20
「リザちゃん、どっかに隠れとき」
いつものへらへらした笑みを消して、シオンさんが私にそう告げる。
その言葉に従うべきか、判断できずにハルさんに視線をやれば、彼も大きく頷いた。
「そうですね。私が家の外を見張るので、シオンとリザは中で待機していてください」
「なっ・・・1人で行くつもりかいな」
「心配しないでください。こういう言い方はしたくないですが、人間である、あなたたちが行くよりは生存率は高いでしょうから」
「そないなこと言うても、あの赤毛はお前を殺しに来たんやろ?仲間やからって、見逃してくれるとは思えへんけど」
ハルさんは曖昧な笑みを浮かべると、静かに首を横に振る。
「お師匠さんの助けが無い以上、私は遠慮なく魔法を使わないといけないでしょう。近くに2人がいたら、ベルントだけでなく、私も何をするか分かりません」
私とシオンさんは反論の言葉を失くす。
ヴァンパイアの魔力が枯渇したときに、一番早く補給できる方法は「吸血」だ。
ギリギリの状況下で近くに人間がいたならば、手を出すなという方が無理な相談だろう。
黙り込んだ私たちに、ハルさんは笑みを浮かべた。
「私が外に出ます。異論はありませんね?」
首を縦に振ることも、横に振ることもできない。
じっと黙ったままでいるのはシオンさんも同じのようだ。
けれども、ハルはそれを肯定だと受け取ったようで、話を進めて行く。
「あなたたちは、お師匠さんの部屋に隠れてください。あそこには、いろいろな魔法具が置いてあるみたいなので、気配も隠しやすいでしょう」
「あれ?ハルさん、師匠の部屋に入ったことありましたっけ?」
「入らなくても分かります。あの部屋には、様々なものが蠢いている気配が常にしていますから」
ハルさんはそう言うと、私とシオンさんの頭の上にぽん、と手を置く。
「5の隠を纏い欺くことを良しとする者、彼の者に最大の祝福を与えん」
す、と全身をふわりとした空気が走った気がする。
けれども、それ以外は何か変わった感じがしない。
シオンさんも、訳が分からないようで、自分の身体をまじまじと見つめている。
「何したんや?」
「隠匿の呪文です。相手の目にあなたたちが映らない限り、気配のみで見つかる確率はぐっと減るでしょう」
「へー、そないな便利な呪文もあるんやな」
「敵から隠れてやり過ごすときしか使えませんけどね。それに、万能ではありませんから、下手すれば見つかる可能性もあります」
「下手すればて、随分、はっきりしない魔法やな」
「気休め程度ですから。2人とも、何があっても出てきてはいけませんよ」
ハルさんにそう釘を刺されて、私は神妙に頷く。
そして、ハルさんの視線を背に受けながら、シオンさんと一緒に師匠の部屋へと足を向ける。
けれども、ピュイ、と鳴いて私の頭の上に収まったスノウを見て、ハルさんが待ったをかけた。
「一応、スノウにも掛けておきましょう」
ハルさんは人差し指をそっとスノウの頭の上に乗せる。
普段は、人に触られるのを好まないスノウも、このときばかりは状況が分かっているのか大人しくしていた。
スノウにも魔法を掛け終わると、それじゃぁ、と言ってハルさんは玄関へと向かう。
私とシオンさんも、師匠の部屋に隠れるべく、ハルさんとは反対の方向に足を向けた。
階段の隣、半地下になっている場所にあるドアを開ければ、そこはいつも通りの師匠の部屋。
無断で踏み込むのには抵抗があったが、さすがに緊急事態であるこの状況なら師匠も許してくれるだろう。
「隠れる言うても、どないしような」
床に散乱している本を踏まないように、ひょいひょいと避けながらシオンさんが部屋の中を見回す。
けれども、身を隠せるようなタンスもクローゼットもここにはない。
側面が椅子を入れる場所以外覆われているデスクがあるけれども、この下に2人隠れるのは厳しそうだ。
そもそも、椅子のある側にまわられたら、すぐに見つかってしまう。
「お、リザちゃんはここがええな」
魔法具が置いてある棚の下、観音開きになる場所がひとつだけあった。
シオンさんは乱暴に中身を取り出すと、本が散乱しているところに手早く押しやる。
「シオンさんはどうするんですか?」
「俺は1人でもそんな狭いところ入れへんからなー」
確かに、師匠より背が低いとはいえ、シオンさんだって男の人だ。
ここに入るのは厳しいだろう。
そもそも、この場所は私だけでいっぱいいっぱいだ。
「とりあえず、リザちゃんは先に隠れとき」
ぐいぐいと背中を押されて、スノウと一緒に棚の中に追いやられる。
せめて、シオンさんが隠れる場所を見つけてから、と思い顔を覗かせようとしたら、容赦なく扉を閉められた。
「ちょ、シオンさん!」
「なんやねん。大人しくせぇへんと、見つかるで」
「でも、シオンさんはどうするんですか?」
「平気やて。天井裏にでも隠れとくわ」
「本当ですか?隠れる場所、ちゃんとありますよね?」
「心配性やなー。本棚の上に乗って裏に回る。俺の身軽さ知っとるやろ?」
そう言われて、本棚の上に軽々飛び乗って天井板をはがすシオンさんの姿が頭に思い浮かぶ。
それが、あまりにも簡単に想像出来たので、私はほっと胸を撫で下ろした。
「分かりました。天井裏ですね」
「せや。分かったら、大人しくええ子にしとき」
木の板を1枚、隔てた場所から、シオンさんが離れる気配がした。
私は改めて体育座りに体勢を直すと、今いる場所を確認する。
四方を壁に囲まれて真っ暗になってしまったが、スノウのぼんやりとした青い薄明かりのおかげで自分の身体くらいは見ることができた。
この扉を開けられない限り、見つかることはないだろう。
頭から手の上に移ってきたスノウをそっと撫でながら、外の音に聞き耳を立てていると、爆発音がして家が大きく揺れる。
思わず零れそうになった悲鳴を飲み込み、手の中にいるスノウを抱いてじっと息を殺した。




