12
師匠が出掛けた後、私は予定通り庭いじりをしていた。
珍しく、今日はスノウの姿を見かけない。
森で遊んでいるのかな、と思いながら、毎日私の元へ飛んで来ていた彼女に友達はいるのだろうか、と疑問を抱いた。
普段なら、森の浅いところまで様子を見に行っても良いのだけれど、今日は師匠に家の敷地から出ないようにきつく言われている。
触らぬ師匠に祟り無し、ということで言いつけ通り1日くらい家でのんびり過ごすつもりだ。
ぶちぶちと花壇に生えた雑草を引き抜きながら、夕飯はどうしようかと考える。
買い物にも行けないので、有り合わせのもので作るしか無い。
「こんにちは」
ぼんやりとしていたせいか、掛けられた声に一瞬反応が遅れた。
誰だろう、お客さんだろうか。
慌てて振り返ったところで、目に入って来た姿に私は固まった。
すっぽりと身体を覆う真っ黒なローブ、目深に被ったフード。
「ハル、さん」
「覚えていてくれたんですね」
決して顔は見えないが、嬉しかったのか声のトーンが若干高くなる。
律儀に家の敷地の外に立っている彼に、手についた土を軽く払ってから、私は近づく。
シオンさんの知り合いだ、という思いがあったせいか、以前ほど怖くは感じなかった。
「どうしたんですか?」
「やはり、シオンにあげたペンダントの気配がするので、もう1度確かめに来たのです。赤い色の、中に薔薇の模様が入っているものなんですが、本当に知りませんか?」
フードのせいで目は見えないが、じっとこちらを見つめられているのを感じる。
ハルさんの言葉に、私は確信を持った。
やっぱり、この人はシオンさんの友達のヴァンパイアだ。
「あの、ハルさん。すみませんでした」
私は頭を下げて謝罪をする。
ハルさんがわたわたと慌てているのが視界の隅に映った。
「シオンさんのこと、本当は知ってます。それに、ペンダントも家にあるんです」
「え?あ、と、とりあえず、顔を上げてください」
私はゆっくりと上体を起こすと、ハルさんに向き合う。
「あなたが、本当にシオンさんの友達なのか分からなくて、嘘ついてたんです」
「そうでしたか」
表情は分からないけれど、なんとなく、微笑まれた気がする。
すっかり気を許した私は、お茶でも出そうかと考える。
それに、ハルさんがヴァンパイアなら、いくら全身をローブで覆っているとはいえ、この日差しの中で話し続けるのは辛いだろう。
「もし良かったら、家に上がりますか?」
「ありがとうございます。けれども、ここで大丈夫ですよ」
「でも・・・」
言い募った私に、ハルさんは不意に右手を前に伸ばす。
途端、ばちり、と電撃のようなものが走り、私は思わず目を瞑ってしまった。
再びハルさんの方に視線を向ければ、右手が火傷をしたように爛れてしまっている。
慌てて応急措置でアロエをちぎって貼り付けようとしたが、それよりもハルさんが自分で治癒呪文を唱える方が早かった。
みるみる白魚のように真っ白で綺麗な皮膚に戻って行く。
そして、ハルさんはローブの袖に手を引っ込めると、肩を竦めた。
「この通り、結界が張ってあるようで入れないんです。解くのも面倒ですし、ここで大丈夫ですよ」
「師匠だ・・・」
いつの間に結界なんか張っていたのだろう。
全く気づかなかった。
最も、無言詠唱だし、気づく方が難しいのかもしれないが。
「あの、それなら、ペンダントだけでもお返ししますね」
仕方ない、と私が家に戻ろうとすれば、ハルさんに止められた。
「シオンがあなたに渡したのでしょう?」
「そうですけど、でも・・・」
「いいんです。シオンのような男が持っているよりも、リザのような可愛い女の子が身につけてくれた方がペンダントも喜ぶでしょう」
そう言われて、私は胸元に手を持って行く。
服の下には、先日のデートで師匠に買ってもらったペンダントがある。
さすがに2つ一緒に身につけるわけにもいかないので、今の言葉は少し耳に痛かった。
「それより、シオンが今どこにいるかご存知ですか?」
さらりと話題を変えたハルさんに、私は家に向けた足を戻し、再びハルさんに向き直る。
「それなんですけど、シオンさんがいる場所を知らない、というのは本当なんです」
「おや・・・そうですか」
落胆したように肩を落とすハルさんに、私は慌てて言葉を続ける。
「でも、ここから1番近い街があるんですけど、そこで待っていれば会えると思います!」
「街?」
「はい。この家からずっと伸びている道に沿って進んでください。そうすると、街に出ます。シオンさんは、いつもそこで行商をしているので、この辺に来る際は絶対寄るはずですから」
俯き加減だったハルさんが、顔をあげる。
その拍子にちらりと覗く口元が、嬉しそうに弧を描いているのが見えた。
「ありがとうございます!そうしたら、そこでシオンを待ってみようと思います」
「いえ、こちらこそ黙っていてすみませんでした」
「気にしないでください。こうして本当のことを話してくれたのですから」
「でも、どうしてシオンさんを探してるんですか?」
質問してから、友達なんだから会いたいのは当たり前か、と思い直す。
野暮なことを聞いたかな、と訂正しようとすれば、ハルさんは困ったように笑った。
「実は、群れを追い出されてしまいまして」
「群れ?」
「はい。あ、実は私、ヴァンパイアなのですが・・・」
言い淀んだハルさんに、とっくにそのことを知っていた私は続きを促す。
「驚かないのですか?」
そう訊いて来たハルさんの方がよっぽど驚いているのだろう。
私は苦笑して、シオンさんからヴァンパイアの友達がいると聞いていたので、と答えておいた。
本当は白昼夢で確信を持ったのだけれど、あのことについて公言する必要もないだろう。
何より、勝手に人の過去を覗き見したようで、具合が悪い。
「ヴァンパイアのことには詳しいのですか?」
「えっと、その、日差しに弱いってことくらいしか・・・」
本人に向かって言うのは些か気が引けたが、見栄を張っても仕方が無い。
自分が無知であることを正直に白状するが、ハルさんは馬鹿にすることもなく頷いただけだった。
「ヴァンパイアというのは普通、群れで暮らしているのですが、いろいろあって追い出されてしまいまして。人間の世界で暮らすには勝手が分からず、シオンを頼ろうと思ったんです」
「え、それって大丈夫なんですか?街まで案内した方が良いですよね?」
「いえ、ある程度の事は知識として持っているのでご心配なく。お金で物を買ったりする習慣があることくらいは知っていますよ」
得意気に言ったハルさんには申し訳ないが、そこからなのか、と私は不安になる。
ここでさよならして、行き倒れになられても後味が悪い。
それに、こんなに怪しい風体をした人を街の人は助けてくれるだろうか?
「あの、本当に大丈夫ですか?宿の手配くらいならやりますよ?顔隠してだと、いろいろとやりづらくないですか?」
「リザは優しいですね。でも、夜になればこのフードも取れますし、問題ないですよ」
女性は特に進んで助けてくれます、と言われて、あぁ、そういえばハルさんは師匠をも凌ぐかもしれない美形だった、と思い出す。
確かに、世の女性が放っておかないだろう。
「私はもう少し日が落ちるのを待って、街に行ってみることにします」
「わかりました。もし、何かあったらうちに来てくださいね」
「えぇ。でも、あなたと一緒に住んでいた男性があまり良い顔をしないのではないでしょうか?」
「師匠ですか?まぁ、事情を話せば大丈夫だとは思いますけど・・・」
「おや、彼はあなたのお師匠さんなのですね」
「魔法を教わっているんです」
あと、恋人でもあるんだけどね、と心の中だけで付け足しておく。
人前で聞かれてもいないのに口にする勇気はない。
「そうなんですか。いつか、人間の中での魔法について色々教えて頂きたいです」
「そうですね。師匠もきっと、そういう話は喜ぶと思います」
「お師匠さんではなく、あなたとお話ししたいんですよ」
ハルさんの言葉を頭の中で反芻し、意味を理解した私は面食らう。
私と魔法の話しをしても、大した知識は得られないだろう。
師匠と話しをした方がよっぽど有意義だ。
けれども、真っ向から否定するのも失礼だと思い、私は笑うだけに留めておいた。
「では、私は行きますね。フードを被っているとは言え、長時間、日光を浴びるのは身体に悪いので」
「あの、本当に困った事があれば、遠慮無く言ってくださいね」
「・・・ヴァンパイアのこと、怖くないのですか?」
「え?」
急に的外れなことを言われて、私は首を傾げる。
「だって、シオンさんの友達なんですよね?」
「それでも、ヴァンパイアだという事実は変わりません」
「え?ヴァンパイアだと何かダメなんですか?」
何が言いたいのか分からず、そう言ってしまえば、ハルさんはくすりと笑みを零した。
「結界さえなければ、ぎゅーって出来たのに、残念です」
今の流れで、どうしてそういう考えに至ったのか私には分からない。
しかも、ぎゅー、だなんて。
そんな可愛いこという男性も珍しい。
いや、男性と言っても、師匠とシオンさんとティロくらいしかよく知らないけれど。
「それでは、またお会いしましょう」
ローブの袖から手を出すことなく、ハルさんは小さく手を振る。
私もそれに応えて手を振り返すが、ハルさんの目はフードで隠れているし、私の足元くらいしか見えていないんじゃないだろうか。
くるり、と踵を返すと、ハルさんは私が言った通り、道沿いに歩いて行く。
その後ろ姿を見送っている途中で、ぐらりと彼の身体が傾いた気がしたが、それは一瞬の出来事で、どんどん小さくなって行く背に、私は見間違いだったのかも、と首を傾げながら、再び庭いじりに戻ることにした。




