追憶-ついおく-
去年の日射しの強かった真夏
僕の夏は、
空中へと飛んで行った
僕の短くて長い命は
蝉のひと夏のように
終わってしまったかのように思えた
◇ ◇ ◇
この茹だる暑さの中、涼しげな夏の制服を纏う少年、“夏目 響”は真剣な表情を浮かべ悩んでいた。
既に外は梅雨が明けて絶好の真夏日和となっていると言うのに気持ちは冴えず、今日は特にその事を思い出していた。
それは、自分が“幽霊”になってからこの家に来てどれくらいの月日が経過したのか、ということ。思い返せば、自分に心残りなどあったのか?と、夏目はこの真夏になると思い出せない何かを考えるのだ。
それだけで気分は憂鬱だというのに、通り掛かった居間で比護が自分より更に憂鬱そうな顔をしているのを発見した。見た所、原稿が終わらないのかスランプ状態なのだろう。ノートパソコンの画面を横目に顔を卓袱台に沈めて疲れきった様子であった。そして、死んだ魚のような眼差しでこちらを見るや否や皮肉を一つ口から洩らした。
「いいですね、君は涼しそうで……」
「……なにそれ泣きたい」
比護は溜め息を吐くとノートパソコンの電源を落とし、掛けていた眼鏡を外すと卓袱台の上に無造作に置いた。
「それよりも夏目くん、」
「んー?」
「君、何か思い出しました?」
「……いや、全然」
「君の思い出せないことは一体何だったのでしょうか?」
「僕が知りたいっすよ」
「本当に君は涼しそうですね」
「ちょっ、クーラー壊れた当て付けなの?泣きたい!!」
「それもあります」
「そこは否定してよっ!!!!」
「大体、君が来てからというもの家電の半数が原因不明の破損を繰り返してますからっ!!」
「ひ、酷いっ!泣いてやる!!」
そう比護が言い切り夏目が泣き叫ぶかのように冗談を言っていた矢先に不穏な音を鳴らしながら扇風機が止まった。比護と夏目は“あ、”と声を漏らしながら扇風機をただ静かに見つめた。夏目の焦る表情と裏腹に比護は硬直したかのように動かなくなった。ごくり、と唾を飲んだ夏目はただただ黙り混む比護を扇風機越しに眺めた。いよいよ御陀仏かもしれないと思っていると比護の口が微かに開く。
「でも、夏目くん」
「…………?」
「君は時期が来て思い出せたら決める事は決めなければいけませんよ」
「……わ、わかってるよ」
「君を追ってくる“アレ”は君の現世への“存在”を赦しはしないのですから」
「相変わらず……幽霊には冷たいよね、先生」
「当たり前です」
“何時までもこのままだなんてないですからね……”と比護は言うと疲れきった身体を座椅子ソファへと沈ませた。それを改めて言われると夏目の心の中で何かがざわつくのを感じた。ここに居たい、という気持ちと相反する比護の言葉に戸惑いを感じてしまうからである。ここに居たい、でもいつまでも居てはいけない。なら、いっそうのこと無理矢理にでも成仏させて欲しいと思っていたが、比護はそんな事はせずに気儘に夏目をここに居座らせている。そんな矛盾が夏目の心を締め付けるのだ。
「おや、夕立が来そうですよ」
暗い表情を落としていると比護が空を眺め言った。夏目は縁側の方へ出て空を見ると先程は晴れ間だったのに空に積乱雲が発生している。淡い空に、厚い雲が立ち込めていく様子はまるで自分の心境のようだと、そう思い早くこの夏が終わればいいと強く願った。