24
夜が明けて、朝日が昇る。
一睡もできなかった私は、リビングで師匠が部屋から出てくるのを待っていた。
ハルさんは私を気遣わしげに見ていたが、疲労が勝ったのか、シオンさんが寝ているソファに凭れて睡眠を取っている。
スノウも一向に目覚める気配がなく、私は1人、じっと膝を抱えて待つ。
ずきずきと頭が痛むが、最早、外傷によるものか、内側から来るものなのかも分からなかった。
思考がまとまらず、自分が何を考えているのかも分からない。
師匠のこと、銀髪の魔女のこと、自分の力のこと、ルーカスさんのこと、ベルントのこと。
ぐるぐると同じことばかりが脳内を巡り、答えは一向に出てくる気配もない。
ぱたん、と扉が開く音がして、私は顔を上げる。
リビングの入り口に視線をやれば、師匠がそこに立っていた。
私が起きていたことに、少なからず驚いたようだ。
「眠れないのか?」
私はそれに答えず、ふらりと立ち上がると、そのまま師匠に抱きついた。
「疲れただろう?ゆっくり休め」
休むような気分じゃない。
私は師匠のローブに顔を埋めたまま、ふるふると首を横に振る。
師匠は返答に困ったのか、口を噤むと、そっと私の頭を撫でた。
「ベルントは・・・?」
やっとのことで、声を絞り出す。
師匠は撫でる手を止めることなく、淡々と答えた。
「生きたまま、帰したよ。きつい仕置きをしておいたから、もうここには来ないだろう。ハルトムートのことを、追いかけることもない」
「なんで、ベルントはハルさんのこと追いかけてたの・・・?」
「さぁな。僕の知るところではない」
師匠に聞きたいことが沢山あった。
けれども、そのどれを聞いても何かが壊れそうな、師匠が消えてしまうような気がして、私は口を閉ざす。
質問する代わりに、私は他のことを言葉にした。
「銀髪の魔女がルーカスさんを、恐らく殺しました」
頭を撫でていた手が止まる。
師匠がハッと息を呑む音がした。
「アルノーさんの本を探しています。家にある、あの本です。馬車を襲ったのも、トリス君とナナちゃんのご両親を殺したのも、あの女です」
「そう・・・か」
「あの魔女のせいで、ハルさんも群れを追い出されたんです」
ぐ、と師匠のローブが皺になるほど握りしめる。
怒りが収まらない。
私の家族だけでなく、トリス君とナナちゃん、そして、ハルさんの居場所を奪った。
さらには、ルーカスさんの命まで。
きっと、私が知らない多くの人の人生にも、銀髪の魔女は影を落としているに違いない。
アルノーさんの本を手に入れて、何をするつもりなのだろうか?
強力な融合魔法や召喚陣が載っているあの本が、銀髪の魔女の手に渡ることを考えると、ぞっとする。
「心配するな、リザ」
師匠の手が私の背中にまわる。
そっと抱きしめられる感覚に、あぁ、師匠はちゃんとここにいるんだ。という安堵が広がった。
「君にとって、あの女は許しがたい存在だろう。いつここに来るのか、不安で仕方ないのも理解できる」
私は肯定も否定もせず、じっと師匠の次の言葉を待つ。
けれども、師匠は何も言わない。
ただ、私をなだめるように背中を擦るだけだった。
師匠は何も教えてくれない。
歩み寄ることをしてくれない。
だから、私から踏み込まないといけないのだ。
そうじゃないと、師匠はどんどん手の届かない所へ行ってしまう。
「龍語」
ぽつり、と私は呟く。
師匠の身体があからさまに跳ねた。
「ハルトムートに聞いたのか?」
「はい。どうして、龍語を知っているんですか?ドラゴンに教わったんですか?」
どう答えるか悩んでいるかのように、師匠は黙りこむ。
静まり返った空間で、シオンさんとハルさんのすーすーという寝息がやけに大きく聞こえた。
「リザ」
「なんですか?」
やがて、口を開いたかと思えば、師匠は突拍子もないことを言い出す。
「もう1度だけ訊く。ご両親と共に過ごすはずだった時間を取り戻したいか?」
以前、夢魔に取り憑かれた後、師匠にはっきり答えたはずなのに。
私の言葉は、師匠に届いていなかったのだろうか。
あまりの悔しさに、師匠のローブを思い切り握りしめた。
「言いましたよね。そこに、師匠がいないなら、意味がないって」
「本当に、僕と一緒にいることで後悔しないか?」
「私は、師匠と両親なら、師匠を選びます」
きっぱりと、迷いなく言い放つ。
私の背中を擦っていた師匠の手が止まった。
そのまま、私の首元に顔を埋めるように師匠がもたれかかってくる。
そして、堪えるようにして言葉を絞り出した。
「僕は・・・僕は、君が全てを知った後で、離れていくんじゃないかと思うと、怖いんだ」
「どういう、ことですか?」
「君に隠していることが、沢山ある。何度白状しようと思ったか分からない。けど、結局言い出せないままだ」
「・・・隠し事なんて、今更じゃないですか。名前だって教えてくれないのに」
「僕が教えなくても、君にはいずれ、全てを知る時が来るんだ」
あまりに弱った声を出すものだから、私は追求することもできない。
師匠は、一体何を心配しているのだろうか?
「いずれ、全てを知る時が必ず来る」
口の中で繰り返すように、師匠が呟く。
私は何も言わずに、黙ってそれを聞く。
やがて、師匠は落ち着いたのか、私から身体を離した。
「さぁ、もう寝るんだ」
やけに強い調子でそう言い切られるが、師匠と離れるのが不安になり、私は首を横に振る。
「でも、もう日が昇ってます」
「たまには、昼頃まで寝ていても構わないさ」
師匠は私を放すと、有無を言わさず階段の方へと背中を押す。
「あの、師匠・・・」
「質問は無しだ。早く寝なさい」
師匠の表情からは何も読み取れない。
質問をしたい訳ではなかったのに。
けれど、これ以上何を言っても無駄だと悟った私は、諦めて寝室への道を辿る。
「時が、来れば」
師匠がぽつりと呟いた言葉が背中を追いかけてくる。
私は振り向かず、そのままリビングを後にした。




