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スクランブルエッグにレタス、トマト。
それから、トーストにバターを塗って、コップにミルクを注ぐ。
お皿をテーブルの上に並べれば、図ったようなタイミングで師匠があくびをしながら現れた。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
声は眠そうだが、顔はただの不機嫌面だ。
眠っている時は、意外と可愛い顔をしているのに。
そんなことをぼんやりと考えながら、椅子を引いて席に着けば、師匠もそれに倣うように座る。
「リザ、僕は今日、少し出掛ける」
「わかりました。何時頃に戻ります?」
「少なくとも、夕方には帰ってくるよ」
こくり、と喉を鳴らして師匠がミルクを一口飲み下す。
私はスクランブルエッグをつつきながら、師匠がいないなら、今日は庭の手入れをしよう、と一日の予定を脳内で組み立てた。
「分かっているとは思うが、僕のいない間に森や街へ行かない事」
「え?どうしてです?」
庭いじりのついでに、新しい植物でも探しに、スノウと一緒に森へ行こうと考えていたのに。
若干の抗議の意を含めて聞き返せば、呆れたように眼を細められた。
「あのフードの男がまだいるかもしれない」
「あぁ、ハルさんですね」
私がその名前を口にすれば、師匠が眉を顰める。
「妙に馴れ馴れしいな」
「そうかもしれませんが、ハルトムートさんって呼ぶのはちょっと長いので」
何か言いたげに師匠がこちらを見てくるが、私は苦笑するだけでそれを流す。
「ハルさんなら、大丈夫ですよ。本当にシオンさんの友達ですから」
「自信があるような口ぶりだが、君はあいつのことを何も知らないだろう?」
「え、あぁ、まぁ、そうなんですけど・・・」
ペンダントに触れたときのことを話すべきか、私は考えあぐねる。
今まで師匠にあの白昼夢のことを何も話していなかったけれども、言ったところで信じてもらえるのだろうか?
じっ、と師匠の眼を見つめれば、言ってみろ、とばかりに睨み返された。
「笑わないですか?」
「笑われるようなことなのか?」
「いえ、どっちかって言うと、信じてくれますか?」
「話を聞いてから考えるよ」
正直にそう言った師匠に、私はやっぱり黙っておこうか、という気分になる。
けれども、それを見通されたのか、師匠は小さく笑った。
「いいから、言ってごらん?」
こういう時に、突然優しい声音になるのはずるいと思う。
私はうー、と唸ってから、ぽつりぽつりと白昼夢のことを師匠に話し始める。
ものに触れると、その記憶のようなものが見えること。
ぼんやりとした景色だけれど、声だけははっきり聞こえること。
そして、赤いペンダントに触れたときに、シオンさんとハルさんの過去を見たこと。
全部話し終えた時、てっきり私は師匠は笑い飛ばすのかと思っていたけれど、想像とは逆に神妙な顔をされた。
「師匠?」
「君には魔法の才は無いものとばかり思っていたが・・・」
「どういう意味ですか」
まさか開口一番、そんなお言葉を頂戴するとは思っておらず半眼になる。
師匠はまぁ、聞け。と、笑いもせずに話を続けた。
「君のお母さんが絵本を書いていたことは覚えているか?」
なぜ、今更そんなことを、と思いながらも私は頷く。
夢魔に取り憑かれたこともあって、ママが寝る前に自分の書いた本を読んでくれていたことは覚えている。
けれども、それに一体何の関係があるのだろうか?
「君に読み聞かせていた本は、普通の本だったのかもしれないが、彼女は魔法の本を書く作家として有名だったんだ」
今更、明らかになる事実に、私は目を見張る。
師匠はそっと瞼を伏せた。
「彼女の絵本を読むと、その物語の中に入る事ができる」
「どういう意味ですか?」
「君のお母さんは人と自分の書いた本を同調させることのできる魔法使いだった」
「ママが魔法使いだったのは知っていますけど、それと私に何の関係が?」
「リザにも、その力が備わっているということかもしれない」
え、と私は声を発する事もできずに固まる。
「以前、動物と話しができるとか言っていたな。同調していたのだと考えれば、それも納得できる」
「ちょ、ちょっと待ってください。全然意味が分からないんですけど・・・」
「意味が分からないも何も、そのままだ。対象物の記憶を見たり、言葉の通じないものと話しが出来るのは、君が無意識に相手の調子に合わせているから、ということ」
「でも、私は意識して、その同調っていうやつを使っている訳じゃないんですけど・・・。これは魔法なんですか?」
「同調するのに魔力を使用しているはずだ。そうか、君の魔力が少ないのは、いつもそうやって垂れ流しになっているからか」
師匠は1人で納得しているけれど、私の頭には沢山のクエスチョンマークが浮かんでいるだろう。
結局、私はその同調という魔法を普段から無意識に使っているせいで、魔力が垂れ流しになっているっていうこと?
そう聞き返せば、師匠はゆっくりと頷いた。
「魔力をしっかりコントロールしないから、気づかないうちに空っぽになって碌な魔法が使えないんだ」
「そんなこと言われても、どうやって同調を止めたらいいのか分からないです・・・」
「無意識下で行っている、というのがやっかいだな」
ふむ、と師匠は顎に手を当てると、じっと私を見つめてくる。
あまりに真っ直ぐにこちらを見てくるものだから、私は居たたまれなくなって、手近にあったコップを手に取るとその中のミルクを一口飲み下した。
「何か対策を考えないとな」
師匠はそう言うと、考え事をするモードに入ったのか口を開かなくなる。
一方で、私は同調という力の捉えどころが分からず、目に見えない対象に途方にくれるしかなかった。




