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魔法使いと私  作者: りきやん
お互い歩み寄りましょう

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21

どれくらいの時間が経ったのだろうか?

一瞬が過ぎたようにも、永遠の時間が経ったようにも思える。

恐怖からか、驚くほどに時間の感覚が曖昧になっていた。

爆発音がしたっきり、恐ろしいくらいに外は静まり返っている。

極力抑えているにも関わらず、自分の呼吸音がやけに大きく聞こえた。


ハルさんは、大丈夫だろうか?

いくら、スノウに魔力を回復してもらったからと言って、病み上がりと同じ状態だろう。

2人が呪文を飛ばしていたところを見たが、恐らく力は互角。

そうなれば、コンディションが良い方が勝つに決っている。

師匠が帰ってくれば、絶対に負けないのに。

不安に震えている手を組み、自分を落ち着かせようと、細く長く深呼吸をした時だった。

がん、と乱暴な音がしてから、無遠慮な足音が響く。

ハルさんでも、師匠でもない。ましてや、シオンさんとも違う。

呼吸が止まり、身体が硬直する。


「くっそ、いってぇな・・・。ハルの野郎・・・。結界を解く分の魔力がありゃ、瞬殺だったのによ・・・」


緊張で喉がカラカラに乾いて、冷や汗が吹き出す。

乱暴な物言いが、くすんだ赤い色を思い出させる。

私の記憶に間違いがなければ、この声はベルントのものだ。

どうか見つからないように、と強く目を瞑った時だった。


「煌めく明星、導け天道、切り裂け暗雲!」


途端に聞こえてきた詠唱に、私は背筋が凍る思いがする。

ガタガタッ、と何かが崩れ落ちる派手な音。


「てめぇ・・・この、こそ泥野郎!」

「誰がこそ泥や!このストーカー野郎!」


割れる音、崩れる音、壊れる音。

響いてくる音に、私は怖くなって身をすくませる。

どうして、シオンさんはベルントに攻撃したりしたの?

隠れたままなら、見つからなかったかもしれないのに。


「こっちや!赤いの!」

「ちょこまかと・・・!」

「なんや、ついて来れへんのか?」


声を聞く限りでは、シオンさんが優勢のようだ。

そのことに少しホッとしながらも、私は自分がどうするか考える。

このまま、ここに隠れていていいの?

けれども、出て行ったからといって、シオンさんの力になれるはずもない。

足手まといになるだけだ。

それに、ハルさんはどうしたのだろう?

ベルントがここまで来たということは、もしかしたら、彼は・・・。

ぎゅ、と膝に額を押し付ける。

どうして、私は何も役に立てないのだろう?

魔法は上手く使えないし、今だって、シオンさんは戦っているのに、自分は隠れていることしかできない。


「とろいやっちゃな。飽きてきたで」

「大地に宿りし巡る命よ、芽吹きの祝福を与え賜え!」


拘束呪文だ、と認識すると同時に体に何かが巻き付く。

驚いて手放したスノウの体が、狭い空間の中でふわりと宙に浮いた。


「なんや?ヴァンパイアのくせに、魔法も満足に使えへんのか?」

「はっ、馬鹿が」


体に巻き付いたツタが、ぐ、と締まる。

遠慮なく締められる力に、思わずうめき声が零れた。


「その棚の中にいるんだろ?気づかないとでも思ったか?てめぇは引き離すのに必死だったみたいだけどな」

「なっ・・・!」

「隠匿の魔法を掛けたのが間違いだったな。あいつの魔力が俺に分からないと思ったか?」


私を隠していたはずの扉が、乱暴に開かれる。

急に明るくなった視界に、思わず目を細めれば、その間に机の下から引きずり出され、床に投げ出された。

受け身を取れない身体は、床に頭をぶつけ、目の前に火が飛んだように視界がちかちかする。


「その子に手ぇ出すな!」

「へぇ、お前の女か?」


突っ込んで来たシオンさんを、ベルントは軽く避けると容赦なく左腕の包帯の部分を掴みにかかる。

そして、痛みに剣を取り落としたところで、躊躇うことなく蹴りが入った。

そのまま跳ね飛ばされて、本棚に身体を打ち付けたシオンさんは意識を失ったようにずるずると床に倒れ込む。

その上に、沢山の本が容赦なくバサバサと落ちてきた。


「シオンさん!」

「どっち見てんだ?あ?」

「いっ・・・!」


ぶちぶち、と髪が数本抜ける痛みと、転がった体勢からいきなり上体を持ち上げられて、息が詰まる。

ベルントはそれを見て、げらげらと耳障りな笑い声をあげて笑っている。

そして、前髪を掴んでいた手を放され、姿勢を保てない私は重力に従って、床に頭をぶつけた。

痛みのせいで、うっすらと涙が浮かびそうになったけれど、師匠に本で叩かれた時の方がもっと痛いと言い聞かせて、ぐっと我慢する。

頭上では、ピィピィ!とスノウが騒ぎ立て、手を出すなと警告していたけれど、ベルントは意にも介さない。

私は上体を捻ると、本の中に埋もれているシオンさんに叫びかけた。


「シオンさん!シオンさん、しっかりしてください!」

「目が覚めたときに、自分の女が俺のもんになってたら、どう思うかねぇ?」


くくっ、と喉の奥で笑うと、ベルントは舌なめずりをする。

怖くなった私は身を引くが、ツタで縛られた身体では動ける範囲などたかが知れている。

そして、ベルントが私の身体の上に馬乗りになった瞬間に、普段の温厚な姿からは考えられないほど攻撃的にスノウが彼の頭や目を突こうと飛び回り始めた。

けれども、ヴァンパイアにそんな攻撃が効くはずも無く、ベルントは眉を顰めただけで、鬱陶しそうにスノウを睨む。

そして、躊躇いもなく彼女に手をあげて、床に叩き付けた。


「スノウ!」


悲鳴に近い声をあげて、私は力なく床に這いつくばるスノウに手を伸ばそうと躍起になる。

けれども、拘束された腕はぴくりとも動かない。


「絶たれし息吹よ、再び繋がれ!」


なんとか、彼女を回復させようと声の限りに叫び声をあげるが、こんな時でも私の呪文は成功しない。

シオンさんの時は、完全とは行かなくても、ほんの少しの効果はあったのに。


「絶たれし息吹よ、再び繋がれ!」


何度も、何度も、詠唱を続けても、スノウの身体に一瞬光が浮かぶだけで、彼女が再び動きだすことは無かった。

あまりの悔しさに、痛いくらいに唇を噛む。

スノウは身を挺して私を守ろうとしてくれたのに、私は何も出来ないの?


「これだから、人間ってのは低俗なんだよ。治癒魔法1つ満足に使えないなんて、笑うしかないよなぁ?」


ぐぃ、と顎を掴まれて無理やり正面を向かされる。

嘲笑を浮かべたベルントと目が合うが、私の中で、恐怖よりも怒りが勝った。


「うるさい!シオンさんとスノウにあんな酷いことして!許さないんだから!それに、ハルさんだって・・・!」

「その格好で言われてもねぇ?」


ベルントは、にやにやと笑みを浮かべると、そのままの首筋に顔を埋める。

噛まれる、と自覚し身体を強ばらせたが、走ったのは痛みではなく、ぬめりとした生暖かい感触だった。


「ひぅっ・・・!」


予想しなかった感覚に、思わず声が漏れる。

耳元でベルントが小さく笑う声が聞こえた。


「いいねぇ。やっぱ、血飲むなら女に限るよな」

「っ・・・!紅蓮の炎よ、我が命に従い吹荒べ!鋭利なる風よ、我が命に従い切り裂け!大地に宿りし巡る命よ、芽吹きの祝福を与え賜え!」


知っている呪文を片っ端から唱えるが、全て中途半端に終わってしまう。

炎は床に小さな焦げ目をつけ、風はベルントの髪を数本切り裂き、ツタはその芽を生やしてすぐに枯れていった。

無駄な抵抗でしかない私の呪文を見て、堪えられなくなったのか、ベルントは笑い声をあげる。


「随分と可愛い呪文を使うな?え?」

「離して!」

「はいはい、黙ろうか?いい子にしてりゃぁ、可愛がってやってもいいんだぜ?」

「やだっ!」


身を捩り、ベルントの手から逃れようともがく。

その瞬間、視界が真っ暗になった。

こんな時に同調するなんて、と現実から離れて行く意識をなんとか元に戻そうとするけれど、私はこの力のコントロールを上手くできない。

やがて、視界に広がるのは、無骨な石に覆われた一室。

どう見ても、地下牢もしくは尋問部屋にしか見えない。

以前よりも更に鮮明になった景色の中に、私は床に転がるいくつもの影を見つける。

そして、その中心に佇む水色の髪の長身の青年。


『ハル・・・てめぇ・・・』


顔は見えない。

けれども、あの赤い髪の人影は、間違いなくベルントだろう。


『違う・・・私がやったんじゃないんです、ベルント』

『違うも何も、お前の他に誰がこんなことするってんだ?あ?』

『私がここに来たときにはすでに・・・』

『嘘つくんじゃねぇ。大方、ここで飼い殺しにされてる人間どもに同情でもしたんだろ?』


ピクリとも動かない床に転がる影。

それの正体が何だったのか気づいて、私は思わず口元を手で覆った。


『誓って、私ではありません』

『俺たちの仲間が大事な食糧をダメにするわけないだろうが!それとも、他の群れの奴らが来たってか?侵入に気付かない訳ないだろが!』

『ヴァンパイアではありません。彼女は・・・おそらく人間でしょう』

『どうせ、あの変な訛りのこそ泥野郎みたいに、お前が手引きしたんだろ?!』

『信じてもらえないのは百も承知です。この件で、私は群れを追い出されることになるでしょう。でも、これだけは忠告しておきます』


景色が、遠のいて行く。

声が離れて行く。


『銀髪の魔女を見かけたら、すぐにお逃げなさい』


けれども、ハルさんの忠告だけは聞き逃さなかった。

彼は言った。

銀髪の魔女、と。


視界いっぱいに師匠の部屋の床が広がった。

先ほどぶつけた頭が、がんがんと響くように痛みを訴えている。


「ぎんぱつの・・・まじょ・・・」


ぐるるる、と低く唸る魔物の声。

立ち籠める異臭。

あたりに散らばる、無惨な肉塊。

妖艶な姿の女性。

そして、獲物を狙う蛇のように鋭く光る、真っ赤な双眸。

一瞬にしてフラッシュバックしたその映像に、怒りで視界が真っ白に染まった。

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新作「グレーテルと悪魔の契約
ちょい甘コメディファンタジーです。
よろしくお願いします〜!
by りきやん

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