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いつもはそれなりに広く感じる家でも、さすがに大の男が3人もいると狭苦しくて仕方が無い。
客間なんてものは存在しないので、シオンさんとハルさんは、リビングのソファと床に毎晩交代で寝ることになった。
けれども、そんな場所ではゆっくり身体を休める事も出来ないだろう。
「シオンさん、ソファか床で寝るなんて辛くないですか?」
「んー?野宿するより全然快適やでー」
「でも、せっかくお客さんとして来てるのに。何なら、私のベッド・・・むぐ。」
続く言葉はシオンさんに光の速さで口を塞がれたため、発することが出来なかった。
何するんですか、という意を込めてぺちぺちと手の甲を叩けば、シオンさんは焦ったようにきょろきょろと辺りを見回す。
やがて、見回すことに満足したのか、ほっと息をついて私の口元から手を話すと、こそこそと耳元で囁いて来た。
「ええか?絶対の絶対のぜぇーったいに、旦那の前でそないなこと言うたらあかんで?」
「なんでですか?」
「なんでもや。だいたいなぁ、女の子のベッドに男が寝るっちゅーのは体裁が悪い・・・いや、ほんまは大歓迎やけど」
「トリス君も私のベッドで寝てましたよ?」
「あいつは子供やろ?俺は大人。ハルに至ってはジジィやで?」
「ハルさんが?あんなに綺麗なのに、そんな訳・・・」
「ああ見えて100年は生きとるからな」
シオンさんの言葉に私は絶句してしまう。
あ、でも、師匠の方が長生きかも。
そういえば、時魔法で師匠が若返っていたということをシオンさんに教えてあげようと思っていたのだった。
それを思い出して、口に出そうとすれば、後ろから急に体重を掛けられて、前のめりになった。
「わぁ!」
「2人で何のお話ですか?」
さらり、と視界に水色の髪が垂れてくる。
首筋をくすぐるように触れるそれに、私は思わず身を捩った。
「ハ、ハルさん!くすぐったい!」
「え?あぁ、ごめんなさい」
言いながら、ぎゅー、と更に力を入れたハルさんに、私は苦笑いするしかない。
正面ではシオンさんが口元を引き攣らせていた。
「旦那にそれ見られたら、お前の首飛ぶで」
「なぜですか?」
「そりゃぁな、リザちゃんが可愛ええ言うのはとぉっても良く分かるけどな」
「可愛いんだから、愛でればいいんです。ね?リザ?」
「えっ・・・?」
急に話を振られて、私は曖昧に笑うことしかできない。
っていうか、2人とも、可愛いとかどうしてそう惜しげもなく口にできるのだろうか?
私だって2人のことは格好良いと思うけれど、口が裂けても恥ずかしくてそんなこと言えないのに。
「せやせや、お前が100年生きとるっちゅー話をしとったんや」
あっさりと話題を変えたシオンさんに、私はほっとしつつ話に便乗する。
「全然見えませんね。高めに年齢を見積もっても20代後半くらいなのに」
「ヴァンパイア族は長生きですから。私なんて、まだまだ若造ですよ」
「ヴァンパイアの寿命ってどうなってるんですか?」
「平均は300年くらいですかね。全うに生きていれば、あと200年は余命がありますよ」
ほえー、とシオンさんが驚きの声を上げている。
私ももちろん、驚いたけれども、きっと、シオンさんとは別の意味の驚きだ。
比較的長寿のヴァンパイアで300年なのに、師匠は500年と来た。
今まで師匠がすごい人だとは知っていたけれど、改めて思い知らされたような気がする。
エルフやドラゴンは、1000年生きると言われているけれど、師匠はすでにその半分を元気に過ごしていることになる。
「ハルさん、人間が500年生きてるってやっぱり凄いことですよね?」
「それは、えーと・・・」
いつもなら、淀みなく話すハルさんが、言葉を濁す。
「すごい、というか本当に人間ですか・・・?」
「やっぱり師匠は化け物なんだ」
「ちょぉ、待っ・・・え?旦那って500年も生きとるん?」
こくりと頷けば、シオンさんは信じられないとでも言うように目を剥く。
ハルさんは、私にもたれたまま、耳元でうーん、と小さく唸った。
「たぶん、時魔法で1日の身体の時間を巻き戻してるんじゃないですかね?」
「時魔法を使えるだけでもすごいのに、記憶を保持したまま、身体の時間だけ巻き戻すなんて芸当・・・出来るんですか?」
「あー・・・水と光魔法で虹の花とか作っちゃうような人なので、魔法のコントロールは完璧だと思います」
私からしてみれば、あまり不思議に思わないことでも、2人からしたら驚くべきことのようだ。
特に深く考えたこともなかったけれど、やはり師匠はすごい人なんだな。
「ところでハルさん、そろそろ本当に重いのですが・・・」
相変わらず私にもたれかかっている彼にそう告げれば、慌てたように離れる。
「あ、ごめんなさっ・・・わっ!」
勢い余ったのか、ふらついたのか分からないが、ハルさんはそのまま壁に頭をぶつける。
小さく呻きながら頭を抑えて蹲る彼に驚いたのは私とシオンさんだった。
「大丈夫ですか?!」
「おっちょこちょいやなぁ。何やっとんねん」
「いえ、少し目眩がしてしまいまして・・・」
そう言われてみれば、白い肌が若干青ざめて見えるような気がする。
私はハルさんに手を貸して、ゆっくりと立ち上がらせた。
すみません、と小さく謝りながら、ハルさんはぶつけた箇所をさすっている。
「うーん・・・魔力を使いすぎましたかね」
「魔力?」
「えぇ。こんなに消費したのはいつぶりでしょうか・・・」
まるで独り言のようにハルさんは呟くと、頭を軽く振って笑顔を浮かべる。
「まぁ、問題ないでしょう。すぐ良くなります」
「それなら、いいんですけど・・・」
「無理せんで、ソファにでも寝とき」
シオンさんに全面的に賛成だ。
私はハルさんを休ませてあげようと、手を引いてソファまで連れて行こうとするが、それよりも先にぎゅ、と抱きしめられた。
一瞬、何が起きたのか良く分からなくて、私の身体がぴしりと固まる。
けれども、現状を理解した瞬間、顔に熱が集中した。
「ちょ、え、ハルさん!何やってるんですか!」
「リザは優しくて、良い子ですね」
「ありがとうございます・・・?」
褒められるのは嬉しいけれど、この体勢はちょっと頂けない。
引き剥がそうと抵抗するが、ハルさんはびくともしなかった。
仕方なく、横にいるシオンさんに助けを求めるが、自分は関係無いとばかりに引き攣った顔で、そっぽを向いている。
「シオンさん!」
「あーあー、俺は何も見てへん。知らへん。旦那に怒られるんはハルだけや」
「誰が誰に怒られるって?」
しゅるる、と音がしたかと思うと、強い力で後ろに引っ張られる。
バランスを崩して後ろに倒れ込めば、ぽすり、と誰かに受け止められた。
言わずもがな、師匠だ。
私の身体に巻き付いたツタは、役目を終えて大人しく床下へと消えていった。
「お師匠さん、ずるいです。私がリザを抱きしめていたのに」
「くたばれ」
唇を尖らせているハルさんに、師匠はそう凄むと、私の腕を引いてリビングから離れる。
これは怒られそうだと察した私は、慌てて弁解をする。
「師匠!私は悪くないです!ハルさんが勝手に抱きついてきたんです!」
「あ、リザ、酷いですね。私を売るんですか?」
「事実じゃないですかー!」
ずるずると引きずられて、私が連れて行かれた後、リビングにはシオンさんとハルさんだけが取り残される。
「あーあ、可哀想に。リザちゃんも大変やなぁ」
「お師匠さんは過保護ですね。ちょっと抱きついただけじゃないですか」
「大事な娘を目の前で誑かされて黙ってられるかいな」
「そんなもんですかねぇ?・・・さて」
「ん?なんや?フードなんか被って。出掛けるんか?」
「お師匠さんに怒られないように、少し外で時間をつぶしてきます」
「お日さんに当たらんように、気ぃつけや」
そんな会話が成されていた事を、私が知るはずも無い。




