わかんねぇ……」


そう老人は口癖となったその言葉を吐き捨てると、盃に入った酒を一気に飲み干した。老人は死んだ父親の祖父の弟で名を“鴉間寿人からすまひさと”といい、彼は本邸に住んでいる人間の中ではまともな大人であった。殆どの人間は琴葉に冷たく当たるか毛嫌いする人間が多い中で寿人は一風変わっている部類に入った。琴葉の父親の家系は代々続く“陰陽師”で、母親は古来から言われる“鬼の末裔”であった。そんな両親から産まれた琴葉は“鬼子”と言われ、実家では何かと風当たりが悪く別邸で隔離状態であり、父親の兄の息子二人には毎日のように家の外で揶揄される事が多く琴葉には傷が絶えなかった。


「それにしてもお前は毎日のように怪我が絶えんのぉ」


「触んなっ!余計に痛い!」


「痛いの痛いの飛んでぇ~」


「……なっ!?もう中学生なんだから子供扱いすんなっ!」


「そういう所が餓鬼や、言うねん」


「それなら爺さんも同じだ!」


一瞬、寿人は目を点にして“口だけは母のように達者になりおって……”と小声で言うと渋々また酒を煽った。すると別邸の玄関の方から寿人を探しに来た使用人の声が木霊して使用人が慌ただしく廊下をかけていく足音が聞こえてきた。


「もう、嗅ぎ付けよった!」


「そりゃ毎回毎回ここに来てたらバレるに決まってるじゃん……」


「じゃあのっ!また来るわ!」


「もう来るな!病人は寝てろっ!」


それから別れたきり寿人が来る事もなかった。

 何週間かして、いつものように学校から別邸に帰ると玄関に見知らぬ靴が一足揃えてあり、別邸の屋敷は慌ただしく使用人が動いていた。

一体、何事かと思っていると玄関を通り掛かった使用人が『客間にてお客様がお待ちです』と、告げられた。訪ねられる程の客にも心当たりがなかった琴葉は足早に客間へと向かう辺りで意識が暗闇へと遠退くのを感じた。









「……何で、今更こんな夢……」


 ふと、琴葉が目を醒ますと自分が泣いている事に気付いた。頬を伝う涙を手で拭い、起き上がるとそこは二階の通路の一角にあるソファの上だった。ひぐらしが鳴く残暑の厳しい夕暮れ時、肌に刺さる強い日差しが天窓から入り込み光と影がゆらゆらと蠢いている。虚な表情でじっ、とその光景を眺めていると腹部に何か生暖かい体温と重みを感じた。


「……紬?」


琴葉が視線を向けると自分の腹部辺りに猫化している紬がいた。薄紫と薄青紫の色違いの瞳がこちらを不思議そうに眺めているのが窺える。


「何?どうした?」


白銀の滑らかな毛並みを撫でながら問い掛けるとその手をすり抜け、紬は軽やかに琴葉の腹部から降りる。

そして、またこちらを見ながら一回振り返ると一階へと続く階段を降りていった。


「……変なやつ」


そう呟きながらも琴葉はその生暖かい体温に何故かほっ、と胸を撫で下ろした。


―――……まだ、秋は遠くて近い。



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