プロローグ 魔法発動
「優姫さん、暇でした」
「勝手に部屋に入っておいて何言ってんだ」
家に帰ると、なぜか夕実はまだ家にいた。それもずっと正座したまま待っていたようで、ご苦労なことである。
「で、夕実さんはいつ帰るの?」
「あ、昔のようにユミでいいですよ、アラン」
そんな記憶にはないが、自分の前世であるアランが毎回この美少女に対してそう呼んでいたかと思うと恥ずかしくなり、優姫の顔は自然と真っ赤になった。
「そういえばお前ってアランのどこが好きだったんだよ? ほら、前世見せてもらったけど、顔はほとんど俺と同じで、身長もまあまあ、そんなにあいつが好きだったのか?」
優姫がそんな質問をするものだから当然、ユミの顔も真っ赤になる。だが、彼がそんな質問をするのも無理もない。彼の顔はどちらかというと女性のような顔立ち、線は細く弱々しい体、これらのどこに惹かれる要素があるのか?
ユミは目を泳がせながら一生懸命「あーうー」と言葉を探す。
「ほら、その……人は中身じゃないですか!」
誤魔化したようにしか見えないのは優姫だけではないだろう。
「それより、何かあなたのお友達に相談していましたが……」
と、挙げ句の果てには話をそらし始め……嫌な汗が優姫から出てくる。
「何で知ってんだ!」
「あなたが出ていった後、予知で」
恐ろしいな、予知能力。アラン絶対に浮気とか出来なかっただろ、と優姫は冷や汗をかきながらそう思った。
「それとそのお友達が助けを求めている予知が見えました」
「は? いつアイツが?」
「あなたと別れた後です」
優姫に頭痛の症状が……今度はどんな面倒なことが起きたのか考える。この前は弓道部の補助要員、彼女のバイトの人手不足、さらには彼氏との恋愛相談まで持ち込んでくる始末だ。今日もそういったことに違いない。
「行くしかないか……」
と、玄関に行くと何故かユミも付いてきている。涙を浮かべた表情からすると、もうひとりぼっちはイヤなのだろう。かわいい一方で鬱陶しいとも思ってしまう。
「……行くぞ」
優姫は面倒くさそうにしながら彼女と共に出かけた(決してツンデレというわけではない)
✳︎
と、家を出たのはいいが肝心なことが分からない。加奈はどこにいるのだ。
「それこそ予知で調べることできないの?」
俺がユミにそう訊ねると、申し訳なさそうにこちらを見つめる。
「すみません、予知というのはそもそも未来を見るものであり、今の出来事を見ることは出来ないのです」
「だから、今から5分後の未来を……」
「それと私は自分の思ったタイミングで、思った瞬間を予知出来ません」
…………え?
「私の予知は急に発動し、ある時点での未来の状況を見れる能力ですので」
その割には今日はかなりの頻度で予知が発生したな、ということをもちろん優姫は指摘しない。そこは触れてはいけない内容だろう。
と、そう思ってると
「アニキ、こいつどうします?」
「まぁ、たっぷりいじめてからその後……」
と、不良2人が路地裏で誰かをいじめてる。どうやら相手を縄のようなもので縛り付けているようだ。しかもその人は全く抵抗してない、つまり気を失ってる。
コレはマズイ、と優姫は焦る。しかし自分が突っ込んで行ったところで問題は解決しない。まだ彼らには自分たちの存在はバレてないみたいだし近くの交番に……と思ったその時、
「やめてください! みっともないですよ!」
ユミが果敢にも(無謀にともいう)不良に立ち向かった。
(おい、バカ! お前のいた世界ではどうか知らないが、この世界には警察がいるんだよ!)
「何だ? 知り合いか?」
いいえ違いますで帰って来い、と必死にジェスチャーをしていると
「はい」
「『はい』!?」
予想外の答えにツッコミ症の彼は思わず声をあげてしまう。当然、路地裏にいる全員の視線が優姫に移る。
「おいガキ、こいつはお前の妹かなんかか?」
「えーっと、友達といいますか……」
優姫は何とかその場を凌ごうと彼らに近づきながら言い訳を考える。ここは彼らの言う通り、妹ということにして一旦この場から去ろうとした、のだが
「元旦那です」
「俺は覚えてないの! アランがどうだったとかどうでもいいの! ユミ、頼むから黙ってろ!!」
ユミのせいで、話はさらにややこしくなってしまう。
だが、不良2人は納得した様子で不敵の笑みを浮かべる。
「あぁ。お前ら、転生者か」
「え、あなたたちもまさか!?」
と、何やらシリアスな状況になりつつあるが優姫は全く状況が掴めないままである。
彼らは自分たちが《あちらの世界》からの転生者だと何で知ってる? ということは彼らも? ということは彼らは魔法が使える?
「そういうこと俺たちも転生者だ。つまりお前らと俺たちは敵同士だ!」
不良の1人がそう叫ぶと同時に、優姫の頬を何かが通過する。それを認識した直後、焦げる匂いが優姫の鼻をつく。
「熱ッ!?」
何が起きたのか、と優姫が不良を見ると……拳が燃えている。いや、ありえない。人間が炎なんかを拳に灯すことなんて出来るはずが……
「まさか……あれが…………魔法?」
だとしたら、優姫に勝ち目はない。こんなの一般人が火炎放射器を持ってる人間に戦いを挑むようなものではないか。彼と同等に戦うには魔法が必要だが彼に魔法は使えない。
優姫は辺りを見渡し、逃げれる場所を探す。だが縄で縛られている人のことを思い出す。あの人を放って逃げるわけにはいかない。
しかし優姫が彼らと戦うのは流石に無茶だ。万事休すと思われたその時、
「拘束の蓮」
彼らの足元から巨大な蓮が咲く。そして茎が彼らの体を締め上げる。腕や足がいけない方向にどんどん曲がっていく、なんとも恐ろしい魔法だ。
「ギャアアァ!」
「腕が折れる!」
「今のうちに彼女を!」
ユミはそう叫ぶ。どうやら魔法で彼らを縛るのに必死で余裕はなさそうだ。
「ありがとう!」
優姫はユミに感謝の言葉を述べ、気絶している彼女に駆け寄る。
………………彼女?
男性か女性か分からなかったが、優姫は状況からして男の学生がいじめられていると思っていたが、近づいてみるとどうやら違う。なぜならその人は学校の制服を着ていて、下はスカートだ。それによく見るとあれは優姫と同じ学校の……
「っ!? 加奈!」
そこで倒れていたのは加奈だった。ユミが知り合いと言うのは頷けるが、アイツは予知で見ただけだろ……というツッコミをしてる場合じゃない。
加奈は腕や足に火傷の傷を負っている。おそらく彼らにつけられた傷だ。逃げられないほどの傷を負わされてから縄で縛られたのだろう。
「クソッ!」
とりあえずチンタラ縄をほどいてる場合じゃない。優姫は加奈を担いで逃げようと試みる……が
「くっ!」
線の細い彼はとても加奈を持ち上げれる程の筋力は無かった。こんなところで筋力不足が仇になるとは!
「ちなみにアランは魔法を使用してる時以外では最弱の魔導師ですよ!」
ユミさん、必死な状況の中で余計な解説どうも! てか、アランもう少し自分の体を鍛えておいてくれよ!
「こうなったら一か八か……戦ってください!」
ユミは優姫にそう叫んだ。彼女の魔法を振りほどこうと必死な不良たちの抵抗を抑えるのに精一杯の様子だ。
「はぁ!? 無理に決まってるだろ! 俺は魔法が……」
「じゃあ、このまま殺される気ですか? その後、加奈さんは確実に殺されますよ!」
「え? 殺される?」
「そうです! それでいいんですか?」
まさか予知でそれが見えたのか? 優姫は加奈を見つめる。優姫と加奈にはいろんな思い出がある。昨日だって、加奈が優姫の弱々しさを話題に出し口喧嘩し、アイス奢らされて……でもそれが楽しかった。他の友達とは違う。優姫にとって加奈は自分の想いを全てぶつけられる、親友だった。
その時、後ろで誰かが倒れる音が聞こえた。ユミだ、気絶してしまっている。
「魔力切れか……助かった」
不良は大きく息を切らせながらユミを見る。魔力切れ……おそらく今日何度も見た予知が原因だろう。いよいよ大ピンチだ。
「お前もこのタイミングで逃げないなんてバカだな。その女がそんなに大事か?」
もう一度、加奈を見る。いつもは平然とした態度で余裕そうな顔をして俺を苛立たせる彼女だが、今はとても辛そうな顔をしている。
「コイツはウザい奴だけど……コイツがいなくなったら毎日喧嘩したり、愚痴言う相手がいなくなるんだよ!」
優姫は不良に突っ込んだ。喧嘩慣れしてないのがバレバレの戦法だ。そして優姫のみぞおちに炎を纏った拳がクリーンヒットする。口の中が焦げ臭い、嗚咽と同時に口から黒い煙が吹き出る。
「……転生者でもこんな一撃をまともにくらえば終わりだ」
今にも気絶しそうな痛みだ。このまま地に膝をつけて目を閉じればどれだけ楽だろう? この後、痛みに耐えて苦痛を味わうよりここで気絶する方がよっぽど楽だ。だがそれは出来ない。何故なら優姫には今、守らないといけない人間がいるからだ。
意識がとびそうになると、記憶が走馬灯のように駆けめぐる。だがこれは優姫の記憶ではない。これは……
✳︎
「魔法の出し方?」
「はい、アランさんほど強い魔導師なら魔法の出し方とか訓練とかに他の人と違う秘訣があるのでは、と」
アランの部下の1人がそう言うと、アランは苦笑いを浮かべる。
「そんなことはしてないんだがな……ただこの魔法は他とは違う特別な魔法なんだ。この魔法を使うトリガーは『魔力』じゃない。この魔法を使うトリガーはーー」
✳︎
そこで記憶は途切れた。炎の拳を受けて、倒れそうになる体を必死に支える。その様子を見て不良は驚きを隠せない。
「加奈は俺のたった1人の親友だ。ユミだってこんな俺のために頑張ってくれた。なのに呑気に倒れてるかよ!」
そこへもう1人の不良が魔法を使いナイフを投げつけてきた。魔力が込められた刃は凄まじいスピードで優姫へ向かっていく。
が、優姫は次の瞬間それ以上のスピードで姿を消した。ナイフは空を斬り、地面へと突き刺さる。驚く不良たちがあちこち見渡すと優姫は加奈とユミを抱えて背後に立っていた。さらに優姫の身体中からは金色の炎が吹き出ていた。炎を灯すというレベルではない、身体が燃えてると表現できる。
「なっ!?」
不良は自分との魔法のレベル差に警戒し大きく間合いをとる。
「な……んで? お前、さっきはその女1人持ち上げれなかっただろうが。それに何だ、お前のその炎は!?」
「……思い出した」
まだ体に力が入らないようだが、ユミは目を覚まし優姫を見つめる。
「アランが全ての悪を自分が背負って戦うという覚悟で生み出した《業の炎》。そのトリガーは……使用者の『覚悟の重さ』」
優姫はその話を聞いて、自分の体を見つめる。これが……アランの魔法。試しに炎を使う不良へ向け腕を伸ばし、掌に力を込めた。すると黄金の球状に炎が発射される。炎は不良の頬を擦り、地面に接触する。
この時点で、不良と優姫の勝負はついた。何故なら優姫は先ほどの不良の攻撃を真似たのだが、そのスピードは目で捉えられるものではなかった。さらに威力も地面に触れた炎が小さな爆発を起こし辺り一面に広がる有様だ。
不良2人はそこで回れ右をし、一目散に逃げていった。「覚えてろ!」というお決まりのセリフが遠くから聞こえてくる。
が、先ほどの一撃で重傷を負った優姫の体も限界を向かえ、今度こそ地面に膝をつき意識を失った。
✳︎
一方、先ほど逃げていった不良は何者かによって無残な姿で路地裏に横たわっていた。
「良かったのですか? 彼らを殺して」
マスクを被り傘を使って空中に浮かんでいる男が、空中で寝転がっている優姫と同い年くらいの少年に尋ねる。
「この戦いにはルールがある。
・あちらの世界からこちらの……
・こちらの世界に転生した……
そして、
・《管理者》から《王の候補者》と認定されてない者の戦闘は禁ずる。尚、何らかの方法でこの戦いを知った認定を受けてない転生者は速やかに排除せよ
アイツらが俺たち、管理者の認定を受けたか? な、何の問題もない」
少年は不敵な笑みを浮かべる。
「ではあの少年は?」
と、男は気絶している優姫を指さす。
「あれは違う。あれはユミの認定を受けてる。ユミが仕事してねぇと呆れてたら急に仕事を始めて……しかもアレ、アランだぜ。あいつの元旦那の」
少年は腹を抱えて空中でゴロゴロと笑い転げる。
「私は存じませんが」
「無理もねぇよ。あっちの異世界での記憶を全て引き継いでる転生者はユミと俺を含めて世界に4人しかいないからな」
「で、彼は合格なのですか?」
「ユミがそう判断したなら俺が反対する必要はねぇ。新しいおもちゃが増えたってことだしなぁ……歓迎するぜ、沢城優姫。王の祭典、《聖戦》でどこまで生き延びれるかな?」
そう言い残し、少年と傘を持った男は日が沈みゆく空の果てに消えていった。