09
「あ、見つかったの?」
もうすぐ夕暮れ。
外は温かい昼の陽気から、だんだんと夜の冷たさへと変化している時間だった。
こういうの、黄昏時っていうのかな?
ちゃんと帰って来てくれた小鳥さんに、お礼のパン屑をあげようと手の平に乗せ差し出すが、その子は見向きもせず、私の周りを飛び回るばかり。
なんだろう、様子がおかしい。
「ねぇ、どうしたの?もしかして、師匠に何かあったの?」
私の問いかけに答えるように、小鳥はピッ!と鳴くと、私の袖をくちばしに挟み、外に連れ出そうとする。
その尋常でない行動に、私の頭の中に恐ろしい想像が浮かんだ。
師匠が血塗れになって倒れている図が、お腹に穴が開いて、今度こそ力尽きている様子が・・・。
嘘だ、と喉元まで出かかって、私はそれを否定した。
この子たちは、嘘なんかつかない。
何もなければ、きっとお礼に渡したパン屑を今食べてるはずだもの。
「ちょっと待ってね!用意してくるから!」
私は壁に引っ掛けてある外套を手に取り、袖を通す。
それから、玄関に引っかかってるカンテラを掴むと、青い小鳥と共に、外に飛び出した。
森のざわめきが、いつもと違う。
その音を聞いて怖い、と思うことはよくあるけど、今はどちらかというと、急かされているような気がした。
早く、早く、と森が囁いているみたい。
私を先導してくれている小鳥は、どうやら普通の鳥ではなかったようで、暗闇の中で青白く輝いている。
もしかすると、魔物の一種だったのかもしれない。
そりゃ、私も一応勉強してるけど、これだけ普通の動物と似ていると判別なんかつかない。
魔物だからと言って、あの子に害を加えられた訳じゃないから別に気にならないけど。
「ねぇ、どんどん深くなってるけど、大丈夫?」
私の問いに、小鳥はピュイ!と一声鳴く。
大丈夫、と言ってるのだろうか?
カンテラは一応持っているけれど、こんな真っ暗な森の中で凶暴な魔物に出会ったらひとたまりもない。
私では魔物を退治できないのだから。
走って、走って、ぜぇぜぇと呼吸が限界まで苦しくなってきた頃に、突然、森から開けた広場に出た。
「わっ・・・!」
そこだけ、ぽっかり穴が開いたように空が見えていて、満天の星空が顔を覗かせている。
満月の光が、広場を照らすように注ぎ込まれているその情景に、思わず見とれてしまった。
中央には、まるで、祭壇を形造るように石が敷き詰められている。
かなり広いようだ。軽く師匠の家を飲み込むくらいの広さはある。
なんだろう、儀式でも行う場所だろうか?
よくある話だ。人間だけでなく、魔物だって儀式を行ったりする。
私がそんなことを考えているうちに、小鳥は止まることなく祭壇まで飛んで行く。
そして、そこで円を描くように旋回した。
「誰か、いるの?」
私は小鳥が旋回している場所まで、走る。
夜目が利くわけではないが、そこに人が倒れていることくらいは視認できた。
目を細めれば、その髪が見慣れた深緑色をしていることに気づき、息が詰まる。
「師匠!」
疑いようがない、いつも私の隣にいるその姿。
嫌だ、信じない、信じたくない。
だって、お腹に穴が開いてても平気で立ってた人だよ?
その人が、どうして、今、こんなに、青白い顔で、倒れてるの?
見た事もないくらい、蒼白なその色に、私の手がぶるぶると震えるのが分かった。
「し、ししょう・・・うそ、うそだよね?生きてるよね?」
そっとその手に触れてみれば、自分の手が冷たすぎて、師匠の手が冷たいのかどうかさっぱり分からない。
幸い目に見えて酷い外傷はないけれど、それでも、魔法による攻撃であれば傷をつけずに相手の命を奪うことは簡単にできる。
私は意を決すると、そっと自分の耳を師匠の左胸に当ててみる。
とくん、とくん。
小さいながらも、その音はしっかり聞こえてきた。
良かった!生きてる!
「師匠、帰りましょう!私、運びますから、家まで一緒に帰りましょう!」
涙が出て来た。自分はなんて、馬鹿なんだろう。
師匠だって人間なんだ。いつかは、死んでしまうかもしれない。
どうして、朝になった時点で探しに行かなかったんだろう。
「君は馬鹿だな」って罵られて、笑われるだけで済んだかもしれないのに。
師匠を起こそうと、私は彼の腕を肩にかける。
けれど、長身の師匠を持ち上げるには、私の力では足りない。
小鳥は未だに私たちの上で旋回を続ける。
あの子に頼んで、シオンさんでも呼んで来てもらおうか、と思ったときだった。
どん、と地響きがして、祭壇から黒い蒸気が吹き出す。
「わっ!」
思わず師匠を抱きしめながら、私は目を瞑る。
頭上で、小鳥が警戒するかのように長くさえずった。
「な、なに?」
蒸気はやがて一点に集まり、影の塊のようになる。
その塊はだんだんと人形をとるようになり、その中心部に円のようなものが描かれている。
その段階になって、ハッとした。
影の中の円は魔法陣だ。
自らの身体に魔法陣が刻んである魔物など存在しない。
魔法陣があるということは、人為的に作られたもの。
つまり、誰かがこの場所を守るために作った存在。
「ガーディアン!」
侵入者には問答無用で攻撃して来るそれは、私の話なんか聞いてくれるはずもない。
今や、はっきりと姿を現したそれは、無情にも目の前にも立ちはだかったのだった。




