08
広場でサンドイッチを2人で食べた後、予定通り商店街へと向かう。
小さなお店がひしめき合っているこの通りは、比較的物価が安く、購入しやすいものが沢山ある。
一方、もっと大きな通りに行けば、富裕層の人間しか手が出せないような高級ブティックがあったりもするのだ。
「雑貨屋か魔法屋、と言っていたな」
「はい。どっちか先にあるほうで良いですよ」
「それなら、この近くに質の良い魔法具を扱っているお店がある」
師匠はそう言うと、こっちだ、と私の手を引いてお店とお店の間にある狭い通路に入り込んだ。
建物に太陽の光を遮られているせいで、雰囲気がどんよりと薄暗く、不気味に感じる。
奥へ進めば進む程、表通りの喧噪がフェードアウトしていき、代わりに静けさがやってくる。
私が思わず握っている手に力を込めてしまえば、師匠が小さく振り返った。
「怖いのか?」
「べ、別に怖くないですもん・・・」
「変なところで意地を張っても仕方ないと思うけどな」
「・・・怖いって言ったら、師匠はどうにかしてくれるんですか?」
ぶすっと頬を膨らまして見上げれば、師匠は不敵な笑みを浮かべた。
その瞬間、目の前にふわふわと光の球がいくつか浮かび上がり、足下を照らし出す。
驚いて立ち止まってしまえば、師匠が行くぞ、と私を先導する。
「これで怖くないだろう?」
「・・・師匠が優しすぎて逆に怖いです」
「そんな減らず口を叩く余裕があるなら、真っ暗にしてやろうか?」
「わー、優しい師匠大好きー」
あまりの棒読みさ加減に、師匠が半眼になったけれど笑って誤摩化した。
師匠の魔法のおかげで随分と明るくなった雰囲気に、足取りも軽くなる。
その魔法屋さんは、どこにあるのだろうか、ときょろきょろと周りを見回していれば、鍋の形の看板が下がっている建物が目に入った。
「あれですか?」
「あぁ」
どうやら正解のようだ。
こんな路地裏に店を構えていては、お客さんも少ないだろうに。
どうやって生計を立てているのだろうか?
余計なことを考えている間に、師匠が私たちのまわりに浮かんでいた光の球を消す。
それから、魔法屋さんのドアを躊躇い無く押し開けて中に踏み込んだ。
自然と、手を繋いでる私もそれに従うように後に続く。
店の中には、見たことも無いような不思議なものが山のようにあった。
からころ、と音を立てながら、延々と円になったレールの上を転がり続けているビー玉。
小さな噴水のようなものからは、水の代わりに光が吹き出ている。
植木鉢に植わった植物は、芽が出て来たかと思えばぐんぐん成長して、一瞬にして花を咲かせ、種を落として枯れていく。
そしてまた、芽を吹き出すのだ。
魔法具の面白さに目を奪われ、ぐるりと周りを見渡していると、隅に置いてあった髑髏と目が合ってしまう。
落ち凹んだ眼孔の奥が赤く光ったような気がして、私は慌てて目をそらして見なかったことにした。
「どうした、リザ。顔が引き攣ってるぞ」
楽しそうに笑う師匠に、それどころではない私は必死になって反論する。
「だって!師匠、あそこの髑髏!なんか目の奥が光ったんですもん!」
「あぁ、あれか」
「あれかって・・・」
師匠が怖がるとは思っていなかったけれども、こうもあっさりされているのも複雑だ。
そして、師匠は信じがたいことを口にした。
「あの髑髏は、今は亡き店主の亡骸だ」
「え、今は亡き・・・?」
「この店には、店員がいないだろう?」
言われて、カウンターを覗いてみれば、確かに、店員はいない。
ぞわり、と背筋に悪寒が走る。
「死んだ後もなお、この店で盗みを働くような輩がいないか、休む間も無く目を光らせているんだ」
「目を光らす・・・?」
「言葉の通りだ。目が光った所を見た人間は、何かしら店主の気に障ったということ。特に、赤い光は・・・」
「わー!!!師匠!出ましょう!すぐに出ましょう!」
思いっきり繋いだ手を引っ張って、出口へと向かう。
急に引っ張られた師匠が少しよろけた気がしたけれども、構ってる暇はない。
半泣きになりながらドアに手をかけようとすれば、今度は逆に、師匠に引っ張られ、つんのめる。
そこを羽交い締めにされて、中に引き戻されてしまった。
「やだ!師匠!放して!私、赤い光見ちゃいました!」
「そうか。店主の呪いが降り掛かってくるかもしれない。死者の呪いは僕にも解けるかどうか・・・」
「えー?!師匠どうにかしてくださいよ?!」
あまりにも不吉なことを師匠が耳元で囁くので、逃げようと暴れるが、びくともしない。
なんでこんなに力が強いんだ。
こちらは涙目になっているというのに、師匠は喉の奥で意地悪そうに笑った。
「リザ。今のは冗談だ」
「やだやだやだ・・・って、え?」
ばたつかせていた手足を止めて聞き返せば、師匠が種明かしをする。
「全部嘘だ。あの髑髏はただの飾りだ」
「え?え?じゃぁ、店員さんは?」
「ここの店主は魔法使いだ。自分がこの場にいなくても、商売が出来るように魔法を掛けている」
「・・・師匠と今まで一緒に暮らして来て、1、2を争うくらいタチの悪い冗談でした」
「そんなに怖がるとは思わなかった。とても楽しかったよ」
師匠は私を放すと、機嫌良さそうに口元に弧を描く。
人が怖がって取り乱すのを見て、楽しかった、って。
改めて、師匠の性格の悪さを垣間見た気がする。
「あの髑髏、どうして目が赤く光るんですか?本当の本当に、光が見えたからって何もないですよね?」
念のために一応確認しておけば、師匠は髑髏に近寄ると、おもむろに手を伸ばす。
そして、罰当たりなくらい遠慮なく頭部をむんずと掴むと、そのまま持ち上げた。
その下には、赤色の光の入った電球があるだけだ。
「髑髏自体も偽物だな。石膏で出来ている」
そのまま髑髏とキスするんじゃないかと思う程近い距離で、師匠はまじまじと見つめている。
私には絶対に真似できない。
むしろ、手に取ることすら出来ない。
「しばらく、好きに見ていると良い。この店には、触ってどうにかなるような魔法具は置いてないから」
手に取った髑髏を元の場所に戻しながら、師匠がそう言う。
私は半信半疑ながらも、商品が陳列されたデスクの上を覗いてみる。
確かに、あの髑髏の他に怪しげなものは1つも見当たらない。
むしろ、宝石のようにキラキラ光る石や、虹色の羽飾りなど、おおよそ不気味とは縁遠いものの方が多かった。
その中に、透き通った深緑の石を嵌め込んだペンダントを見つけて、思わず視線をやる。
金縁に緑だなんて、まるで師匠のようだ。
緑の色も驚くくらい師匠の髪色にそっくりで、まじまじと見つめてしまう。
ここに置いてあるということは、何かしら魔法の仕掛けがあるのだろうけれど、一体どんな効果があるのだろうか?
呪い晒しでも掛けたら、分かるだろうか。なんて考えていると、にゅ、と後ろから手が伸びて来て、ペンダントの隣に置いてあった小さな箱を攫って行く。
中には、一体何が入っているのだろう?
振り向いて尋ねてみれば、師匠は肩を竦めた。
「人魚の鱗だ」
「え?人魚の?」
見たい、とせがめば、師匠は手に取った箱の蓋を開いて、見せてくれる。
なるほど、確かに鱗だ。
けれども、普通の魚の鱗よりも断然大きく、つややかで、薄らとピンクに色づいていた。
「これ、何に使うんですか?」
「主に、ゴースト避けのお守りだな。後は、薬の中に混ぜたりもする」
「へぇ・・・。依頼ですか?」
「そうだ。材料が足りないから、買いに行かないといけないと思っていてな。丁度良かったよ」
師匠は箱に蓋をすると、何か欲しいものはあるか?と問いかけて来た。
先程のペンダントが頭を過ったけれど、あんなに師匠の色に似ているものが欲しいと言うのも恥ずかしかったので、黙って首を横に振った。
「随分としおらしいな」
「カフェで沢山ケーキ奢ってもらうから良いんです」
「そうくるか」
もう少し、店内を見て回ろうと、私は師匠に背を向けて、先ほど目に入った虹色の羽飾りへと視線を向けた。
師匠も特に何もいらない、と言う私に無理にものを買い与える気はさらさらないようで、自分の欲しいものを物色している。
羽飾りだと思っていたものは、よくよく見てみれば羽根ペンのようだった。
薄暗い店内でも、僅かな光を受けて様々な色を浮かべる様子は見ているだけで楽しい。
もっとよく見ようと、手を伸ばして触れた途端、視界が真っ暗になる。
どうしてこんな場所で、と思っている間にも、視界にぼやけた風景が広がった。
以前よりも、少しだけ鮮明に見えているような気がする。
その証拠に、部屋の中だということだけではなく、そこにある家具や飾りがあることも判別できた。
窓際にはベッドが置いてあり、金髪の少年がそこに腰掛けている。
そして、向かい合うように茶髪の少女が椅子に座っていた。
少女は背中に手を回して、少年から隠すように何かを持っている。
『ねぇ!今日が何の日か覚えてる?!』
興奮した様子で、金髪の少年が少女に問いかけている。
けれども、少女は首をこてん、と傾げた。
『さぁ・・・?何の日だったかしらぁ?』
そっけない返答に、少年はがっくりと肩を落としたようだ。
うなだれて、いじけたような声を出す。
『酷いよ。オレの誕生日なのに』
『あははっ!嘘よぉ!はい、これ、アルノーにプレゼント!』
少女が隠していたものを少年に差し出す。
途端に、顔を上げて、少年は大喜びでそれを受け取った。
私はと言えば、アルノー、という名前に驚きを隠せない。
『開けていい?!』
『もちろん』
びりびり、と包みを破いて、アルノーと呼ばれた少年は中身を取り出す。
この少年は師匠の友達のアルノーさんなのだろうか?
けれども、羽根ペンはとても綺麗だったし、とても500年経っているとは考えられない。
それに、アルノーなんてありふれた名前だし、別人の可能性の方が高いだろう。
『うわぁ!綺麗!』
『どう?気に入ってくれたぁ?』
『もちろん!ありがとう!大事にするよ!』
アルノー少年が取り出したそれは、光を受けてきらきらと虹色を反射する。
私はすぐに、それが先ほど触れた羽根ペンだと悟った。
『うーん、綺麗なうちに魔法でもかけとこうかな?』
『なんでぇ?』
『だって、オレが大きくなる頃には、使ってたらヨレヨレになっちゃう。ずっと綺麗なままで使える魔法だよ』
『どうやるのぉ?私にも出来る?』
『無理じゃないかな?まず、逆行の呪文を使わないといけないんだけど、自動で毎日発動するようにしないと行けないから、魔法陣を組んで内側に刻み込まないといけないんだ。でも、直接手で書いたりすると見た目に支障が出るから光の印を結んで・・・』
『アルノーの言ってること、難しくて良くわからない』
少女が言葉を遮り、ふてくされたように頬を膨らませる。
少年はとても優しい声で、彼女をなだめた。
『ごめんごめん。それくらい、嬉しかったってことだよ』
『ふーん?』
『オレも君にあげるプレゼントは気合いれなくちゃね』
『気が早いわよぉ』
ケラケラと少女が笑う。
釣られるようにして、少年も笑った。
2人の姿が遠のく。
笑い声が、音が、空気が遠ざかる。
少年と少女の背中が視界から溶けて消えていく。
ハッと瞬きをすれば、そこは店内だった。
相変わらず、羽根ペンは美しいまま私の手の中にあった。
その羽根の部分をそっと指でなぞる。
アルノー、と少女は呼んでいた。
本当にあの子が私が話に聞いているアルノーさんと同一人物なのか定かではない。
けれども、親近感が沸いたせいか、この羽根ペンがとても大事なものに思えた。
「リザ、行くぞ」
買い物を終えたのか、いつの間にやら買い物袋を手に提げた師匠がドアの前に立ってこちらに呼びかける。
無人の店内でどうやって売買をするのか見たかったのに、白昼夢のようなものに惑わされている内に終わってしまったようだ。
「はーい」
私は羽根ペンを元の場所に戻すと、師匠の隣へと向かう。
「満足したか?」
「はい、とっても面白かったです!」
アルノー少年と、少女。
彼らが何者なのかは分からないが、羽根ペンの思い出のようなものを見ることが出来たのは、少し興味深かった。
以前もそうだけれど、私には過去を見ることが出来る力でもあるのだろうか?
そんなことを考えながら、再び師匠の手に自分の手を絡めて、魔法屋を後にした。




