07
服を着替えて、薄く化粧もして、意気揚々と階段を下りて行けば、玄関先の壁に寄りかかって待っていた師匠。
その姿を一目見て、私は唖然として手に持っていた鞄を思わず取り落としてしまった。
師匠がそこにいること自体は驚くべき内容でも何でも無い。
私を驚かせたのは、全く別の事柄である。
「し、師匠がローブを着てない!」
暑い日も寒い日も、晴れの日も曇りの日も雨の日も雪の日も、師匠はずるずると長いローブしか着ていなかった。
むしろ、何着持ってるんだと突っ込みたくなるくらい、毎日同じ服を着ていたと言うのに。
含み笑いを浮かべている師匠は、すっきりしたジャケットをシャツの上に羽織り、長い長いと思っていた足はズボンを履いているせいでいつもより更に長く見える。
あまりにも見慣れない格好に、けれども似合いすぎるくらいのそれにぽかんとしていれば、師匠は口角をくい、と持ち上げた。
「見惚れたか?」
「えっ、あ、いえ・・・!」
図星なだけに、変に強く否定も出来ず、もごもごと言葉を濁す。
精一杯お洒落をしてきたつもりだけれど、師匠の隣を歩いてしまえばそれこそ月とスッポンのようになってしまうだろう。
しどろもどろになって足を止めていれば、近づいて来た師匠が私の手を取る。
温かいその体温に、どぎまぎしながら師匠の金色の双眸を見上げれば、空いている方の手で髪をくしゃりと撫でられた。
「可愛いよ、リザ。似合ってる」
すぐに手を引いて歩き出した師匠に、私は必死に足を動かす。
言われた言葉を頭の中で反芻しながら、だんだんと頬に熱が上ってくるのを感じた。
けれども、師匠は特に何でもなかったかのように、のんびりと言葉を続ける。
「街に着く頃は丁度昼時だな。リザ、何が食べたい?」
「えっと、な、何でも・・・」
「何でもが1番困る。君だって、僕が食事について何でも良いと言ったらいつも怒るだろう?」
「うーん・・・着くまでに考えておきます」
恥ずかしくて、隣にいる師匠を見ることが出来ない。
可愛い、だなんて、私が弟子として師匠の下にいるときは1度だって言われたことは無かった。
それに、私なんかよりも師匠の方がずっと格好良い。
そう言ってあげたかったのだけれど、すっかりタイミングを逃した私は無理矢理その言葉を飲み下した。
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街に着くと、師匠はどこに行きたい?と聞いて来た。
どこ、と言われても、行きたい場所がありすぎて返答に困る。
「師匠はどうしたいですか?」
「僕は君にどうしたいか尋ねたはずなんだけどな」
「だってー・・・いっぱいありすぎて」
正直に伝えれば、師匠は肩を揺らして笑う。
「候補を挙げてみろ。その中から僕が選んでやろう」
「商店街の方に行って、雑貨屋さんとか魔法屋さんを覗いてみたいです。あと、カフェも入りたい!」
「カフェ、か。どうせ目当てはケーキだろう?」
「バレました?」
「それなら、昼は軽いものにしておくか」
「じゃぁ、パン屋さんでサンドイッチとか買って広場で食べましょうよ!」
「そうだな」
手を繋ぎ直して再び歩き出す。
ご丁寧に指を絡めてきたので、思わず手に視線をやってしまえば、きゅ、と更に力を込められた。
「恥ずかしいか?」
言いながら、繋いだ手を少し上げる。
「・・・師匠って意地が悪いですよね、ほんと」
「僕は往来のど真ん中でキスをしても全く気にならないんだが・・・」
「嘘です!師匠は優しいです!とっても!」
慌てていつもの調子で切り返せば、師匠は楽しそうに笑う。
きっと、やれるもんならやってみろなんて挑発した日には、本当に往来のど真ん中でキスされていただろう。
そんなことになったら、これ以降恥ずかしくて街に来たり出来なくなる。
内心、冷や汗だらだらだった私の心境なんか知るはずもない師匠はしみじみと呟いた。
「たまには、こんな風に出掛けるのも良いかもしれないな」
「そうですね。次に出掛ける時は何処に行きますか?」
「君は気が早いな。今日のデートすらまだ終わっていないのに」
指摘されて、確かに、と私は自分自身に苦笑する。
「旅行とかも行きたいですよね」
「・・・・・・へぇ」
「な、なんですか、今の間は・・・。師匠、旅行嫌いでしたっけ?」
「いや、大好きだ」
「じゃぁ、どうして?」
「一緒の部屋に泊まるんだぞ?」
「今更じゃないですか。この前だって、一緒に寝たのに」
怖い夢を見て、師匠の布団に潜り込んだことは記憶に新しい。
いつもいつも虐めてくるけれど、本当に弱っているときにはすごく優しくしてくれる。
そんな所も好きだ、なんて言ったら師匠は照れたりするだろうか?
・・・いや、しなさそうだ。
僕が優しいのは当然だろう?とか何とか言ってきそう。
ぼんやりとそんなことを考えていれば、隣から大きなため息が1つ。
見上げてみれば、師匠が若干疲れたような顔をしていた。
「とりあえず、君がお子様だということはとても良く分かった」
「なんですか、喧嘩売ってるんですか?」
「僕の教育の仕方が悪かったのだろうか・・・。こんなにも危機感が薄く育つとは思わなかった」
がっくりと肩を落とした師匠に、私は訳が分からず首を傾げるばかりだった




