嫉妬とドロップ
「大嫌い」
「もう、知らない」
「勝手にすれば」
「いいじゃん別に」
「早く出て行って」
あんなに辛くあたったり、こんなにひどい言葉と態度であなたをたくさん苦しめた。でもホントのココロは違ったの。あふれる涙が止まらない。
「来月から向こうに行くことが決まったよ」
背を向けて隣で眠る一樹が話したさっきの言葉が頭の中でぐるぐる回る。
海外で店を出す一樹の夢が叶うというのに、心から喜ぶことができないちっぽけなあたしがそこにいた。
「え?来月から?」
おめでとうを言うより先に発したあたしの言葉で一樹の顔を少し曇らせた。
一樹と暮らすようになって、もうすぐ二年が過ぎようとしていた。
料理のできないあたしの為になんでも器用に作ってくれた。仕事がどんなに遅くても、体がどんなに疲れていてもあたしが眠りにつけるまでやさしく頭をなでながら、うなずく一樹が大好きだった。そんな生活がずっと続くと思っていた。
不器用なあたしにも平凡だけどずっとみていた夢があった。今となっては叶うことのない夢が──。
夢が叶う一樹への嫉妬?離れて暮らす不安?さまざまな思いが重なった。複雑な自分の気持ちを表現できない苛立ちからか、この日を境にあたしは一樹に辛くあたるようになっていた。
無言でコップをゆらしているあたしの横を銀の大きなトランク押したあなたが静かに通り越す。ワンルームから玄関までの細い廊下をゆっくり歩く大きな背中を瞳の奥に焼き付けたくて、一度も瞬きしないでじっと見る。壁に手をかけ下を向き、そっと上げた右足を滑らすように履いたのは白く大きなスニーカー。
いつもの場所に掛けてある小さな鍵を掴もうとして一瞬止まったあなたの手。再び伸ばして掴んだものは銀の大きなトランクだった。
すっかり冷めたコーヒーからは何の香りもしなかった。一口すすると尖ったすっぱい味がした。
ドアノブをゆっくり回して力を入れて、小さく開いた隙間から外の光が差し込んだ。力いっぱい押し開けて眩しいくらいの輝く光にあなたの体が包まれる。
あなたが一瞬振り向いた。そんな気がして目を細める。陰になってよく見えない。それはあたしがあなたに望む、叶うはず無い最後の期待。
あなたが一歩踏み出すとドアがゆっくり虚しく閉まった。
ガチャン──。
一瞬止まった空気と時間。不思議と涙はこぼれなかった。
お気に入りのピアスが入った小さな箱を開けるためコーヒーをテーブルに置きベッドの横に座った。かといって目的はピアスではなくイチゴの飴玉だ。
一樹に初めてもらったプレゼント。『俺、そんなのあげたっけ?』一樹は忘れていたけど、あたしにとっては宝物。
サイドテーブルの上に置いてあるその箱を開け、イチゴの飴玉を取り出した。袋を破くと、ピンクの小さな飴玉が恥ずかしそうに顔を覗かせた。パクッと食べるとイチゴの甘い香りが口いっぱいに広がった。
『悲しい時は甘いもの食べるとホッとするだろ』一樹のやさしい笑顔が涙とともに浮かんできた。
ベッドに座り込み膝を抱えた。
「ホッとなんかしないじゃん、嘘つき」
しょっぱい涙が頬を伝って口の中に入るとピンクの小さな飴玉はいっそう甘さを増ような気がした。