15
結局、暗い森の中にいつまでも突っ立っている訳にはいかず、シオンさんとハルさんを家に上げることになった。
師匠はいつにも増して眉間に深い皺を刻んでいたけれど、今回ばかりは仕方ないと折れたようだ。
「旦那の家に上がるのは2回目やなぁ」
感慨深そうにシオンさんは呟いてから、颯爽とソファに身を沈めている。
そこは師匠のお気に入りの場所なのに、と思いつつも私は苦笑するだけでとどめる。
ハルさんは身の置き場がないらしく、シオンさんの近くに立ったまま佇んでいた。
「えっと、まずは、何から説明すれば良いですかね・・・」
困ったように首を傾げながら、ハルさんが笑う。
師匠はダイニングの椅子に身を預けながら、そんな彼を一睨みした。
「まぁまぁ。とりあえず、ハルのこと紹介せなあかんな」
シオンさんはへらへらと笑うと、そんな2人を仲介する。
私は紅茶を淹れながら、耳を傾けた。
「こいつ、ハルトムートな。えらい前に、旦那にヴァンパイアの本売ったことあったやろ?」
師匠は小さく頷くと、先を促す。
「あの本手に入れた時に助けてやったんが、こいつやねん」
「リザの言っていたことは、正しかったのか」
「え、師匠、私のこと疑ってたんですか?」
割と真剣に取り合ってくれてたと思っていたのに、少しショックだ。
そんな中、淹れ終わった紅茶を各人に手渡せば、師匠以外はお礼を言ってくれる。
せっかくお茶を淹れても、当たり前のように受け取られるのは面白くない。
不満を顔に現しながら師匠に視線を向ければ、小さく頭を小突かれた。
「シオンから聞いてるなら話は早いですね。端的に説明してしまえば、ちょっと事件があって、群れを追い出されたんです」
にこりと笑みを浮かべて、ハルさんはそう告げる。
何でもないことのように言っているけれど、実はとても大変なことなんじゃないだろうか。
「リザには話しましたが、追い出された後、人間の元に下りてきたのは良いものの、生活様式が分からなくて・・・。それで、シオンを頼ろうと思って探していたんです」
「あのヴァンパイアは、どうしてお前を狙っていたんだ?」
「追放だけで良し、とした仲間がほとんどだったのですが、彼だけは私を灰に還すまで許さないつもりのようです」
「一体何をやらかしたんだ、お前は」
呆れたように半眼になった師匠に、ハルさんは笑って誤摩化した。
肝心な部分を答えようとしないハルさんに、師匠はそれ以上はもう何も聞くことはないのか、今度はシオンさんへと向き直る。
「で?お前は何でこの時期にこっちに来たんだ?いつもは春先にならないと来ないだろう?」
「何でも何も、手紙出したやん」
「手紙?」
師匠と顔を見合わせて、そして、思い出した。
「あ。あの計算用紙・・・」
「は?計算用紙?」
「トリスたちを迎えに来るよりも前に送って来た手紙だろう?計算用紙しか入ってなかったぞ」
シオンさんはあちゃー、と額に手を当てて大げさにのけぞる。
「やってしもた。大した内容やないんやけど、アリーセんとこに戻ったときにな、春は孤児院で魔法具について子供たちに教えたってくれ、頼まれて。ちょっと旅の周期を変えることにしたんや」
「アリーセの一言で、ころりと変わるのは昔から変わらないな?」
意地悪く口角を上げた師匠に、シオンさんは少し頬を染めてごほん、とわざとらしく咳払いをする。
「と、とにかく!話、戻すで。たまたま、あの街でハルと鉢合わせしてな」
「リザが教えてくれた通り、宿を取ろうとしたところに、丁度シオンが来たんですよ」
「で、感動の再会に涙流して喜んどったら、何の因果かベルントまで来よって、街中でところ構わず魔法使うもんやから、森まで逃げて来たっちゅー訳や」
後は見ての通りやで、とシオンさんは締めくくる。
「どうしてベルントがシオンさんを襲うんですか?あの人が狙ってるのはハルさんなんじゃ・・・?」
「あれや。前にハルを助けたときに、ちょーっとした因縁つけられてな」
「因縁?」
「返り討ちにしたったら、恨まれてもうた」
へらへらと笑ってそれ以上は何も言わないシオンさんに、師匠は肩を竦めた。
返り討ち、っていうことは、もしかして、助けるまでもなく勝てたのだろうか?
シオンさんの実力がいまいち分からないが、以前、ヴァンパイアの城から無事に出て来たみたいだし。
素性話が一段落したところで、ソファでくつろいでいたシオンさんが話題を変える。
「なぁ、旦那」
「嫌だ」
「まだ何も言うてへんやろ!」
「どうせ録でもない事を言い出すに決まっている」
「そんなことあらへん!むっちゃええ提案!」
シオンさんはビシリと人差し指を突き立てると高らかに宣言する。
「俺とハルをしばらくの間、匿ってくれへんか!」
「却下」
当たり前のように返された返事に、シオンさんは冷たいだの薄情だのと師匠を罵るが、師匠は全く意に介していない様子だ。
勝手にしろと言わんばかりに明後日の方向を向いている。
「えっと、その、ハルさん」
大人しく成り行きを見守っていた彼に、そっと声を掛けてみれば、何ですか?と柔和な笑みと共にこちらを振り返る。
「あのベルント・・・?っていう、ヴァンパイア。シオンさんとハルさんの2人掛かりなら倒せるんですか?」
「どうでしょう。負けはしませんが、勝ちもしないでしょうね」
「互角ってことですか?」
「シオンは返り討ち、なんて言っていましたが、正確には逃げた。という表現が正しいでしょうね。まともに戦ったら、敵わないと思います。それに・・・」
ハルさんは言葉を切って、言うか言うまいか迷った素振りを見せる。
私が促すように首を傾げれば、彼は再び口を開いた。
「ベルントは執念深いんです。今回の件で、あなたたちも目をつけられたかもしれません」
「それなら、やっぱりみんなで一緒にいた方が安全ですよね」
「そう思いますが、ここは私とシオンの家では無いので。あなたたちの決定に従いますよ」
ハルさんはそう言うと口を噤む。
眉尻を下げて困った表情を浮かべるハルさんに、私は少しばかり同情してしまう。
いくら思想が違ったからとは言え、今まで住んでいた場所を追い出されたのだ。
きっと、ここまで来るのに相当な体力と気力を消費してしまったに違いない。
やっとシオンさんと再会出来た今、ゆっくり休みたいところだろう。
2人の部屋の確保やら何やら大変なことは多いけれど、トリス君とナナちゃんだって一時期は一緒に住んでいたのだ。
きっと何とかなる。
「ねぇ、師匠」
シオンさんの喚き声を風のごとく右から左へと受け流している師匠に声を掛ける。
ちらり、と視線を落として、何だ?と問いかけて来た。
一応、私の話は聞いてくれるようだ。
「シオンさんとハルさん、泊めてあげましょうよ」
「君までそんなことを言い出すのか」
「だって、2人とも疲れてるだろうし・・・。それに、あのヴァンパイア、もしかしたらまた襲ってくるかもって、ハルさんが」
「その可能性はあるだろうな」
「それなら・・・!」
「僕1人で十分追い返せるが?」
ふん、と鼻で笑われて、私は言葉に詰まる。
そうだった。師匠がいれば、怖いもの知らずなのだ。
けれども、もし、今ここで2人を追い出して、シオンさんとハルさんだけで、あのヴァンパイアと戦うことになったら。
「やっぱり、泊めてあげましょう」
「何がどうなって、やっぱり、なのか僕には分からないんだが」
「ほら、その、ハルさんは元々知り合いだったみたいだし、弱点とか知ってるかも!」
ね?と駄目押ししてみるが、師匠は不機嫌そうに眉根を寄せただけで答えない。
先程まで喚いていたシオンさんも、はらはらした様子でこちらを伺っている。
ハルさんも、大人しくこちらに視線を向けていた。
3人の視線を浴びても、師匠は微動だにしない。
息を詰めて見守っていれば、やっとのことで師匠が口を開く。
「・・・条件がある」
「なんぼや?なんぼ払えばええ?」
すぐ飛びついたシオンさんに、師匠は肩を竦める。
「生憎、金には困っていない。ここに泊まる代わりに、シオンは労働力を。ハルトムートは髪の毛を提供しろ」
あぁ、確かにヴァンパイアの髪の毛は貴重だもの。
これがあれば、良い薬や魔法具を作ることができる。
てっきり、より貴重な歯でも要求するかと思えば、師匠も意外と優しいところがあるものだ。
「髪で良いのですか?必要なら、目でも何でも提供しますよ?」
「よっしゃ!体力だけは誰にも負けへんで!」
ハルさんがさらっと恐ろしいことを言ってのけてるのを他所に、シオンさんは腕まくりをして意気込んでいる。
師匠は呆れたようにため息をついたと思ったら、直ぐさま意地悪そうに口角を釣り上げた。
「ハルトムートは、髪の毛だけで十分だ。それと、シオン。お前に関しては、アリーセの所とは比べ物にならないくらい、こき使ってやるからな」
「え・・・え?あれ以上こき使われたら、俺、息絶えるで・・・?」
さっと顔を青くしたシオンさんに、師匠は機嫌良さそうに笑みを浮かべて、部屋へと戻って行く。
その背を見送りながら、ハルさんが首を傾げた。
「お師匠さん、最初と随分、しゃべり方や態度が違いますね?」
「あー・・・それは、猫を被ってたからですね」
すごいですねー、と暢気に感心しているハルさんを尻目に、私はシオンさんと苦笑を零すしか無かった。




