14
暗い森の中をスノウの薄らと光る身体を目印に前へと進んで行く。
初めて、彼女に会ったときも、こうして案内をしてもらったことを思い出した。
あの時、師匠が倒れて蒼白になっている姿に、頭が真っ白になってしまったことは良く覚えている。
「足元気をつけろよ」
注意してくれる師匠に小さく頷き返して、スノウの後を追う。
ざわざわと揺れる葉の音が、あの時のように急かしているような気がして、自然と私たちの足は早まった。
黒々とした木々の間を縫うように、進む。
小走りで進んでいるけれども、いつものように師匠が私を置いて先に行く事はなく、歩幅を合わせてくれているようだ。
こんな事態でなかったら、素直に喜べたのだけれど。
「スノウ、あとどれくらい?」
「ピピィ!」
「何て?」
「もうちょっとだそうです」
スノウが何を伝えたいのか分かっていない師匠に、私は通訳をする。
そうか、と頷くと、師匠は前を向いてス、と目を細めた。
「強いな・・・」
「え?」
「久しぶりに、こんな魔力を感じた」
光魔法で作り出した明かりを受けて、師匠の金色の瞳がギラギラと輝いている。
師匠が勝てない敵などいるはずがない、と思いながらも、あまりに真剣なその表情に思わず息を呑んだ。
「師匠でも、苦戦しそうなんですか?」
思わず聞いてしまえば、ふん、と鼻で笑われる。
「ヴァンパイアごときに僕が負けるとでも?」
その自信に溢れた言葉に、私は内心でため息をつく。
いつも通りの師匠で安心したと同時に、少しでも心配した自分が馬鹿らしくなった。
「まぁ、片付けるのは簡単だが、そうすると報復が面倒だな」
「また他の仲間がやってくるんですか?」
「あぁ。ヴァンパイアは、他種族を蔑視する代わりに仲間意識が非常に強いんだ」
へぇ、と頷くと同時に、昼間の訪問者を思い出す。
ハルさんは、群れを追い出されたと言っていた。
仲間意識が強いなら、なぜ、追い出されたりしたのだろうか?
「あの、師匠。ヴァンパイアって群れで暮らしてるんですよね?」
「あぁ。そうだが?」
「仲間意識が強いのに、その群れを追い出されるってことはあるんですか?」
純粋に疑問に思ったことを師匠に訊いた。
すると、師匠はちらりとこちらに視線を向けた後、ふん、と嘲笑するような笑みを口元に浮かべる。
「それ相応の理由があれば、追い出され、迫害されることもあるだろう」
「相応の理由・・・?」
「例えば、人間贔屓のヴァンパイア、とかな。人間を擁護する変わり者は、仲間だとは認められない」
「え、でも、同じ種族じゃ・・・」
「例え種族が同じでも、思想が異なる場合は迫害されることもあるんだ」
君には分からないだろうけどね、と付け足されて、腑に落ちない気分になった。
その言い方だと、まるで、師匠が経験者だと言っているように聞こえる。
眉を顰めて師匠を見上げれば、肩を竦めただけで、それ以上は答えてくれない。
詳しく聞こうと、口を開きかけた時、スノウが大きな声で注意を促した。
「ピーィ!」
「さがれ、リザ!」
ぐ、と腕を引かれて師匠の方に倒れ込む。
スノウが私の服の中に入り込むのを感じた瞬間、パキパキ、と何かが砕けるような音が連続して聞こえて来た。
唖然として、顔を上げれば、細かい氷の鋲が、私たち目掛けて飛んで来ている。
けれども、師匠が作ったであろう防護壁に阻まれて、目の前で砕け散っていた。
「な、なにこれ・・・?」
「攻撃されている」
「見れば分かりますよ!」
いくら壁があるとは言え、通り抜けて刺さるのではないかと心配でたまらない。
けれども、師匠は微塵もそんなことは考えていないのか、難しい顔をして辺りに視線を巡らせた。
「ピュイ!」
「え?」
あそこ、とスノウに言われて、私は光魔法の明かりでほんのりと照らされた暗闇の中に目を走らせる。
よく見ると、数十メートル先に人の影のようなものが複数見えた。
「師匠」
「わかっている」
師匠は私を掴んでいた手を緩めると、飛んできた鋲を炎で溶かす。
森の中で炎魔法など正気の沙汰ではないが、師匠のコントロールはばっちりなので、氷だけを狙う事など朝飯前なのだろう。
影の様子を見ているに、氷の鋲は意図的に投げられたものではなく、どうやら、流れ弾だったようだ。
「行くぞ」
近づくに連れて、人影の形がハッキリとしてくる。
黒い服を纏った影と、見覚えのある2つの影が対峙していた。
2つの影の内、1つは双剣を振り回し、円舞を描くようにして戦っている。
軽業師のように、ぴょんぴょんと跳ねる戦い方は、以前、ルーニーラビットたちの墓で見たものと同じだ。
見間違えるはずもない、シオンさん、その人だ。
そして、そのシオンさんと一緒に戦っている姿にも見覚えがあった。
水色の髪を翻し、氷の鋲を防ぐために防護壁を張っている。
「ハル・・・さん?」
隣にいる師匠もその姿には驚いたようで、小さく息を呑む音が聞こえた。
そして、2人と対峙していた影が、こちらに気づく。
視線がかち合って、攻撃される。と思った瞬間、太いツタがその人物に絡み付いた。
「なっ?!」
飛びかかろうとして、大地から生える草に引っ張られた身体は無様に地面に打ち付けられる。
呪文も無しに突然攻撃されれば、まぁ、びっくりしますよね。
こんなことできるのは、もちろん、この中では師匠だけだ。
「・・・人間か」
地面に転がった相手は、舌打ちしてから小さく呪文を唱えると、身体に絡み付いたツタを切り裂く。
「旦那!リザちゃん!」
シオンさんとハルさんが、ゆらりと立ち上がった影を睨みながらこちらに後退してくる。
いつもなら、久しぶりやなー!元気しとった?と続けるシオンさんも、今は真剣な顔で敵と睨み合っていた。
ハルさんも片足を引き摺りながら、シオンさんと共にこちらに来る。
「どうして、あなたたちが・・・?」
「話は後だ。シオン、こいつは信用して良いのか?」
「ハルのことやったら、心配せぇへんでも大丈夫や。俺の1番の親友やで」
「そうか」
ハルさんの足に、治癒の光が飛ぶ。
怪我をしていることに気付いた師匠が、治癒魔法をかけたのだろう。
ハルさんは小さくありがとうございます、と告げた後に、ふわりと師匠に向かって微笑んだ。
「シオンの言葉1つでそんなに簡単に信用してしまって良いのですか?」
「まーた、お前は余計なことを言いよる。減らず口叩くのは後にしとき」
シオンさんがぴしゃりといつになく強い口調でそう言い放ち、双剣を握り直すと、目の前にいる、くすんだ赤い色をしたざんばら髪の男と向き合った。
相手は残忍な表情を浮かべ、口の端をくぃ、と持ち上げてにやにや笑っている。
暗い中でもよく見える長く伸びた八重歯は、魔物辞典に出てくるような典型的なヴァンパイアの図にそっくりだった。
「おいおい、ハルトムート君よぉ。随分と人間のお友達ができたようだな?え?」
低い声で唸るように発された言葉に、ハルさんは笑顔を崩さずに応対する。
「ベルント、あなたには関係無いでしょう?私は既に群れを追放された身です。いつまで私を追い続ける気ですか」
「てめぇが灰になって消えるまで、何処まででも追ってやるよ!」
「やだなぁ。可愛い女の子ならまだしも、男に追いかけられるなんて、洒落にもなりません」
詠唱が始まった、と思った瞬間、ものすごい風圧が私を襲う。
ベルント、と呼ばれたヴァンパイアとハルさんが放った呪文は、目の前で水と風になり、まるで嵐にも似た環境を作り出す。
突然の衝撃に足がふらつけば、師匠が後ろから支えてくれた。
それでも、水は被るだろうと身構えていたが、一向にずぶ濡れになる気配はない。
視線を上げてみれば、私たちに降り注ぐ水分を師匠はすべて蒸発させていた。
「全く、慌てて来てみれば、ただのヴァンパイア同士の喧嘩とは興醒めだな」
やれやれ、と大きなため息をついた師匠に、ひくり、とベルントと呼ばれたヴァンパイアの頬が引き攣る。
「あ?なんだてめぇ?人間のくせに偉そうな態度取ってんじゃねぇぞ」
「ヴァンパイアと言えば、もっと高貴な生き物だと思っていたのだが、とんだ買い被りだったようだ」
師匠はにやり、と口角を上げると、顎を少し上げて、まるで見下すような視線をベルントに投げた。
「随分と下品なヴァンパイアもいたものだ」
目に見えて相手の動きが止まる。
私でさえも、空気が凍ったのが分かった。
ハルさんも、シオンさんも言葉も無く固まっている。
動いているのは、私の服の中でもぞもぞしているスノウくらいだろう。
「おい、今、なんつった?」
この空気を恐れることなく平然とした顔で口の端を上げて笑っている師匠に、ベルントも顔を引き攣らせている。
これ以上、相手を煽らないでくれ、という私の願いも虚しく、師匠は挑発を続けた。
「ヴァンパイアは耳も悪いのか?何度も同じ事を言わせるな」
「貴様!人間のくせに、ヴァンパイアに楯突くとは良い度胸・・・っ?!」
しゅるるる、と音がして、師匠の拘束魔法が発動する。
不意を突かれた相手は、驚きに表情を歪めたが、次には鼻で笑っていた。
「馬鹿の1つ覚えか。鋭利なる風よ、我が命に従い切り裂け!」
先程のように、ツタを風呪文で切り裂こうとしたようだ。
けれども、それは上手く行かず、ツタはベルントを余計に締め付ける。
人間の呪文に、自分の力が負けるとは思っていなかったせいか、怒りの色が浮かんでいるのが見て取れた。
「どういうことだ・・・?」
「お前が弱いってことだろう?」
「馬鹿な!人間ごときに負けてたまるか・・・っ!」
口ではそう言いつつも、師匠が掛けた魔法がねじ伏せられる様子は無い。
あの、恐ろしく魔力が強いと言われているヴァンパイアが、師匠の前ではまるで赤子のようにあしらわれている。
私とシオンさんは、以前、祭壇をいとも簡単に破壊した師匠を見た事があるため、ある程度の耐性はあるが、ハルさんは違ったようだ。
驚きを通り越して、閉口してしまっている。
「なんだ?もっと強く抵抗しても構わないぞ?」
「チッ・・・!」
最早、極悪人だと言われても否定できないような表情で師匠が拘束されたヴァンパイアを眺めている。
久しぶりに見た師匠の嗜虐的な行動に、本当によくこんな人の元で無事に生きてこられたな、と改めて身震いした。
「は・・・なせ・・・てめ・・・!」
「聞こえんな。」
ぎりぎり、とツタが人の身体を締め上げる音が森の中に響き渡る。
さすがに可哀想になってきて、師匠を止めようと服の裾を掴んだところで、ばさり、と音がしてベルントはツタから解放された。
肩で荒い呼吸を繰り返し、焦点の合わない目でこちらを睨んでくる。
弱ってはいるようだが、それでも敵意だけは留まる事を知らないようで、思わず後ずさってしまった。
「くそっ・・・!」
「失せろ。これ以上楯突くなら、容赦しないぞ」
無感情に吐かれた師匠の言葉に、怯んだのは私だけではないようだ。
ベルントは立ち上がると、1歩、2歩と下がり、その唇をぎり、と悔しそうに噛む。
口の端から、つ、と赤い筋が流れるのが見えた。
「覚えてろよ!」
身を翻すと、暗闇に溶け込むようにして姿をくらます。
それを見届けてから、私は肩の力を抜く。
シオンさんも安心したように手にしていた剣を鞘に納めた。
「完全に負け犬の捨て台詞やったなぁ」
助かったわぁ、と零しながら、くるりと私たちの方を向く。
「旦那、ありがとさん。おかげで楽できたわ」
「本当に助かりました。ありがとうございます」
お礼を述べるシオンさんとハルさんに、師匠は目を細めただけで返答にならないような言葉を返す。
「それで?事情は説明してくれるんだろうな?」
あー、とシオンさんは言い淀んだ後、へらりと笑みを浮かべた。
「とりあえず、こないな所で立ち話するのもアレやん?旦那の家に連れてってくれへん?」
ぴきり、と隣の師匠の額に青筋が浮かぶのが見える。
私は苦笑してその様子を眺めながら、とにかく、みんなが無事で良かった、と安堵の息を吐いた。




